老婦人のお願い②

1.制服をゲットせよ


 開店から一時間半。

 今のところ、伯父さんが言ってた大家さんらしき人の姿は見ていない。

 老婆って話だからな、客層的に珍しいから来店すれば直ぐに分かる。


(まあでもよくよく考えたら……ねえ?)


 マジに来る可能性は低いと思う。

 お邪魔させてもらおうってのも社交辞令的な返事だったんじゃねえかな。

 大家つっても伯父さん、殆ど関わりなかったらしいし。

 挨拶ぐらいはしてたんだろうが、その程度の顔見知りにお悩み相談するか?

 しないだろう、なら伯父さんを挟んで更に遠い距離に居る俺には言わずもがなだ。


 なので、


(あっちの相談に乗ってあげても良いよな?)


 カウンターに程近いテーブルに視線を向ける。


「…………はぁぁああああ」


 でっぷり腹の中年が景気悪そうな顔でちびちびワインを傾けている。

 彼の名はジェット、帝都にある冒険者ギルドの職員だ。

 立場的にはそこそこ偉い人なのだが、それを感じさせない穏やかな人柄をしている。

 さてはて、そんな彼の悩みは何なのか。


(やっぱメタボかな?)


 だったら俺が結果にコミットさせてやるのも吝かではない。

 ジジイ考案の基礎鍛錬をやらせれば結果にコミットするのも夢じゃねえぜ。

 ジェットさん、元は冒険者だからな。

 鈍ってはいても素人よりは身体の動かし方は知っているし、根性もある。

 素人にやらせるより劇的に変わるはずだ。


「ジェットさん、何かお悩みでもおありですか?」

「ん? ああ、カールくんかい……いやあ、すまないね。辛気臭い空気を撒き散らしちゃって」

「いえいえ。辛気臭さで言えば伯父さんの面も大概ですから」


 流れるようにグラスを持って着席。

 ジェットさんは文句を言うでもなく、極々自然に酒を注いでくれた。


「悩みを解決出来るかどうかはともかく、愚痴ぐらいは聞きますよ?」

「……すまないねえ。じゃあ、お願いしても良いかな?」

「喜んで」


 そう答えるとジェットさんは嬉しそうに笑った。

 が、それも直ぐに力ない疲れた笑みに変わってしまう。


「実はねえ、最近……ちょーっと冒険者の質がよろしくなくてさ」

「それは、どういった意味で?」


 単純に弱いってことなのか。

 それプラス、冒険者なんて楽勝っしょー! みたいな感じで心構えがクソなのか。

 一口に質がよろしくないと言われても理由は様々思い浮かぶ。


「単純な実力もある。しかし、そこは然程問題視はしてないんだ」

「その心は?」


「周期、と言うべきかな。停滞と緩やかな堕落の時間はこれまでにもあった。

だが必ず、その停滞をぶち破るような一個人がちらほら現れるんだよ。

しかも彼らは大抵、最初は何も持っていない極々普通の駆け出し冒険者なのさ」


 ああ、そんな奴らに触発されて全体のレベルが上がるわけか。

 冒険者やってる人間で成功に憧れない人間はそうは居まい。

 アイツだって最初は凡百の冒険者だったんだ。

 だったら俺も、私も、そんな風に考えてしまうんだな。

 それを人間の浅ましさと取るか、強さと取るかはそれぞれだろう。


「まあ、そういう時期に入ると停滞期より死者も沢山出るようになるんだが」


 そこはコラテラルダメージというやつさ!

 と朗らかに笑うジェットさん――案外、畜生なのかもしれない。


「しかし、それならジェットさんは一体何に憂いておられるので?」

「ああうん。私の頭を悩ませているのはマナーというかコミュニケーション能力というか……はあ」


 ん、んんん?

