老婦人のお願い⑧

1.熱血指導、その果てに……


 特別授業七日目。

 アンヘルは片手間で生徒らを治療しつつ姉と雑談に興じていた。

 今日が最終日だが、アンヘルは生徒らの結末にまるで興味がないらしい。


「厳然たる事実として家庭を持ってはいけない人間というものが居ると思うのよ」

「んー……陛下のこと?」

「ええ、だって最近の諸問題――どれも子育ての失敗に端を発していると思わない?」

「まあ、それは……あ、腕飛んだ」


 カールに両手を引き千切られた女子生徒が、

 女がしてはいけない顔で悲鳴を上げていた。

 だがアンヘルは眉一つ動かさず千切られた腕を遠隔操作、

 切断面にくっつけるや回復魔法を施し接合。

 一秒とかからず腕は元通りになったが、逆にそれが怖かったのだろう。

 女子生徒は先ほどよりも大きな悲鳴を上げていた。


「うーん、カールくんが欠損解禁してもう三日は経つのにねえ」


 まだ慣れないのかな? などとのたまう怪物皇女。

 今日も今日とてロイヤルな血が流れているとは思えない過激メンタルである。


「話を戻して良いかしら?」


 姉は姉で妹のやべえ発言を咎めるどころかスルー。

 姉妹揃って危険人物だと言わざるを得ない。


「ああ、どうぞどうぞ」

「陛下は紛れもなく名君だったわ――――子を持つまでは」

「……改めて考えてみると、陛下の子供ってロクなの居ないよね」


 不敬罪で豚箱待ったなしなこの会話。

 姉妹の存在を察知しているアンには聞こえているのだが二人はまるで気にしていない。

 最終日だからと様子を見に来た老婦人は今、さぞ胃を痛めていることだろう。


「ええ、だってもう長女からして”アレ”だもの」

「誰恥じることない公共の敵だもんね」


 表向きには病死したとされる”第一皇女”。

 宮中ではその存在を仄めかすことすら忌避されるタブー中のタブー。

 だが、身内であり当人らも頭がおかしいこの姉妹にとっては関係がなかった。


「えーっと、私より七つ上だから……今は二十五、六歳だっけ?」

「大体それぐらいだと思うわ」

「で、陛下に暗殺しようとしたのが十歳?」

「ええ」


 物騒極まる会話だが、これは全て事実である。

 二人の姉でもある第一皇女エリザベートはかつて、

 父である皇帝の暗殺を目論み失敗――国外へと逃亡したのだ。


「又聞きでしかないけど、親子ゆえの情かな。初動に失敗してるよね、陛下」

「そうね。冷徹に追い込んでいれば、あの人は逃げられずに死んでいたでしょうに」

「逃がしたばっかりに……ねえ?」


 第一皇女エリザベートは辛くも生存した。

 だが、父親の暗殺を目論むような娘がそこで大人しくなるはずがない。


「”悪役令嬢”エリザベート、悪名轟く彼女が帝国の元皇女なんて一大スキャンダルよね」


 悪役令嬢の二つ名を持ち、世界各地で混沌を撒き散らすエリザベート。

 魔法の腕自体は皇族にしては大したことはないのだが、

 総合的な戦闘力という面で言えば彼女はずば抜けていた。

 それこそ流浪の騎士やデリヘル明美、真実男らと並び称されるほどに。


 先の暗殺未遂にしても、暗殺者を雇ったとかではない。

 皇帝が秘密裏に行う祭祀の最中、

 皇女という立場があったにせよ厳重な警備を正面から突破し皇帝の首を獲ろうとしたのだ。

 たかだか十歳の少女が、だ。


「というかあの人、何が目的で陛下の命狙ったんだろ?

最初の一件以降、あちこちでテロや内乱を誘発したりしてるけど帝国には手を出してないし」


「さあ? 狂人の考えることは分からないわ。

ま、それはともかく長女からしてアレで私とあなたもアレでしょう?」


 軌道修正を図るアーデルハイドだが、

 自分と妹をアレ呼ばわりするというのは……自覚があるだけマシなのだろうか?


