おれのなつやすみ⑦
1.性癖神スクミズルカイザー
アダムによる突然の蛮行。
それを脳が完全に理解するよりも先に俺たちの身体は動いていた。
「こんの……!」
メリルの顔の横を通り過ぎるように放たれたティーツの突き。
とても六十をとうに過ぎたジジイに回避出来るようなものではない。
だが、アダムは回避してみせた。
ずぼりとメリルの腹から拳を引き抜きバックステップで回避してみせたのだ。
「クッソ! 間に合えよ!!」
崩れ落ちるメリルの身体を抱き留め、
反射的に練り上げていた癒しの気を彼女の肉体に流し込む。
腹をぶち抜かれたぐらいでは、その肉体は即座に機能停止することはない。
僅かばかりの猶予がある。
そう自分に言い聞かせながら気を送り続け、
「かはっ……」
メリルが息を吹き返す。
そのことに安堵しつつも、状況はそれを許してくれない。
彼女の腹から零れ落ちた鮮血に反応し、青白い光を放つ地面。
ドクドクと、生物のように脈打つそれを見ていると酷く不安を掻き立てられる。
だがおかしいのは地面だけじゃない。大空洞全体が鳴動してやがる。
「クソァ! 一体何が起きとるんじゃ!?」
ティーツの叫びは俺の代弁でもあった。
今、一体何が起きているんだ?
幽羅は何者なのか。
薄笑いを浮かべているあの老人は俺たちが一昨日会ったアダムと同一人物なのか。
光り輝く地面は何なのか。
分からないことが多過ぎてる。どれから手をつければ良いんだ。
「何が、かね? 復活さ」
俺たちから距離を取り、幽羅の隣に並び立ったアダムが疑問に答える。
いや、答えはしたが”復活”だけじゃ何のことか分かりゃしねえな。
「……復活?」
「そう! 復活だ! 偉大なる神の復活に立ち会えるとは、君たちは運が良いよォ!!」
大仰な仕草で語るあの老人に嫌悪を覚えながらも、頭を回す。
見えないし、理解もできない。
だが本能が悟っている。この流れはもう止められないのだと。
ならば今すべきことは何だ?
反撃の機会が訪れた時のため、力を溜め”見”に徹することじゃねえのか?
「あぁ!? 何言うとるんじゃ貴様ァ!!」
「落ち着けティーツ!」
大声でティーツを諌める。
コイツが怒っているのは多分、裏切られたという思いが強いからだろう。
自分が、じゃない。
そもそもアダムとは一度顔を会わせただけだからな。
ティーツがキレているのはアダムが自らの友を裏切ったからだ。
ティーツ自身も何が起きているのかは分かっちゃいない。
それでも今のアダムの行いに正しさなぞは微塵も感じられない。
むしろその逆。正しさとは対極の位置する行いだ。
俺はよく知らないが、多分、アレクシスって爺さんは相当良い人なんだろうな。
「運が良いのはうちらもやけどね。いやあ、そこなお嬢さん。生娘やったんやねえ。
満月までまだ日ぃあるから完全な復活が望めんのは、もうしゃあないけど……。
最後の捧げ物が処女の血ぃやったんはホンマ、運がええわ。ちょっとはマシになるやろ」
よく分からんが聞き逃せないワードがあった。
「メリルが処女だと!?」
「落ち着けやカール!」
いやでも!
ゴシップ誌だと自分の女を切り売りしてネタ掴んでるって書いてたんだろ!?
だが生娘、処女、ヴァージン。
とはいえ火のないところに煙は立たない。
ならば、そう誤解されてもしょうがないことはしてたんだよな?
「処女ビッチとか最高かよォ!?」
年齢も良い具合だしな。
多分、アラサーとかそこらだろ?
仕事の出来るアラサー処女ビッチとか属性盛り過ぎだろ!? 私は良いと思う。
「「テメェは黙ってろッッ!!」」
何故か分からないがデリヘル明美とティーツに叱られてしまう。
解せぬ、解せぬがまあ、寛大な心で許してやるとしよう。
「騒がしいぞ君たち。神が降臨する場に相応しい振る舞いをしたまえよ」
「あぁん? こんな掃き溜めみてえな場所に降臨する神なんぞロクなもんじゃねえだろ」
「貴様……!!」
目を血走らせ俺を睨み付けるアダム。
何度目の疑問だろうか、コイツは本当に一昨日会ったアダム本人なのか?
