おれのなつやすみ⑨

1.(生きて)帰ってきて良かった、エロい子に会えて


「あー…………クソだりぃ……」


 時刻は十時半。

 朝食を終えて部屋に戻り今はベッドにつっぷしているのだが、

 何だろうな……起き上がるどころか指先一本動かすのさえ億劫だった。

 むしろ、こんな有様でよく朝食の席に出たと思うよ。


「あ゛あ゛あ゛」


 部屋に伯父さんはいない。

 しんどそうな俺を心配してたが、フィーバーし過ぎただけだと言って部屋を追い出した。

 いや、追い出したというのは正確な表現ではないな。

 元々、今日は夕方までシャルのアホと食べ歩きに行く予定だったらしいし。

 気兼ねのないよう送り出した、そう言うべきだろう、うん。

 俺のせいで折角のバカンスを無駄にして欲しくはないのだ。


「んぐぁぁぁぁ……」


 何でかな、何でこんなダルイのかなあ。

 蛇をシバキ終えたあたりでは、力が漲り元気いっぱいだったのだ。

 そのまま幽羅もシバキ倒せるぐらいに力が有り余っていた(結局逃げられたけど)。


 だが、地上に戻った途端、いきなり疲労が圧し掛かってきたのだ。

 こうズン! って感じで。

 ホテルに帰る頃にはもう、歩くのもクソだりいって有様だった。

 寝たら回復するかなーとか思ってたが全然そんなことないし。


「寝足りないのかな……?」


 ああでもなあ、こうしてベッドに寝転がってるが眠れそうにない。

 眠気がないわけではないのだ。

 眠気はあるのに、疲れが重過ぎて逆に眠れないみたいな?

 クソみてえに疲れてるのに眠れないって、これ一番嫌なやつじゃん。


「はあ」


 ティーツらの手伝いをしたことを後悔しているわけではない。

 俺が行かなければ多分、二人は調査を終え何事もなく帰って来ただろう。


 そう――――幽羅やアダムの暗躍に気付くこともなく。


 祠を起動させられる可能性があったのは明美らしいが、

 帰りしなに試してみたところ、うんともすんとも言わなかった。

 つまりは俺だ。何が理由かは知らないが俺が起動のキーになったのだ。

 だから俺が居なければ最初の洞窟探索の時点で終わってた。

 もし、そうなっていれば最悪だ。


(満月、だったか? リミットは)


 もしもあの蛇が幽羅と狂ったアダムの思惑通りに復活していたらどうなっていた?

 再生はすれども一応攻撃が通じたのは不完全だったからだ。

 事実、時間の経過と共に攻撃自体が通らなくなったからな。


 あの蛇の本来のスペックを列挙するならこんな感じだ。


 ・何十メートルにも及ぶ巨体。

 ・突進一辺倒ではなく身体から触手を生やしたりもできる。

 ・攻撃が通らない。

 ・攻撃を通しても、不死身と言っても過言ではない再生能力でダメージは無効。

 ・ダメージを与える、殺すためには何らかの条件が必須(内容は不明)。


(どうすりゃ良いんだ……)


 列挙したのは今判明してる情報だけで、他にも特性があった可能性は高い。


(曲がりなりにも神様なんて言われてたからな)


 無いと考える方が不自然だ。

 俺が行かなかった場合、そんな化け物が野に放たれていたのだ。

 世界が滅ぶなんてことはないだろうし、最終的にはどうにかなると思う。

 人間って生き物は存外しぶといのだ。

 殺せずとも封印なり何なり対処法を打ち出すだろうて。

 だが、無力化するまでにどれほどの被害を被っただろうか。

 そう考えると早期に潰せたのは本当にラッキーだ。


(ありがとう、スクミズルカイザー様……)


