おれのなつやすみ⑩
1.誰も知らない、あなたの顔
ジャーシン滞在七日目。
明日は、昼過ぎにはジャーシンを経つ予定なので実質今日が最終日。
アーデルハイドの視線の先では心残りがないようめいっぱい楽しんでやるとばかりにカールがはしゃいでいた。
「オラ死ねェ! 殺人アタックじゃあ!!」
「甘いよカール! その程度で人は殺せない!!」
シャルロットと共に異次元なビーチバレーをしているカール。
彼は自分の動きに着いて来られるシャルロットに疑問を抱かないのだろうか?
そう疑問に思うアーデルハイドであったが、
(あぁ……そういえば自分の力を正しく認識出来ていないって言ってたっけ)
直ぐに以前聞いた話を思い出し納得する。
自分が出鱈目の領域に居るという自覚がないのだから、
シャルロットが無茶な動きをしていても気付かないのだろう。
(ホントは帝国でも屈指の実力者なのにね)
かつては罪悪感から各地を転戦していたアーデルハイド。
人形状態であったとはいえ、記憶と経験はしっかり蓄積されている。
それゆえカールの実力も、シャルロットほどではないが肌で感じることが出来るのだ。
そして、だからこそ気になることがあった。
(どんな人なのかしら。ベルンシュタインさんのお師匠さんって)
庵から聞いた話によるとカールは師である”ジジイ”という人に郷里で散々ボコボコにさせられていたという。
カールを一方的に叩きのめせるとなれば、よっぽどの達人であるのは間違いない。
だが、
(……最強無敵流)
引っ掛かるのは流派名だ。
これがただの偶然の一致ならば良い。
だがそれとなくカールに聞いたみたところ、
『ジジイの中では由緒正しい流派って設定なんだよ。触れないであげてくれ』
由緒正しい、その部分が引っ掛かる。
情報ソースが情報ソースなだけに殆ど知る者は居ないだろうが、
最強無敵流と言えばあの名高き拳帝の流れを汲む流派名なのだから。
(偶然なのか、それとも本物なのか)
皇家の宝物殿に秘蔵されている拳帝の手記によれば晩年彼は自らの技術を後世に残そうと流派を創始したという。
元々が我流だったので自らが思う最高にカッコ良い流派名、最強無敵流の看板を掲げて身分を隠し辺境で道場を開いたらしい。
身分を隠し辺境で道場を開いたのは拳帝の名に釣られて有象無象が集まってくるのを嫌ったためだ。
それゆえの判断だったが、入門希望者はゼロ。
挙句、近所の子供に”今日日子供でもそんなクソダセー名前つけねえよ”と笑われる始末。
(確か手記によると、子供と口喧嘩して負けて道場を畳んだんだっけ)
その後はこの流派名の素晴らしさが分かる者を探し、その者にのみ自らの技を伝えると決意したところで手記は終わっていた。
ページが全て埋まったので、次の日記帳に移行したのだろう。
宝物殿には続きは存在しないので、どうなったかは分からないが……。
(もし、ベルンシュタインさんの流派が本物だったら……)
それこそ国を挙げて保護するべきだろう。
魔法や武術だけでなく、優れた技術というものは黄金にも勝る宝だ。
そこを疎かにすると、人類全体の損失になってしまう。
(いい加減、帝国もそこらの法整備をしっかり――――)
ふと、アーデルハイドの目に映るものがあった。
「兄様ー! がんばってくださーい!!」
「いけるいける! いけるよカールくん! そのまま押し切って!!」
「任せろァ!!!!」
弾けるような笑顔で声援を送る庵とアンヘル。
そんな二人の声を受けやる気を漲らせ雄叫びを上げるカール。
彼らを見ていたら、これまで考えていたことが嘘のように消え去ってしまう。
代わりに胸中を満たすのは、
(――――ああ、やっぱり駄目だわ。私)
アンヘルや庵と一緒に行動していると思うのだ。
アーデルハイドという人間は、何てつまらない女なのか。
遊ぶため、楽しむための場所で技術の保護やら法整備なんて考えるか普通?
空気が読めていないにも程があるだろう。
(私はベルンシュタインさんの恋人なのよ?)