 イマイチ要領を得ないな。

 対人関係も上手くやれないようなカスをギルドが面倒見てやる義理はないだろう。


「ジェットさんには関係のない話では?」

「ところがそうもいかないんだ」


 キョロキョロと周囲を見渡し、ジェットは顔を寄せ小声で語り始めた。


「今問題になっているのは帝国の若い魔道士達なんだ」

「うちの?」

「お国柄なのかねえ。カールくんも察しはつかないかい?」


 つーまーりー、


「魔道士というだけでイキってるカスが多いと?」


 皇位に就く条件からして魔道士としての実力ありきだからな。

 明確に差別はされちゃいないが、

 魔道士ってだけでそれ以外の人間を見下すような奴も珍しくはない。

 実際問題、優遇されてるし。

 俺が出場した天覧試合もそう。

 魔法関連のイベントは年中やってるのに、

 魔法に関わりのない武のイベントで有名なのは年一の天覧試合ぐらいだもの。


 更に説明するなら帝国産の魔道士は質が高いのだ。

 帝国で普通と称されるような奴も、

 他所に行けばその国の平均より頭二つ三つは抜きん出ていると見て良いだろう。

 だからまあ調子に乗り易い土壌は幾らでもあるんだが、


「今更じゃないですか?」


 他国人からすれば帝国だからね、しょうがないね(呆れた目)。

 みたいな感じで流すと思うんだがな。


「いや、まあ、そうなんだが……」

「?」


「まあ確かにそういう風潮は昔からあるよ。

でもね、そんなでも駆け出しの頃は大概は謙虚なものなのさ。

私が昔、組んでたパーティに居た魔道士もそう。

力を以って証を立てられるまでは、いつも何処か張り詰めていたよ」


 ほう、じゃあ力を立てた後は?


「結婚三十年目の女房ぐらいにふてぶてしくなったね」

「そりゃまた」


 分かるような分からないような微妙な例えである。


「まあ何にせよ、存外、あからさまに見下したりとかそういうのは少なかったんだ」

「そう仰るってことは最近は……」

「うん、多いんだよね。しかも、その筆頭に居るような子らがまた問題なんだ」

「と言いますと?」

「――――帝都魔法学院の出身者」


 帝都魔法学院……ふむ。


「ヘイ、ガールズ!!」


 パチンと指を鳴らす。

 すると間髪入れず、アンヘルとアーデルハイドが椅子ごと転移してくる。


「うぉ!? 転移魔法……だがこうもあっさり……き、君らは一体……」

「まあ、そこらに居るケチな魔道士ですよ」

「ですので、どうか御気になさらず」


 コイツらがケチな魔道士なら、

 件のイキってる連中なんぞ鳩の糞以下だと思うんですがそれは。

 まあ良いけどさ。


「ところでカールくん、どうしたの?」

「ん? ああ。帝都魔法学院って何なのかなって」


 いきなり呼び立てるのもどうかと思ったが、

 ジェットさんも同席されて困るとかそういう様子はなさそうだったしな。

 むしろ、この子らをどうにかスカウト出来ねえかなって目えしてる。


「帝国最高の魔道士教育機関ですね」

「ちなみに二人は?」

「行ったことないよ。行こうとも思わないし」

「最高の教育機関と言いましたが生徒の質は……という感じですしね」


 あー……あー……そういうことか。

 貴族のボンボンやお嬢さん方が金で入学したりとかが罷り通ってるのね。

 教育機関つっても金がなきゃやってけねえし、

 貴族が箔付けのために利用するのもある程度は黙認してるんだろう。


「ただ、実力で入れた人は大抵が魔道士として大成してるからそこらは誤解しないでね」

「サンキュ。もう戻って良いぜ」

「うん、それじゃまた後で」

「失礼致します」


 シュン、とその場から消え去る。

 自分たちの席に戻ったのだろうが……コイツら横着過ぎへんか?

