老婦人のお願い⑤

1.これは持論だが躾に一番効くのは痛みだと思う(兵長並の感想)


 結論から言おう、誰一人として俺に一撃入れられる奴は居なかった。

 一撃どころか息を乱させることも、服を焦がすことさえ出来ずに全員ノックアウト。

 いや、順番が進むごとに多少はレベルも上がって行ったんだがな。

 だがそれも俺の目にはドングリの背比べにしか見えんかったわ。


「そんな馬鹿な……」

「こんな、こんな、あり得ない」

「ま、魔道士でもない男に……イカサマよ、絶対に何かイカサマを使って……」


 惨憺たる有様だ。

 ちなみに、イカサマは良い線行ってる。

 まあ仕込んだだけで使う必要はなかったがな。


(悪いね)


 ちらりと練兵場の隅を見やると、アンヘルとアーデルハイドが小さく手を振っていた。

 そう、この二人こそが俺の用意したイカサマ兼安全装置である。

 彼女らには事前に指導内容を説明し、

 俺がやばそうな時はバレないようにフォローするよう頼んであったのだ。


(……まあ、そっちに関しては無駄だったけど)


 だって見ろよ。

 ジュース片手に菓子食ってるものあの子たち。

 完全に見世物を見に来てる気分だもん。


(まあ、途中何度かやべえ顔してたけど)


 顕著なのはアーデルハイドだろう。

 俺への無礼な発言を差し引いても、許せなかったのだ。

 カスどもがこの学院の生徒であることに。

 戦う者としての質はともかく、俺に魔道士の質というのは分からん。

 だがアーデルハイドには許し難いレベルだったのだろう。

 帝都魔道学院の生徒という肩書きを持っていながら、この程度なのか。


(アンとか殺気を感じる度、顔を蒼くしてたからなあ)


 俺は俺がいるからアーデルハイドが暴挙に出ないことを知っている。

 だがアンはそうではない。

 自分よりも若く強く優れた魔道士がブチ切れてしまえば。

 そう考えると気が気じゃなかったはずだ。


(でも、アンヘルの方は淡白だよな)


 演技の可能性も否めないが……多分、それはない。

 俺に対するディスには怒っていたが、

 カスどもの魔道士としての力量には何ら興味を示していなかったように思う。

 実際、どうでも良いのだろう。


 こいつは俺の私見だがアンヘルとアーデルハイド、

 共に天才的な魔道士だが魔法というものへのスタンスが決定的に異なっているように見える。


 アンヘルは魔法を便利な道具程度にしか思っていない。

 以前もそうだったかは不明だが俺という”一番”を見つけてしまったからだろう、

 他が全て同列に成り下がってしまったっぽい。

 普通は優先順位二位と百位が同列にはならんだろうが、アンヘルの場合はそうなのだ。

 俺が絡んでいなければ順位も正常に働くんだろうが、絡んだ途端に軒並みカスとなる。


 対してアーデルハイドは違う。

 こっちの精神構造は実に真っ当で、

 優先順位の一位が俺だというのは同じだが他をどうでも良いとは思っていない。

 魔法というものに、魔道士であることに誇りを抱いている。

 だからこそカスどもの存在と、それを許容する学院に対し明確な苛立ちを抱いている。


 道具と矜持、相容れるはずもない。

 コイツら俺が居なかったら些細なことでも殺し合いを始めちまうんじゃねえかな。


(深く考えると欝になりそうだから、俺は俺の仕事をしよう)


 打ちひしがれるカスどもへ向き直る。


「揃いも揃った無能ども」


 自分たちならばやれると思ったのか?


「その程度の力で成績優秀者を名乗れるとでも?」


 金と権力で買える程度のものしか持っていないのに?


「学院の生徒――いや、魔道士の面汚しだな」


 魔道士と名乗ることすらおこがましい。


「そんな奴らが冒険者を志す?」


 呆れを通り越して哀れみすら覚える。


「己を知らぬ、物を知らぬ、恥も知らぬ」


 そんな救いようのない愚物が冒険者としてやっていけるとでも?


