老婦人のお願い③
1.日輪の力を借りて、今必殺のヤクザトーク
早朝、普段なら寝ている時間だが俺は既に起床し身支度を整えていた。
一週間ほど前に持ちかけられた特別講師の話、
その準備が整いようやく今日から始められるのだ。
「――――よし」
キュッとネクタイを締め、ジャケットを羽織る。
ジャケットの前をボタンで閉じ最後にベルトをして準備完了。
SS風の黒い軍服に身を包んだ当代随一の伊達男が鏡の向こうに居る。
ちなみに、あくまで”風”であってそのものではない。具体的にはシンボルマークだ。
昔、ハーケンクロイツを地図帳のアレだ!
とドヤ顔で言って大笑いされたトラウマがあるのでハーケンクロイツは使わない。
代わりに天秤を模したエンブレムを刻んである。
……畜生、ハーケンクロイツめ……絶対に許さんからな!!
「しかし……うむ。我ながら惚れ惚れするような男ぶりだ」
いやホント、貫禄が半端ねえ。
元々スタイルが良いからか軍服に着られてる感がまるでない。
流石俺やな!
「うん、これなら問題はなさそうだ」
俺は何もコスプレ目的でSS風の軍服を作らせたわけではない。
いや、そういう欲求が皆無ってわけでもないけどな?
だが主目的は別にある。
俺がこれから教鞭を執る帝都魔法学院には貴族の坊ちゃん嬢ちゃんが多く通っている。
そんな連中の前に殆ど普段着にもなっているバーテン風の服着てったらどうなるよ?
舐められるに決まってんだろ、常識的に考えて。
見た目に惑わされず本質を見抜く目を持っているか。
それを試すために普段着を着てくのもありっちゃありだが、
俺の指導を必要としているカスどもは試す以前の問題児ばっかりだからな。
だったら最初からキッチリ着込んで行った方が話も早かろう。
まあちゃんとした装いしてても舐められるんだろうけど、
こっちは最初からしっかりして行きましたよってポーズが大切なのだ。
――――ごめんなさい、全部言い訳です。
ホントはシチュエーション的に着られそうだなって、
そう思ったからアンヘルにお願いしました。
理由なんて後付けですよ、ええ。でもそれが何か?
着たかったんですよ! SSの軍服を! だってカッコ良いから!!
ハーケンクロイツは許さんけどな!
「むにゅ……兄様、もう出られるのですか……?」
「ああ、悪い。起こしちゃったか?」
「いえ……二度寝すれば良いだけですし……それより……」
「ああ、そろそろ迎えが来ると思う」
別に俺から出向いても良いんだが、あちらさんが馬車を出してくれるらしい。
こっちに気を遣ってくれたんだろう。
学院が礼を尽くして迎えを寄越す講師とそうでない講師。
前者と後者で見る目が変わるのも致し方ないことだからな。
(まあこれも、焼け石に水程度だろうけど)
というか俺としては特別講師をやらせてくれたのが意外だった。
アンに指導内容とそれに付随する条件を伝えたんだが、
ぶっちゃけた話、かなりの確率で断られると思ってたよ。
いや、俺にやる気がないわけじゃないんだぜ?