なら、二人のように声援の一つでも送るべきだろう。
何故、ボーっと馬鹿みたいに眺めながら空気の読めないことを考えているんだ。
そうじゃない、そうじゃないだろう。
応援に意味なんてない? 馬鹿な。彼はあんなに嬉しそうじゃないか。
たかだか応援一つで好きな人を喜ばせることが出来るんだぞ。
(この前だって、結局何の役にも立てなかったし……)
カールを元気づけようという目的は達成できた。
水着エプロンで手料理を振舞う(セクハラあり)という企画は大成功だったと言えよう。
料理を作ってる自分たちをセクハラしてる時点でカールはもう回復していたし。
だが、手料理を振舞うというのは庵のアイデア。
水着エプロンとセクハラ要素を足したのはアンヘルの手柄。
(私は何もしてない)
肝心の手料理だってそう。
アンヘルや庵はそこそこのものを作った。
だが自分は違う。食べられなくはないが、決して美味しいと呼べる代物ではなかった。
実際カールにも今後に乞うご期待! と言われたし。
笑顔で全部平らげてくれたが、それは彼が優しいだけ。
元気付けてあげる立場の人間が気を遣われるなんて情けないにも程があるだろう。
(……私には、アーデルハイド・プロシアには女としての魅力が無さ過ぎる)
カールが好きだ、大好きだ、愛してる。
あの人でなければ自分は駄目なのだ。
でも、それだけ。好きなだけで、愛しているという気持ちだけで何一つとして返せていない。
妹を救ってもらったこと、自分を救ってもらったこと。
返し切れない恩があるのに、何一つとして報いることが出来ていない。
アンヘルは違う。
それとなく話を聞いてても分かる。
ウマが合う、というよりカールが喜ぶことを妹は熟知している。
そして常に喜んでもらえるようなことをしている。
(私には、何もない)
アンヘルのような器用さも、庵のような愛らしさも。
生真面目と言えば聞こえは良いが、これはただのつまらない女だろう。
いや、ただつまらないだけならまだマシだ。
驕りから取り返しのつかない失敗をし、その上に恥を上塗りした救いようのない馬鹿女。
そんな女に寄りかかられているなんて、カールが可哀想だ。
(でも、離れられない)
その優しさに甘え続けている。
自分を見つめ直すと、ひどく、ひどく――――惨めだった。
「ッ」
場に満ちる明るい空気さえも自分をせせら笑っているように感じ、
アーデルハイドは逃げるようにこの場を立ち去った。
「……」
あてがあったわけではない。
兎に角、人気がない場所に行きたかった。
そんな思いで歩き続け、気付けば立ち入りが禁止されている区画へと来てしまった。
誰かに見られたら面倒なことになるが今はそれを考えるのも億劫だった。
「はあ」
深い溜め息が漏れ出す。
「私って――――」
次いで自嘲が漏れそうになるが、
「私って綺麗?」
「!?」
背後から聞こえた声に大きく身体を震わせるアーデルハイド。
振り向くとそこにはアイスキャンディーを咥えたカールが立っていた。
「べ、ベルンシュタインさん……?」
「おうとも、苦しい時、そんな時、頼りになる野郎ことベルンシュタインさん家のカールくんだよ」
ぺろぺろ、ちゅぱちゅぱ。
美味しそうにアイスキャンディーをしゃぶっている。
「な、何でここに……」
「何でも何も、尾行して来たからな」
「び、尾行?」
鸚鵡返しにそう尋ねると、カールは深く溜め息を吐いた。
「おめー、あんな顔して逃げるようにどっか行く奴を心配しないほど俺はクズじゃねえよ」
「あんな顔って……」
「自覚ないのか? 今にも泣き出しそうな、ってかちょっと泣いてただろお前」
言葉を失う。
だって、あんなに楽しそうに遊んでいたはずなのに。
自分のことなんて眼中にもなかったはずなのに。
「あ、う」
何かを言おうとして、でも、言葉にならなかった。
「まあた鬱々と自分を責めてたんだろ? 分かるよ、俺にゃお見通しだ」
「わ、私は――――むぐ!?」
「とりあえずアイスでも食べて一旦落ち着け」
「もごごご」
「ほら、食べるんだ」
言われるがまま、口の中に突っ込まれたアイスキャンディーを舐める。
冷たくて、甘くて、ほんのりカールの味がした。
「舌だ、舌をもっと上手に使って……そう、そんな感じ!!」
「ふぁふ?」
「良いから良いから、続けて」
「ふぁひ」
言われるがままに舐め続けていたが、
(これは……食べてしまって良いのかしら?)