「無能を喧伝するだけだ」


 いや、それだけならばまだ良い。


「貴様らは己という汚物を徒に振り撒き他人に、社会に迷惑をかけるだろう」


 実際、コイツらの先輩がそうなってるしな。


「無能を通り越して害悪だよ、貴様らの存在は」


 殴りかかってくる者がいた――殴り返してやった。

 魔法を撃ってくる者がいた――気弾で吹き飛ばしてやった。

 俺の発言に怒り心頭なのだろう。

 だが、カスどもは何も出来ない。


 とはいえ、俺に噛み付いて来た連中は見所がないわけじゃない。

 屈辱を強いられておきながら噛み付こうともしない奴よりは根性がある。

 相手が圧倒的強者だから?

 その程度の理由で膝を折るのなら最初から大人しくしていれば良いのだ。


 許せないことを許せないと、納得できないなら納得ができぬと叫べ。

 自らの意思を示せる者にのみ道は開かれるのだ。

 少なくとも、俺はそうして道を切り拓いてみせたぞ。


(代わりに死んじゃったがな!!)


 だがまあ前世で得た教訓を俺は間違っているとは思えない。

 貫き通しただけの価値はあった。

 そして、これからも貫いていくことに何の迷いもない。

 だからきっと、俺の目に映る景色は美しいのだろう。

 今回噛み付いて来た連中にも、何時かは俺と同じ景色を見て欲しいものだ。


(噛み付いたの三十人中六人だけだがな!!)