 性癖神の加護なくして勝利は掴めなかっただろう。

 でも、この疲労は如何ともし難い。

 命があるだけ儲けもの、神の領域に指を触れた代償としては安い。

 そう言われればその通りだと思うけど……しんどいものはしんどいのだ。


「ああ……癒し、癒しが欲し…………おや?」


 コンコン、と音が聞こえる。

 首だけを向けると、窓の外には可愛らしい妖精さんがいた。

 俺はのそのそと立ち上がり、窓を開けた。


「♪」


 すると妖精さんは即座に部屋の中に飛び込んで来て、

 嬉しそうに俺の周囲を飛び回り始めた――くっそ和む。


「この妖精って確かアンヘルが魔法で作ったやつだよな?」


 明美を探す時に使ったやつ……だと思う。

 ということはこの妖精を遣わせたのはアンヘルなんだろうが……はて?

 別に部屋に来るなとは言ってないんだから直接訪ねて来れば良いだろう。


「何だって妖精を……んん?」

「!」


 うんしょ、うんしょ、と妖精さんが必死に俺の服の裾を引っ張っている。

 大変可愛らしい。

 が、俺はアンヘルがこれを操作してるのを知っている。

 向こうもそれは承知の上だ。

 滑稽だと思うか? 否。だがそれが良い! だ。

 自分を楽しませようとしている行動を素直に受け取れないほど、俺はヒネちゃいないのだ。


 まあそれはさておき、


「着いて来いってか?」

「!!」


 コクコクと頷き、笑顔を浮かべる妖精さん。

 正直、部屋から出るのも嫌なのだが……良いだろう。

 朝飯の時に顔を合わせたのだ。

 アンヘルも俺が疲れていることは百も承知のはず。

 何かと俺を立て、俺を気遣うアイツが、意味もなく俺を連れ出すわけがない。


(多分、疲れてるから元気付けようってとこかな?)


 恐らくは庵とアーデルハイドも一緒だろう。

 ならば良し、トコトンまで癒してもらおうではないか。


「?」

「駄目じゃないよ。だから、案内してくれるか?」

「♪」


 部屋を出て施錠。

 部屋の鍵は伯父さんと俺で二つあるからな、問題はなかろう。


「それで、何処へ行きゃ良いんだ?」

「!」


 鍵を閉めるのを見届け、妖精はゆっくり飛び始めた。

 その後を着いて行く俺だが、一つ気になる点が。


(スカートの丈、超みじけえ)


 銀髪のティンカーベルみたいな容姿をしているのだが、スカートが超短いの。

 パンツ――ではないな、ありゃレオタードか。

 白いレオタードに包まれたキュートなお尻が丸見えやないか。


(欲情とは……違う。何だろう、このドキドキ)


 何だか分からんがとにかく良し!

 クッソ低かったテンションが若干盛り返して来た感があるな。


「え、上に行くのか?」

「!」

「まあ、良いけど」


 てっきりアンヘルとアーデルハイドの部屋か庵の部屋にでも連れてかれると思ってたんだがな。

 どうやら違うらしい。

 三人の部屋は同じフロアにあるしな。

 かと言って俺がティーツから受け取った期間限定のヤリ部屋でもないらしい。

 あれは下だからな。


(うーむ、何が待っているのかまったく読めんな)


 首を傾げつつ導かれるままにやって来たのは最上階。

 ここより上はもう、屋上しかない。

 このフロアは俺らが泊まっている一般客室とは違う、

 いわゆるスイート系の部屋があるフロアだと聞いた気がするが……?


「え、ここに入れって? いやでも……」


 他人の部屋じゃないのか?

 そんな俺の疑問を遮るように妖精さんはクイクイと俺の手を引っ張る。

 サイズがサイズなので全身を使って抱き付かれてるようなものだが……うむ、柔らかい。


「!」

「ああ、分かった分かった」


 というかそもそも鍵は開いてるのか?