そんな俺の疑問を察知したのだろう、幽羅がクスクスと笑い声を上げる。
「本人ですえ。ただまあ、普段は”忘れて”暮らしとるさかい、ある意味二重人格みたいなもんやね」
「! 記憶操作か!?」
「ああ、勘違いせんといて欲しいんやけど、うちの仕業やないで? 本人の希望や」
「アダムの……?」
それはどういう――ああクソ! そういうことか!
考えるまでもない、偽装だ。
俺やティーツがまんまと引っ掛かっていたじゃねえか!
だが、
(人格を弄ったわけではない)
幽羅は言った”忘れて”暮らしていると。
ことここに至って非道を隠す意味もないだろう。
人格を弄くってるのならそれっぽい言い回しをしていたはずだ。
だが、あくまで忘れているだけ。
忘れるだけで善人になるということは”何か”を知る以前は俺たちが見た通りの人間だったのだろう。
ならばその何かって何だ? 決まってる――――例の”神”だ。
そうなると、あまり愉快ではない背景が見えてくるな。
アダムは多分、一度死のうとした……。
「ッ! 何だ!?」
「お喋りの時間はもう終わりのようだね。さあ、神の降臨だよォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
一際揺れが強くなったと思うと、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
いや、魔法陣ではないな。発せられるそれは魔力のそれじゃない。
見た目も何か、変だし。梵字だっけ? あれに似てる。
っていうかこれ、
「………………やべーな」
謎の陣から現れたのは黒灰色の鱗を持つ巨大な蛇? いや竜?
全長は……分からない。が、
見えている部分だけでも二十メートル以上はあるぞ。
陣から飛び出ている頭部の大きさから考えても全長はその倍以上あるんじゃねえか?
「ひ、ひは……ハハハハハハハハハハハ!
ダッグゥウウウウウウウウウウウウウン様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
ようやく……ふひひ、ようやく会えましたなあ! ああ、アドルフゥ! 君ともだ!!
すまない、すまない、随分遅くなってしまった。寂しい思いをさせてしまったか?
キヒヒ……でも、で、でももうダダダダ大丈夫だよォ!? アレクシスも直ぐに一緒サァ!!」
蛇を視認した瞬間、ゲタゲタと壊れたように笑い始めるアダム。
よく見れば彼の肌にはさっきまでは存在していなかった刺青が刻まれている。
這い回るように蠢くそれは酷く不気味で、あれも恐らく神とやらの影響なのだろう。
いや、今はそんなこと考えてる余裕はないな。
(幽羅、蛇、アダム)
手早く、脅威度の格付けを済ませる。
一番やばいのは幽羅だ。
あれを抑えられる、殺せる可能性があるのはこの場においてデリヘル明美だけ。
二番目があのデケエ蛇だ。
破壊力や頑健さを数値にするのであればこの中で一番、数字が大きいのはあの蛇だろう。
だが巨体というネックがあるので、小さく速い幽羅よりはまだやり易い。
人間としての利点を活かせば、即座に殺られるってことはないはずだ。
三番目に位置するのがアダム。
さっきも老人らしからぬ動きをしていたが、
あれは恐らく蛇と何らかの繋がりがあったからだと思う。
蛇が顕現したことでその繋がりが強くなり、更に強化されたと見て良い。
パッと見だけでも、全身を巡る気の量が段違いだ。
「ティーツ、カール、あの女はあたしが殺る。それまで持ち堪えろ」
「あいよ。わしは……アダムじゃな」
二人も俺と同じような見解らしい。話が早くて助かるぜ。
ティーツと俺の実力差はそこまで開いてるわけじゃないが器用さは俺のが圧倒的に上だ。
時間を稼ぐという点で見ればデカブツの相手は俺がすべきだろう。
だがその前に、
「ティーツ、メリルを頼む」
「……わしが戻るまで死ぬなや」
「ったりめえだ」
抱きかかえていたメリルを投げ渡すと、ティーツは即座にこの場を去った。
大空洞からの脱出は出来ない。
祠はあるが、それを使えるのは俺と……幽羅の言を信用するならデリヘル明美もか。
だが俺たち二人がこの場を離れることは出来ない。
そんな隙を晒せばこっちが殺られちまう。
しかし、メリルを抱いたまま戦うわけにもいかない。
(……安全とは言い難いが、勘弁してくれ)
大空洞はかなり広い。
隅っこに、あるいは岩を切り開いて穴でも作りそこに放り込むか。
兎に角、メリルのことはティーツに任せよう。
「ふむ、まさかとは思っていたが……君ら、神と戦うつもりなのかね?」
「大人しく贄になるような可愛い方々には見えませんわなあ」
? 何だあの蛇、俺を見ている?