「まあ否定はしないよ」


「他にも次期皇帝の座を狙って権力闘争に明け暮れる次女三女。

末の娘は……会ったことないから性格は知らないけど皇族として致命的な欠陥あり。

一番上と一番下は母親が同じだけど、他は全員違う。

これもう、陛下の胤に何らかの問題があるとしか思えないでしょう?」


 娘だけに問題があるのならば、まだ良い。

 だが皇子連中も同じなのだ。

 ここまで来れば母親ではなく父親に問題があると考えるのが普通だろう。

 そうアーデルハイドは苦笑する。


「教育方針……っていうか、子供との接し方にも問題ありだしね」

「親になるべきではなかった。でも、立場上親にならざるを得ない」

「その結果が今の惨状だってんだから……逆に笑える」


 例えば帝都魔法学院の惨状。

 以前からあった腐敗が加速したのは何故だ? 派閥争いだ。

 少しでも自派閥の人間を着飾らせんとした浅ましい者らが干渉したからこうなった。

 その責は派閥争いを招いた皇帝にある。


 子供らをしっかり教育していれば。

 アンヘルが継承者から外れた際、悲嘆に暮れず直ぐに次を立てていたら。

 まだ間に合う内に貴族どもの手綱を握れていたら。


 所詮はたら、ればの話。

 だが皇帝にはそれを成せるだけの能力はあったはずなのだ。

 今はもう、下手に手を出すことによる不利益ゆえ動けはしない。

 しかし、分水嶺はこれまでに幾度かあったのだから。

 その時に動けなかった以上、責を問われるのは自明の理だ。


「いや、私は笑えないわよ。せめて学院の現状ぐらいは正して欲しいわ」

「って言ってもねえ。あの人からすればこれはこれで好都合なんじゃない?」


 と、その時である。

 二人は同時に黙り込み、背後の空間を見た。

 すると一瞬遅れて空間が渦を巻き、


「――――僕の惚れた男を悪く言うのはやめてくれないかな?」


 ゾルタンが現れた。


「人の父親をそんな目で見るのは止めてくれませんか?」

「ハッハッハ」

「……っていうか先生、何しに来たの?」

「ようやっと暇な時間が出来たから一応様子を見ておこうと思ってね」

「ああ、そう言えばアーデルハイドと一緒に何かやるつもりなんだっけ」

「うむ。ところで……」


 ゾルタンの視線がカールと、カールの犠牲になっている生徒らに注がれる。


「…………あれは一体何をやっているのかな?」


 その声は気の毒なぐらいに震えていた。


「「教育」」


「いやいやいやいや! 彼が教師をしているというのは聞いたよ!?

でも何あれ!? 何やってんの!? 多感な時期の子供に消えない傷を刻み付けるつもりか!?」


 ゾルタンはホモである。

 だが、ホモであると同時に彼は教育者だ。

 しかも、教え子はついつい甘やかしてしまうタイプの。

 それゆえ、カールの指導とも言えない蛮行を許容することができなかった。


「魔道士以外の蔑視、過剰なまでの自負、それを諌めるために現実を見せる。

その意図は分かる! だがあれはやり過ぎだよ!? あんなもの、ただの暴力だ!!」


 ゾルタンの悲鳴染みた言葉を聞き、


「……ハッ」


 アンヘルは嗤った。

 現実を見せる?

 今日までの授業がそんな”お可愛い”意図の下に行われたものだとでも?