 などと思ったが特に問題はなかった。


「ぉぉ……」


 部屋に入った瞬間、感嘆の声が漏れた。

 俺が泊まっている部屋も十分上等なのだが、この部屋はそれに輪をかけてゴージャスだ。

 広さも内装も、文字通りレベルが違う。


「お、キッチンまであるのか」


 それは俺の独り言だったのだが、


’うん。スイートの中でも長期滞在するお客さん用の部屋だからね’


 頭の中に声が響いた。アンヘルのものだ。

 初見なら驚いただろうが、こういうのは何度かあったからな。

 今じゃもう慣れたもんだ。

 平静を乱すこともなくアンヘルに語り掛ける。


「へえ、しかし勝手に入って大丈夫なのか?」

’大丈夫。ちゃんとお金を払って使わせてもらってるから’


 流石金持ちやな。

 いや、ただの金持ちではなく貴族だからそんな無茶も通ったのかも。


’昨夜、何があったのかは聞かない’


 む、察知してたのか?

 でも、それなら即座に救援に来そうなものだが……誰かから聞いたのか?

 いや、それはどうでも良いな。

 向こうも何があったのかは聞かないって言ってるし。


’でもカールくん、すっごく疲れてるよね?’

「ああ、疲れてるぞ。すっごく疲れてる。部屋を出るのも億劫なぐらいにな」


 少し、挑発気味にそう答えるとアンヘルはクスリと笑った。


’ごめんね。でも、後悔はさせないつもりだから’


 ほう、そりゃ楽しみだ。


’カールくんに元気をあげる。私たち三人で’


 瞬間、室内を疾風が吹き抜けた。

 光る白い羽が視界を埋め尽くす。

 恐らくは魔力で作った演出用のそれだろう。

 中々に手が込んだ仕掛けをするものだと思いつつ、嫌が応にも期待をかきたてられる。


(さあ、何を見せ――――)


 視界が晴れ、その姿を認識した瞬間、俺の思考は停止した。


「というわけで」

「お疲れのベルンシュタインさんのために」

「私たち三人で手料理を……うう、この格好に意味はあるんでしょうか……振舞いたいと思います」


 み、み、み、み、


(水着エプロンだとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!!!?)


 眼前に姿を現した三人は水着の上からエプロンを身に着けていた。

 その事実に、俺は戦慄を禁じ得ない。

 もしも、そう、もしもの話だ。

 裸エプロンじゃないのか、ガッカリなどという輩が居るのなら闘魂ビンタ待ったなしである。

 ちげーよ、ジャンルがちげーだろうが。何故裸エプロンと水着エプロンを同列に並べるんだ。


 駄菓子とコース料理、同じ食べ物ではあるがこの二つを同列に語るか?

 後者に比べて前者の何とみすぼらしいことか、味など比べるまでもないわ!

 なんて言う奴がいたら俺は笑う。馬鹿じゃねえのと指差して笑う。

 グラビア雑誌とエロ本の関係もそう。

 前者なんぞ子供騙しよ、裸が載ってないとかマジ使えんなんてのは見当違いだ。


 駄菓子には駄菓子の、グラビア雑誌にはグラビア雑誌の楽しみ方ってものがあるんだ。

 その良さはコース料理やエロ本と比べられるようなものではない。

 同じ土俵に上がっているわけじゃねえんだからさあ。分かれよ、な?


(こう、何て言うのかな)


 裸エプロンはさ、エロいよ。

 お前、料理作るのに裸にエプロンだけって。衛生どうなってんだ。

 みたいな野暮なツッコミは銀河の彼方に放り投げて、兎に角エロい。

 だがそのエロさは背徳のエロだ。

 私見なんだがエプロンってのは母性と家庭を示すシンボルマークの一つだと思うのよ。


(目蓋を閉じて、思い返す)


 小学生の時分、くたくたになるまで外で遊んでさ。

 へとへとになって家に帰って来るわけ。

 そんな俺をね、母ちゃんが迎えるわけさ。


’ただいまー’

’おかえりー。今日は何して来たの?’