一瞬、デリヘル明美にも視線を向けたようだが今は俺をガン見している。
殺意というか、悪意のようなものを感じるような気がしないでもないが……。
何かこう、複雑な感情があるようなないような……?
「贄? 贄と言いましたカ幽羅クゥウウウウウウウウウウウウウウウン!?
違う! NO! こレは救済! 救済ナノデスよ!!
渇かず飢えず永遠の安寧ニィイイイイイイイイイイイ! ひた、ひたたたた……!?」
情緒不安定にも程があ――――
「っっぶねえなクソが!!?」
アダムの叫びを遮るように蛇がこちらに突進を仕掛けて来た。
咄嗟に跳躍し、その頭によじ上ることで回避したが当たってればミンチは確実だったな。
「くたばれ爬虫類ッッ!!」
雷気を纏った拳を蛇の頭上に叩き付ける。
気の量、練り方、拳の威力、出し惜しみをしたつもりはない。
正真正銘の全力だったが、
「~~~~~~~!?!!!」
蛇が声にならない悲鳴を上げて地面に叩き付けられる。
正直、困惑しかなかった。
そりゃ全力でブン殴ったよ? でも、これは……いや良い。
攻撃が通じるならそれで構わない。
「貴様! あなたァ! 君ィ!? か、かかかか神に何て真似をぉおおおおおおおおおお!!!!」
キレたアダムが俺に殴り掛かって来る。
同時に、復活した蛇もまた俺を狙っている。
挟み撃ちの形――丁度良い。
一撃で断たせて貰うぜ。
「
右脚が弧を描きアダムの片腕を斬り飛ばす。
それに遅れて左脚が弧を描き蛇の首を刎ね――――
「は? ……がぁっ!?」
腹と背中に衝撃が走り、俺の身体が吹き飛ばされる。
(な、何で……)
腕と首。
確かに断ち切った感触はあった。
だが、どちらも繋がっている。不発? 当たってない? 浅かった? 違う。
「さ、再生……?」
それも尋常ではない速度で再生したのだ。
蛇の方は目にも留まらぬ速さだったから分からなかった。
だがアダムの方は見えた。
腕の断面から新たな腕が生える瞬間を。
蛇の影響を受けているらしいアダムがそうなのだから、蛇もそうなのだろう。
「キエェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
「くっ……!」
壁に叩きつけられ、立ち上がろうとしたところに連打が降り注ぐ。
俺をその場に縫い付けるように拳の弾幕を張るアダム。
正直、技術的には大したものは感じない。
素人のパンチだ。ただ、それを補うレベルで速さと威力が備わっている。
一発でも喰らうと面倒なことになる。
そう判断した俺は必死にそれを凌ぐが、
「――――!!!!」
アダムが居るのもお構いなしに蛇が再度突進。
これは喰らえない。
被弾覚悟でアダムの弾幕を突っ切り突進を回避する。
「う、嘘やろ……」
アダムの矮躯は完全に押し潰された。
頭も心臓も確実に潰れていた。
だが、彼は生きている。
服こそボロボロになったがその身体には傷一つありはしない。
「何だこの再生力! 不死身だとでも言うつもりか!?」
「そ、そそそそそその通りデス! か、かかか神は永久不変。不滅の存在なのでございます!!!!」
一昨日やり合った鮫のように再生する暇もなく……駄目だ。
アダムの方はともかく蛇のあの巨体を一瞬で消し飛ばすような技はない。
俺とティーツとデリヘル明美、三人が全霊で気を放っても不可能だ。
っていうかアダムの方も……多分、無理っぽいな。
一瞬で消し飛ばすことは出来るが、そこで終わりそうにない。
蛇との繋がりを絶たないと灰にしても蘇りそうな気配がひしひしと感じる。
確たる根拠があるわけではない、完全な勘だ。
しかしこういう時の勘は外れてくれないもの。楽観するべきではない。
「何が不滅じゃ」
何時の間にか戻って来たティーツが蛇の頭上に躍り出る。
「神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬る」
大上段に振り上げられた大太刀。
その刀身には信じられないほど濃密な斬気が纏わりついている。