ただ生徒の質を短期間で変えようと思えば相応の手段を取るしかない。
で、その手段が提案した俺からしてもマジかよ……みたいなものなのだ。
正直、お貴族様の子息子女相手にやるこっちゃねえ。
学院側は受け入れないと思ってたんだがな。
だがアン曰く、
『条件は全部呑ませたし責任は私が取るわ。存分にやって頂戴な』
とのこと。
元教師だって言ってたが、結構偉い人だったのかもしれん。
現役を退いて二十年も経つのに、こんな無茶を通させるだけの影響力があるんだもの。
ますますアパートの大家をやってる意味が分からんぜ。
「庵、これから一週間は店に出られんからその間、シャルと一緒に伯父さんのこと頼むな」
「はい、お任せください」
ドンと胸を叩く庵に頬が緩む。
俺が特別講師として教鞭を振るう期間は今日を含め七日。
終業は夕方なのでバーレスクの開店時間までには帰って来られるのだが、
(終わるまで帰ってくるつもりはないしな、庵や伯父さんを巻き込みたくないし)
頼まれた仕事とはいえ、いやだからこそ全力を尽くさなきゃな。
こっちの無茶も聞いてもらったんだから失敗するわけにはいかない。
話を受けた時点で成功させる以外の道はあり得ないのだ。
「じゃあ、行って来るな」
「いってらっしゃいませ、兄様」
庵に見送られ部屋を後にする。
俺が外に出て、少しすると迎えの馬車が姿を現した。
窓の向こうにはアンの姿があり、こちらに手を振っている。
推薦した手前、初日ぐらいは見学するのかもしれない。
「おはよう、アン」
「おはよう、カールくん。それにしても、中々に洒落た佇まいね」
「だろう? ところで、そちらのご婦人は?」
馬車に乗り込むとアンの隣には栗毛の女性が座っていた。
年齢は多分、三十半ばから四十手前ってところだろうか。
「初めましてベルンシュタインさん。私はエルザと申します」
「学院の院長をやっていて、私の教え子の一人なのよ」
「ほう、それはそれは」
警戒、不安、忌避、恐怖、パッと読み取れる感情はそんなところか。
こちらに良い感情を持っていなさそうだが、まあ当然である。
学院の現体制が貴族に弱いのは明白だ。
じゃなきゃアンもジェットさんも要らぬ心労を負うことはなかった。
そんな現体制のトップからすれば貴族との関係を悪化させかねない俺はさぞ目障りだろう。
(ただまあ、悪人とか屑ってよりは……)
事なかれ主義って感じだな。
いやうん、やっぱカスだわ。
自分とこの生徒が迷惑かけてんのに何もしてねえんだもん。
教育者としてはカスの謗りを受けてもしゃあない。
ただ、変にちょっかいをかけられても面倒だからな。
一つ手を打っておくか。
「アン、君は教師としての技量はクソほどもなかったらしいな」
エルザの眉がピクリと動く。
露骨に嫌悪を示さないのは、まあ年の功ってやつか。
「それは、どういう意味かしら?」
「言わんとしていることが分からないのは歳取って耄碌したからなのか」
やはり教師としての力量が致命的になかったからなのか。
そうせせら笑ってやるが、アンの表情は特に変わらない。
どうやら彼女は俺がやろうとしていることを察してくれたようだ。
「……彼女は優れた魔道士よ」
ほら、ナイスアシスト。
「だが優れた教師ではなかった」
エルザの表情が露骨に変わる。
さっきは年の功とか言ったが、煽り耐性は低いらしい。
「だから由緒正しい帝都魔法学院から大量の糞が排泄されているんだろう?」
「…………アン先生のご紹介ゆえ、穏便にと思っていま――――」
「黙れ」
殺気を込めてそう言い放つと、エルザはヒッ! と小さく悲鳴を上げて縮こまった。
その様子を見て気付いたのだが、多分コイツ、天覧試合に来てたな。
最初に何でビビってんのかなと思ってたが、
俺が公衆の面前で凶衛を塵にするところを見てたのなら納得だ。
「子の不始末は親の責任だ。
だが、そのガキが学び舎に通っていたのなら教師にも一端の責はある」
クソガキが社会に出て迷惑をかけた。
それはつまり、ちゃんとした教育が成されなかったということだろう。
いや、本人の問題もあるだろうがね?
ただ親や教師に全く責任がないかと言われればそれは違う。
無論、エルザたち教師にも事情はあろうさ。
貴族に睨まれるなんて百害あって一利なしだからな。
及び腰になるのもしょうがない。
だが教職としての誇りぐらいは捨てるんじゃねえよ。
実際に何か出来なくてもどうにかしたいって気持ちぐらいは持ち続けろや。
「ようお前、今何て言いかけた? 穏便に? だと? ――――馬鹿がッッ!!」
「ひゃいっ!?」
俺の発言は確かに無礼だったよ。そこは認める。
というかわざと、そういう言い方をしたしな。
だが、俺の発言は無礼であっても内容は正鵠を射ていた。
もし教職に就く者の矜持があるのなら”穏便に”なんて言葉が出てくるわけねえだろ。
恥だよ、恥を覚える場面だろうが。
「恥を知る人間なら言い返さねえよ。
言い返すとしてもそこは自分の努力を伝えるとこなんじゃねえのか?