’野良猫追跡二十四時~交尾の瞬間~してきたー’


 なんて会話を交わしつつね。

 母ちゃんがさ、エプロンを着けるわけ。

 エプロン着けて髪括って飯の準備を始めるのよ。

 遊びつかれて帰って来た我が子の心と腹を満たすために。


 何度か繰り返したかも分からない光景。

 そしてそれは日本中……いや違う。

 異世界でだって、有り触れたものだ。

 有り触れた、でも温かさに満ちた素晴らしいものだ。

 俺にとってエプロンってのはそんな優しい世界を想起させる代物なんだ。

 そんなエプロンをさ、


(こんな……こんなことに使うなんて……)


 は、はははははは、


「破廉恥ですぅ!!!!」

「兄様、突然何ですか!?」


 破廉恥ですぅ! 破廉恥ですぅ! でも大好きですぅ!!

 おいおいおい、お前、侵し難いある種の聖域に手を出しますか?

 聖域を性域に変えちゃいますか?

 みたいなね、動揺と微かな忌避、そしてそれゆえの背徳に起因する興奮を覚える衣装。

 それが裸エプロンだと俺は思う。


(対して水着エプロン)


 これは説明が難しい。ある意味、裸エプロンよりも深い世界だと断じよう。

 さっきグラビア雑誌とエロ本を例に挙げたけどさ。

 それぞれの良さについては語っていなかったな。

 なのでそこを取っ掛かりに水着エプロンの素晴らしさについて触れていこう。


 グラビア雑誌の良さ、そりゃ健全なエロさだ。

 いや、エロ本より女の子の平均レベルが高いとかそういうのもあるけどさ。

 そこは今回の話とは無関係だし置いておこう。機会があればいずれってことで一つ。

 話を戻そう、健全なエロさについてだ。


 年齢制限のない、開かれた世界のエロさ。

 誰をも拒みはしないが、だけどちょっと物足りない。

 だがその物足りなさが、心の何かを満たしてくれる。

 そうさな、陽性のエロスとでも言うべきか。

 グラビア雑誌には、ひいては水着というものにはそれがあるのだ。


(だが水着エプロンってなると話は別だ)


 ぶっちゃけ、いかがわしいよね。

 ある意味裸エプロンよりいかがわしいと思う。

 だが、十八禁ではない。十七.五禁ぐらいだ。

 健全の域に留まっている。

 留まっているのに何故かいけないことをしているようなドキドキがそこにはあった。


(陽のエロスを侵食する陰のエロス)


 だがそれは、陽を塗り潰すほどではない。

 あくまで陰が差した程度のもの。

 しかし、だからこそ深い。

 さながら昼と夜の隙間にほんの少し顔を見せる黄昏の如き趣。

 それを水着エプロンからは感じる。


「まったく……お前らって奴はよ……へへ、やるじゃねえか」

「何故そのような爽やかな顔をしているのか私にはまったく理解出来ません」


 多分あれだ。

 手料理を振舞うって部分は庵の発案で、水着エプロン部分がアンヘルだろう。

 アーデルハイドはそういうの苦手だからな。

 まあ、苦手だけど必死に考えていたという確信はある。

 そして俺にはその事実だけで十分だ。普通に嬉しいもん。


「しかし……」


 視線を走らせる。

 三人が三人共、恥じらいを見せて内股になったり視線を逸らした。

 約一名ほど演技だって分かるのが居るけど、アイツはそれで良いのだ。


(まず庵)


 スク水エプロンって時点でもう、反則だろ。

 水着の段階で既に健全さといかがわしさが混在してるのに、

 そこにエプロンをぶち込んでいかがわしさを加速させるとかブレーキ何処行った?