 五分の一て。お前、お前……えぇ……いやだが関係ない。

 どうせ全員最後は同じ場所まで引き摺ってでも連れて行くわけだしな。


「――――だが私も鬼ではない」


 チャンスをやろう、最後のチャンスだ。


「私は鬼ではない……が、些か以上に愚か者であったらしい」


 まさかお前たちがここまで無能だとは思っていなかった。

 こちらとしては学院の生徒ならばクリア出来るだろう。

 そのつもりで課題を出したのだが、結果はご覧の有様。

 一撃当てるなど夢のまた夢。


「諸君らを過大に評価していたという愚は粛々と受け止めよう」


 謝罪会見に挑む芸能人のように申し訳なさそうな顔を作る。


「貴様の目は節穴か? そう罵られても仕方あるまいよ」


 俺の煽りが徐々に奴らの心を蝕んでいくのが手に取るように分かる。

 後一押し、後一押しくれてやれば最後の詰めが終わるだろう。


「ゆえ己の不明を詫び、もう一度だけ課題を行おうと思う」


 一対一というのはハードルが高過ぎた。


「今度は全員でかかって来ると良い。

誰か一人でも一撃を入れられれば約束通りに資格と勲章を与えよう」


 瞬間、カスどもの瞳に火が灯る。

 何の根拠も無く思いあがれるほどの自尊心を持ちながら、その癖、数を頼みにする。

 面白いもんだよな。

 冷静に考えれば矛盾してるのに、当人は疑問すら抱かない。

 だがこれは奴らが特別、おかしいというわけじゃないんだ。

 人間ってのはそういう生き物なんだよ。


 なーんてカッコつけてみたり。


「挑む者は再度、杖に誓いを立てたまえ。

課題をクリア出来ねば授業にキチンと参加するとな。

ああ、その場で宣誓するだけで良いぞ」


 俺がそう言うと口々に誓いの言葉が上がった。

 これで二度、奴らは二度自らの杖に誓いを立てたことになる。

 絡み付いた蜘蛛の糸からはもう、逃れられん。


「結構――――では諸君、殺すつもりでかかって来たまえ」


 ポケットに手を突っ込みながらそう言ってやる。

 無論、挑発のためだ。


「ほう?」


 距離を取りつつ俺を取り囲むように展開したカスども。

 現状、俺はまだ手出しが出来ない。

 なので奴らはじっくりと準備が出来るわけだ。


「これはこれは」


 包囲し、一斉に各々が出せる最大火力を放つ。

 成るほど、正しい選択だ。

 惜しむらくは、彼我の実力差か。

 一対一で戦い、俺はもう全員の力を把握してある。

 だから断言しよう、コイツらが束になってかかろうとも俺には一撃も与えられやしない。


「貴様の無礼、死でも贖えぬが……」

「慈悲をくれてあげるわ」

「痛みを感じる暇もなく逝きなさい」

「塵一つ残してやらんぞ……!!」


 十分ほど経過したところで、ようやく準備が整ったらしい。

 殺意も露に三十の魔法が俺に向け放たれようとしていた。


「――――ック」


 両手を顔の前でクロスし、


「ハァッ!!!!」


 魔法が放たれると同時に両手を広げる。

 溜めていた気を放出し半径数メートルほどのドーム状のバリアが展開された。

 カスどもが放った魔法は半透明の紫色の障壁に阻まれあらぬ方向へと散っていく。


「そんな……!?」


 殴り飛ばしたり蹴り飛ばすことも出来るのだが、

 視覚的なインパクトはこっちの方が上だろうと思いバリアを張らせてもらった。

 何せその場から一歩も動かずに防いで見せてるわけだからな。


「それでは、始めようか」


 別にこだわりがあるわけではない。

 だがここまで来たのだし、折角なら最後まで貫こう。


「な……!? く、来るな! 近寄るなぁああああああああああああああああ!!!!」


 真っ先に俺にディスられ、

 真っ先に俺に挑み、

 真っ先に俺に敗れた、

 そんな彼だからこそ今回も最初に潰れてもらおう。


 空を駆けながら接近する俺に向け魔法を連射するカス一号。

 俺はそれを手で払いのけながら視認出来る程度の速さで距離を詰め、


「かひゅっ……!?」


 腹パン。

 一撃で意識を飛ばされた一号だが、まだ使い道はある。

 落下しそうになった一号の襟首を引っ掴んで別のカスへと投擲。

 俗に言う人間砲弾である。


(さあ次だ)


 投擲と同時に意識を外し次の対象へ向けて疾走。

 わざわざ確認せずとも当たるのは分かっている。

 いや、正確には避けられないのが分かっている……か。


「ば、ばけも――――」

「私程度が化け物? 本当の化け物が聞いたら怒り狂うよ」


 胸倉を引っ掴んで再度、人間砲弾。


(さっさと小蝿を片付けよう)


 こうして無双している俺だが、世界は広い。

 俺より強い奴はゴロゴロ居るだろう、所詮は井の中の蛙。

 そしてそれは俺より強い奴らにも適応される言葉だ。


 例えば、今、この世界において明確に最強と呼べる誰かが居たとしよう。

 そいつは過去の最強と比べても尚、最強なのか?

 これから先、未来に生まれる強者たちよりも強いのか?

 人間の可能性は広大無辺だ。あり得ないなどということはあり得ない。


「ち、畜生! 畜生! 畜生! このクソッタレェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」


 最後の航空戦力が拳を握り締め吶喊してきた。

 拳士相手に魔道士が格闘戦を抱くなど愚の骨頂。

 自らの土俵に引き摺り込むなんてのは基本中の基本だろうに。

 だが、


「その度胸だけは認めてやろう」


 例え自棄になっていたのだとしてもな。

 敬意を表し、砲弾にはしないでやる。


「憤ッ!!」


 ボディーブローで腹を打ち貫く。

 腹に風穴を開けられ墜落していくよりも早く俺は地面に降り、次の敵に向かう。


 え? 死んでないのかって?


 問題ない。

 そのためのアンヘルとアーデルハイドなのだから。

 この二人はイカサマ要員だが、同時に医療スタッフでもあるのだ。

 即死じゃなければ何とか出来る、とは二人の言である。


「嫌! やめて! 許して……こ、降参! 降参するから!!」

「自らの杖に誓いを立てたのだから最後の最後まで戦え。痛みを厭うな」


 顔を鷲掴みにして地面に叩き付ける。

 殴った方が早いのだが、恐怖を植え付けるためなのでしょうがない。


「い、嫌だ! 死にたくない! 死にたく――――」

「実戦の場でそんな命乞いが通用するのかね? 君らの相手はモンスターだろうに」


 回し蹴りを横っ腹に叩き込むと身体が綺麗に”く”の字に折れ曲がり吹っ飛んで行った。

 あと、誤解なきよう言っておくが俺は殺すつもりなどさらさらない。

 流石にそこまでしてしまうとバックが面倒だからな。


「く、クソ……許さん、絶対に許さない……父上に言って必ず貴様を殺してやる!!」


 逃亡しようとする者が現れ始めた。

 想定通りだ。しかし、人数が人数なのでギアを上げるとしよう。


「再度言うが、実戦でそれが通用するのかね? 君のお父上は召喚獣か何かなのか?」

「な?!」


 突如として前方に現れたようにしか見えなかったのだろう。

 その表情は驚愕で染め上げられている。

 そんな彼の顔面――正確には口のあたりに拳を突き刺す。

 感触的に、多分前歯が殆ど折れただろう。

 だが安心してくれ。アンヘルたちの回復魔法ならば問題なく再生する。


(魔法ってすげえな! いや、あの二人の魔法がおかしいだけなんだろうけどさ!!)


