おれのなつやすみ⑧

1.一夜明けて


 早朝、自室の扉が少し強めに叩かれ目を覚ます。

 隣のベッドを見ればアンヘルも目を擦りながらむくりと起き上がっている。

 互いに下着姿だが、


「……んん……シャルロットさん……? 何だろ、こんな時間に……」


 客が客だ。わざわざ着替える必要はないらしい。

 そして、客の対応もアンヘルに任せれば良いだろうとアーデルハイドは再度目を閉じた。

 しかし、


「朝早くにすまないね。ただ、御二人には伝えておくべきだと思ってさ」


 招き入れたシャルロットの言葉に即時覚醒。

 彼女がこのような物言いをするということは、十中八九カール絡みだからだ。


「……しかし、何だ。姉妹だが下着の趣味は全然違うんだねえ」


 起き上がったアーデルハイドを見てシャルロットがどこか興味深げにそう呟く。

 彼女が言うように、姉妹の下着にはそれぞれの性格が出ている。


 アーデルハイドの場合は機能性重視。

 飾り気のない灰色のシンプルなスポーツブラと、セットでついてきたお揃いのパンティだ。

 アーデルハイドは成長に合わせサイズこそ変えてきたが幼少期からずっとこれだった。


 その理由が機能性である。

 ホックだとかリボンだとか面倒なものもなく手早く装着できる、これは素晴らしいことだ。

 伸縮性の素材だけに多少成長しても問題なく使える上、長時間の装着も苦にならない。

 その上、コストの面でも優れていてアーデルハイドは密かに神下着と崇めているほどだ。


 とはいえ愛する男が出きてからは彼女もこれはまずいと思ったのだ。

 しかし、殿方が好むような下着なぞ知るはずもなく、


『あ、あの……ベルンシュタインさんは私がどのような下着をつけていたら嬉しいですか?』


 結局、本人に聞いてしまった。

 こんな恥ずかしい質問ができるなら名前で呼べよと思わなくもない。

 さて、こんな質問をされたカールだが、


『逆にそれが興奮するよね。拙者スポブラ大好き侍ゆえ』


 と答えた。

 よくは分からないが興奮してくれるなら問題はないなと継続決定。


 対してアンヘルだが、こちらが今身に着けているのはセクシーな桃色のベビードール。

 明らかに夜戦を想定している。

 というより、何時カールに求められても良いようにと備えているのだろう。

 姉と違う点はセンスの有無だ。

 アンヘルは毎回異なる下着で90点以上(カール基準)を連発出来るセンスがあるのだ。


「アーデルハイド様の場合は自分基準で多少のこだわりが。

対してお嬢様は自身のこだわりは一切なし、どこまでも彼を基準に。

どちらが優れているというわけではない。より深く切り込むなら……」


「あの、すいません。アホな考察は良いので本題に入ってくれますか?」

「おっと、これは失礼」


 真剣な顔で小一時間は語られてしまいそうだったのでインターセプト。

 何というか、妙な部分で彼女はカールと似ている。

 好きな人の身内というだけでなく似通った部分もあるから、

 カールとシャルロットの二人は歳の離れた友達として仲良くやっていけているのかもしれない。


「夜中に地震あったの覚えてる?」

「ああうん、そこそこ大きな地震だったよね」

「私もアンヘルも、直ぐに二度寝してしまいましたけどね」


 他所の宿はともかく、ここはまがりなりにも高級ホテル。

 相応の耐震術式が刻まれているのは知っていた。

 なので問題なしと判断し、直ぐに寝入ってしまった。

 だがそれがどうかしたのだろうか?


「あの地震ね、多分、何かヤバイ化け物が復活したせいだと思うよ」

「「は?」」

「で、カールは夜中にそれと戦ってたみたいだね」


 途端に、ぶわりと汗が噴き出す。


「べ、べるん……ベルンシュタインさんは……!」

「ああ、大丈夫大丈夫。明け方に帰って来たのをちゃんと確認してるから」

「そ、そっか……で、でも何で教えてくれなかったの!?」


 主人とその姉を夜中に叩き起こすわけにはいかない?

