老婦人のお願い④

1.グレートティーチャーカール


 八月も下旬に差し掛かった今日この頃。

 社会人には何の関係もないが、

 学生は長期夏季休暇の終わりが見えていて少しブルー入ってたりするんじゃないかな?


 それはさておき。


 夏の長期休暇は異世界の学生にも適応されるようで、

 帝都魔法学院もまた夏季休暇の真っ只中にあった。

 え? そんな中で指導とかどうするの? と思うかもしれないがそれは大丈夫。

 俺のターゲットである学生はちゃーんと学院に呼び出している。


 まあ帰郷のためのお金が勿体なくて寮に残ってたり、

 折角学院に入れたのだからと休みも返上で頑張ってる生徒らも居るんだがな。

 そういうのは俺のターゲットではないのだ。

 そこを突っついても何も変わらんからな。


(寡兵で大軍をぶち破ろうってんなら狙う首は厳選しないと)


 俺が学院側に集めるように頼んだ生徒の条件は幾つかある。

 第一に来年の春卒業の最上級生で、進路が冒険者になっている者。

 第二にその中でも家格が高い順に三十名ほど。

 ここを崩すことが、改革の肝になるだろう。


「閣下、到着致しました」

「うむ」


 すっかり従順になったエルザに先導され馬車を降りる。

 遠目からでも見えていたが、デケエし豪華なのな学院。

 一見の価値ありとは聞いていたが、確かにその通りだ。

 帝都にあるとはいえ学院があるのはお上品な地区だからな。

 縁がないと、はなから足を運ぶつもりすらなかったが……中々どうして。

 落ち着いたら庵でも連れて、この辺ぶらついてみるのも良いかもしれん。


「エルザ、連中は集められたんだろうな?」

「はっ! 散々文句は言われましたが餌をぶら下げてやれば簡単に釣れましたよ」


 アホどもめ! なんて言ってるけどさあ。

 ちらりとアンを見やる。


「話を持って行った時、そんな条件を出せるわけがありません!

幾ら先生のお願いでも……って散々に渋られたわね」


 だろうな。

 俺としても無茶な餌を出させたって自覚はある。

 吊るした人参をカスどもに食わせるつもりはなくても、

 学院の責任者としては中々承服出来まいと思っていた。

 それだけにアンが条件を呑ませたのが驚きだがな。


「……そ、それより如何でしょう閣下。勝算の程は?」

「この俺が道理も分からぬカスに遅れを取るとでも?」

「そ、そのようなことは!!」


 うーん、この小物。


「実際のところ、どうなのかしら?」

「イカサマの仕込みはしてあるよ」


 理想は俺が地力でカスどもを寄せ付けないことだが万が一がある。

 なのでしっかりサマの仕込みはしてある……まあ、他力本願だけどな。

 だが、


「俺にサマを使わせるってことは真正面から条件をクリア出来るだけの力があるってことだ」


 俺にイカサマを使わせた上で、

 それを見抜いたのならばイキるだけの資格はあるということだ。


「俺の実力を評価してくれてるんだ、その認識で間違いはないだろう?」

「そうね、確かにその通りだわ」

「だったらそいつには卒業資格をくれてやっても良いんじゃねえの?」

「確かに。それでも、勲章は行き過ぎだと思うけれど」


 俺がぶら下げた餌とは特別授業に出席し、

 講師の出す課題をクリアすればその場で卒業資格を与えるというもの。

 それもただの卒業資格ではない。成績優秀者としてだ。

 こればっかりは金で買えるようなものではないらしい。アンヘルらに教えてもらった。


 だがそれだけではちとパンチが弱いかもとも言われた。

 だからもう一つ、資格を与えると同時に勲章の授与も餌に使えというアドバイスを貰った。

 俺はよく知らんのだが特別優秀な生徒には卒業の際、

 何か白い花を象った勲章が授与されるらしいのだ。

 授与者は学院の長い歴史の中でも百人にも満たないそうな。


 自尊心の強いカスどもを釣るには良い餌だろう?

 確実にターゲットが釣れる。

 しかし、先ほども言ったように学院としては中々承服し辛い条件だろう。

 アンの本気具合が窺えるというものだ。

 行き過ぎとは言いつつも、それぐらいの博打は必要経費と割り切っている。

 ぶっちゃけもう、コイツが学院長になった方が良いんでねえの?

