老婦人のお願い⑥

1.放課後の教室で男女が二人きり、何も起きないはずがなく


 昔話をしよう。

 かつて俺が同調圧力に負け格闘術を修めることになった頃の話だ。


 英雄ゴッコで自身が担う役の技術を各々が磨こうぜとなったが正直俺は不満たらたらだった。

 だってよ、俺、拳帝役だから格闘術を習わなきゃならんのだぜ?

 ぶっちゃけさ、格闘術ってマイナーなんだよ。

 そらそうだ、当たり前のことだが武器使った方が手っ取り早く強くなれるもん。


 想像してみて欲しい。

 素人の君がモンスターと戦うとして、君の前には二つの選択肢がある。

 剣で斬りかかるか、拳で殴りかかるかの二択だ。

 自殺志願者でもなければ前者を選ぶだろうよ。


 武器を失った際の技術として徒手空拳の技を教えているところはある。

 だが、徒手空拳オンリーってのは中々ない。

 剣術、槍術、弓術なんかの武器術や魔法なんかと違って教室の数が圧倒的に少ないのだ。

 少なくとも俺の地元にはなかった。

 どうすりゃ良いんだと不貞腐れる俺を一体誰が責められるよ?


 良いよなあ! 隻眼の賢者役とかは楽勝じゃん!

 だって帝国は魔法大国ですし!? 何処ででも教室開かれてるもん!!

 独学でやるにしても剣術や魔法と違って、教科書になりそうなもんもないしさ!


 当時の俺(ろくちゃい)は、どうしたもんかと途方に暮れていた。

 とりあえず元冒険者の大人でも探してみるか?

 運が良ければ一つ二つぐらいは素手の技術を知ってるかもだし。

 投げ出しても良いのに、何とか義理を果たそうとするカールくん(ろくちゃい)はホント良い子だな。


 だが、俺の目論見は上手くいかなかった。

 そんな都合の良い人間、どこにもいやしなかったぜ。

 アホらしい、もう家帰って糞して寝る!

 そう俺が諦めかけていた時だ、親父が情報をくれたのは。


『裏に住んでるエリアスの爺さんが確か昔、格闘術やってたとか聞いたような……』


 その話を聞いた俺は即座に爺さんの下を訪ねた。


『よう爺さん、アンタ昔、格闘術やってたんだって? 教えてくれよ!!』

『ほう……』


 エリアス爺さんとは特別仲が良かったわけではない。

 顔を合わせたら挨拶をして、世間話をする程度の普通のご近所さんだ。

 それでも、多少の人となりは知っている。

 日がな一日、縁側でのほほんとしてる爺さんだし頼めば教えてくれるだろうとも。

 正直、軽い気持ちだった。何せそもそもの動機がゴッコ遊びのためだからな。

 マジになれる要素がないだろう?


 ――――だがそれが間違いだった。


『つっても、爺さんはもう身体を動かすのもしんどいだろ?

だからこう、口頭で技教えてくれるだけで良いよ。

俺、要領良いからさ。それだけで十分なの。だから、な? 頼むよ爺さん』


 紛うことなきクソガキである。


 学院のカスどもとドッコイドッコイの態度だ。

 正直、あの頃の俺は驕ってた。今もそうかもしれねえ。

 強さ……ってよりも、何かを成し遂げる力に自信があったんだ。

 前世で誰の思惑も覆して本懐を果たしてやったから、それを引き摺ってたんだよ。


『見もせず、口で教えただけで出来ると?』

『ああそうさ』

『なら、試してみようじゃないか』

『試す?』

『そうじゃ、わしと一手交えて勝利すれば技を教えてやろう』


 正直、余裕だと思った。

 相手は昔武術をやってたと言っても今じゃよぼよぼのジジイ。

 対して俺はろくちゃいで格闘技の経験こそなかったが、

 修羅場と言えるような戦いを潜り抜けて自負がある。

 センスだけなら、それなりのもんだと思ってたからな。


『だが、もし負けたのなら文句一つ言わずわしの指導に従ってもらう』

『良いぜ。どっちにしても損はねえしな』

『結構。そいじゃあ、始めようか』


 負けるなんて微塵も考えちゃいない。

 確定された勝利を疑いもしていなかった。

 そんなカールくん(ろくちゃい)はどうなったと思う?