 カールは詳細については何も言わなかった。

 それでもその真意は薄々理解していた。

 だからこそ、師のあまりにも暢気な発言がおかしくておかしくてしょうがない。


「今直ぐ止めなければ……!!」


 飛び出そうとするゾルタン、それを阻んだのは教え子二人だった。


「「邪魔をすればオマエヲコロス」」

「何でそんな物騒になっちゃったかな君たち!?」


 感情の無い瞳のまま繰り出された殺害宣言。

 ティーチャーゾルタンはすっかり涙目になっていた。


「ベルンシュタインさんの行いは”学院”が肯定しているのです」

「先生が口を出すのはお門違いじゃないかな?」


 魔道士としての才覚や単純な火力。

 それだけなら姉妹はとうに師であるゾルタンを凌駕している。

 だが、それだけで実力が上と断じるのは早計だ。

 ゾルタンの魔法を操るセンスと、今日まで魔道士として生き、培った経験。

 それは決して侮れるものではない。

 生徒らの回復に注意を払いつつゾルタンも相手取るとなれば、

 それこそ自分一人ではどうにもならないことをアンヘルは知っていた。


「「「…………」」」


 静かな睨み合い。

 簡単に動けないのは姉妹だけではなくゾルタンも同じだった。

 受け持って来た生徒の中で一番優秀な生徒二人。

 愛を知ったことでやべえ進化を遂げた姉妹を出し抜くのは容易なことではない。


 そうして睨み合ったまま時間だけが過ぎてゆく。

 一分、十分、一時間。

 どれほど膠着状態が続いただろう。

 その均衡を破ったのは、


「――――時間だ」


 授業の終わりを告げるカールの声だった。

 あ、と間抜けな声を漏らすゾルタン。

 カールは最後まで授業をやり果せた、つまるところゾルタンの負けである。


「お、おわり……ほんとに……? ほんとにおわり?」

「うそじゃないよね?」

「ま、まって……まだ、実は六日目だったりしない?」

「あ、あり得る……最近よく記憶が飛んでるし、一日数え間違えるぐらいは……」


 地面にへたり込んだ生徒たちは現実を直視できていないらしい。

 誰もが地獄の終わりを信じられずに居る。


(解放の喜びじゃなくて戸惑い……やっぱりカールくんは……)


 最早、ゾルタンを警戒する必要はない。

 後は愛する男が見せてくれる演目に集中しようではないか。

 アンヘルは口元に笑みをたたえ、カールを見つめる。


「君たちに言いたいことがある」


 また毒がふんだんに盛り込まれた罵倒がくる。

 誰もがそう思っていた。

 誰もがそれ以外の言葉を想定していなかった。

 だからこそ、


「――――よくやった」


 それは完全なる不意打ちだった。

 何を言われているか理解できない。

 生徒たちはそんな顔をしている。

 だが徐々に徐々にその意味を理解し始め……固まる。

 何故、そんな言葉をかけられたかが分からないから。


「例えそれが自らの意思によらず、強いられたものであったのだとしても」


 淡々と。


「君らはこの地獄を踏破してのけたのだ。誰にでも出来るようなことではない」


 なのにどこか優しく。


「断言しよう。それは金で買った学籍などとは比べ物にならない勲章だ」


 どこまでも真摯に。


「誰に与えられたものでもない。君が、君たちが自らの力を以って勝ち取った勲章だ」


 少しずつ、少しずつ生徒らが再起動していく。


「七日前の愚かの一言でしか括れぬ君たちは死んだ。もう何処にも居ない」


 光を仰ぐように、生徒らはカールを見上げる。


「今ここに居るのは殻を破り、世界の広さを知り」


 そんな生徒らに向けカールは言葉を紡ぎ続ける。


「それでも、歩き出すことを決めた勇気ある者たちだ」


 淡々としていた言葉が熱を帯び始める。


「誇りたまえ、己を」


 生徒らの瞳が潤みだす。


「誇ろう、私も」


 そして、


「――――君たちは”自慢の生徒”だよ」


 トドメの一言が初めて見せる柔らかな笑顔と共に放たれた。


「せ、先生ッ」

「う、あぁ……あぁあああああああああ!!!」


 堰を切ったように先生、先生と生徒らが口々に声を上げ始める。

 彼らの瞳には敵意も、恐怖もない。

 負の感情は微塵もなく、あるのはたった一つの感情――”尊敬”だ。


(やっぱり、ね)


 ワガママ放題に育った貴族の子供たち。

 その意識を変えようと思えば生半なことでは済まない。

 ゆえにカールは一度、全てを破壊したのだ。


(初日の傲岸不遜な言動行動は布石)


 魔道士であるがゆえの傲慢。

 貴族であるがゆえの傲慢。

 学院の生徒であるがゆえの傲慢。

 それらの傲慢に端を発する他者への見下し。

 初日で、それらの悪感情をこれでもかと掻き立てたのだ。


(その上で心を圧し折った)


 どんなことも通じないという圧倒的な現実。

 傲慢さが招いた絶望。

 それらを用いて悪感情を殺ぎ落とせるだけ殺ぎ落とした。


(次に植え付けたのは恐怖)