 俺なんかよりもよっぽど真っ当に学院を立て直してくれるだろうよ。


「だったらクリアさせなきゃ良いだけの話さ」


 くれてやれば良い、そうは言ったがあくまでそれは万が一が起きた場合だ。

 そんな事態が起こるのは俺の指導的にもよろしくないしな。


「その通りね。期待しているわよ、カールくん」

「ああ、任せとけ」

「閣下、この先が鍛錬場になります」

「うむ」


 エルザの言葉を受け、自らの気配を極限まで殺し尽くす。

 今、俺に出来る最高の隠行。

 隣に居たはずのアンらが驚きも露にキョロキョロしているところを見るに問題はなさそうだ。


「! ええ、分かったわ」


 トントンと肩を叩いてやると意図を察したアンが扉を開いてくれた。


(これは……)


 外からは普通の体育館のような場所にしか見えなかった。

 しかし、これはどうだろう?

 明らかに外観よりも広いし、高くなっている。

 これも魔法なのか? つくづく、出鱈目だな。


(で、あれが問題のカスどもか)


 仮にもこれから授業を受けようってのに、

 どこか一箇所に集まっているでもなく思い思いに散らばってやがる。

 まあ、俺も学生の時分は似たようなものだったから、この点は偉そうには言えんな。


「おや、学院長ではありませんか」

「ご機嫌麗しゅう。そちらのご婦人は?」


 うっわ。

 一目で分かった。こいつら、教師に対して欠片も敬意を抱いちゃいねえ。

 口調こそ、そこそこ丁寧ではあるが目を見ればそれは明白だ。

 結構あからさまに見下してやがる。

 良い家柄の連中を集めたからってのもあるんだろうが、これが罷り通ってるのか?

 学院長でこれなら一般教師とか大丈夫かよ。


「おはようございます。こちらは私の恩師のアンネマリー先生です。

特別授業が行われると聞き、見学に参られたのです。皆さん、失礼のないように」


 などと言ってるが既に失礼だ。

 だって連中、アンに不躾な視線を送りまくってるもん。

 当人はニコニコとしてるけど……さて、腹の中はどうかねえ。

 俺なら例え爺になってもガキに舐めた態度取られたら普通にキレると思うがな。


「ふぅん……ところで、例の特別講師とやらは?」

「朝早くに人を呼び出しておいて遅刻ですか? 何ともまあ、無礼な奴だ」

「一体どこのどなたが来るのか存じませんが、大丈夫なんですかねえ」


 うーん、この

 実力が伴ってれば、舐めた発言も強者ゆえの余裕と取れるんだがな。

 怒りを通り越して哀れみすら沸いてきたし、そろそろ種明かしをしよう。


 パァン! と思いっ切り両手を打ち鳴らす。


 すると、全員の視線が体育館の中央。

 つまりは俺の居る場所へと向けられる。

 近くに居た生徒などは驚きのあまり腰を抜かしている――大丈夫?

 ねえ、これ大丈夫なの? これで冒険者志望って大丈夫なの?