 両の五指を肋骨の隙間に差し込む。

 しっかりと指を肋骨に引っ掛け――――躊躇なく”開く”。


「~~!~!~!!!!!!?!!?!」


 恐怖が良い具合に染み込んだようだし、もう良いか。

 頃合だ、そう判断した俺は更にギアを上げて残るカスを一人残らずブチのめしてやった。

 時間にすれば五分もかかっていないだろう。


「…………まさか、誰一人として当てられんとはな」


 這い蹲るカスどもに向け、そう言い放つ。

 だが、これまでのように”元気”な反応は返ってこない。

 しかしそれも当然。肉体の傷や痛みこそ癒えているようだが心は違う。

 すっかり恐怖に支配されてしまい噛み付く気概すら圧し折れてしまったのだ。


「失望した――と言いたいが、短期間とはいえ私は教師だからな。

逆に指導の甲斐があると思っておこう。そうでもないとやってられん」


 ちらりと、アンやエルザ……の”周辺”を見渡す。


(おうおう、青い顔してんなあ)


 とりあえず、アイツとアイツとアイツ。

 恐らく邪魔になるであろう連中の顔をしっかり覚えておく。

 体罰が必要なのは何も生徒だけではないようだ――ま、分かってたけどね。


「時間が惜しい。さっさと話を進めるとしよう。

諸君らは誓約の通り、これから私の授業を受けてもらう。

そしてその肝心の授業内容だが、何簡単なことだ」


 難しいことは何一つとしてするつもりはない。


「――――これから毎日早朝から夕方までひたすら私と戦ってもらう」


 まあ今日は別だがな。

 一人一人手を抜いて相手してたもんだから昼前になっちまったし、初日だからな。

 授業は昼食休憩を挟んでからで良いだろう。


「ふ、ふふふふふざけるな! 馬鹿馬鹿しい! 誰がそんなものに付き合うか!!」


 一人の抗議を皮切りにそうだそうだとカスどもが喚き始める。

 ”嵌め”られたことに気付いたのは……五人ぐらいか。

 その五人にしても、今更かよと言わざるを得んわけだが。


「君らは杖にかけて誓いを立てただろう」

「ハッ! あんな古臭い儀式知ったこっちゃないわ! 何でこの私が護らなきゃいけないのよ?」


 馬鹿じゃないの?

 とカス(♀)が俺をせせら笑うとあちこちで嘲笑が上がる。

 俺はそれを無視し、エルザに視線を向ける。


「魔道士にあるまじき振る舞いをした者は杖を折り退学処分とする」

「当学院の校則ですね」

「杖の誓いを破った者は?」

「無論、適応されます」


 エルザの言葉に周囲が俄かに騒がしくなる。


(あ、やばいやばい……アーデルハイドの顔が怒り通り越して無表情になってやがる)


 学院はそんなことさえ教えていないのか。

 いや違うな、これは学院云々以前の常識なのだろう、アーデルハイドにとっては。


 杖の誓い、というのは古くから魔道士に伝わる儀式のことだ。

 噛み砕いて説明するなら、これを破った奴は魔道士失格。

 以降、恥知らずにも魔法を使おうものならその場で殺されてもしょうがない。

 そんな重い誓約なのだ。

 だから軽はずみに誓いを立ててはならないし、立てたのなら何が何でも護らなければいけない。


 だが、さっきカス(♀)の言葉からも分かるようにコイツはもう形骸化された儀式なのだ。

 古臭い、馬鹿らしい、というのが多数派の意見なんじゃねえかな。

 しかしそれも、時と場所を選べば絶大な効力を発揮する。


(いやホント、まんまと引っ掛かってくれたよ)


 ここは何処だ? 魔道大国と、世界的にも認知されるプロシア帝国だぞ?