 ――――半殺しにされ薄汚いボロクズになりました。


 六歳のガキ相手に、ジジイは容赦なく拳を振るった。

 いや、俺が抵抗し続けたからってのもあるんだろう。

 正真正銘、指先さえ動かなくなるまで牙を剥き続けたが触れることさえ出来なかった。


『カール。お主には才能がある』


 ジジイはそう言った。

 俺は睨み付けることしかできなかった。


『お主を磨き上げることが、わしの人生最後の仕事と確信したよ』


 ジジイは笑った。

 俺は睨み付けることしかできなかった。


『だが、技を仕込む前に地ならしをしておかねばのう』


 ジジイがエリク汁をぶっかけた。

 俺の身体がみるみるうちに癒されていった。


『まずは肥大化した心の脂肪を取り除こう。

カール、お主にはこれから一週間。早朝から夕刻までわしと戦ってもらう』


 つまりはまあ、何だ。

 カスどもの更正に選んだ手段ってのは、かつて通った道なのだ。

 若さゆえの万能感とか、驕りとか、

 そういうものを根こそぎ殲滅するために師が施した教え。

 俺はそれをそのまま利用しているわけだ。うん。


(っと、いかんいかん。思い出に浸ってる場合じゃない。今は職務時間中だぞ)


 倒れたカスの背骨を踏み砕く音で我に返る。

 単調な作業を繰り返していたからだろう。

 意識が過去へと飛んでしまっていた。


 いやでも、ホント懐かしい。俺もベキバキやられたっけなあ。

 んでその度にエリク汁をぶっかけられた。

 あれが臭いの何のって。

 俺もアンヘルやアーデルハイドみたいな可愛い魔法少女に回復してもらいたかったぜ。


「クケエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」


 奇声を上げながらツインテールの少女が迫る。

 名は覚えていない。

 だが、彼女は見込みのある”三人”の内の一人だ。

 いずれはその名を記憶に刻むこともあろう。


(流石に三日目ともなれば、少しは変化も表れ始めるか)


 ツインテールの先端からビームが放たれる。

 意思を持ったようにうねりを上げ、極光を放つツインテール。

 俺の記憶では初日、昨日は普通に戦ってた気がするんだけどなあ。

 何で突然、こんな面白バトルスタイルを身に着けちゃったの?

 何でそんな戦い方に行き着いちゃったの?

 というかこれどういう魔法?


「ウキャキャキャキャキャキャ!!!!?」


 っていうかこれもう、理性が……いや、これもまた新境地だ。

 傲慢さで埋め尽くされていた頃とは明らかに異なっている。

 最終的に、最終的に丸く収まれば良いんだ。

 今はこんなでも終わり良ければ全て良しになる。


 つーわけで、


「寝てろ!!」


 顔を地面に叩き付ける。

 何か、授業始めてからこれをする頻度が高くなった気がする。

 もう一生分人間の顔を地面に叩き付けたんじゃねえかな。

 痛い怖いを兼ね備えた攻撃だから多用してるが、ちょっとバリエーションを増やすべきかもしれん。

 あんまりやり過ぎると慣れちゃうからな。少なくとも俺は慣れたし。


 俺の一撃で気を失った猿女。

 しかし、意識を失っても尚、ツインテールの銃口は俺に向けられていた。


(ツインテールの銃口って何だよ)