 呆れつつも、未だ唖然としているカスどもへ向け言葉をかける。


「やれやれ。まさか、誰一人気付くことが出来ないとは流石の私も予想外だ」


 失望の溜め息と共にそう言ってやると、

 プライドだけは一人前のカスどもがようやく再起動を果たし苛立ちを露にする。

 それでも直ぐに噛み付いて来ないのは、一本取られた自覚があるからだろう。


 うん、ぶっちゃけイカサマを仕込む必要なかったわ。

 今日のためにアンヘルやアーデルハイド、

 ジャッカルに付き合ってもらって鍛え直したけどそれも無駄だったな。


「……院長先生、特別講師の方は魔道士ではなかったのでは?」


 カスの一人が苛立ちも隠さずエルザに話を振る。

 俺はエルザを視線で制し、代わりに答える。


「この程度の児戯を魔法と見紛うとは、その目は節穴かね?」

「な……!?」


「魔法以外ではこんな真似が不可能だと? 浅薄極まるな。

小さな箱庭で、さぞや幸せに暮らして来たのだろうね。羨ましいよ」


 せせら笑う。


「温室育ちの頭がおめでたい坊ちゃんなぞ相手にするのも馬鹿らしい。

が、私は教師だからね。一応説明しておこうか。これはただ単に気配を消しただけ。

魔法を使えずとも、努力次第では誰にでも身に着けられる宴会芸のようなものだ」


 本職の暗殺者や間諜にでもなろうと思えばセンスも必要になる。

 だが、見た感じコイツらを騙す程度ならば努力だけで十分だろう。

 気合入れて気配消す必要なんてまったくなかったわ。


「ぶ、ぶぶ無礼な! 僕を誰だと思っている!? 僕は――――」


「ふむ、御家の名を振り翳すのかね? 可哀想に。

君はさぞ、自分に自信がないのだろうね。

培った己の力ではなく、運良く手に入れただけの物にしか縋れないのだから。

帝都魔法学院に入れた、それだけでも十分な自負だろうに。

ああ、ひょっとして実力で入学したわけではないのかな?」


 畳み掛けるようにそう言ってやると、カスは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

 言えまいよ、何も言えまいよ。

 ここまで言われても尚、家名を振り翳す厚顔さがあるならそれはそれで評価点なんだがな。

 自尊心だけは高いから逃げ道を塞がれちまえば、ご覧の有様だ。

 噛み付くことも、謝ることも出来ない。情けない奴だ。


「さて、彼はともかく諸君らは大丈夫かな?

流石の私もそんな哀れ極まる底抜けの無能相手では……どう教鞭を振るって良いか分からない」


 これで似たような反論は出来ないだろう?

 お前らのその苦々しい顔を見れば、それは明白だ。


「結構。では、時間も惜しい。授業を始めようか」


 少しでも考える時間をやると、

 俺に馬鹿にされたくないから理由をつけて授業を受けずに逃げる可能性があるからな

 その前にコイツらを完全に釣り上げてやらんと。


「諸君らも聞いての通り。

私の出す課題をクリアすれば成績優秀者としての卒業資格と勲章を得られる。

その課題の内容について説明しよう。私と立ち会って、私に一撃を入れる、ただそれだけだ」


 瞬間、カスどもの空気が和らぎ始める。

 おいおい、何だその楽な条件は?

 それで僕を俺を私の自尊心を飾り付けるアクセサリーが貰えるの?


 ――――馬鹿なの?


 初っ端、俺の隠行を看破することも出来なかったのにその自信はどこから来るの?

 いや、そこに目が行かないよう児戯とか宴会芸とか言ったのは俺だけどさ。

 少しでも考える頭があるなら、楽観出来るわけないよね?


「だが、課題に挑戦する前に条件が一つ。

何、命を取るだとか金を払えなどとは言わんよ。

クリアしたなら授業は終わり。その場で帰宅して貰っても構わん。

だがもし、クリア出来なかった場合は期間中私の授業をしっかり受けてもらう。

欠席した場合は、後日補講で個人レッスンという形になる」


 サボっても無駄だ。

 むしろ、サボった方が辛くなる。

 察しの良い人間ならもうこの時点で不穏な何かを感じているだろう。

 だが見ろよ、このボンボンどもを。男も女もヘラヘラ笑ってやがる。


「条件を違えない。杖にかけてそう誓える者にのみ課題への挑戦権を与える」


 決めた者から俺の前で誓いを立てろと言うと、

 三十人全員が何の逡巡もなく近寄って来た。


(…………眩暈がする)


 これで、これで、最上級生なの?

 これが、これが、魔道士育成の最高学府に通う学生なの?

 馬鹿なの? 死ぬの? いや殺すけど。

 正直、俺もここまでとは思っていなかった。

 他人事ながら心配になってきたわ。


(いやだが、こんなもんなのか?)


 家格の高い順に三十人を集めたわけだからな。

 他のボンボンより好き勝手やれるからアホでもしょうがないのか?

 他のカスはもう少しマシなカスなのかもしれない。

 まあ、プラスに考えよう。

 こんなどうしようもないカスだからこそ事が成れば効果は覿面なのだと。


「全員参加か、結構。早速始める……と言いたいがその前にルールの説明だ。

と言っても君らに制限をかけるつもりはない。私を殺す気で向かって来たまえ。

仮に私が殺されても君らには何一つとして咎が降りかかることはない。

制限をかけるのは私だ。私は君らが仕掛けるまで手は出さん」


 だからその間に魔力を溜めるなり、

 魔法陣を描くなり、詠唱をするなりして万全の体勢を整えてくれ。

 そう言ってやると、カスどもの表情が更に緩んだ。


(これはもう……)


 上手い話にゃ裏があるって聞いたことねえのか?