 おめー、数メートルの距離なら歩けよ。

 ポンポン瞬間移動し過ぎだろ。


 ま、それはともかくアイツらの話を聞いたお陰で大体読めてきたな。


「うるさいのはアホな貴族どもですか?」

「……うん」


 はぁぁあああ、とまた深い溜め息。


「同じ冒険者からギルドに結構苦情が入ってねえ。

依頼人は元より、冒険者とも信頼関係がなきゃギルドは成立しない。

だから酷いようなら注意を促したりするんだが……」


「カスどもが父ちゃん母ちゃんに泣きつくわけか」


 パパー! ママー!

 あいつらがねー、いわれのないちゅうしょうをするんでしゅぅうううう!!


 …………アホらし。


 大体、貴族が冒険者なってるなんてその時点で……なあ?

 道楽か。次男三男。それも貴族としては使えなさそうな連中なんだろう。

 実家から放り出されるようなほどじゃあないが、

 本人も居場所がないのは理解してるんだと思う。

 性格に難あれど頭が良ければ研究職って道もあるだろうが、


(ないんだろうな、これが)


 だから自尊心を満たすため冒険者という進路を選択したんだろうよ。

 お貴族様からすれば野蛮ではあるが、

 しかし魔法を活かす職なわけだから最低限面目も立つからな。

 まあそれは良いよ。

 でもな、


「冒険者になるってことは独り立ちしたってことだろうに」


 普通、親に話持ってくか?

 つか子が子なら親も親だよ。

 普通は甘ったれるな、社会舐めてんじゃねえぞクソガキ! って張り倒す場面だろうが。

 権力に物言わせてギルドに苦情入れるとか馬鹿じゃねえの?

 魔道士がそんなに偉いんなら魔道士オンリーでパーティ組んでろアホどもが。

 泣きつくってことは必要なんだろ? 魔道士以外の連中がさ。

 だったら礼儀ってもんがあるだろ。素直に非を認めて改めんかい。

 それが出来んのなら勝手に野垂れ死ね。ギルドはお前らの親でも何でもねえんだぞ。


 という素直な感想をジェットさんに伝えてみると、


「それな」

〈恥ってもんを知らんのか〉


 食い気味に同意を示された。


「恥ってもんを知らんのですかね」

「それな」


 グイ! っと一気にグラスを呷るジェットさん。

 ちょっと心配になるが……やばいことになりそうなら気絶させるか。


「帝国でも他所のギルドだと、はいはいで受け流せるんだけどねえ」

「ジェットさんは帝都の職員ですからね」

「うん……はぁあああああ」


 ギルドは国営の組織ではない。

 モンスターという人類共通の天敵に対処するために冒険者は存在する。

 ならばその冒険者を管理するギルドも特定の国のものであってはならない。

 だからギルドは全ての国家から資金を提供され運営されているのだが……まあ、そこはね?

 大原則があるので冒険者やギルドを戦争に利用しようなんてのは流石にない。

 ないが、大人同士付き合いってものがあるのだ。

 大事な部分では譲らないが、多少の干渉は避けられないのが悲しいところだな。


(にしても、こりゃ相当参ってるな)


 だってほら、今ぼそっと言ったもん。

 文句つけてくる奴ら全員死なねえかなって言ったもの。

 酒瓶だってもう二本空けちゃってるよ。

 何時もならまだ一本目の終わりぐらいか、二本目をちょびちょびやり始めるぐらいなのにな。


「しかもさあ……割と真っ当な貴族からも苦情が来るし……」

「んん? そりゃまたどうして?」


「いやほら、箔付けのために帝都魔法学院が利用されてるでしょ?