 顔真っ赤だし、ホント恥ずかしいのだろう。

 俺のように深いエロ哲学を身に着けているわけではないが、

 庵も本能的に自分の今の格好がいかがわしいものだと理解しているのだと思う。

 それなのに俺のため、俺が喜んでくれるならって健気さがね。


「まこと、たまらぬ献身であった」

「兄様、兄様の馬鹿さ加減が天井知らずに加速してますよ?」


 次はアーデルハイド。

 庵は女の子女の子した可愛らしいエプロンを着けているが、コイツは違う。

 機能性重視の飾り気のないエプロンだ、性格が透けて見えるぜ。

 だが着目すべきは、そのエプロンの下。

 俺のためにと必死で考えて選んだ黒のビキニがエプロンの下にある。


(アン・バランス)


 一方で機能性を重視しつつ、もう一方では乙女の冒険心を。

 意図せぬ限りは揃わぬ組み合わせ。

 だがこれは意図したものではない。

 つまりは天然。俺はそこにこそ、輝きを見た。

 素晴らしい、いかがわしさだ。

 つーかここまで来ると眼鏡までいかがわしいものに見えて来たんだけど。

 あれれ? 視力を補助する道具ですよね? と首を傾げたくなる。


「末恐ろしい奴め。このまま長所を伸ばせばとんでもねえことになるな……へへ」

「は、はあ。よく分かりませんがベルンシュタインさんのお眼鏡に適ったようで何よりです」


 そして最後、アンヘル。

 コイツは……コイツは、コイツ、ホントやってくれるなあ!!


(お前もう、無敵かよ)


 アンヘルは水着を変えている。

 ビーチで着てたワンピースじゃ視覚的なインパクトが薄いからな。

 水着エプロンという強みを活かすためだろう、今は白のビキニを着ている。

 そして、その水着とマッチするように選んだピンクの可愛らしいエプロン。

 この時点でもう、見事と言うしかないんだが。

 この女は、何時だってそう。百点満点の回答じゃなく百二十点を出してくるんだ。


(エプロンの……胸元がァ! ハートマーク……ッッ!!)


 クッソァ!

 更に新妻感までトッピングしてきやがった!!

 水着エプロンに、新妻感を足してくるとか……お前……お前ェ!!


(も、妄想が捗るやろがい!!)


 旦那様のためにちょっと大胆な装いを。

 裸はまだ恥ずかしくて、水着を、みたいなね? みたいな背景をね?

 妄想しちゃうじゃないか。だって男の子だもの。


(つかお前、ピンクにハートて……)


 あざとい通り越してチープさすら覚える。

 チープ、OHチープ、シーハーシーハーチープ!!

 良い……俺、好きなんだよ。そういうわざとらしいチープさがさ。

 無性に、男心を擽るんだよ。


「……ックァ! アンヘラァ!! やってくれたなテメェ……!!」

「カールくんのテンションがもうすっごいことに」


 誰のせいやと思うてんねん。

 お前らやぞ、お前らが俺のハートに火を点けたんだぞ。

 ああクッソ。食欲なくて朝飯は殆ど食ってなかったが、無性に腹が減ってきやがった。


「……ったく……OKOK。全力で持て成されてやろうじゃねえか!!」


 腹は決まった。

 ドカッ! と勢い良くソファに背を預け大きく足を開く。

 凄まじく態度がデカイように見えるが、これは覚悟の表れだ。許して欲しい。


「いえ、あの、お疲れの兄様を癒したいわけだからそう気合を入れられても」

「オラ、ワクワクすっぞ!!」

「あ、駄目ですよ庵さん。ベルンシュタインさん、これもう完全にお話聞いてません」

「良いじゃない。それよりほら、早速料理に取り掛かろう?」


 ばたばたとキッチンに駆けていく三人娘。

 よくよく考えると、初めてだな。恋人の手料理とか。

 女の子の手料理ってだけでも燃えるのに、相手は恋人だぞ。

 俺の心の本能寺が大炎上しちまうよ。


(そういや……コイツら料理出来るのか?)


 例えば庵、一緒に暮らしてるが料理してるとこは見たことない。

 伯父さんに作ってもらってるか、伯父さん居ない時は俺が男飯作ってるからな。

 流石に子供に飯を作らせるのはね?