 コイツら、冒険者として社会に出るんだよな?

 詐欺にでもかかるんじゃないかと心配になって来たぞ。


「では、誰から行くか……面倒だし希望者を募ろう。我こそはという者は前に出たまえ」

「では僕が」


 真っ先に名乗りを上げたのは俺が最初にディスってやったカスだ。

 その顔は醜く歪んでおり、先の屈辱を万倍にして返すつもりなのだろう。


(可哀想になあ……)


 散々ディスられた挙句、最初の犠牲者になるんだもん。

 だがまあ、そういう星の下に生まれたのだと諦めて欲しい。

 強く生きろ、名も知らぬカスよ。


「結構。では準備を始めたまえ」


 その時、室内の景色が一変する。

 木張りの体育館が石畳が敷き詰められた練兵場へと姿を変えたのだ。

 誰一人驚いていないところを見るに、体育館に備わった機能なのだろう。

 まあ当然と言えば当然か。

 屋内でポンポン魔法ぶっ放すのは危ないし。


「ああそうだ、私のスタイルを言ってなかったな。まあ見た通り、肉弾戦を主とする拳士だよ」


 まぁたニヤニヤが強くなったよ。

 大方、遠距離から魔法撃ち続ければ良いと思ったんだろう。

 この条件だと最初の準備段階で十分距離も取れるしな。

 認識が甘いと言わざるを得ない。


「……憎悪の薪をくべよ、我が憤怒は原初の炎……」


 予想に違わず、カスは二百メートルほど距離を取ってぶつぶつ呪文を唱え始めた。

 その程度の距離で安全圏に逃れられたと思うなら甚だ遺憾である。

 ところでふと気になったんだが向こうは一撃で決めるつもりなんだよな?

 なのにわざわざ距離を取るって、何だろうね。この絶妙な小物感。

 情けなくて父ちゃん涙が出てくらあ。


「焦熱の顎が汝を喰らう――――死ね! インフェルノ・ドラゴン!!」


 カスの杖から巨大な炎の竜が出現し、大口を開けながら俺へと向かって来る。

 大きさだけなら俺がぶっ殺した蛇ぐらいはあるんだが、中身スッカスカやな。


「ああ、これは終わったな……」

「というか、殺されたら勲章が貰えないんだけど」

「何、彼が貰えるなら我らも授与されて当然だろう」

「むしろ余計な手間が省けたね」


 そんな声を耳にしつつ、俺は炎に呑まれた。


「ハハハハハ! 無礼者め! 当然の末路だ!!

散々偉そうにしていたが貴様も口だけの愚物じゃないか。

だが僕は寛大だ。その死を以って赦しを与え……」


 哄笑を上げていたカスだが、その勢いは最後まで続かなかった。

 それは何故か?

 自らが放った炎を纏う俺の姿を目にしたからだろう。


「え……あ……」


 試したことがなかった。

 というか試す機会がなかったのだがアンが持ちかけた話を切っ掛けに、

 俺はアンヘルとアーデルハイドに頼んで一つの実験をやらせてもらった。

 それがこれ、魔法の掌握だ。

 実験の結果については、今の俺の姿を見れば明白だろう。


 とはいえ、こうも上手く行ったのは相手が雑魚だからというのもある。

 アンヘルやアーデルハイドの魔法を奪い取るのはかなり梃子摺ったからな。

 何て言うのかな、カスの魔法が石ころなら、

 あの二人の魔法は無造作に放つそれですら何十メートルもある巨岩だ。

 本気の魔法も見せてもらったが、ありゃ奪えん。

 巨岩どころか山、それも連なる山脈クラスの不動っぷりよ。

 真正面から蹴り飛ばすのは可能だろうが掌握は絶対無理。


「そ、そんな……魔道士じゃないって……野蛮な前衛職だって!!」


 誰が野蛮だぶち殺すぞ。


「何度同じことを言わせる気だね? 浅薄にも程があろうよ」


 纏っていた炎を再度、ドラゴンの姿に変える。

 俺の気もミックスしてるのでカスが放ったものより一回りは大きい。

 雄雄しく炎の翼を広げるドラゴンを見てると、

 俺の中の男の子が疼きそうになる……が我慢我慢、今は仕事中だ。


「仮にも冒険者を志しているのに知らんのかね?