学院の卒業生がギルドに苦情が来るなんてのは、小さいけど醜聞じゃない。

学院卒ってブランドに傷付けられたくない貴族が文句を言ってくるんだよ」


 あ、アホらしい。

 それなら苦情が出る原因であるカスと、その親のカスに文句言えよ。

 波風立てなくて立場が弱い方に文句言うとかカス極まれりじゃん。

 だってそうだろ? ギルドに言っても根本的な解決とか出来ねえじゃん。

 親の躾けがなってないなら親と当人に苦情入れろよ。

 本気でブランドを守りたいならそうするべきだ。

 でもそれをやらないってことは俺からすりゃ同じ穴の狢。

 ジェットさんは真っ当なんて言ってるが、同じカスじゃねえか。

 カス同士一緒に自爆でもしてろってんだ。


「貴族には文句は言えないし、かと言って学院にってのもねえ」


 まあ学院も貴族の息がかかってるだろうしな。

 学ぶ気があるなら学府としては最高峰なんだろうが……はー、アホらし。


「もう、辞めたくなるよ……中間管理職なんて……」

「ジェットさん」

「大体ね、私がギルドの職員になろうと思ったのは少しでも後進の助けになれればって」


 そこから三十分、愚痴は続いた。

 カースを使って相槌を打っていると、少しは気が楽になったのだろう。

 明日も早いからと会計をして去って行った。


「お疲れ様です、兄様」

「疲れてんのは俺よりジェットさんさ」


 折角、酒を飲みに来てるんだ。

 俺としちゃあ良い気分で飲んで欲しい。

 そのためなら愚痴の一つや二つ、苦でもないさ。


 っと、客だな。


「いらっしゃいませ」


 扉の向こうから現れたのは常連客――ではない。

 初めて顔を見る老婆で、少し緊張しているように見える。

 だが何よりも目を引くのは、


(…………この婆さん、多分、強いな)


 剣士や拳士などではない。

 恐らくは魔道士だ。

 魔道士なので正確な力量は分からないが、何か強い奴の気配がする。


「…………大家さん、来てくれたんですね」


 え、あの婆ちゃんが大家さん!?


「ああ、ベルンシュタインさん。ええ、折角お招きに預かったんだもの」


 口元に手を当て上品に微笑む大家さん。

 何というか、美しい歳の取り方をしたんだってのが一目で分かるな。


「……あ……ありがとうございます……そ、そうだ。こっちが……」

「はじめまして。ラインハルトの甥のカールです。伯父が何時もお世話に」


 一歩前に出て軽く頭を下げると、大家さんは少し驚いたような顔をした。

 回春? 俺のイケメンっぷりに回春しちゃったのかにゃ?


「まあまあ、これはご丁寧に。私はアンネマリー・ジーベルよ」

「フラウジーベルですね。よろしくお願い致します」

「んふふ、そうかしこまらないで。気軽にアンとお呼びくださいな」


 会話を交わしつつ大家さん――アンで良いか、

 本人もそれで良いと言ってるし、をテーブル席までエスコートする。

 一人だからカウンターでも問題はないのだろうが、

 本当にお悩み相談するつもりなら端っこのテーブルの方がやり易いからな。


「ご注文は?」

「そうね。夕飯は軽く入れて来たから、おつまみの盛り合わせとワインを頂けるかしら?」


 久しぶりだから口当たりの良いものを頼む、

 と言われたがぶっちゃけ俺はまだ酒の良し悪しを分かっちゃいない。

 なので伯父さんにそのまま放り投げた。

 久しぶりに酒を飲む女性におススメのワインとか知らんもん。

 ただ、伯父さんにはその希望だけで十分だったらしく迷うことなく一本のボトルを差し出した。


「……カール、頼むな……」

「OKOK。出来る限り頑張ってみるよ」


 チーズやソーセージなどの盛り合わせと、

 ボトルを二本(一本は俺用)グラス二つを持ってテーブルへと戻る。

 まだ相談するとも言ってないので性急な気がしないでもないが……多分大丈夫だ。


「お待たせ致しました」

「ふふ、ありがとう。ところで、一人は寂しいので付き合ってくださるかしら?」

「喜んで」


 ほらな。

 気を遣ってくれた可能性も無きにしも非ずだが、

 恐らくは俺を相談の相手として認めてくれたのだと思う。

 いや、それはそれでどこが評価されたのかまるで分からんけどさ。


「ん……鼻に抜けていく香りが甘やかで、且つ実に清々しいわね」


 どうやら伯父さんのチョイスは正解だったらしい。

 社交辞令ではなく本当に嬉しそうだもの。


「気に入って頂けて何よりです」

「普段通りの言葉遣いで良いのよ? 折角誘ったのに距離を感じてしまうわ」


 一度そう言ってもらった。

 だが店員的には二度目が必要なのだ。

 面倒臭いと思うが、客が客だしな。

 そういうのを気にしないタイプの客なら俺も初っ端で崩すけどさ。

 いや、アンがそこらにうるさいってわけじゃないぜ?