 哲学的な思考に浸りつつ首をひねってビームを回避。

 髪を切り裂く……のは気が引けたので襟首を引っ掴んで遠くにブン投げる。

 ツインテールビームは威力こそ高いが、射程が短いからな。

 距離を開いてやれば大丈夫だろう。


「ホワキャキャキャキャキャキャ!!!!」


 ぐるぐるお目目のガングロくんが二本の杖を手に襲い掛かってきた。

 見所がある奴、その2だ。

 持ち手が湾曲した杖を拳銃のように構え、絶え間なく攻撃魔法を放ってくるガングロくん。

 殆どタイムラグがなく、良い攻撃だと思う。


 アンヘルらの解説によると弾丸のように魔法を事前に仕込みそれを放っているらしい。

 右手の杖に込めた魔法を撃ち尽くしたなら、

 左手の杖で魔法を放ちその間に右手の杖にリロード――ええやん。


 実戦的で、その上見栄えも良いなんて羨ましいぜ。

 遠距離からでなく、近距離で立ち回るってのも意表を突けて良いと思う。

 身体強化をしてるから速さ自体は前衛にも劣らんしな。

 まだまだ粗はあるが、発想自体は悪くない。

 突き詰めて行けばいっぱしのスタイルになるだろう。


 ただ、


(何故、奇声を上げる?)


 明らかにヤベー薬をキメたようにしか見えないんですけど。

 おハーブが生えますわ。


「ホワキャ!?」


 ガングロくんの両手首を掴む。

 これで杖の切っ先は俺に向けられない。

 一矢報いるなら、ここで自爆でもすれば良いと思うが……思いついていないようだ。


「憤ッ!!」


 両手首を引っ掴んだまま思いっきり上下に揺り動かす。

 その際、ガングロくんの足を踏み付けていたので身体は不動のまま。

 どうなったかって?

 手首を基点に両腕の骨が滅茶苦茶になったのさ。


「キキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?!!!」


 けたたましい悲鳴を上げるガングロくんの腹に膝蹴りを突き刺し意識を刈り取る。

 尚、この間も他の生徒は恐怖も露に俺に仕掛けているが片手間で蹴散らしてやった。


(良い傾向だ)


 怯えながらも身体が動く内は俺に仕掛けようとしている。

 勇気だとか反骨心によるものではない。

 彼らを動かすのは純然たる恐怖だ。

 俺はこの三日間、消極的な動きをする奴を徹底的にイジメ抜いてきた。

 凄惨な目に遭いたくないから、彼らは向かって来るのだ。

 積極的に仕掛けて来る奴らは比較的優しく倒されてるからな。


(今は恐怖に強いられて動いているだけ)


 今は、今はまだそれでも構わない。

 まずは身体に戦うということを覚えさせるのだ。

 だが何時か、恐怖の蛹を破り羽化したその時、彼らは飛び立つだろう。

 何者でもない、自らの意思を以って、己が信じるもののために戦えるようになる。


「ウバシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 背後からまたしても奇声が聞こえる。

 溜め息を吐きつつ、その場から飛び退く。

 俺が逃れたことでカスの一人が巨大な拳に押し潰されてしまったが気にしない気にしない。

 どうせ回復魔法で何とかなるんだし、意識を割くだけ無駄だろう。


「ガッフガッフガッフ……!!」


 五メートル以上はあろうかという巨大な甲冑が俺を睨み付けている。

 関節の隙間から蒸気を噴き出しているコイツが、見所のある奴その3。

 コイツも他二人と同じように最初は普通の戦い方をしていた。

 だが、今日の昼あたりからか?

 魔法で作った巨大な甲冑に乗り込んで戦うというスタイルに変化した。


(まあ、悪くはないコンセプトじゃねえかな)


 鈍重ではある、だがその代わりに防御力はお墨付き。

 ちょっとやそっとの攻撃なら当たってもそのまま押し切れる。

 圧倒的質量で押し潰す、ストロング極まる戦い方だが良いんじゃねえかな?

 よっぽどの格上でない限りは安定した戦いが出来るだろう。

 無論、不足はあるだろうさ。だが問題はない。

 そもそもコイツらは冒険者を志してるわけだからな。

 互いの不足を補い合うのがパーティの鉄則。無理に自分で埋める必要はどこにもない。


 でも、


(何故、奇声を上げる?)