 そのプロシア帝国で最高の魔道士育成機関と称される帝都魔法学院。

 そこが杖の誓いを軽視するわけにはいかんでしょう。


 ちなみに杖の誓いに関してだがこれはアンヘルやアーデルハイドに聞いたわけではない。

 郷里の幼馴染から聞いた話である。

 そいつは英雄ごっこで最高の魔道士”隻眼の賢者”を演じていた奴で、

 聞いてもいないのにペラペラ色々なことを教えてくれたのだ。

 話上手な奴だったので覚えていたわけだが、ホント何があるか分からんな。

 ただの雑談が巡り巡って俺の役に立つんだもの。


(なあオイ、お前、元気にしてんのか?)


 ロリを嫁にする。

 そう杖に誓いを立てた幼馴染を思い出し、少しセンチメンタルな気分になる俺であった。


「そして、このことは皇帝陛下のお耳にも入れねばならないでしょう。

学院の歴史を遡っても退学者はゼロではありません。

しかし、杖の誓いを破ったことで退学になるなど前代未聞ですからね」


 打ち合わせ通りにエルザが援護射撃をしてくれる。


「前代未聞かね」

「ええ、杖の誓いを破っただけでも信じられない話ですが……まさか三十人も、とは……」


 カスどもはあり得ない、そんな顔をしている。

 これもまた、学院の腐敗の象徴だなあ。

 もしも伝統と格式を守り続けていたのならば、こうも軽視されるはずがない。

 奴らは金で経歴に箔を付ける場所としか思っていないのだ。

 こればっかりはカスどもだけの責任じゃねえな。歴代の教員や、奴らの親にも責はある。


「彼らはどうなる?」


「一度ならず、二度までも杖に誓いを立てそれを破るわけですからね。

処刑は免れないでしょう……ですが、一教師としてそれは承服出来ません。

どんなに愚かでも、私にとっては可愛い教え子なのです。

何とか貴族籍の剥奪と国外追放程度に留めて頂けるよう、職を賭けてでも言上仕りたいと思います」


 これがただの魔道士なら処刑なんて物騒なワードは出て来なかっただろう。

 国外追放と魔法を使用したら死ぬようなアーティファクトをつけられる程度で済んだと思う。

 だが彼らは貴族だ。ブルー・ブラッド、貴き血を持つ者。

 臣民の上に立つ彼らが、魔道大国の名に恥じるようなことをしたら……ねえ?


 エルザの言葉に現実を認識させられたカスどもの顔色は、

 それはもう酷いことになっていたが……自業自得である。


「なら、彼らの父母――いや、家はどうなる?」

「最悪、御家取り潰しの可能性も出て来るかと」


 だよなあ。

 魔道大国の貴族としてあるまじきことだものねえ。

 教育をしっかり施せなかった責任は取らないといけないよねえ。


「ま、待て! 待て待て待て! 分かった。金か? 幾らだ、幾ら欲しいんだ?

父上にかけあってやる。望むだけの額を貴様に支払ってやる!!

学院長、そしてそこの婆にもだ! だから今回のことはなかったことにしろ! 良いな!?」


 この期に及んで上から目線。

 流石厳選された馬鹿だわ。


「そうもいかん」


 目で合図を送るとアーデルハイドが無表情のまま頷いた。

 ちょっと――いや、かなり怖いな?


「あなた方も、そう思うだろう?」


 エルザたちの近くで待機させていた他の教職員らに語り掛ける。

 突然現れた教師陣に唖然とするカスども。

 何時からそこに、などと言っているがほぼ最初から彼らは居た。

 具体的なタイミングを説明するなら俺がカスどもの前に現れたあたりだ。

 あのあたりでアンヘルかアーデルハイド……さっき頷いてたし、アーデルハイドか。

 アーデルハイドが教員を拉致って偽装を施し待機させていたのだ。

 邪魔されては面倒なので身体の自由を完全に奪っていたがな。


(しかし、頼んだの俺だけどガチでやべえなアイツら)


 二人に計画を話す際、最初は俺が教職員を闇討ちして拉致る予定だったのだ。

 しかし二人は別に俺が動く必要はない。

 自分たちだけで出来ると言ったから、任せたんだけど……やばくね?

 生徒の質はカスだが教職員だぞ?