 ただ、そういう暗黙の了解をキッチリ弁えた淑女タイプだからな。

 お悩み相談を円滑にするためにも手順はキッチリ踏んでおかないとね。


「そうかい? ならそうさせてもらうよアン」

「ええ。カールとお呼びしても?」

「良いよ」


 礼儀云々の前にややこしいからな。

 俺と伯父さんでダブルベルンシュタインだもの。


「ありがとう。それにしても驚いたわ」

「?」

「まさか、ベルンシュタインさんの甥っ子が謎の詩人仮面さんだったなんて」


 ふむ。

 謎の詩人仮面とかいう謎のハイパーイケメンと、

 スーパーイケメンカール・ベルンシュタインの間には何の関係もないんだが、

 アンは天覧試合を観に来ていたのだろうか?


「ええ。ちょっと、付き合いで。だから驚いたのよ。

身近に居たこともそうだけど、天覧試合の姿だけだと本当にチンピラだったから」


 素敵な紳士の振る舞いに面食らった。

 そう言って笑うアンだが、不快に思うことはなかった。


「あれは煽った連中が悪いんじゃないかな? いや、一般論でね?」

「ふふふ、そうかもね。でも、男の子はあれぐらいやんちゃな方が安心できると思うわ」


 何となくそういう印象を受けたってだけなのだが、


「ひょっとして元は教師か何かやってた?」


 そう質問するとアンは少し驚きを露にした後、ええと頷いた。


「良い目をしているのね。まあ、当然と言えば当然かしら?

あなたが優れた拳士であるのは証明されているわけだものね。

ええ、別に拳士だけに限らないけれど近接戦闘を主とする者で、

尚且つ実力者と称されるような方は大抵”目が良い”人たちだもの」


 やっぱこの婆さん、只者じゃないな。

 見た通りの貴婦人ってだけなら、こんなこと言わねえよ。


「ええ、ええ。御察しの通り二十年ほど前まで教鞭を執っていたわ」


 帝都魔法学院をご存知? と言われたが、ご存知もご存知。

 今日知ったばかりのホットなキーワードだ。

 やっぱり魔道士だったんだなこの婆さん。

 しかし、


「そんな偉い御方が何だってアパートの大家を?」


 隠居にしても前職が前職だ。

 名ばかりの役職であろうとも、

 もっと良い待遇の職に就いて悠々自適な老後を過ごせるだろうに。


「お金よりも地位よりも、価値ある物は確かに存在するわ。

まあ元々研究者タイプの魔道士だったから、あまり興味がないってのもあるけど」


 ああ、研究者とかは金にも地位にも興味はなさそうだよな。

 他所ならともかく帝国は魔法に関する金払いは良いから、

 研究の予算で困るってこともあんまりないようだし。


「それで、私の相談事なのだけれど」


 お、ようやく本題か。


「昔の教え子――今は学院の教師をやっている子達から相談を持ちかけられたの」


 む?


