おれのなつやすみ⑥
1.神風怪盗セイントカール
「!」
深夜、肌を刺す殺気に目を覚ます。
目覚まし時計セットするわけにもいかんから、
殺気で起こしてくれと言ったのは俺だけど……ちょっと刺激が強過ぎるなこの目覚まし。
(心臓に悪いわ)
のそのそとベッドを降りる。
隣のベッドをちらりと見やれば伯父さんがすやすやと穏やかな寝息を立てていた。
この分だと、朝まで目を覚ますことはないだろう。
とはいえ、トイレに起きる可能性もゼロではない。
もし起きて俺の姿が見えないとなれば伯父さんは心配するはずだ。
なので、
(夜遊びして来ます……っと)
使っていた枕の上に書置きを貼り付けておく。
これで俺の不在が気付かれても問題はなかろう。
(――――っし、行くか)
音も立てずに部屋を後にし、ホテルの屋上へ向かう。
「悪い、待たせたな」
屋上の扉を開けた瞬間、生温かい夜風が顔を撫でた。
それに眉を顰めつつも、先客二人に謝罪を口にする。
「ええぞ、わしらもついさっき来たばかりじゃ」
「気にしてねえよ。元々これはあたしらの仕事だしな」
ティーツとデリヘル明美。
言葉こそ優しいが、その眼光は鋭い。
観光気分から完全にスイッチを切り替えたようだ。
服装もリゾート地で遊ぶための浮かれたそれではなく、戦闘装束になってるしな。
(ただ、戦闘に臨むスタイルがそれってのはなあ)
ティーツは半裸、デリヘル明美はえっぐいレオタード。
まあ後者はまだ良いよ。
そのレオタードが何か特殊な繊維で出来てる可能性もあるしな。
もしくは何らかの魔法が付与されたアーティファクトって線もありえる。
でも前者、長ズボンに上半身裸て。防御もクソもねえわ。
「つかよカール、半パンにTシャツて……お前その格好で行くのか?」
「この三人が揃っとれば、そうそうおかしなことにもならんじゃろうが……」
うわ、こんな格好してる奴らに突っ込まれた。
ぶっ殺してえ。
「安心しろ。流石にこの格好で出るつもりはねえよ」
戦闘云々の前に第一段階で不法侵入かますわけだからな。
顔丸出しで行くつもりはさらさらない。前科持ちになるとかマジ勘弁だ。
「ああ、着替えんのか。ん? でもお前、手ぶらで……」
首から提げた紫水晶を手で握り締め、
「――――メイキャップ! カール!!」
叫ぶ。
「おい、何だこれ。何かいきなり音楽流れ始めたぞ」
俺のテーマソング”麗しき琥珀の君”(作詞作曲歌唱:アンヘル)である。
すげえなアイツ、天才かよ。
(さあ、見ろ! 俺を見ろ!!)
ゆっくりと衣服が分解されていく。
肌の露出に合わせ、両腕を頭の上でクロス。
腋を見せ付けるようにポージング。
大胆なセクシーポーズ、だがしかし、局部は見えない。
飛び交うポップでキュートなエフェクトが俺の動きに合わせしっかり覆い隠してくれているから。
「うぷ……や、やば……あ、明美ぃ……わ、わし吐きそう……」
「おい、しっかりしろティーツ! 気をしっかり持つんだ!!」
身体を開くように右手を大きく広げ、左手で指鉄砲を作る。
するとどうだ? 指先から光の糸が巻き付き衣装を形成し始めるではないか。
「し、しっかり言われてもこれ、あまりにも酷過ぎて……うぶぅ……!」
足元から形成されていく衣装が尻のあたりまで到達するのに合わせ腰をクイッ!
ヒップを強調するようにクイッ!
クイッ! に合わせて大きなハートが弾け無数のハートが飛び散る演出が成される。
「ご、ごめん……わしもう限界……」
「お、おい待て! 吐くならせめてこの袋に!!」
これさ、俺のポージングに合わせてエフェクトが発動するんだよね。
しかもそのエフェクトも、毎回同じじゃなくてランダム。
気合の入り方がヤバイ。アンヘルの懲り方がもう、プロのそれだ。
すげえなアイツ、天才かよ。
「オロロロロロロロロロロロ」
「や、やばい……何かあたしも……オロロロロロロロロロ」
天から振って来た羽飾りがあしらわれた黒いコートハット、
その鍔を摘まみ顔の上半分を隠しつつ口上を始める。
「愛と正義の使者、ビューティーカール」
風に靡くマント――アンヘル曰く、靡き方には相当こだわったらしい。
すげえなアイツ、職人かよ。
「あなたの人生、変わるわよッ★」
人差し指で帽子の鍔を弾き、顔が露出すると同時にウィンク!