 生徒らを地獄に放り込むことで、その心を恐怖の一色で染め上げたのだ。

 丁寧に丁寧に、丹念に丹念に、余すことなく恐怖で塗り潰した。

 早く終わってくれ、そう思う余裕さえなかっただろう。

 ただただ恐ろしかったはずだ。


 表裏一体の概念そのままにカールは破壊と再生をやってのけた。


(カールくんがしたことをシンプルに説明するなら厳しくしてから優しくする――ただそれだけ)


 しかし、あのロクデナシどもを相手にするのだ。

 生半な厳しさでは逆に悪い方向へ加速してしまうだろう。

 ゆえに徹底的に地獄を見せた。

 恐怖以外の感情を抱くことさえ出来ぬほどの地獄を。


(例えるならそれは極限の渇きの中で齎された一滴)


 裸一つで砂漠に放り込まれた旅人。

 歩いても歩いても水場も終わりも見えない。

 なのに歩かなきゃいけない。

 渇いている、酷く渇いている。

 気が狂うような渇きの中、遂に旅人は倒れた。

 そんな旅人に、差し出された手があった。

 彼は柔らかな笑みと共に水を差し出した。

 旅人は崇敬にも似た感謝と共に水を受け取った。


 ――――水を差し出したのは旅人を砂漠に放り込んだ張本人だと言うのに。


(何て、何て鮮やかな手腕)


 最早、悪魔的と言っても良いこの手腕。

 惚れた男という欲目を抜きにしても、手放しで賞賛したくなる。


「やれやれ、褒められて泣く奴が居るかね? まったく……慣れないことはするものじゃないな」


 苦笑を漏らすカール、だがあの極々自然な表情ですら演技。演出。

 この芝居を完璧なものに仕上げるための部品の一つでしかない。


「ふむ、最後なのだしこれまで通りに行くとしようか。覚悟は良いかね?」

「あ゛い゛! ご、ご指導願いま゛ずッッ!!!」


 そら、彼らの中でこれまでの”理不尽”は厳しくも愛情に満ちた”指導”にすり変わっている。


「魔法の腕はともかくとして、だ。

心構えに関しては栄えある帝都魔法学院の生徒に相応しいものへと導けた。

だが驕るな。私の指導は今日で終わりだが、君らの道はこれからも続いていく」


 一言一句も聞き逃すまい。

 そう言わんばかりの生徒たちを見ていると苦笑を禁じ得ないアンヘルだった。


「常に問い続けろ。正しさとは何か、強さとは何か。

その葛藤こそが諸君らの生を輝かせる。泥に塗れることを恐れるな。

真に美しい在り方というのは汚泥の中ですら胸を張れる者にしか宿らん」


 良いことを言っている。


「だが、己だけを見つめていても意味はない。

下級生の内はまだ、それでも良い。だが諸君らは学院の最上級生だ」


 正しく、訓示と呼ぶに相応しい内容だ。

 だが、とうの本人に前途ある若者を導くなどという高尚な目的はない。

 というか、そもそも全員がカールより年上だ。


「隣を歩く同期の友を見つめろ。その姿は美しいか? 正しいか?

もしそうならば、友に負けぬよう己を研鑽すれば良い。

だが、そうでないのならば。君らがやるべきことは何だ?

黙って友の”堕落”を見過ごすのか? それが正しい選択なのか? 違う、違うだろう」


 この美しい言葉の裏には明確な打算が秘められている。


「衝突を恐れるな。嫌われることを厭うな。

友が間違った道を進んでいるのならば胸倉を引っ掴んででも止めてやれ。

そうじゃないだろと頬を張り、道を正してやれ。

私が諸君らにそうしたように、今度は君らがそれをやるのだ」


 これだ、これこそがカールの真の目的なのだ。

 教師ですら強く出られない問題児が多い?

 なら、同じ生徒に更正を任せれば良いではないか。

 教師が手をこまねいているのは問題児の背景にあるもの。貴族を恐れているからだ。

 だが同じく貴族の家に生まれた生徒らが動く分には問題ないだろう。

 ただ、動かす生徒を見誤れば意味はない。


(家格の問題もあるからね)


 だからこそ、カールは家柄の良い順に生徒を集めたのだ。


「隣を歩く者だけではない。君らの後ろを歩く後輩たちにも心を配ってやれ。

彼らの通った道は、君らもかつて通った道なのだ。

君らには良い先輩は居なかった。だから、今日の今日まで間違え続けてしまった。

なればこそ彼らが自分と同じような目に遭わぬよう諸君らが道を示すのだ」


 カールの打った一手は学院内に自浄作用を作ることだけが目的ではない。

 その一手は外、もっと言うなら貴族同士の争いにまで影響を及ぼす一手なのだ。


(カールくんの指導を受けた生徒は、これから本当の意味で評価を得ていく)