 否、シャルロットはそんなこと気にしないし、

 アンヘルならばむしろこういう時は起こしてくれと言うことぐらい理解していたはずだ。


「あー……最初に言っておくけど確たる根拠はないよ? どこまで行っても勘でしかない」


 そう前置きするシャルロットだが、アーデルハイドもアンヘルも疑いはない。

 他の有象無象ならともかく、相手はシャルロット・カスタードだ。

 勘と言っても常人のそれと比べるのもおこがましい精度を誇っていて当然だろう。


「復活した化け物なんだけどさ”私でも殺せそうにない”んだよね」

「「!?」」


「いやね、強さ自体は多分そうでもないんだ。

感じた波動から察するに五色の龍の上位――白か黒のちょい上。

金銀よりは弱いぐらいだから私でも楽に殺れたと思うんだが……うーん。

何でかな、殺せないって本能がそう言ってたんだよ。おかしいよね?」


 不測の事態を招くわけにはいかない。

 だから自分たちにも伝えなかったのだとシャルロットは言う。


「でも、奴の気配を察知した時点でホテルにカールの気配がないのにも気付いたからね。

とりあえず彼に何かあっちゃまずいとあちこち走り回ってたんだが、結局見つけられなかった」


「…………その、何かの気配を感じることが出来たのに?」

「そうだよ。近くに居るはずなのに何処に居るかが分からなかったんだ」

「それなら私たちが力になれたのでは?」

「ああうん、そうだね。今考えれば探知ぐらいはお願いしても良かったかもしれない」


 暢気なシャルロットに若干苛立ちを覚える。

 アンヘルも同じ気持ちのようで、少し眉を顰めていた。


「ごめんごめん。でもさ、探してる途中で何か空気が変わったからさ」

「空気が変わった?」


「そう。あ、これ私が動かなくても何とかなりそうな感じだって。

だからその後はホテルに戻って屋上で待機してたんだけど、案の定だよ。

しばらくしてから疲れ気味のカールが戻って来た。

ティーツくんだったかな? 彼と面白義賊の明美も一緒だったから多分彼らも戦ってたんだろうねえ」


 えらくフワフワした物言いだが、事実、綺麗に収まったのだろう。

 カールの部屋を目で覗いてみたが怪我もなく、グッスリと寝入っていた。


「……あの、今度からはとりあえず私たちにも教えてくれないかな」

「無茶はしない、場合によっては私の指示に従うと約束出来るならね」

「約束します」


 一番に優先すべきはカールだ。

 今回の件だって知らされていたとしても、無理に怪物に挑もうとはしなかったはずだ。

 理由は不明だがシャルロットですら殺せないと言うのだ。

 カールを回収し、転移でどこかに逃げていただろう。


「OK。なら、次にこういうことがあれば必ず伝えよう。

ああ、それとカールなんだがね。身体に異常はないと思う。

ただ、かなりお疲れって感じだから御二人と庵ちゃんで元気づけてあげると良いんじゃないかな」


「……お疲れならゆっくりさせてあげるべきでは?」


 そうアーデルハイドが疑問を呈すると、


「ハッ」


 アンヘルがそれを鼻で笑い飛ばした。


「…………何かしら?」


 アーデルハイドの瞳が剣呑な色を帯びる。


「カールくんのこと、分かってないよね。

むしろ、そういう時にこそ何かしてあげた方がカールくんは喜ぶんだよ?」


「たまたま私より早く出会っただけで偉そうに」

「私が出会わなきゃ、アーデルハイドと出会うことはなかっただろうね」


 無言で、睨み合う。

 自然と、魔力が漏れ出す。


「はい、そこまで」

「「あ痛っ!?」」


 頭部に決して軽くない衝撃が走る。

 シャルロットに拳骨を落とされたらしい。

 睨み合いを始めた時点でほぼ臨戦態勢、

 知覚も強化していたのだがシャルロット相手にはまるで役に立たなかった。


「君らの姉妹喧嘩はホテルなんか簡単に消し飛ばしちゃうんだから自重しなよ」

「「……はい」」

「そういうとこがあるからね、私もさ。言うに言えないんだよ」

「「……ごめんなさい」」


 シュンとなり、姉妹は謝罪を口にした。

 そんな二人を見てやれやれと肩を竦めるシャルロット。


「まあ、私の用件はこれで終わりだ。朝早くにすまなかったね」

「ううん。教えてくれてありがとう」

「ありがとうございます」

「どういたしまして、それじゃまた朝食の時間に」


 ひらひらと手を振りシャルロットは部屋を出て行った。


「「……」」


 二人は着替えを済ませると無言でベッドに腰掛け、思索に耽った。

 その内容は如何にしてカールを元気付けるか、それに尽きる。


(……駄目だわ。何も思い浮かばない)