 見所のある奴が三人とも人間性を放り出しちゃってるんですけど。

 人語を捨てちゃってるんですけど。

 野性に還っちゃってるんですけど。


「ブロロロロロロロロ!?」


 放たれた拳を真正面から片手で受け止める。

 甲冑くんは力任せに押し切ろうとするが、俺はピクリとも動きやしない。

 焦れたのか拳を引く甲冑くん。

 俺はその動きに合わせて懐に潜り込み、腹部に掌底を放つ。


 軽く触れたようにしか見えないだろう。

 実際の衝撃もその程度だ。

 だが、込められた力は見かけ通りではない。

 俺の手が触れた箇所から蜘蛛の巣状に亀裂が入り――やがて、甲冑が粉々に砕け散る。


(……み、見所はあるんだがなあ……い、いや大丈夫。これから、これからだよ)


 ジリリリリリ! と時計のベルが鳴る。終業の時間だ。

 呻き声すら上げず倒れ伏したまま微動だにしないカスども、

 彼らに事務的な挨拶を投げかけ鍛錬場を後にする。


(このまま職員寮に向かっても良いが……)


 今、俺は学院にある職員用の寮の一室で暮らしている。

 ジャーシン滞在中に泊まってたホテルほどじゃないが、かなり豪華だ。

 アンから聞いた話だと、昔は質素なものだったらしいんだがな。

 馬鹿な貴族の介入、その影響の一つなのだろう。

 上手いやり方だ。贅沢を覚えると元の生活には戻りたくなくなるからな。

 教師の中に腑抜けの屑が多くなった一因だろう。


(ちょっと校舎見学でもしてみようかな)


 寮に帰ってもやることがないし、少し見学させてもらおう。

 思えば職員寮と鍛錬場にしか足を運んでないし良い機会だ。

 特別講師の任を解かれたら、二度と中に入ることもないだろうしな。

 あちこち回って庵や伯父さんへの土産話にするとしよう。


「ふむ」


 とりあえず目に付いた教室に入りぐるりと中を見渡す。

 黒板、教壇、生徒たちが学ぶための机と椅子、ロッカー。

 量産品かオーダーメイドの高級品か。

 その違いはあれども俺の知る教室のイメージとそう違いはない。

 学校なんて前世以来だからか、どことなく懐かしさを覚える。


「……おいおいおい、嘘だろ?」


 何となく机の中を覗いてみたが信じられない。

 どの机も、中に教科書の一冊も入っていないのだ。

 普通、持って帰るのがダルイから置いてくだろ?

 俺なんて五教科の教科書は基本、机の中に入れてたぞ。


「いや、ロッカーの中か?」


 机と違ってロッカーは中を見るのはちょっと気が引けるが……いや問題ない。

 今の俺は教師だ。抜き打ちチェックという名目で自分を納得させロッカーを開く。

 鍵付きだが、鍵をかけているロッカーは殆どなかった。

 そして中身もそう。教科書なんて影も形もありゃしない。


「あ、夏休みだからか?」


 でも俺は夏休みでも教科書放置プレイかましてたけどなあ。

 やっぱ、良いとこの坊ちゃん嬢ちゃんが通うようなところだからか?

 いやだが、人間性はクソみたいなのが多いんだけどなあ。


「おっと、一つロッカー閉め忘れてら」


 乱暴にロッカーを閉めたから、反動で開いてしまったのかもしれない。

 開かれたロッカーのところまで行き……気付く。

 軽く覗いただけだからさっきは見逃してしまったが奥に何か入ってるぞこれ。

 他のロッカーは教科書どころか、物自体あんまり入ってないから興味をそそられる。


 ――――だが俺は直ぐに後悔することとなった。


「え……あの……こ、これは……」


 奥に入っていたのは大きめの紙袋。

 中身は黒を基調として紅いラインが入ったブレザー。

 つまりはここの制服だ。

 その制服は女子のもので、下着や化粧品の類も中に入っている。


 ああ、これだけなら良い。

 これだけならちょっとずぼらな女子が、

 何かの事情で着替えたは良いものの忘れたまま放置してんのかな?