 帝都魔法学院の教員をまとめて拉致し、自由を奪い続けるとか尋常じゃねえよ。

 凄い凄いと思っていたけど、まだ俺の認識は甘かったらしい。


「仮にも帝都魔法学院の教員として、よもや愚かな選択はしまいね?」


 教員らを睨み付ける。

 返ってきたリアクションは様々だ。

 どうにかして俺を排除したいという表情。

 貴族に逆らいたくないから巻き込まないでという表情。

 良く言った! その通りだ! という表情。

 どうすれば良いか決めかねている表情。


(生徒ほど、教員は腐って……いや腐ってるな)


 積極的に貴族に媚売ろうって奴らは予想よりは少ない。

 しかし、事なかれで済まそうとしてる奴らが予想よりも多い。

 事なかれ主義も結局は腐敗の原因だし、カテゴリーは屑で良いだろう。

 他所ならともかく、ここは帝都魔法学院なのだ。厳しい目を向けられて然るべきである。


「まあ、まあまあまあ。落ち着いてくださいな」


 一人の教員が前に出る。

 ピンク色のドレスに身を包んだデブい婆だ。

 脂肪を揺らしながら前に出た婆は一瞬、俺に嫌悪の視線を向けにこやかに語り始める。


「幾ら何でも厳しいんじゃありませんこと?

彼らはまだ子供。ここは大人の寛容さを見せてあげるべきですわ。

間違いは誰にでもある。教師というのは何も厳しい対応だけをすれば良いというものでは――――」


 距離を詰め、


「あり……がぁ!?」


 その顔面に拳を突き刺す。

 そして胸倉を引っ掴んでその醜い身体を壁に押し付けてやる。


「あ、あなた……にゃ、にゃを……!? わ、わたくしをだれ……ぎぃう!?」


 再度、拳を振るい今度は顔面を潰す。

 が、直ぐにアンヘル回復魔法で顔面が回復されるので再度顔面を潰す。

 破壊と再生を繰り返しながら俺は婆に語り掛ける。


「彼らがあのような愚物に育ってしまった責が貴様ら教員にないとでも?」


 俺の言葉、そして肉と骨が砕ける音が場内に響き渡る。

 目の前で繰り広げられる凄惨な光景に誰もが恐怖し何も言えずにいた。

 ああいや、アンヘルとアーデルハイド、んでアンは違うな。

 何も言ってないけどビビってないもん。


「その怠慢を棚に上げてよくもまあ、そんな厚顔さを発揮できるものだな」


 真っ当な教師ならば恥を覚える場面だ。


「恥を知らぬのか? 知らぬのだろうな、知らぬからあんな戯言を口にできる」


 と、そこで再起動を果たした数人の教師が杖を取り出す。

 教頭先生に何をするか! と俺に魔法を放とうとするが遅い。

 というかこの豚、教頭かよ。

 こんなのが学院の教頭勤めてんならそら腐敗も加速するわ。


「あば……!?」

「ごぶぅッッ!!」

「ひぎゃっ!?」


 一瞬だけ豚から手を離し俺を攻撃しようとしていた連中を叩きのめす。

 四肢の骨と胸骨、肋骨を何本か折ってやった。

 こっちは回復魔法が施されることもなく地面に這い蹲って苦悶の声を漏らすだけ。

 以心伝心、アンヘルめ、流れというものを理解しているではないか。


「恥知らずはまだ居たか。嘆かわしいことだ」


 再度、豚の教育に戻る。

 口では偉そうに言ってる俺だが、無論、心からの発言ではない。

 これはあくまでパフォーマンスだ。

 どっちつかずの屑どもに見せ付けるためのな。

 その手の輩は風見鶏のようなもの。

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。


 殺すぞマジで。


 カスどもに味方して足を引っ張る教員を出したくない。

 ゆえに俺はこうして脅しつけているのだ。

 屑に味方するような奴らがどんな目に遭うのかってことをな。

 その後の細かい調整はエルザに任せれば良いだろう。

 俺としては不干渉以上は望んでないしな。


「貴様らもまた学院の名を、魔道士という存在を貶めた戦犯だ」


 豚の心は完全に折れている、目を見れば分かる。

 だがまだだ。まだ終わるつもりはない。

 この手の輩は、ちょっとでも甘くすると忘れてしまうからな。

 これから先、死ぬまで俺という恐怖を忘れられないようにしてやる。

 逆らう気概など与えるものか。

 腐敗の元凶であるのは間違いないからな。


「少なくとも豚、貴様は間違いなく処刑されるだろう。そしてこの豚を庇おうとした屑どももな」


 だってそうだろう?