 ちらりとアンヘルを見やるが、あちらも同じようなものらしく眉を顰めている。

 いや、カールが喜ぶことは分かるのだ。

 エッチなことをすれば彼は喜ぶ。

 見ているこっちが嬉しくなるぐらいに喜んでくれる。


(でも、それじゃ芸がないというか……)


 頭を悩ませるが結局、朝食の時間になっても妙案が浮かぶことはなかった。

 こうなれば自分たちの中で一番、カールと一緒にいる時間が長い庵に相談しよう。

 そう決めてレストランに向かったのだが、


「「「……」」」


 アーデルハイド、アンヘル、庵は言葉を失った。


「兄様のあの顔……何でしょう……」


 口を半開きにし、焦点の合わない瞳で虚空を見つめるカール。

 疲れているとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。

 一応、魔法で体調を確認してみるが異常はなし。

 毒を喰らったわけでもなければ、内臓や神経が傷付いているわけでもない。

 ただの疲労である。


「そう、猫さんです。近所の猫さんがたまにああいう顔をしています」

「ああうん、フレーメン反応だね。猫の生理現象だよ」


 猫、確かに彼の奔放さは猫科のそれに通じるものがある。


(ネコ耳カールさん……ッ)


 想像し、思わず鼻を押さえてしまう。

 余人からすればねーよ、としか言いようがないネコ耳カール。

 だが恋する乙女アーデルハイド的にはこの上なく”アリ”だった。


「兄様、どうしたんでしょうか……」

「何か夜中にモンスターと戦ってみたいだよ」

「! それは……」

「まあそこらも含めて、後で話があるんだけど良いかな?」

「はい、分かりました。ところで……」

「ん?」

「……アーデルハイドさんもちょっとよろしくないお顔になっているんですが…………」

「ああうん、ほっといて良いよ」


 アーデルハイドの頭の中はネコ耳カールでいっぱいだった。

 朝食の最中もネコ耳カール。朝食後もネコ耳カール。

 結局、部屋に戻るまでの間、ずっとネコ耳カールのことを考えていた。

 彼女的にネコ耳カールという妄想は、かなりの大ヒットだったらしい。


「それでアンヘルさん、兄様がモンスターと戦っていたと言うのは……」

「私も詳しいことは分からないんだけど、多分、あの人たち絡みじゃないかな」

「……ティーツさんとデリヘル明美、ですか」


 デリヘル明美、その名を聞きハッと我に返る。


「……あの、ベルンシュタインさんはデリヘル明美と繋がりがあるのですか?」


 一緒に食事をした時から気になっていたのだ。

 変装をしているが、間違いなくあれは世間を騒がすお尋ね者だった。

 カールもそれを承知の上で普通に付き合っていたが、一体どんな関係なのか。


「繋がりっていうか、あっちが一方的に目をかけてるって感じかな」

「ですね。ちなみにあの方、血縁上は私の叔母にあたる方だったりします」

「叔母!?」

「私も春に知ったことなのですが」


 そう前置きし、庵は春にあった事件を語り始める。

 全てを話していたら時間がかかるので概略だけだったが、

 アーデルハイドを驚愕させるには十分過ぎる内容だった。


「それはまた……何と言うべきか……って待ってください。

そういうことなら昨夜あったという戦闘は彼らがベルンシュタインさんを?」


「関係はしているかもしれませんが、巻き込まれたわけではないと思います。