完璧だ、完璧過ぎてこれでもう満足しちゃった感ある。
でも駄目だ。まだ何も始まっちゃいない、ここからが本番なのだから。
「ところで二人共、どうだった?」
「「死ねッッ!!」」
あれ? おかしいな……スラムのガキどもにはドッカンドッカン受けたんだがな。
ガキの一人なんか笑い過ぎて過呼吸起こしかけてたし。
よしんば受けなくても、だ。
「カッコ可愛いだろ?」
可愛いの部分は変身シーン、カッコ良いの部分はこの衣装だ。
黒を基調とした貴公子風の衣装。
フリルっぽい袖のカフスと胸元のジャボが良いよね、エレガントさが半端ない。
あとドミノマスク。これにも注目して欲しい。
以前使ってたそれじゃなく、アンヘルが新たに用意したものなんだが、またセンスが良い。
俺の背中に刻まれた翼に似た刻印をモチーフにしてるんだけど、これがまたカッケーの何のって。
「……つーかお前、それアーティファクトだよな?
一体何処でそんな実用性皆無の馬鹿な代物見つけたんだ?」
お、アーティファクトだって分かるのか。流石だねえ。
だがこれは見つけたわけじゃない。作ってもらったのだ。
いやー、アンヘルとアーデルハイドはホント良い仕事をしてくれたよ。
俺が満足げにそう告げると、
「こ、コイツ……あの二人に何てアホな物を作らせてやがんだ……」
「さ、流石カールじゃ……阿呆さと不敬さが極まっとる……」
信じられないものを見るような目をする犯罪者二人。
何とも失礼な奴らだが、今の俺は愛と正義の使者。
寛大な心で見逃してやろう。
「つか何時まで駄弁ってんだよ。時間は有限なんだ、さっさと行こうぜ」
「「お前が言うなッッ!!」」
三人揃って屋上から飛び出す。
屋根伝いに夜の街を駆け抜け、向かうは海岸。
と言っても遊泳のために解放されている海岸ではない。
岩肌が多く、潮の流れも激しいため立ち入り禁止となっている区画だ。
ここに例の洞窟へと続く入り口があるらしい。
(……人の気配は感じねえな)
念のためにと周囲の気配を探っているが……大丈夫そうだな。
面が割れないようにと変身したが杞憂だったかもしれん。
「のうカール」
「あん?」
「腰に剣を差しとるが、おんし剣術の心得なんぞあったか?」
「あるわけねえだろ。こりゃ雰囲気作りの小道具だ」
まあ、物自体は結構な業物らしいけどな。
アンヘル曰く、友達が昔使ってた剣だそうで。
「――――ここだ」
足を止めたデリヘル明美に釣られ、足を止める。
奴の視線の先では空洞が大口を開けていた。
「ティーツ、カール、準備は良いな?」
「言われるまでもねえ」
「OKリーダー、何時でもやれるぜ」
コクリと頷きデリヘル明美が洞窟の中に飛び込んだ。
俺とティーツもその後を追い、洞窟の中へ。
(…………磯臭いな)
潮が引いたばかりだから、しょうがないと言えばしょうがないが、すげえ臭い。
だが臭いを差し引いても、この洞窟、あんまり長居したくはねえな。
「ようティーツ、何か肌がぞわぞわしねえか?」
「それな。何かこう、出そうな感じがひしひしとしよるわ」
肝試しの場所としては悪くないと思う。
それだけに、アダムの立ち入り禁止という判断は正しかったのだと思い知らされる。
立ち入り禁止にしてなきゃ頭の軽い若者とかは絶対、ここに足を運ぶはずだ。
ただでさえリゾート地ってことで浮かれ気分になってるだろうし。
(いや、禁止区域に指定されていても足を運ぶ奴は居るな)
ウェーイ系っつーか、DQNってのはそういう生き物だ。
「…………期待はしとらんかったが、遺骨や遺品の回収は無理そうじゃのう」
「それはしゃあねえよ」
普段は海面に沈んでるって時点で望み薄だ。
潮が引くと同時に洞窟の中の物も流されるだろうしな。
何かに引っ掛かり未だ洞窟内部に残留している――なんて考えるのは希望的観測が過ぎる。
「おいデリヘル明美、どうだ? 何か気配とか感じるか?」
俺の呼びかけに奴は首を横に振った。
ふむ、コイツで駄目となると俺が鈍いってわけではなさそうだな。
いやね、反響し易い洞窟だから気を用いてソナーもどきの探知をしてたんだよ。
だが内部から感じる大きな生命は三つ――つまりは俺らだけなんだわ。
よっぽど上手く隠れてるのかとも思ったが、
俺より遥かに強いデリヘル明美も同意見ってんならこれは、
「こりゃあれかね? 幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつ」
雰囲気あるからな、この洞窟。
妙な唸り声は風の音、怪物の影は変な形をした岩の影だったってのも十分あり得る。
俺はそう思ったのだが、
「――――そりゃねえな」
デリヘル明美の考えは違うらしい。
「気で洞窟内部を探知してたんなら分かるだろ?