何も知らないで偉そうに言ってるが私だってこうこう、こんなことやってますってよォ!!」
違うか? 違うのか?!
「ち、ちちち違いません!!」
そうだよなあ!
良いか? 大人が、教師が情けないからガキも調子に乗るんだよ。
親の躾がクソなら自分が真人間に戻してやる! ぐらいの気概は見せろや。
「そんな気骨もねえなら教師なんざ辞めちまえ!!」
こっちにも生活ってものがある? それがどうした。
糧を得るってだけならわざわざ教職を選ぶ理由なんてありゃしない。
なのにわざわざ教育という戦場を選んだのだ。
相応の厳しさは覚悟の上だろう。
「それとも何か? そんな覚悟もなしに教師になったのか?
だとしたらお笑いだぜェ!
教える側が糞なら教えられる側が糞になるもしょうがねえよなあ!?」
「あわわわわ!」
「…………っぷ」
目をぐるぐるさせおたくつエルザと、顔を逸らし小さく噴き出すアン。
これが茶番だと分かってるから口を挟まないんだろうけどさ。
アン、君の教え子が何十歳も年下の小僧にイジメられてるんだよ?
そこは演技でも助け舟出してやれよ。何か俺が悪いことしてるみたいじゃないか。
(まあ良いけどさ)
世のため人のため……ごめん嘘。
伯父さんのため、ジェットさんのため、俺はやらねばならんのだ。
若干楽しくなってきた気がしないでもないが、心を鬼にして続けさせてもらおう。
「あわわわわ! じゃねえんだよォ!!」
ダン! と足を強く踏み鳴らす。
エルザの顔面はもう蒼白だ。
「おいアン! 書く物寄越せ! 今直ぐこのカスに辞表書かせるぞ! オラ、早く出せや!!」
「ま、待ってくだ……」
「あ゛ぁ゛ん!?」
再度発言を封殺。
つーか、やってて思ったんだけどさ。
たかだか十五の小僧に凄まれて黙らされるとかやべーよ。
こんな調子じゃ貴族の横車止められねえよ。
前に飛び出しても轢き逃げされんのが関の山だよ。
「待つ? 待つ? 何を待つってんだよ。
矜持も覚悟もない癖に教育って未来を作る戦場に足を踏み込んだ馬鹿。
なあ、必要か? そんな奴要るか? 要らねえよ。むしろ害悪だわ。
下っ端の教師ならまだしも、お前院長――つまりはトップだろ?」
トップに立つ人間が頼りないなら、下の奴らはどうすりゃ良いよ?
例え志ある教師が居てもさ。
上が事なかれ主義ならどうにもならない。
上に逆らって信念を通してもクビにされちゃえばそこまでだもん。
教育現場に失望し同じ事なかれ主義に堕するってルートもあるな。
何にせよ、上がクソだとホントどうしようもない。
「正しい事をしても報われない。
他ならぬ教育の現場でそれが罷り通ることの意味をお前は理解してんのか?
してねえよな。してたら、あんな発言が出るわけねえもの」
教師だけじゃない。
他の、真っ当に実力で学院に入った生徒もそうだ。
同じ生徒だけでなく庇護者であり道を示す指導者でもある教師も腐ってたら、どうするよ?
何のために自分は努力をして学院に入ったんだと思うのも当然だろう。
どうしようもねえわ。
別の場でやり直すという道を選べるならまだ良い。
そんな強さがあるなら、どこでだってやってける。
だが、その道を選べず腐ってしまったらどうするよ?
それを弱さと断じるか? 違う、違うだろう。
「なあ、お前らはどれだけの輝かしい未来を殺して来た?」
「ッッ……」
腐ってしまった者らは殺されたのだ。
他ならぬ、道を示すべき教師にその可能性を殺されたのだ。
「理解しろ。自覚しろ。お前達は何よりも罪深いことをして来たのだと」
これがまだ、社会の悪意とかそういうものならば良い。
だが、下手人が教育者ってのはあんまりにもあんまりだろう。
悪意から庇護し、輝かしい未来へ子供たちを送り出す立場にある者が、
その可能性を摘み続けてきたなんて最悪だ。夢も希望もありゃしない。
しかも、無自覚にだぜ? つくづく救われない話だ。
「危機感が足りない、認識が甘い。ここはもう、崖っぷちなんだぞ?」
エルザが頼ったのか、他の教員が頼ったのかは知らないけどさ。
自分らでどうにか出来る見通しがまるでないから、
二十年も前に現役を退いたアンに頼ったんだろ?