「どうにも、最近生徒の質がとみによろしくないようなの」

「それって……」

「……ご存知なの?」

「丁度ホットな話題だったっていうか……」

「詳しく聞かせてくださる?」

「良いよ」


 ジェットさんの名前は伏せつつ、彼の愚痴をそのままアンにぶつける。

 黙って聞いていたアンだが、次第にその表情は渋いものへと変わっていった。

 俺やジェットさんに思うところがあるわけじゃない。

 カスどもに呆れているのだ。


「……じ、事情はよく分かったわ」


 こめかみに手を当て、深々と溜め息を吐くアン。

 さっきも見た光景だなあ。

 不景気な大人の面を見るのは気が滅入っちゃうぜ。


「でも、そういうことなら話が早いわ。私の悩みも正にそれなの。

冒険者云々は、あの子たちも伏せていたけれど……はあ」


 再度溜め息。


「でも、昔からそういう面はあったんじゃないのか?」


「それは否定しないわ。玉石混交。箔付けのために利用する石ころも確かに居た

でも私が現役で教鞭を振るっていた頃は玉の比率の方が多かったのよ」


 だが何時からかそれが逆転してしまったと。


「ええ……現役を退いてからは関わることもなかったから知らなかったのだけど……」


 アンは悲しげに目を伏せ、こう続けた。


「元教師で、元卒院生としては悲しいことだわ。

どうにも、よろしくない流れが帝国に来ているのかもしれない。

魔法大国、その看板を下ろさなければならない未来が現実味を帯びてきたわね」


「そりゃ大袈裟なんじゃ……」


「いいえ、そんなことはないわ。

学院は仮にも魔法大国と呼ばれる国家の最高学府なのよ?

それが石ころに金メッキを貼り付けるだけの場に成り下がろうとしている。

いいえ、もう殆どそうなってしまったのでしょうね。

志のある有望な魔道士が失望し、他所に行ってしまうのは当然の流れだわ」


 つーか、アンも大概辛辣だな。

 言葉遣いが良いから気づき難いが、

 ある意味カスだの何だの言ってる俺より辛辣じゃねえか?

 だって、石ころに金メッキだぜ。


「……元凶はきっと、くだらぬ権力闘争に明け暮れている皇族様方でしょうね」


 また皇族か。

 いやだが、納得はいくな。

 自派閥の人間に箔を付けるために学院を利用してんだろう。

 元々そういうことはあったが、

 次世代の皇帝候補が揃いも揃ってカスだから更に横槍が酷くなったってとこか。


「すげえな、右見ても左見ても馬鹿ボンしか居ないぜ」

「そうね。年寄りとしては心配だわ」


 だから、とアンの表情が真剣なものに変わる。


「力を貸して頂ける?」

「いや、俺に出来ることなんてあるのか?」


 何? 馬鹿どもを暗殺して自浄作用を促進しようとかそういうあれ?

 ちょっと、そういうのは勘弁願いたい。


「ふふ、違うわよ。カールくんは物騒ねえ」

「じゃあ……」

「特別講師として、期間限定であなたを学院に招きたいの。これだけで察しはつかない?」


 それはつまり、


「舐め切ったカスどもの自尊心を粉々にしてくれってこと?」

「言い方は過激だけど、まあそういうことね」

「ふむ」


 言わんとすることは分かる。

 俺は生粋の拳士で魔法のマの字もない男だからな。

 魔道士以外を見下すカスどもにぶつける相手としては打ってつけだ。

 それと、アンが話を持ちかけてきたのは俺が天覧試合の優勝者だからってのもあるんだろう。

 下手な奴を講師にして返り討ちにでもされたら増長が酷くなるからな。

 でも、


「うーん……俺で大丈夫なのか?」

「あら、頼んでおいて何だけど乗り気なの?」

「ああ」


 アンの悩みを解決するために出来る限りをする。

 伯父さんとそう約束したからな。

 それに、ジェットさんの件もある。

 俺が上手くやれば今直ぐにはとはいかずとも、

 将来的にうちの常連さんの悩みが少しは軽くなる可能性もある。

 俺としては動かない理由がないのだ。


「ただ……こんなこと言うのも何だが……自分の実力がイマイチ分からんくてね」


 イキりそうになる度、ジジイの顔がチラつくんだよなあ。

 俺だって調子に乗りたいんだよ。

 でも、乗り切らせてくれな……いや待てよ。

 何か俺、洗脳的なことされてないよな?