 え? 子供とエロいことするのは良いのかって? 相思相愛だからね、しょうがないね。


(まあ、飲食店勤務だし……何かこう、大丈夫やろ)


 で、残る二人。

 アンヘルとアーデルハイドだが間違いなく経験はないだろう。

 問題ありとはいえ貴族ぞ貴族、それも大貴族。

 どこのお嬢様が厨房に立つってんだ。

 そもそもからして立たせてもらえねえよ。それだけで問題になるわ。


(ちょいと不安だが……まいっか)


 今回に限って味は二の次だしな。

 ぶっちゃけ、毒でないんなら不味かろうが何だろうが腹は膨れる。

 大事なのはこのシチュエーション。

 心を満たすためのものだから、不味くてもご愛嬌よ。


 それに、今回不味くてもコイツらのことだ。

 次、食べてもらう時のために必ず研鑽を積むだろう。

 好かれるための努力を決して欠かさないという美点が三人にはある。

 だから、俺は何だかんだと彼女らに惹かれているのだ。


「それにしても……うむ」


 良い眺めだな。

 大(アーデルハイド)・中(アンヘル)・小(庵)のお尻がね、実に美味しそうなの。

 ピチっと水着が張り付いたケツってのはどうしてこう、食欲(意味深)をそそるのか。

 鷲掴みにして頬ずりしたくなる魅力が、尻にはある。


 尻の比喩表現に桃がよく使われるので、ここはそれに倣ってみようか。


 庵の桃はまだ熟れる前。甘さよりも酸っぱさが際立つが、さりとてまったく甘さがないわけではない。

 未熟な果実ではあるが、だがこの瞬間にしか味わえないものが確かにある。

 果実は熟れていればそれで良いのか? 少なくとも俺は否だ。

 青い果実にはそれ相応の魅力があるのさ。


(俺はエロい人だからな、詳しいんだ)


 アンヘルの桃は未成熟というほどではないが、熟れ切っているというほどでもない。

 熟れた甘さを醸し始めたが、さりとて青き日の酸っぱさが消えたわけではない。

 中間あたり、割合で言えば6:4ぐらいかな。

 齧り付いた際に感じるバランスの良い甘味と酸味、

 それが齎す爽やかさは舌だけではなく心も満たしてくれることだろう。


(っとと……涎涎)


 トリを務めるはアーデルハイド。

 三つの桃の中では一番、熟れている。甘味と酸味の割合は8:2ぐらいか。

 齧り付いた瞬間に噴き出す瑞々しい果汁。口内を満たす幸せな甘さと微かな酸味。

 その糖度を前にすれば、そりゃあ頬も緩むというもの。

 ああ果実を喰ってんだな! って気にさせてくれて実にGOOD。


(へっへっへ……この桃、全部俺のなんだぜ)


 ベルンシュタイン果樹園で、農夫のカールさんが丹精込めて育てている真っ最中なのさ。

 出荷はしません、農夫のカールさんが美味しく頂くために育てているのです。


 長々尻の魅力を語ったわけだが、目を楽しませてくれているのは何も尻だけじゃねえ。

 そう、


(背中もだッッ!!)


 庵の場合はね。

 旧スクの構造上、あんま見えないんだけどさ。

 U字で、見えているのは肩甲骨のあたりまでなんだが……中々どうして。

 隠されているがゆえの魅力って言うのかな? そいつを感じる。


 アンヘルとアーデルハイドに関してはもう、ガン開きよ。

 率直にエロい。

 こう、あの、何て言うのかな?

 正式名称わかんないんだけど背中の中心を通ってるライン。

 あそこをね、こうね、指でつーっとしたい。つーっと。


(不思議だなあ)


 背中ってのは胸や尻のようにセクシーシンボルじゃない。

 だというのに、性的興奮を覚えてしまう。

 これは世界七大ミステリーに数えられても良いのでは?


(ふむ……)


 尻、背中、パーツごとでは甲乙つけ難い。

 だが後姿という総合面で見ると、一番興奮するのはアーデルハイドだな。

 っていうのも、アイツロングヘアーじゃん?

 でも今料理するためにアップにしてるじゃん?