良い感じにやわらかくなってきたしこのまま噛み砕いてしまいたい。
アーデルハイドは視線でカールにお伺いを立てると、
「舐めて! 早く! ほら、仕事でしょ!」
駄目らしい。
アイスキャンディーがなくなるまで素直に舐め続けるアーデルハイドであった。
「んぐ……ごちそうさまです」
「こちらこそごちそうさまです」
「?」
「美味しかったか?」
「え、ええ」
アイスキャンディーなど、あまり食べる機会がないので新鮮だった。
素直にそう告げるとカールは嬉しそうに笑い、何度も何度も頷いた。
「そうかそうか」
ふと真顔に変わる。
「――――で、何があった?」
「ッ」
「何が原因で自分が駄目な奴だと泣いてたんだ?」
棒しかなくなったアイスの棒を口の端に咥え、問いを重ねる。
問い詰められているわけではない。
軽い調子の声色だ。
しかし、答えるまで逃がしはしないという意思がひしひしと伝わってくる。
とはいえ、
「……」
「アーデルハイド?」
「…………い、言いたくありません」
素直に答えられるような内容でもない。
ましてや、惚れた男相手となれば尚更だ。
あまりにも惨め過ぎるだろう、それは。
口を閉ざし、目も逸らすアーデルハイドであったが、
「言え」
カールはお構いなしだ。
「い、嫌です」
「言え」
「わ、わ私にだって言えないことぐらいあるんです」
「言え」
「だ、だから……!」
「そうか、ならしょうがない」
小さく溜め息を吐き、カールは自らの水着を脱ぎ捨てた。
そしてそのまま来た道を戻るべく歩き出してしまう。
「――――」
唖然。
「!」
認識。
「す、ストーップ!!」
疾走。
辛うじて五歩目でカールを止めることに成功。
アーデルハイドの心臓は今、とんでもないことになっていた。
「な、何やってるんですか!?」
「いや、このままメインストリート疾走してやろうかなって」
「捕まりますよ!?」
「そうだな、逮捕待ったなしだな――――お前が話してくれないなら」
「う……」
対人経験が豊富などとは口が裂けても言えない。
だが、こんな脅し方をしてくる人間、普通居ないだろう。
アーデルハイドには分かる。カールは本気だ。
自分が何も言わなければカールは本気で実行する。
本気で豚箱に突っ込むつもりだ。
(け、権力を使えば釈放は容易だけど……)
確実に繰り返す。
自分が話さない限りは何度もやる。
今のカールにはそんな凄味があった。
「んん? どうしたのかにゃー? 話したくないんでしょ? じゃあ手、離してくれないかなー?」
「う、ううう」
「あれも嫌、これも嫌。お嬢さん、世間じゃそんなの罷り通りませんぜ」
うぇっへっへっへ、と下卑た笑い声を上げるカール。
完全にチンピラだ――でも好き。
アーデルハイドはやがて、観念したように頷き、カールから一歩退いた。
「……分かりました、話します」
「それで良いんだよ。まったく、手間取らせやがって」
腕を組み、仁王立ちするカール。
正直、眼福である。
だが今は水着を着て欲しい。
折角止めたのにこの光景を第三者に見られたら意味がないではないか。
アーデルハイドの懇願を受け、カールは渋々水着を装着した。
「…………思うんです。私って、女としての魅力が皆無だなって」
「ふむ?」
「庵さんのような愛らしさも、アンヘルのような器用さも私にはありません」
その二人だけではない。
世間一般で語られる女性としての魅力が何一つ備わっていない。
強いて自信があるものを挙げるなら魔法だが、女性としての魅力に直結するものではない。
「愛想もない、空気も読めない」
頑なに拒んでいたが、一度話し始めたらもう止まらなかった。
これまで内に溜め込んでいた感情が次から次へと言葉になってしまう。
気付けば、アーデルハイドは泣いていた。
「それで……どうしようもなく、自分が惨めに思えて逃げて来たんです……」
一通り吐き出し終えたところで、
これまで黙って話を聞いていたカールがようやっと口を開く。
「成るほど、ようく分かった」
呆れたような、それでいてこちらを気遣うような。
そんな目をし向けられるのが心苦しくも嬉しくてアーデルハイドはまた自己嫌悪の螺旋に入りそうになってしまう。
それが分かっているのか遮るようにカールは言葉を続けていく。
「本来ならここで俺がお前の良い点を一個ずつ挙げていくんだろうな」
気のせいか、少し場の温度が下がったように感じる。
「それでアーデルハイドも少し自信を取り戻し、
いや自信を持てるようになってこの場は丸く収まるぬるーい結末に繋がるんだろうが」
カールは溜め息と共に俯いた。
陰が差しているせいでその表情を窺うことはできない。
「ただ、お前の場合はちょっと根が深そうだからな」
声から抑揚が消えていく。
アーデルハイドは自己嫌悪も忘れ、困惑していた。
(ベルンシュタインさん……?)