 学院の生徒の大多数はロクでもない馬鹿息子と馬鹿娘だ。

 だが指導を受けた生徒らは汚泥の中に咲く花となる。

 周りが汚い分、より際立つ。本来得られる評価に、更に補正が乗るのだ。

 カールの指示を受けた教師らは、こぞって彼らを誉めそやすだろう。


 そうなればどうなる?

 彼らの後ろに居る父母は自らの子を”利用”できるようになるのだ。

 粗探しこそが愚かな貴族の習性。

 間違いなく自らの子を持ち上げ、対立する貴族の子女子息を貶める。


 貶められた方は黙ったままか? あり得ない。

 確実に子供の尻を叩くだろう。

 アイツのとこの息子、娘はああなのにお前は何故そうなんだと。

 それで中身は変わらずとも、大人しくはなるだろう。


(でも、本当にイヤらしいのはあの子たちの関係)


 集められた生徒は全員が全員、同じ派閥というわけではない。

 中には対立する者らも当然、居る。

 親の立場に引き摺られていがみ合っていた者も多数居るだろう。


 だが、これからは違う。


 共に地獄を乗り越えたという絆が彼らを縛り付けるのだ。

 縛られているという自覚もないまま、彼らは結束する。

 そしてそれは当然、その後ろに居る父母らにも伝播する。

 同じように手を取り合う? 否、彼らの親は腐ったままだからそうはならない。

 彼らの親は言うはずだ、アイツとは付き合うなと。

 だが鮮血の絆がそれを許さない。

 結果、後ろの権力争いが複雑化するだけ。


(それこそ、学院そっちのけでね)


 親の目が届かぬ学院に通わせたせいで面倒なことになった。

 そんなことを考え、学院から手を引く者も現れるはずだ。


 そして貴族の干渉が薄まれば、教師らも動き易くなる。

 今はまだ恐怖で縛られている者が多いが、元々良心を持っていた者は関係ない。

 流れに乗って学院を立て直すべく奔走するだろう。

 そしてどっちつかずだった者らもそれに追従するはずだ。

 恐怖で縛られているし、何より風見鶏とはそういう生き物だから。


(そうとも知らず……)


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている生徒たち。

 カールへの呼び方も、気付けば”先生”から”閣下”に変わっている。

 元々、傲慢さの裏に卑屈さを忍ばせていたからか。

 強過ぎるほどに強い漢に認められ崇拝染みた感情を抱くようになったのかもしれない。


「さて、これで本当に私の授業は終わりだが」


 カールが指を鳴らすと机とテーブル。

 大量の食材、バーベーキューセットが場内に出現する。

 あらかじめ教師たちに用意させていたのだろう。


「最後に食事でもどうかね?

ああ、これは自由参加だから疲れているなら帰って休んでくれても一向に構わんよ」


「いいえ! 喜んで参加させて頂きます!!」

「全然! 全然平気ですから! 私、まだまだ元気いっぱいです!!」

「あ、お前ら……お、俺もです! 俺も参加しますよ閣下!!」


 当然のように全員参加。

 カールは小さく笑みを浮かべ、満足げに頷いている。


「男も女も関係ない。戦う者は肉を喰らって強くなるのだ。存分に貪りたまえ」


 生徒らを制し、手ずから肉を焼き皆に振舞っていくカール。

 これも計算づくの一手だろう。


「………………なあ、アンヘル」


 黙って事の成り行きを見守っていたゾルタンが口を開く。


「何、先生」

「これってさあ」

「うん」


 ゾルタンは少し躊躇して、こう言った。


「――――悪質な洗脳なのでは?」

「違うよ、人心掌握術だよ」


 この後、指導を受けた三十人はカール親衛隊”ライブラ”なる組織を発足。

 敬愛する総統閣下の軍服に似せて作らせた黒衣を身に纏い、

 綱紀粛正に乗り出した彼らは腐敗する学院に大きな変革を齎し、

 社会に出た後もライブラとして活躍することになるのだが……それはまだ先のお話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る