ひょっとしてその自覚もないのか?
ないんだよな、あったらこんな態度なわけがないもの。
「事ここに至ってその無様。殺された奴らが報われねえ」
俺に指摘されるまで気付きもしていなかったんだもん。
今更罪悪感を覚えたところで何が出来る。
「――――腹切れや」
「な……?!」
「当然だろ? 前途有望な若者をみすみす殺しておいて、
老害がのさばるなんざあ、道理が通らないにも程があらあね。
しかも殺したのは教育者だぞ? こんな酷い話があってたまるかよ」
お前が生きた数十年に何の価値もない。
これからの世界を担う若者の可能性を無自覚に踏み躙った時点でな。
殺意と共にそう叩き付けてやると、エルザは哀れなぐらいに震えだした。
よしよし、良い感じだ。だがここで手を緩めちゃあいけない。
「遺書を書く時間ぐらいはくれてやらあ。
自らの罪を余さず記してやんな。何、安心しろ。
帝都魔法学院は帝国最高の魔道士教育機関なんだろ?」
そこのトップが現状に絶望し、
罪を雪ぐため、殺してしまった可能性に詫びるため命を絶つ。
その事実が広まれば国も動かざるを得まいよ。
何せ国家レベルの醜聞だからな。放置するなんざ以ての外。
国が動けば生徒の質も良くなるだろうし、イキってる学院卒の冒険者も大人しくなろうさ。
「俺とアンがキッチリ動いてやらあね。なあそうだろ?
コイツはお前の教え子だ。お前にも責任があるんだぜ?」
アンは沈痛な面持ちで頷いた。
無論、演技である。
だがエルザからすれば味方が居なくなったようなもの。
その顔に絶望の色が浮かび上がる。
「決して握り潰させはしねえ。だから、安心して死ねや」
「い、いや……いやです……し、死にたく……わたし、死にたくない……!!」
「そうか。自殺は嫌か」
コクコクと勢い良く頷くエルザ。
そんな彼女に向け、俺は優しい笑顔を浮かべこう告げる。
「だったら俺が殺してやる。ああ、元から期待はしてねえんだ。
カスみたいな教育者にそんな度胸はねえってな。
だから俺がキッチリ引導渡して、その死を役立ててやる」
瞬間、エルザは恥も外聞もなく悲鳴を上げた。
だが馬車は止まらない。御者が気付いた様子もない。
扉を開け走行中の馬車から逃げ出そうとするが扉が開かない。
アンの仕業だろう。
コイツ、ホント良いアシストしてくれるな。
「救えねェ」
何故だか無性にコアラの被り物が欲しくなった。
「が、俺も鬼じゃねえ。生きたいか? 死にたくねえか?」
「は、はい……い、いい生きて……生きていたいですぅぅうううう!!!」
足元に縋り付き命乞いをするエルザ。
傍から見れば俺は鬼畜外道に見えるかもしれない。
だがそれは誤解だ。これは未来のために必要なことなのだ。
俺も涙を呑んで冷徹に振舞っているのだと理解して欲しい。
「なら、俺に協力しろ。全面的にだ。邪魔しそうな奴はそっちで止めろ。
俺が滞りなく授業を行えるよう、全霊を尽くせ――――誓えるか?」
「ち、誓います! 何をしてでもやり遂げて見せます!!」
「結構。ならば今この瞬間から、お前は志を同じくする仲間だ」
すっ、と手を差し出す。
「――――期待しているぞ、同志エルザ」
「~~ッッ! はい! 必ずや閣下のご期待に沿うよう尽力致します!!」
よしよし、これで頭は抑えた。
学院長の全面的な協力を得られたのなら風除けにはなるだろう。
一ヶ月とかならまだしも、一週間だからな。
それぐらいの期間なら、コイツも何とかやれると思う。
その間にカスどもを教育してやればミッションコンプリート。
って何だよアン、その恐ろしい物を見るような目は。
「…………どんな環境で育てばあなたのような子が生まれるのかしらねえ」
何の変哲もない大工の家ですが何か?
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