関係が深ければ深いほど、その相手に対するイメージというのは固まってしまうものだ。
ゆえに、アーデルハイドは困惑していた。
自分の知るカールがドンドン遠ざかっているような感覚に。
「ちょっと強い刺激が必要と見た」
顔にかかる影がどんどん濃くなっているような錯覚を受ける。
表情はまったく見えない。
なのにカールは隠すように左手で顔を覆った。
「――――誰も知らない俺の顔を見せてやるよ」
瞬間、尋常ではない寒気が総身を駆け巡った。
我知らず、自らの身体を抱き締めるアーデルハイド。
「どうだ? 初めてだろ、俺がこんな糞みてえな顔してるとこはさ」
カールがゆっくりと顔を上げる。
物理的に醜い素顔が隠れていた――わけではない。
顔の作りは何一つとして変わっていない。
だが、むしろそっちの方がマシだったのかも。
「べ、ベルンシュタイン……さん……?」
目の前に居る男は本当に自分の知る彼と同一人物なのか。
アーデルハイドにはそうと断言することができなかった。
「あぁ……俺だよ」
空気が軋むような倦怠感を纏い、やる気なさげにそう答えるカール。
ぼんやりと空を見つめる彼は喋るのも億劫といった様子だ。
一見すれば何もかもを諦め手放し、怠惰に浸る人間のそれに思える。
だが違う。他者の心の機微に疎いアーデルハイドでも理解できた。
(……激情)
矛盾しているように思えるが、
分厚い倦怠の向こうにはマグマのように煮え滾る激情を感じるのだ。
「ふう」
ゆっくりと、その視線がこちらに向けられる。
紅と蒼、大好きだったその瞳は見る影もない。
薔薇のそれにも似た鮮やかな紅は陰惨な鮮血の紅に。
空を蒼さを思わせるそれは光差さぬ深海の如き陰鬱な蒼に。
「ひっどい顔してるだろ?」
声が、出ない。
「気遣う必要はない。俺も毎朝鏡見る度、糞みてえな面だと思ってたからな」
アーデルハイドにとってカールは陽性の極みにいるような人間だった。
笑顔を絶やさず、自分だけでなく周囲も明るくする太陽のような男性。
だが今目の前に居る彼はその対極だ。
月も星も見えず分厚い雨雲に覆われ一片の光も見えない夜のようだ。
「これをな、必死で隠そうと取り繕ってる姿がまた……滑稽でなあ」
今ではない、遠く過ぎ去った”いつか”を見つめるその瞳。
そこに込められた感情はあまりにも多過ぎて、
アーデルハイドには一つとして読み解くことができなかった。
「ってんなことはどうでも良いんだ……とりあえず、この辺で仕舞いにしようか」
再度、俯く。
そして深呼吸を二度三度繰り返してから顔を上げると、
「で、どうだった?」
何時も通りのカールが居た。
さっきまでのそれが夢か幻であったかと困惑するような変わりよう。
ポカーンと女子にあるまじき表情で固まってしまったアーデルハイドを一体誰が責められようか。
「え、あの……え、えぇえ!?」
「ま、言うても既に終わった物語だからな」
苦笑を浮かべるカールは、本当に何時もの彼。
アーデルハイドが知るカール・ベルンシュタインそのものだ。
「事が事だけに忘れられず焼き付いちゃいるが、
意図してその時の感情を思い出そうとしなけりゃ”あんな無様”を晒すこともないし、
終わった事に引き摺られて今を疎かにするようなこともありゃしない」
だから心配は無用だ。
カールはそう言い切った。そこに嘘はないように思えた。
明るく振舞っているが陰のある人間、というのはアーデルハイドも見たことがある。
だがカールの場合は違う。
本当に過去と完全に決別しているのだろう。
「アーデルハイド」
「は、はい!」
「今さっき見たものはな、かつて存在した俺の心の中の一番冷たい部分だ。
誰も知らない。親父も、伯父さんも、アンヘルや庵もだ。
そして決して自分から見せるようなこともないだろう。
例えこの先、アンヘルや庵と結婚したとしてもそう。ガキが生まれたって見せるつもりはない
過去の自分を否定するつもりはないが既に終わったことで心の奥底に沈めておくべきものだからな」
そこまで言って、カールはニヤリと笑った。
「――――すっげえ優越感だろ?」
「は?」
「他の女は知らない、自分だけが知っている愛する男の顔。
気持ち的に一段上に立ったような気がしないか?