 と理屈をつけられるからな。


「……」


 問題は俺の手の中にある”女性用のカツラ”、

 そしてこのロッカーのネームプレートに刻まれたジェラルドという名前だ。


「……ぉぉう」


 いや、制服と下着、化粧品だけならまだ良いよ。

 女の子の私物を盗む変態野郎ってことで納得がいく。

 行為自体は引くけど、性欲の発露だしね?


 でも、カツラ……カツラ……これは……これは……。


(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛)


 憎い憎い憎い! 俺の鋭敏な嗅覚が憎い!!

 割と体臭が濃い方なんだろうなあ!

 顔近付けなくても分かるんだよ! これ、男の体臭だ!!

 下着や制服から男の体臭が、男の体臭だけが漂ってきやがる!!

 いや、俺も魔法少女の格好とかやったよ!?

 でもネタだぞアレは! これからはガチの臭いがするんだよ!!


「わっ!」

「うぉ!?」


 突然、耳元から声が聞こえ飛び上がる。

 驚いて振り向くと、そこには笑顔のアンヘルが居た。


「カールくん、何してるの?」


 小首を傾げるアンヘルに、俺はそっと手元の品々を指差す。


「こー……れー……はー……」


 アンヘルは順番に視線を向け、最後にロッカーのネームプレートを見やる。


「「……」」


 沈黙。

 俺もアンヘルも気まずい表情で黙り込むことしかできなかった。


「…………ストレス、かなあ」

「…………ストレス、だと思いたいぜ」


 切実にな。

 俺はそっとブツをロッカーに戻し扉を閉めた。


「そ、それよりどうしたんだアンヘル?」

「え? ああうん。寮に行ったんだけどカールくんが戻って来ないから探してたの」


 ああ、鍛錬場を後にしたタイミングが違ったからな。

 毎度毎度後始末させてすまんね。

 カスどもの体力を戻す方の回復魔法や鍛錬場の修繕やら……ホント、お世話になってます。


「ううん。大した労力でもないから気にしないで」

「そうか? でも、ありがとよ。ところでアーデルハイドは?」


 アンヘルは初日から仕事が終わったら寮に来て駄弁ったりしてるんだが、

 アーデルハイドの方は終わったら直ぐに帰ってるのか一度も顔を合わせていない。

 自惚れみたいで恥ずかしいが……正直、意外だった。


「ああうん。ちょっと、ゾルタン先生とね」


 アンヘルは苦笑気味にそう言った。


「本格的な行動に移るのはカールくんのお仕事が終わってからだけど、

学院の現状がよっぽど腹に据えかねたんだろうねえ……色々考えてるみたいだよ」


 まあ、アーデルハイドは分かる。

 多分、家の権力か何かを使ってんだろう。

 だがゾルタン? 貴族の家庭教師やれるだけの立場ではあるんだろうが……。


「ああ、ゾルタン先生も昔は偶にここで教鞭執ってたんだって」

「へえ、あのホモがねえ」

「本職は違うからしばらくは関わってなかったみたいだけど」

「二人から話を聞いて?」

「いや、私は特に何も言ってないよ? アーデルハイドだけ」


 ほーん。

 だがまあ、アンやジェットさんにとっては願ってもないことだな。

 俺も影ながら応援させてもらうとしよう。


「ま、アーデルハイドや先生のことはどうでも良いの」

「ふむ?」


 どこか茶目っ気を感じさせる表情。

 一体、何を考えている?