「――――それがわしらの心意気じゃあああああああああああああああい!!!!」
いや、僕は関係ないです。
「って……何ィ!? 確かに斬った感触があったぞ! 何じゃこりゃァ!?」
振り下ろした刃が抜けると同時に、否。
斬られながら再生していたからだろう、表面上はまったくの無傷だ。
俺はティーツを攻撃しようとした蛇の注意を逸らすよう、
気弾を放ちつつ戦いの中で得た情報を奴に叫ぶ。
「はぁ?! 不死身とか反則じゃろ!!」
「ご尤も! だが、不滅の存在なんぞこの世にあるもんか!!」
必ず、必ず何かあるはずだ。
再生限界、もしくは不死身をぶっ壊す弱点のような何かが。
「それを見極めるためにも……ティーツ! お前はそっちのガイキチ爺の相手をしてろ!!」
一対一ならばまだ、余裕も生まれる。
俺の体力が尽きる前に必ず弱点を看破してやる。
ティーツにそう告げると、奴は任せたと答えアダムに斬りかかって行った。
「あらまあ、強い子やねえ。まるで諦めとらんわ」
「ったりめえだ! アイツはあたしが直々にスカウトした期待の大型新人だぞ!!」
いや、そのような事実は一切御座いません。
「まあでも、あの子の言う通り。不滅の存在なんざあらへん」
む?
蛇と攻防を繰り広げつつ、幽羅の言葉に耳を傾ける。
偽情報を流してという可能性もあるが、今は藁にも縋りたい気分だ。
情報の真贋はさておき、とりあえず聞くしかないだろう。
「そないなんがおるとしたら、それは……」
本物の神だ。
奴はそう言いたかったのかもしれない。
この場で口にしなかったのはアダムを気遣ったから? もしくは……。
「確かにオロ……ダグーン様の不死を破る術はある」
!
「せやけど、この場ではどう足掻いても無理や。怪物を倒す”剣”は手に入らん」
剣というのは恐らく比喩だ。
回りくどい言い回しは止めてそれが何かを言え!
「まあ強いて言うなら明美はんやけど……」
「!?」
「なーんも知らん上に、出来損ないやさかい。剣を託すことは出来んわなあ」
「テメェ……!」
「そうほたえなや。どう足掻いても、あんさんらは死ぬんやし、もっと気楽にいきまひょ」
クッソ! 欠片も役に立つ情報がなかった!
というか、今気付いたんだがこの蛇……どんどん頑丈になってないか?
これまで通ってた攻撃が通らなくなり始めたんだが。
あれか、不完全な復活だったが時間と共に力をってことか?
「ふ、ふふふふざけんなッッ!!」
や、やややばいぞこれどうするこれ!?
クッソァ! こんなことなら変身アイテムに通信機能とかも積んでもらうんだった!
魔法が効くかは分からんけど使えるカードの枚数が増えたのにぃ……!!
「は?」
巨体ゆえ、中々俺を捉えられずにいた蛇だが、ここにきて状況が一変する。
その巨躯から無数の触手が飛び出したのだ。
「お、お前そんなのあ――――!?」
無数の触手が鞭のように唸り、四方八方から俺の身体を打ち据える。
咄嗟に気を防御に回したがその数と威力ゆえ、完全に衝撃を殺し切ることはできなかった。
「が……!?」
激痛に軋む身体、遠ざかる意識。
やばい、これは死ぬ。
そう思った時、凄まじい速度で思い出が脳裏を駆け巡っていく。
’……に神留坐す天照大御神に’
アンヘルの透き通った笑顔。
’櫛灘が姫が言上仕る’
スク水姿の庵。
’吾、此の者に吾が魄、吾が魂を捧げん’
頭を撫でてもらった喜びではにかむアーデルハイド。
’今この時を以って草薙ぐ剣は此の者へ’
――――待って、一人だけおかしい。
’どうか見届けたり’
何か良い感じに綺麗な思い出二つに挟まれてるけど庵だけおかしい。
一番ピュアな付き合いしてる庵だけスク水なのっておかしいだろ。
このまま死ねるか! やり直し! やり直しを要求します!
走馬灯で性欲滾らせてるとか……まるで俺が馬鹿みたいじゃないか!!
’’恐み恐みも白す’’
「おおおおお……!!!!
ちくしょう……!!! ちくしょおお――――ッ!!!!