恐らくは自分の意思で戦いに臨んだのかと。

だって、もし無理矢理巻き込まれたのなら疲れよりも怒りを露にしていると思いますし」


「ああうん、カールくんそういうとこあるよね」


 困ったような、呆れたような。

 だがそれ以上の慈しみと愛しさが混じった苦笑だった。

 理解度という点ではやはりアンヘルに劣ってしまうらしい。

 その嫉妬を振り払うようにアーデルハイドは話題を変える。


「どんな事情で戦っていたかは分かりませんが、

庵さんもベルンシュタインさんのあの様子を見ればお疲れなのは分かりますよね?」


「はい。今日は部屋でダラダラすると兄様も言ってましたし」

「だから、私たち三人でベルンシュタインさんを元気づけてあげませんか?」

「それは……良い考えだと思います!」


 パン! と両手を合わせて微笑む庵。

 自分が彼女に嫉妬を抱いているように、あちらも自分たちに嫉妬を抱いている。

 だというのに、あんな風に笑えるのは子供ゆえの純粋さか。


(……私にも、あんな時代があったのかしら? いや、ないわね)


 思い返してみてもクソ生意気な子供の記憶しかなかった。

 苦いものを振り払うようにアーデルハイドは続ける。


「そういうわけで庵さん、何か良いアイデアはありませんか?」

「う、うーん」


 額に指を当てて唸る庵。

 まあ、いきなり話を振られたのだから無理もない。


「…………改めてこういうことを考えると兄様の場合かなり難しいですね」

「ああうん、庵ちゃんもそう思う?」


「はい。だって基本、兄様って良い意味で安い人ですから。

こう、何してあげても喜ぶって言うか……この間駄菓子屋でアイスを買ったんですよ。

で、私が当たりを引いたんです。兄様が恨めしげに見てたので当たり棒をあげると……」


 喜んだのだろう。


「ええ、見ているこっちが恥ずかしいぐらい大喜びです。小躍りしてました」


 小躍りしているカールを想像する。とても和んだ。

 小躍りしているカールの頭にネコ耳が生えた想像をする。とても興奮した。

 突然鼻を抑え始めたアーデルハイドに怪訝な顔をしつつも、庵は続ける。


「そんなだから意識して元気づけてあげようってなると選択肢が多過ぎて……」

「喜ぶだろうなってことは幾つも思い浮かぶけど……」


 自分たちはカールに特別な喜びを提供したいのだ。

 だから、困っている。

 今考えているものでも喜んではくれるだろう、

 しかしそれが特別な喜びに繋がるかが分からないので二の足を踏んでいる。


「ちなみに今、御二人が考えている案などはおありで?」

「まあ」

「一応」

「参考までにお聞かせ願えますか?」


 アンヘルと顔を見合わせる。

 その目が言っている、お先にどうぞと。

 ならばとアーデルハイドは思いついていたアイデアを言葉にする。


「ぬるぬる水着レスリング」

「待って、初っ端からおかしいです」


 ?

 よく分からないツッコミが入ったが気にせず続けさせてもらおう。


「意外。アーデルハイドの貧困な発想力から生まれたとは思えないアイデアだ」

「……うるさい、自覚してるわよ」


 全方位に秀でているアンヘルと違い、

 自分は魔法方面に才覚が特化しているという自覚はある。

 魔法以外は不器用で、馬鹿で、鈍間で、間抜け。ああ、本当に自分は駄目な子だ。

 ふつふつと顔が熱を帯びていくが、


(って駄目駄目)