これは近接戦闘を主とする者が使う”気”という力の応用だ。

とはいえ、これもまた宴会芸のようなもの。

この程度の魔法を掌握するだけならば天賦の才など要らん。努力だけで十分辿り着ける領域だ」


 実際これ、マジで宴会芸なんだよな。

 何でかってわざわざ魔法を奪い取る意味がないからだ。

 真正面から消し飛ばしてそのまま殴りかかる方が早いし低コストだもん。

 授業の演出に使うため身に着けた技術だが、実戦で使うことはないだろう。


 まあそもそも俺酒場の店員だし実戦があることのがおかしいんだけどね。

 何か気付けば時たま戦ってるけど、これどういうことなの?

 いや、俺も俺で乗り気でやってるけどさ。

 それでも戦う機会が巡って来ること自体おかしいだろ。


「さて、本来ならこれをそのまま投げ返してやるんだが……」

「!」

「流石にそれはな」


 恐怖に強張ったカスの顔に噴き出しそうになりながらも、ドラゴンを空へと放る。

 炎の竜は嘶きを挙げ、蒼天へと溶けていった。

 ちなみに絵的に映えるからそうしただけで、普通に消すことも出来るぞ。


「これはあくまでも授業だ。諸君らにはこのような技術もあるのだと知って欲しい」


 まあ、お目にかかる機会はないだろうけどな。

 理由については先述の通りだ。


「見せることが目的だったので以降は使うつもりはない。

ああそうだ、合格の条件を追加しようか。私に宴会芸を使わせた場合も合格としよう」


 実際に対峙しているカス以外のカスどもが色めき立つ。

 宴会芸を見た時は顔が強張ってたのに現金な奴らだぜ。


「それはさておき……続けるかね?」


 こんなことを聞くのは甘いと思うか?

 だが、物事には順序というものがあるのだ。

 杖の誓いをやらせた段階で逃げられはしないのだが精神的に追い詰めたいからね。

 まだまだ茶番を続けさせてもらうとしよう。


「そんな……こんな、こんなことが……」


 わなわなと震えていたカスが、


「――――馬鹿めッッ!!!!」


 ニヤリと笑う。

 まあ、気付いてたよ。

 足元に殺意を感じていたからな。


「ふむ」


 少し足を上げ、隆起する地面を踏み付けた。

 ズンッ! と轟音が響き広範囲に亀裂が入る。

 多分、地面を尖らせて敵を貫き殺すとかそういう系統の魔法だったのだろう。

 今度は掌握なんぞせず、真っ向から踏み砕いてやった。


「どうやら猿と同程度には知恵が回るらしい」


 出来れば人間と同程度にまで頑張って欲しいが、現段階では望み薄か。

 などと嘲ってやるとカスの表情に怒りと焦りの色が浮かんだ。


「ど、どこまでも馬鹿にして……!!」


 ぶつぶつと呪文を唱え始める。

 俺が手を出してないから気付いてないんだろうけどさ。

 仕掛けて来た時点で俺も攻撃に移れるんだよ?

 何を足を止めて悠長に呪文なんざ唱えてんだ。


「影の鎖ィッッ!!」


 杖の先から黒い鎖が飛び出し俺に絡み付く。

 効果が微々たるものなので直ぐには気付かなかったが……弱体化魔法かこれ。

 気持ち、ちょっとだるいかなあ? 程度でアンヘルたちのそれとは大違いだ。

 アイツらのデバフは尋常じゃない。

 素で受けたら指一本動かすのも億劫になるからな。


「フンッ!!」


 身体に力を入れて鎖を弾き飛ばす。

 カスはギョっとした顔をするも、素早く次の行動に移った。

 慣れてきたのだろうが、この点は評価してやっても良い。

 現時点での評価はどん底なので殆ど誤差みてえなもんだがな。


「成るほど、空に逃れて作戦タイムというわけか」


 そう悪い判断ではない――と言いたいが甘いな。

 俺は拳士で、見た感じ弓なんかの遠距離武器も持ってない。

 空に逃れれば一先ずの時間は稼げる。

 もしくは一方的に攻撃し続けられると踏んだのだろうが甘い、甘過ぎる。

 魔法の掌握なんてものが出来るのなら、

 気を用いた遠距離攻撃ぐらいはやってのけると考えるべきだろう。


(ああいや、自信があるからか?)