か、完全体に……完全体になれさえすれば…………!!!!」
納得のいかぬ結末に叫んだその瞬間、
「ッ」
ドクンと、どこか深い場所で何かが強く脈打つ音が聞こえた。
身体が熱い、奥底から止め処なく力が湧いて来る。
だけどそれは決して俺を傷付けるものではない。
その力は優しく俺を抱き締めているかのような……ああ、良い気分だ。
「ハハ」
軽く拳を振るう。
触手がまとめて薙ぎ払われる――”再生はしなかった”。
「…………は? んなアホな……」
そうか、そういうことだったんだな。
俺は、俺は間違っていなかった。
俺は死の淵で性欲を滾らせる己を恥じた。
だがそれは間違いではなかったのだ。
エロはイコール生命の力。
エロはイコール愛の力。
おお、素晴らしきかな人間賛歌。
神が、神が微笑みたもうたのだ。絶望の淵で命を謳うこの俺に。
「…………性癖神」
「「「「は?」」」」
「これはきっと――否、間違いなく性癖神スクミズルカイザー様の御力だ」
アンヘル、庵、アーデルハイドが俺に向ける愛。
俺が彼女らに向ける愛。
それらが結実し、力と成ったのだ。
ありがとうございます、スクミズルカイザー様。
家に帰ったら全霊を込めて神棚作ります、そしてそこにスク水を飾ります。
「あ、あのう……カール?」
ティーツ、そりゃ誰のことだ?
「は?」
今の俺は、そう、今の俺は!
「――――
俺から距離を取った蛇に向け、不敵な笑みを浮かべる。
「勝てんぜ、お前は」
仮にも神と信仰される者のプライドゆえか。
蛇は一瞬、完全に静止したかと思えば大空洞を鳴動させる雄叫びを上げた。
だがちっとも怖くない。
「攻撃が効くんならこっちのもんじゃ腐れ爬虫類が!」
突進を跳躍で躱し、蛇の頭上に着地。
そして、
「散々イキりやがってからに! 嬲り殺しにしてやるぜ!!」
力任せにその鱗を剥ぎまくる。
悲鳴を上げてのたうち回るが、この程度のロデオで俺を振り落とせると思うなよ。
「フハハハハハハ! ワーッハッハッハッハ!!」
一心不乱に鱗を剥ぎ続け、惨めな姿になったところで本格的に攻撃を開始する。
拳、肘、膝、爪先、ありとあらゆる箇所を用いて蛇の巨躯を打ち据える。
再生力ありきの戦いが通じないのは、奴も分かっているのだろう。
距離を取ろうとするが、しつこく追従しながら更にラッシュラッシュ。
叩いて叩いて肉を柔らかくし、
「クソ蛇ィ! テメェの来世は――――財布だぁあああああああああああああああああ!!!!」
トドメの殺戮刃。
巨大な斬気を纏った蹴りが蛇の首を刎ね、大空洞内に鮮血の雨が降り注ぐ。
「…………馬鹿な」
事態を飲み込めず呆然としていたアダムだったが、
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なバカナァ!
神が!? 神が死……アドルフ? アレクシ……あれ?