 ふるふると頭を振り、今がどんな時間かを改めて自覚する。


「まあ実際、私のオリジナルというわけではありません。

少し前の話ですが、深夜まで魔法の研究を行っていたんです」


 ただ、その日はどうも調子が悪く研究が捗らなかった。


「それで気分転換にとテレビをつけたら、やっていたのです」

「ぬるぬる水着レスリングが?」

「そうよ、ぬるぬる水着レスリングが」

「御二人は自分がどんな会話をしているかという自覚がおありで?」


「「???」」


 よく分からないツッコミPARTⅡ。

 だが、これぐらいの年頃の子は色々複雑なのだろう。

 あまり触れないであげるのが年長者というもの。


「私はぼんやり眺めていました、ぬるぬる水着レスリングを」


 整った容姿を持つ若い女性たち(一部とうの立った女性や若過ぎる子もいた)が、

 やたらと露出の多い水着を着てローションを被りくんずほぐれつ。

 この番組は一体、何を意図したものなのだろうか。

 男性の性欲をターゲットにして視聴率を稼いでいるのか。


「などと考えながら観ていて、ふと思ったんです。

あ、これベルンシュタインさんが観たら喜びそうだなって」


「喜びますよ。何なら、夜中に大はしゃぎしてました。

ああはい……話聞いてて思い出しましたが、私もその番組、観てます。

いや、正確には兄様がテレビのまん前で正座しながら観ていたのを後ろから観てました」


 どこかやさぐれた目をする庵。


「でもアーデルハイド、確かにぬるぬる水着レスリングは良い案だけど問題があるんじゃない?」

「そうですそうです。良い案ではないと思いますけど、そもそも……」

「私たちと庵さんの体格差ね?」

「そこじゃありませんッッ!!」


「「???」」


 よく分からないツッコミPARTⅢ。

 だが三度目ともなれば、もう慣れたもの。

 華麗にスルーし議論を続ける。


「強化魔法を微調整して、素の私たちを少し上回る程度身体能力を引き上げれば釣り合いは取れるわ」

「そこまで細かな調整できるの?」

「できるわよ。まあ、割りと大雑把なあなたとは違うの」


 そこまで言って、アーデルハイドはポンと手を叩いた。

 そこじゃない、という庵のツッコミが何なのか理解したのだ。


「ひょっとして庵さんが気にしているのは場所の問題ですか?」


 ならば問題はない。

 このホテルにはかなり大きなプールが備え付けられていたはずだ。

 そのプールサイドの一角を使えば問題なくぬるぬる水着レスリングに興じられる。


「人目についても問題はありません。

私もベルンシュタインさん以外の殿方に下世話な視線を向けられたくありませんしね。

人払いや幻覚魔法を用いれば私たちが何をしているかを認識されることはないでしょう」


 精神に干渉する類の魔法は得意なのだ。

 庵が心配するようなことは一切ないと太鼓判を押すアーデルハイド。


「そういう問題でも……というか高度な魔法を何てアホなことに……」

「とまあ、私の腹案はこんな感じです。アンヘル、あなたは?」

「私? 私はこれ?」


 アンヘルがパチンと指を鳴らすと、部屋の中心に鏡の立方体が出現した。

 人が二~三人は入れそうな大きさをしているが、これは何なのか。

 アーデルハイドと庵は用途が分からずしきりに首を傾げている。


「私もね、色々勉強してるんだよ。シャルさんと一緒に」

「……そういえば今まで聞いたことありませんでしたが、シャルさんとはどういうご関係なので?」

「え? まあ、友達だよ友達」

「そう、なのですか? 何か他にも……」

「気のせい気のせい」


 まあ正直に話すわけにはいかない。

 庵もまさか、店で一緒に働いているシャルティアことシャルロットが、

 あのシャルロット・カスタードだとは思ってもいないだろう。


(マスターさんには正体を明かしているようだけど……)


 それでもラインハルトは自分たちの正体は知らないし、

 シャルロットの正体は知っていてもその仕事までは知らされていない。

 以前のお茶会でも告げたようにこれからも知らせることはないだろう。

 シャルロットがラインハルトに本名を明かしたのはあくまで例外。

 好きな人に自分を偽りたくはないという乙女心ゆえだ。


「話を戻すけど、勉強している内に色々考えたんだ。

既存の知識だけではなく、新たに何か生み出すことも大事なんじゃないかって」


 その成果の一つがこれなのだとアンヘルは笑う。


(うーん、一見すればただの鏡にしか見えないのだけど)


 じっと鏡の立方体を見つめるアーデルハイド。

 魔法で作り出したことは分かる。


(魔力の供給を止めれば直ぐに消え去るし片付けの手間は……)


 いや、そんなことはどうでも良いのだ。

 問題はこれの用途である。

 だが、考えても考えても答えは分からない。


「ま、あんまり焦らしても意味なんかないしね」


 そう言ってアンヘルは立方体をパカリと開いた。

 気付かなかったがよく見ればドアノブらしきものが存在している。


「さ、どうぞ」


 中に入れということだろうか?