さっきも言ったがな。俺ァ、誰にもあれを見せるつもりはなかった。
気取られる可能性は零じゃあないが、それでも自分の意思で見せるつもりはなかった」
例え殺されたって見せるつもりはない。
カールはそう断言し、こう続けた。
「それを晒させるたあ”魔性”にも程があるぜ。とんでもねえ女だ!!」
何を言っているか直ぐには理解ができなかった。
理解し、唖然とし、アーデルハイドはこう反論する。
「それは……! やっぱりベルンシュタインさんの優しさに縋――――」
そんなつもりはなかった。
だが結果だけを見るならそれは情に訴えるべく縋り付いたようなもの。
決して自身の魅力には繋がらない。
そう、言おうとした。
「あ痛ッ!?」
だが額に奔った痛みが言葉を遮ってしまう。
「っとに……馬鹿だなあ、お前。何でそうなるかなあ」
心底呆れたような声と表情。
言っては悪いが、今回に限っては絶対自分の方が正しい。
そう反論しようとしたアーデルハイドであったが、
「殺されたって見せたくねえってものを晒しても良い。
男にそう思わせるような女に魅力がないわけねえだろ。
おめー、気付いてないだろうが逆説、アンヘルや庵のこともディスってるからな?
あの二人じゃどう足掻いても引き出せないものを引き出しといてその発言って……おお、怖ッ」
畳み掛けるようなカールの言葉。
暴論のように思えるが、でも不思議な説得力がそこにはあった。
「つかさ、お前は俺にモテたいの? それとも他の有象無象どもに好かれたいの?」
「べ、ベルンシュタインさんに決まってます!」
「じゃあ悩む必要はねえだろ。これで証明は成されたんだからな」
アーデルハイドが言うところの女性としての魅力は普遍的なものでしかない。
そういう部分に惹かれないと言えば嘘になる。
だが、アーデルハイドに惹かれている理由にそれは関係ない。
カールはそう断言した。
「最初は成り行き。肌を重ねて絆されて……経緯だけ見るなら苦笑もんだわ。
でも、何でかねえ。不思議と放っておけねえんだよな。
俺自身、明確に言葉に出来るわけじゃないさ。でも、お前がお前だから俺は好きになったんだよ」
優しい笑顔。
太陽のような笑顔。
「大体さ、甘えることの何が悪い? 俺だって滅茶苦茶甘えまくってるわ。
でもそれで良いんだよ。寄りかかったり、寄りかかられたり。
それが人間関係ってもんだろ? お前は俺に縋り付いてる、甘えてるなんて言ってるがよ。
俺だってお前に甘えてる、縋り付いてる部分はある。気付いてないだけでな」
目の奥が熱い。
胸がじんじんとする。
何かが、心の奥底からこみ上げてくる。
「ベル――――」
言葉を遮るようにふわりと、抱き締められた。
「だからよ、俺の好きになった女をあんま悪く言わんでやってくれ」
耳元で囁かれた言葉があまりにも優しくて、
「~~~ッッ!!」
もう我慢することができなかった。
止まっていた涙が堰を切ったように止め処なく溢れ出す。
感情を制御することができない。
でも今は、これが正しいことのように思えた。
「っとにお前はしょうがねえなあ」
泣きじゃくるアーデルハイドの頭を撫でながら、カールは諭すように言葉を紡いでいく。
「お前はお前だろう? 誰かと比べて自分は駄目な奴だって泣くなんざ馬鹿らしいぜ」
アーデルハイドはアーデルハイドにしかなれないのだ。
だから、少しずつでも良いから好きになってやれとカールは言う。
「あ゛い゛……」
「何言ってるか分かんねえよ。ったく、面倒臭い奴だぜ」
言葉と裏腹にその声は、その表情は、とても優しかった。
アーデルハイドは改めて想う。
(私、あなたを好きになって本当に良かった)
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