私は……俺は……おれ、れれれれれれ――――僕……は……」
狂態を演じていたアダムだが最後の一瞬、
その瞳に正気の色が宿ったのを俺は見逃さなかった。
蛇が死んだことでその繋がりが断ち切られ真っ当な精神状態に回帰したらしい。
刺青も消えていることから、まず間違いはないだろう。
「ティーツ!」
「安心せい! アダムは生きとるわ!!」
そうか……それは良かった。
蛇の復活のために許されざることをしたのだろう。
だが俺の予想が正しければそれは、アダム自身の意思ではない。
あの蛇に”あてられ”てしまったがゆえの罪業だ。
それでも罪は罪だが、そこを糾すのも許すのも俺の役目ではない。
まあ何にせよこれで荷物が一つ降ろせたわけだ。
残るは、
「お前だけだな、幽羅」
如何な強者と言えども幽羅は人間だ。
最初に比べれば、その動きも随分と鈍っている。
ティーツはどうか知らんが、覚醒を果たした俺は元気いっぱいだ。
「良いよな? デリヘル明美」
「一対一で、なんてこだわりはねえよ。それと、一々デリヘルつけんな」
「つけなくて良いの?」
折角の個性なのに。
だがまあ、そういうことなら明美と呼ばせてもらおう。
「そうしろ。それじゃ二人がかりでボコるか」
「ああ、殺すのは情報吐かせた後でだな」
ベキバキと指を鳴らしながら幽羅を見る。
進退窮まった状況だというのに、その表情には随分と余裕が見える――気に入らねえな。
「あらあらまあまあ。こらあかん、完全に”死んどる”わ。
この地に封じられた”頭”を解放して、
あっちに合流させようと思っとったけど……こら”九頭竜”復活は無理やな」
無視して殴りかかっても良い……が明美の意見は違うらしい。
不意打ちアタックをかまそうとしたら手で制されてしまった。
明美は情報を得るため必要とあらば拷問も辞さないつもりだろう。
しかし拷問で情報を吐かないかもしれないし、吐いたとしても虚偽の可能性もある。
だから意味が分からなくても今、奴の口から漏れ出る言葉を拾っておきたいのだと思う。
まどろっこしいが、そもそも今回の一件は明美とティーツがメインだしな。我慢するとしよう。
「でもまさか大元から分かたれとる上に、
復活も完全やなかったとはいえアレを殺すとはなあ。
剣が既に譲渡されとったのも驚きやけど、それ以上やわ」
「フン、俺はアルティメットカールだぞ」
神だろうが何だろうが余裕だわ。
が、幽羅はこちらの言葉に反応せず独り言を続ける。
今気付いたが、コイツ――興奮してる?
欲情という意味ではない。
まるで待ち望んでいた何かが訪れるかもしれない、そんな期待が見え隠れしているような……。
「先代は首の一本すら潰せず道半ばで……歴代の誰もが成し得なかった偉業……。
ようやく何かが変わるんか? これなら、うちが動かんでも――いや、ちゃう。
うちも大きな流れの一つに組み込まれとるんか? ふ、ふふふ……まあ、よろしおす」
そこでようやく、幽羅は俺を見た。
「ええもん見させてもらいましたわ。おおきにな、カールはん」
「あん? 何だその口ぶり。逃げられるとでも思ってんのか?」
「そらもう、御二人を相手取るんは流石に……ねえ? まだ死にとうないし、そら逃げますよって」
言うと同時に幽羅が何かを地面に叩き付けた。
「ッ! 煙幕か!? だが、この程度で……はぁ!?」
大空洞を一瞬で満たす煙幕。
視界が利かずとも気配で、そう思ったのだがそれも無理そうだ。
どういう理屈か幽羅の気配が増えやがった。
「カールはん、明美はん。ほな、また会いましょ」
そんな声が聞こえたかと思うと、嘘のように白煙が消え去った。
当然、そこに幽羅の姿はない。
「クソが! 最後まで舐めた真似を……!」
「落ち着けよ明美」
「あぁ!? お前は悔しくねえのか!?」
そういう気持ちがないと言えば嘘になる。
でもさ、さっきも言ったが今回は俺がメインじゃないのだ。
あくまで二人に手を貸してるだけ。
で、紆余曲折あったが当初の目的は達成出来たわけじゃん?
いや、まだ諸問題は残ってるけどさ。俺は俺に出来ることをやり切ったと思うのよ。
「だったらもう良いかなって」
そりゃ色々気にはなるよ?
でも、今手元にある情報源はアダムだけ。
アダムが目を覚ましたら素直に色々ゲロってくれるだろうさ、
けど状況を鑑みるに利用されてただけっぽいからなあ。
核心に至るような情報は得られないと思う。
「俺はお前らと違って幽羅の消息を追うような伝手もないし」
強いて言うならアンヘルとアーデルハイドか。
だが、あの二人を巻き込んでまで知りたいようなことでもない。
「とりあえずアレだ。これで俺は心置きなくバカンスに戻れるわけだから……ま、頑張れよ」
ぽんぽんと明美の肩を叩く。
何か分かったら教えてくれよ。
いや、別に教えてくれなくても良いけどね。
今はもやもやしてても、その内雑多な日常に押し流されて忘れちゃうだろうしさ。
「こ、コイツ……」
「カールはそういうとこある」
「おい、何してんだお前ら。メリルを回収してとっとと帰ろうぜ」
確か祠使うんだっけ?
使えなかったら……いや良い、それはその時考えよう。
何か気が抜けちゃったよ俺。
早く帰りたい、早く帰って――――
(スク水に感謝の祈りを捧げねば)
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