 弟子の増長を戒めるためイキりそうになったら苦い記憶がチラつくような仕掛けとか……。


「あら、それなら問題ないわ。教師陣が束になってかかっても無理そうだもの」

「いや、それは流石に持ち上げ過ぎじゃ……」

「でもあなた、以前より更に強くなってるでしょう?」


 マジで?


「ええ、少なくとも私の目には天覧試合で見た時よりも力が増しているように見えるわ」


 うーん、学院の元教師が言うなら大丈夫なのかな?

 だが一応、備えはしておくか。

 バレたら事だがバレなきゃ問題はなかろう。


「それに、何て言うのかしらね。単純な強さだけではない。

内面、心の強さで言っても――いいえ、むしろそちらが本領かしら?

あなたは常軌を逸した心の強さを備えているように思えるの。

あなたよりも何十年も長く生きた私でも、足元に及ばないぐらい」


 そりゃ買い被りだ。


「いいえ、そんなことはないわ。でも不思議ね。

どうして二十年も生きていないあなたがそれだけの強さを身に着けられたのか。

どんな経験をしたのか、個人的に興味が――――ッ、ごめんなさい」


 詮索好きは嫌われる。

 それが対して仲が良くない人間なら尚更だ。そうは思わないか?


「……その通りね。非礼をお詫びするわ」


 蒼褪めた顔でアンが謝罪を口にした。

 少しばかり気まずい空気だが、話を戻すとしよう。


「指導の方法は俺に一任してくれるんだよな?」

「ええ、勿論。責任は全部私が取るわ」

「OK。ああ、それとお願いがあるんだが」

「? 何かしら。報酬ならしっかりと……」

「いや、お金は良いんだ。現物支給が嬉しい」

「現物? アーティファクトか何かってこと?」


 いや違う。

 俺が欲しいのはそんな大層なものではない。

 いやね、学校って聞いた時から気になってたんだよ。

 お貴族様も通うとこだからな、ダサいってことはないだろう。


「女子の制服を三着用立ててくれ。スリーサイズはこんな感じだ」


 メモにアンヘルとアーデルハイド、庵のスリーサイズを書いて手渡す。

 アンはまあ、と口元に手を当てて微笑んだ。


「若いって素敵ね」


 うっへっへ、これで夜のQOLが更に充実しちまうな。

 ああでも、教師(俺)と生徒(俺様ガールズ)ってのもそそるが逆も良いな。

 女教師も男の夢じゃけえ――っと、そうだそうだ。

 話もまとまったし、忘れない内に頼んでおかないとな。


「ヘイ、ガールズ!!」


 パチンと指を鳴らす。

 すると間髪入れず、アンヘルとアーデルハイドが椅子ごと転移してくる。


「――――」


 アンが何かすげえ顔してるが……まあ良いか。

 在野にこれほどの、しかもかなり若い魔道士が居たとかで驚いてんだろう。

 面識があるとも思えんしな。


「カールくん、どうかした?」

「いやちょっとね……ごにょごにょって感じで……それで……大丈夫?」

「問題ありません。……の方はともかく、それ以外の部分はお任せ頂ければ」

「……は私が用意するよ。後でデザイン貰って良い?」

「おう」


 というか、心なしか二人ともやる気に満ちた顔してんな。

 同じ魔道士としてカスどもには思うところがあるのかもしれん。

 ああでも、アンヘルの方は怪しいな。


「あ、あの……カールくん……?」

「どうした?」


 何か声が震えてるぞ。指先もすげえぷるってるし。

 更年期障害か? 飲み過ぎか?


「そ、そちらのお嬢様方とはどんな関係で……?」

「どんな? 見りゃ分かるだろ――――俺の女達さ」


 二人を抱き寄せる。

 アンヘルが頬にキスをしてくれた。

 コイツ、ホントにノリ良いよな。

 アーデルハイドも負けじとキスしてくれたが、一歩出遅れた感がある。

 だがその悔しそうな表情がまたGOOD。


「…………や、やばい子に頼んでしまったのだわ……」


 ???

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