 そんな俺の疑問に応えるようにアンヘルは”それ”を取り出した。


「お前……」

「前払い、してもらっちゃった」


 アンヘルが胸の前で掲げているのは、

 俺がアンに報酬として要求した帝都魔法学院の制服だった。


「カールくんの報酬なのに、勝手しちゃってごめんね?」


 いや、アンヘルが貰うのは別に良いよ。

 どうせ貰ったらそのまま三人に渡すつもりだったからさ。

 アンとも話がついてるみたいだから、それは良い。


「だがアンヘルよ、俺は……」

「うん、分かってる。自分へのご褒美、だったんだよね?」


 その通りだ。

 今回引き受けた仕事は精神的にも肉体的にもしんどい仕事だ。

 カスどもの相手をしなければならないという精神的な疲労。

 早朝から夕方まで休みなく暴れまわらねばならないという肉体的な疲労。

 一週間を終えた頃には、もうクタクタになってるはずだ。


 そんな、そんな俺に俺から贈るご褒美――それが制服だった。

 制服着させてイチャつくのをモチベにして頑張ってたんだよ。

 我慢して我慢して、その果てに訪れるカタルシスを味わうための禁欲。

 でも、


(……正直、限界だったんだよな)


 というのも、だ。

 俺の受け持つ生徒の中には女子も居る。

 大体十人ぐらいかな?

 で、そいつらさ。中身は糞でも外見は良いんだよ。

 奇声上げてるツインテールだってそう、普通に美少女なの。


 まあ、俺の女たちには劣るけどな!!


 話を戻そう。

 そんな見目麗しい少女らが飛んだり跳ねたり大暴れ。

 当然、見えるし、肌蹴たりもする。

 スカートから覗く白い太ももや背伸びした下着に目を奪われたのも一度や二度じゃない。

 俺の性欲は臨界点に達しかけていた。

 校舎を見学しようなんて思ったのも、きっとそいつを誤魔化すためなのだ。


「本当にごめん」


 制服を持ったままアンヘルが俺に身体を預けてくる。

 彼女は俺の胸元に体重をかけたまま上目遣いでこう口にした。


「――――でも、我慢出来なかったの」


 あざとぁああああああああああああああああい!!!!!!

 だが、だがそれが良いッッ!!


(つくづく……つくづく、男を立ててくれる……!!)


 コイツは察していたのだ。

 俺の性欲ゲージがオーバーフローを迎えようとしていることに。

 だが、俺に俺が決めた誓いを破らせたくはない。

 だから自分で泥を被ったのだ。

 いや、俺がそういうのにキュンキュンするだろうって打算ありきだろうがね?

 清楚な外見とは裏腹に自分から誘う”はしたなさ”とかが好物なのも奴にはお見通しだろうさ。


 だが、そんな計算づくの行動でさえ愛おしい。

 なあ、そこまで察してくれる女が早々居るかね? 居ねえよなあ。


「……我慢出来なかったなら……しょうがないよな」


 誰が、とは言わない。

 それを告げるのはアンヘルへの裏切りになるから。

 でも、そうと取れる言い回しをする。

 コイツならきっと察してくれるはずだから。


「……うん、しょうがないよね」


 名残惜しげに俺から離れると、

 アンヘルは制服を近くの机に置き軽く腕を振るった。


「何だその紙袋?」

「私の制服はカールくんの報酬でしょ? だから、私自身の報酬にこれをお願いしたの」


 転移で呼び寄せた紙袋から取り出したのは男子用の制服だった。

 察せないほど愚かな男ではない。

 これは珍しい、アンヘルからのリクエストだ。

 ならばそれに応えよう。だが、ただ応えるだけじゃつまらんよなあ?

 俺は応えよう、だがも一つお前にも応えてもらおうじゃないか。


「まあ、学院側からすれば安い報酬だよな」


 制服を受け取るとアンヘルはニコリと笑った。


「じゃ、着替え――――」

「待った」

「?」

「俺が先に着替える。だからアンヘルは後ろ向いて目を瞑っててくれ」

「!」


 気付いたな、それでこそだ。


「アンヘルは着替え終わった俺を見てから着替えてくれよ」

「……うん、分かった」

「あ、それとヘアピンとヘアゴムくれない?」

「はい、どうぞ」


 時は黄昏、所は教室、相対するは男と女。


(――――さあ、俺たちの性春を始めようか!!!!)

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