 何時もと違う髪形で新鮮じゃん? 普段隠れているうなじも見えてるじゃん?

 加点要素ですわ、ええ。


(アンヘルや庵は髪をアップにする必要ないからなあ)


 こっちもこっちでうなじは隠れてるんだが、

 ロングヘアーの子が見せるうなじとショートヘアーの子が見せるうなじは違うんだよね。

 どっちかっていうと前者の方がそそる。上手く説明は出来ないので、要考察といったところか。


「アーデルハイドさん、そこのお塩を取って頂けますか?」

「分かりました」


 さて、どうしたものか。

 俺は言った、存分に持て成されてやると。

 存分にお前たちの心遣いを受け取ってやると。

 そう己と三人に誓いを立てた以上、履行せねばなるまい。

 しかし、ここでどう行動するべきなのか。


(言うて刃物や火を扱ってるわけだしな……)


 あんまり過激な悪戯はアウトだろう。

 正直、もどかしい。だがそのもどかしさが逆に良いとも言える。


(よし!)


 意を決して立ち上がり気配を完全に消してそろりそろりとキッチンに忍び寄る。

 そして、



「キャッ!?」


 フッ、とアーデルハイドの首筋に息を吹き掛ける。


「べ、ベルンシュタインさん!?」


 顔を真っ赤にして振り向いた瞬間、ぷるりと胸の果実が揺れた。

 うむ、うむ、うむ!

 別段、過激な何かがあったわけではない。

 しかし、俺の心はこの上なく満ち足りていた。


「ふぇふぇふぇふぇ」

「兄様が不審者のような笑い声をあげてる……」


 しかし何だ、アーデルハイドって胸もそうだがお尻も中々……。

 水着が食い込む肉厚ヒップはこれもう凶器でしょ。


(これは一度、法で取り締まるべきなのでは?)


 などと考えつつ左手の人差し指をピンと立てる。

 そして、つぅ……っと人差し指で背中を撫でる。

 するとどうだ? アーデルハイドの口からあひゃう?! と何とも言えない声が。


(あ^~良いっすねえ^~)


 この企画は単に三人が俺に料理を振舞うためのものではない。

 だって飯作るだけなら水着になる必要性皆無だもの。

 普通に考えて水着で料理作る奴とかいねーよ。


 っと、話がずれたな。


 ではこの企画はどういうものなのか。

 推察するに“じれったさ”――それがこの企画の肝なんじゃねえかな。

 水着で料理を作ってるのを後ろから見物してたらさ。

 そりゃもう、色々込み上げて来るんだわ。

 “悪戯”したくなるのが人情ってものじゃねえかな。


(だが、あくまで悪戯だ)


 大人の――ではない、子供の悪戯に収まる範疇でしかやっちゃいけない。

 だからこその料理、だからこその水着。

 水着で料理してる相手に下手なことやらかしたら普通に危ないからな。

 や、今回に限っては魔法で安全は確保してんだろうけどさ。

 でもそういうことじゃない。

 魔法で安全を確保してるから好き勝手して良いわけじゃないんだ。

 魔法はあくまで万が一の備え。


(ちょっかいをかけたい、でも行き過ぎたことはしちゃいけない)


 その、じれったさを楽しむものなんだろう? なあ、アンヘル。

 俺が名探偵の如き眼差しを送るとアンヘルは小さく微笑みを返した。


(お前って奴は……)


 心身共に疲労困憊だった。

 でもどうだ? 今は違う。肉体の方はともかく心の方は沸々と活力が漲り始めている。

 何故か、なんて言うまでもないだろう。

 興奮と、でもそれをありのままぶつけちゃいけないじれったさが俺を元気にしてるんだよ。


「まったく……小粋な企画だぜぇ!!」

「喜んでくれて何よりだよ」


 よーし! 次は何をしよっかなー!?

 あれだ、使いそうな調味料を盗み取って高所に置いてみるとかどうだろう!?


「というこれもう、すっかり元気になってますしここで終わって良いのでは?」

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