 これまでコイツが見せた魔法の中で飛行魔法が一番綺麗だった。

 恐らく最も得意とする魔法だから自信があるのかもしれない。


「これ以上貴様の思い通りにはさせんぞ!!」


 炎、氷、雷、様々な属性の魔法が空から降り注ぐ。

 俺はそれを回避しつつ、どうやって終わらせるかを思案していた。


(同じ土俵に上がって殴り飛ばすか?)


 気で足場を作り空を駆ける。

 足の裏から気をジェットのように噴射する。

 一応、俺にも空戦の手段はあるのだ。

 だからどうとでも料理出来るのだが……。


「ハッハァ! 防戦一方だなぁ!?

お前のような下民は地を這い蹲るのがお似合いなんだよォ!!」


 馬鹿丸出しの罵倒にやる気を削がれながらも、

 俺は足元の瓦礫を蹴り上げ右手でキャッチする。

 投石、原始的な攻撃手段だが、これで中々侮れない。

 少なくとも空飛ぶお猿さんを仕留めるには十分過ぎる武器だ。


「ハッハッハッハ――ブハァ!?」


 顔面にクリーンヒット。

 放たれた石を認識すらしていなかったらしい。

 見える程度の速さで投げたつもりなんだがな。


「やれやれ」


 意識を失い墜落するカスを抱き止め、優しく地面に横たえる。

 本来なら無視してるが、今はまだ”甘さ”を見せなきゃなあ……クフフ。


「学院長、彼をお願いしても?」

「ええ、お任せください」


 ふわりと浮かび上がったカスはそのまま隅っこへと連れられていく。

 一戦目はこれで終了。


(後、二十九回もまどろっこしい真似をしなきゃいけないのか……)


 憂鬱だが、これも仕事だ頑張ろう。


「さて、次は誰が挑戦するのかね?」


 その呼びかけに対し、返って来たのは沈黙。

 ビビっているわけではない。

 実力を示しつつも、甘さを見せるような立ち回りをしてきたからな。

 奴らの中にはまだまだ侮りがある。


(これは、勝率を上げるために様子を見たいってとこか)


 初手のカスのお陰で俺が何枚かカードを切った――と奴らは考えている。

 さっき見せた宴会芸。

 あれのように一度見せたら二度目の使用はない札は積極的に切らせたいはずだ。

 運が良ければ更に合格条件も増えるわけだからな。

 連中はそのための生贄を欲している。だから動かない。


 つくづく呆れた奴らだ。

 そんなことをしても何の意味もないのにな。

 そうなるように立ち回ったのは俺だ。

 しかし、しっかりとした目を持っていれば、

 どう足掻いても合格は不可能だと理解できるはずだ。

 侮りを誘うように立ち回りはしたが、

 同時に実力差を察せるだけの材料も俺は与えてある。


(まあ良いさ)


 教育のし甲斐がある腐った蜜柑が沢山居るのだと思おう。

 コイツら全員の意識を変えてやれば、学院も少しはマシになるはずだ。

 まあそれはそれとして、


「ふむ、誰も名乗り出ないか。どうやら私は期待し過ぎていたようだ」


 さっさとステージを進めたいのでとりあえず煽っとこう。


「彼は間髪入れずに意気を示した。

短慮だと言えなくもないが、勇敢さと捉えることも出来よう。

帝都魔法学院の生徒として最低限の矜持は示したのではないかな?」


 アンが心にもないことを……みたいな視線を向けてくる。

 そんな視線は無視だ無視。


「対して君らはどうだ? 最初はあれだけ余裕綽々だったというのにね。

見通しの甘さを思い知らされた途端に尻込みしてダンマリとは情けないにも程がある」


 奴らが見に徹した理由を察しているが敢えて無視。

 その自尊心を刺激するように臆病者のレッテルを貼り付ける。


「どうだ? 気絶している彼の爪の垢でも煎じて飲めば少しは勇気を貰えるのではないかな?」


 これがトドメとなったのだろう。

 場の空気に憤怒の色が混ざり始めた。


「……では、先生。わたくしと一曲踊ってくださる?」

「結構。女だてらに示したその勇気に敬意を表し気が済むまで付き合おう」


 存分に踊らせてやるさ……ああ、泣いて喚いても逃がしはしない。

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