 首を傾げつつ庵と共に中に入るアーデルハイド。


「え、え、これ、どうなってるんですか!?」

「これは……」


 中に入り扉を閉めた瞬間、異変は起きた。

 内部の風景が一変したのだ。

 これまでは中も普通の鏡だったのだが、今は違う。

 中から外の風景が見えるのだ。


’どう、驚いた?’


 脳内にアンヘルの声が響き渡る。

 念話だ。どうやらこの鏡の部屋には防音処置が施されているらしい。


’この鏡にはちょっと特殊な術式が刻まれててね?

外からは普通の鏡にしか見えないけど、中からは外の風景が見えるようになってるの’


 光の透過、屈折を利用した魔法だろう。

 だがやはり、その用途が分からない。

 これでカールをどう喜ばせると言うのか。


’例えばそう。これをね、道の往来にでも置いて……フフフ’


 !


「あ、あなた……何てことを……」


 悔しい、悔しいが、


「…………天才、という言葉の意味を本当の意味で理解した気がするわ」


 カールは喜ぶ、絶対に喜ぶ。

 目を閉じれば大はしゃぎする姿が目蓋の裏に浮かび上がるほどだ。


’そりゃ私たちもかなり恥ずかしいよ? 

幾ら完全防音だし、許可がなければ入れないとはいえ……ね?’


 だが、だからこそだ。

 そんな自分たちの反応を見てカールはハッスルするのだ。


(何てことを思いつくのかしら……本当に、恐ろしい子)


 パカリと立方体が開き、二人は外に出る。

 外ではドヤ顔のアンヘルが待っていた。


「我ながら良い物を作ったと思ってる。

いかがわしい魔法の鏡マジカルミラー”――――とでも名付けようかな?」


 ネーミングセンスも最高だった。


「くっ……」

「フフフ」


 敗北感に打ちひしがれるアーデルハイドとドヤってるアンヘルを見て、


「あの、御二人に伺いたいのですが……頭、大丈夫ですか?」

「「???」」

「こ、このお馬鹿ッッ!!」


 何故罵られたのかまるで理解できないといった様子の二人。

 庵はそんな彼女らを見て深く溜め息を吐くと、諭すように語り始める。


「発想もアレですが……そもそも兄様はお疲れなのですよ?

何故に、その……あの……そ、そういう更に疲れるようなことを……」


「いや、疲れてるからこそだと思うよ」

「そうですよ庵さん。これは学術的にも証明されていることで……」

「お黙りなさい!!」


 バッサリと斬り捨てられるが、二人は如何にも不満ですと言った顔をしている。

 中身はアレでも代案もなしにアイデアを否定されたのが納得できないのだろう。


「大体……あ、そうだ」

「何か思いついたの?」

「は、はあ。その、私たちが手料理を作るというのはどうでしょう?」


 アーデルハイドとアンヘルが顔を見合わせる。

 その発想はなかったという表情だ。


「私もそうですが、御二人も手料理を振舞ったことはないのでは?」

「それは……そうですが……その、何分経験がありませんし……」


 普段からラインハルトの美味しい食事を食べているのだ。

 素人の手料理を出すのは忍びないと素直に伝えると、


「いいえ、そうじゃありません。勿論、料理が上手な方が良いでしょう。

でも、心を込めて……大好きな人への愛情を込めて作ったお料理。

兄様ならきっと、凄く喜んでくれると思います。

心身共に疲れている今だからこそ、染み入るのではないでしょうか?」


 そう力説されると、なるほど、そうかもと思ってしまう。

 エッチなことも喜ぶだろう。

 だがそれは何時もやっていることだ。

 新鮮さという意味で経験のない手料理を振舞うというのは悪くないかもしれない。


「私は庵さんの案で良いと思うのだけどアンヘル、あなたはどう……アンヘル?」


 アンヘルに視線を向けると、何やら難しい顔をしている。


「……手料理……それだけだと……でも……」


 ぶつぶつと思案している様子だが、

 やがて何かを思いついたのかハッ! と顔を上げる。


「――――我、天啓を得たり」


 頼もし過ぎる妹の横顔にアーデルハイドは期待を隠せなかった。


「あれれ? 何か嫌な予感がしますねこれ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る