この洞窟の入り口はあたしらが入ったあそこだけだ」
まあ、そうだな。
「なら調査に入った連中は”何で行方不明”になったんだ?」
「それは……」
洞窟自体は結構広いし入り組んでいる。
途中ではぐれたりするのは十分にあり得るだろう。
だが、それだけだ。進んで行けばどこも必ず行き止まりにぶち当たる。
ぶち当たったのなら戻れば良い。
入り組んでいるとは言っても帰り道がまったく分からなくなるほどでもない。
そう、戻れるのだ。
「例の調査隊も戻らなかった連中を入り口で待つぐらいはしたはずだ」
だけど、彼らは戻って来なかった。行方不明になった。
ならば相応の原因があるはずだと言う――確かにその通りだ。
「それに消えた奴らの数を考えてみろ」
確か結構な数を送り込んで、大半が戻って来なかったんだよな。
ああ、確かにそりゃ何かあるわ。
「だろう? まあ、つっても……今んとこ、手がかりはないんだがな」
「うぅむ、虱潰しに洞窟を歩き回るのも一つの手だが、それじゃ効率悪いよな」
どうしたものかと二人で頭を悩ませる。
というか、
「「テメェも何か意見出せやティーツ! 鼻くそほじってんじゃねえッ!!」」
「んお? いやいや、わしは肉体労働派じゃけえな」
鼻くそ飛ばしてんじゃねえ! 腹立つんだよ! ぶっ殺されてえのか!?
「そう短気を起こすなや。ほれ、いっぺん落ち着かんかい」
こ、この野郎……!
いや、良い。とりあえずコイツは一旦無視しよう。
「なあ明美、例の調査隊が入ったのってどれぐらい前のことなんだ?」
「言いたいことは分かる。”かつては居た”だが今はもう”居なくなった”って可能性だろ?」
「ああ」
寿命か、もしくはひっそり誰かに討伐されたか。
その可能性もあるんじゃないかと思ったが、
「ないな。あたしな、これでも結構聞き込みとかしてんだよ。
ここで行方不明になった連中ってのは何も調査隊だけの話じゃねえんだ。
割と最近も、この洞窟で消息を絶ったって観光客がいるらしいんだわ」
初耳だが……無理もないか。
夏場以外はそうでもないが、夏になると何万人と観光客が来るからな。
人の出入りが激し過ぎて把握は不可能だろう。
「ほら、ここ立ち入り禁止区域だろ?
んで見つかった場合は結構な額の罰金払わされるってのもあるから……」
被害を報告しない奴も居る、か。
「そういうこと」
め、めんどくせえ。
観光に水を差すのは申し訳ないからと、
アンヘルやアーデルハイドには何も言わなかったが助力を乞うた方が良かったかもしれん。
「んお? 何じゃこら」
「どうしたティーツ」
「いや、これ……」
ティーツが指差した先には小さな祠があった。
多分、例の海神だか何だかを祀っているものだろう。
でもちょっとおかしいな。
「普通、こういうのって洞窟の最深部とかにあるもんじゃないか?」
「しかも、えらいしょぼいぞ。神様、これでええんか?」
「おい、そんなのは良いから先に行くぞ」
デリヘル明美に促され、再び歩き出す。
十分、二十分、三十分と洞窟を歩き回る。
しかし、手がかりになりそうなものは何一つとして見つけられなかった。
見つけたものと言えば祠ぐらいのもの。
最初にティーツが見つけたもの以外にも複数の祠が洞窟内部には存在していた。
今も目の前に存在しているが、何なんだろうなこれ。
(ここに祀られてる神様は一柱じゃなく何柱も居るのかねえ)
あーあ、何か疲れてきたわ。
「なあオイ神様よぉ、ちょっとこう不思議な力で何とかしてくれませんかねえ?」
ついぺしぺしと祠を叩いてしまう。
「おいカール、罰当たりだぞ」
「……うん、俺も自分でそう思った」
どうもこの洞窟の空気にあてられて……ん?