 杖の誓いを軽視するような真似を、学院の教師がやったのだ。

 見過ごすわけにはいかんよなあ?


「どうする? その前に私が殺してやろうか?

公衆の面前で首を切られるよりかは幾分かマシだろう?」


 豚と、地面に這い蹲っている虫けらに語り掛ける。

 彼らは恐怖に怯え竦み、嫌々と首を振っていた。


「他の教員どもも立場を明確にしろ。無論、杖に誓いを立ててな」


 出来ないということはカスの味方。

 それはすなわち、魔道士全体の癌ということになる。

 癌は切除しなきゃなあ? 他の健全な部分に悪影響を及ぼさないためにも。


「このカール・ザ・グレートを支持するか否か――今直ぐに決めろッッ!!!!」


 俺の呼び掛けを受け、真っ先に動いたのはアンとエルザ。

 そして良識派――現状の学院を憂いているであろう数人の教職員たちだ。

 彼らは怯えることもなく、実に堂々と杖の誓いをやってのけた。

 ガキどもがやった軽薄なそれではない。

 魔道士としての風格がそこには確かにあった。


 これにはアーデルハイドもニッコリ。


「あ、あの御方は……」

「ジーベル様!?」

「アン先生……あの婆って一体何を言ってるんだと思ってたが……」


 ん、んんん?

 今アンに気付いたと言った様子の事なかれ主義の屑たち。

 いや、驚いてるのは一緒に杖の誓いを立てた連中もか。

 ひょっとしてアン、教員たちには見えないよう魔法使ってたのか?

 つーかジーベル様って……アンって偉い人だったりするの?


「誓いを立てたのはあなた方だけか。よろしい、他は切除すべき悪性腫瘍なのだな?」


 俺の言葉に事なかれ主義の屑、

 そしてストレートに腐敗の原因となってる屑どもが恐怖を露にする。


「ぢ、ぢが……ぢがいますぅうううううう!!」

「お、俺も……誓う……誓うから、い、命だけは……命だけは……」

「私も! 私も誓います!!


 次々に杖の誓いが立てられる。


「結構。全教職員の支持を得られて私も感無量だよ」


 ここまで巻き込んでやればガキどものバック。

 貴族どもも表立って俺をどうこう出来ないだろう。

 杖の誓いを立てた以上、教員らも後戻りは出来ない。命を懸けるしかないのだ。

 必死こいて俺を護ろうとするだろうよ。


(まあ、逆に俺を排除してなかったことにという可能性もなくはないが……)


 限りなく低いだろう。

 ここまで手筈を整えた俺だ。

 そういう事態になれば何もかもを巻き込んで全員を道連れにするぐらいはやってのける。

 それぐらいは奴らにも分かっているはずだ。

 分からないような馬鹿が居る可能性もゼロじゃないが、

 そっちは俺が何もしなくても分かってる奴らが勝手に潰してくれるだろう。


(だから警戒すべきは表沙汰に出来ない動き)


 ぶっちゃけ暗殺だな。

 刺客が送り込まれる可能性は高いが、返り討ちにすれば良いだけの話だ。

 ぶち殺してその首を貴族街にでも晒してやるさ。

 心配なのは伯父さんと庵が巻き込まれること。

 俺の身元は偽装してあるが、万が一がある。

 だがアンヘルが頼りになる護衛を派遣してくれるらしいし、まあ大丈夫だろう。


 七日間で俺が仕事をやり果せれば、問題はない。

 そうなりゃあ、貴族どもも俺に関わってる暇はなくなろうさ。


「さて、生徒諸君。杖の誓いを破るという者は名乗り出たまえ。止めはしないよ?」


 改めてカスどもに向き直る。

 彼らの表情は絶望、その一色で染め尽くされていた。

 辛いか? 苦しいか? 目の前が真っ暗になってどうすれば良いか分からないか?

 安心しろ、授業が終わる頃にはそれも消えてなくなる。

 むしろ、授業を受けて良かったのだと思うようになってるだろうさ。


「結構、それではこれから一週間、よろしく頼むよ」

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