「……のうカール、何か光っとりゃせんかこれ?」
「……ああ。しかも、何か音も鳴って――――」
瞬間、祠から眩い光が溢れ――はじけた。
突然のことに目を閉じることも出来ず、
白光に目を焼かれ視界が完全に利かなくなってしまった。
その他の感覚を用いて臨戦態勢に入ったが……これは、空気が変わった?
「…………何だ、ここは」
真っ先に視力を取り戻したらしいデリヘル明美が呆然と呟く。
「あたしの何かが……妙に疼く……」
デリヘル明美に少し遅れて俺の視力も回復する。
現状を把握するために周囲を見渡すが……何処だここは? 大空洞?
天井までの高さは数十メートル、広さは昔行った神宮球場よりは遥かに広いと思う。
(それに何だろう……)
明美も言ってたが、俺の中にある何かが妙に疼く。
激しい怒り? 深い憐憫? 沸々と湧き出す強い感情。
だけどそれは俺のものじゃなく――――
「しっかりせい」
「「あ痛ッ!?」」
べちん! と頬を叩かれ正気に戻る。
さっきまで胸の中を渦巻いていた形容し難い感情も今はまるで感じない。
あれは一体何だっ……いや、それは後だ。
「悪いティーツ、助かったぜ」
「ええわええわ。それより……」
「ああ、ここがあたしらの目的地っぽいな」
魔道士じゃないので詳しくは分からないがあの祠。
あの祠に施されていた転移魔法か何かで俺たちはここに連れて来られたのだろう。
間違いない、調査隊を始めとする行方不明になった連中は皆、ここで殺されてる。
拭っても拭い切れない死臭と、色濃く焼き付いた人ならざる者の気配が何よりもの証拠だ。
「じゃが、それっぽい化け物はおらんのう」
キョロキョロと周囲を見渡すティーツ。
確かに化け物は居ない、だが事情を聞けそうな奴は居るようだぜ。
「どういうことじゃ?」
「ティーツ、お前……いや、あたしが教育すりゃ良いだけの話か」
「つーわけだ、そこに隠れてる奴! 出て来いよ!!」
右斜め後方に向け、指先からビームを放つ。
すると岩が砕ける音と共に小さな悲鳴が上がり、一人の女が姿を現した。
一般人っぽいな。
「おい、とりあえずこれ被っとけ」
小声でデリヘル明美に話しかける。
「あん?」
「お前の顔見られたら面倒なことになるだろ」
今はまだ距離があるから良い。
薄暗いからな、ここ。気で視力を強化してる俺らと違って近くまで来なければ顔は見えまい。
だが、近付かれたら不味い奴が居る。コイツは言い訳無用のお尋ね者だからな。
「ああそういう……うぇ?! こ、これ被るのか……?」
「四の五の言ってんな! 乳揉みしだくぞ!!」
「わ、分かったよぅ」
受け取ったパピヨンマスクを装着するデリヘル明美。
レオタードと相まって、そういうお店の嬢みたいだなコイツ。
「あ、あなた達……あの女の仲間……じゃない、のよね?」
「あの女が誰のことかは知らねえが、俺らがここに迷い込んだのは偶然だ」
信じるか信じないかはそっち次第だと突き放し気味に告げる。
信じたいけど、信じられるのかが分からない。でも心細くてしょうがない。
そんな状態だからな、あの女。少し強めに言ってやれば心の天秤も傾くだろう。
「わ、分かった! 信じる、信じるから……」
「OK。じゃあ自己紹介だ。俺はカール。愛と正義の使者、ビューティーカールだ」
カールだけだと有り触れた名前だからな。
変装もしてるし、苗字さえ名乗らなければ特定はされまい。
「わしはティーツ。で、もう一人が……」
「……明子だ、よろしく」
ま、デリヘル明美はな。
デリヘルの二つ名をつけんでも一般人が明美と聞けば、まずデリヘル明美を連想するだろう。
他国の人間からすれば”明美”と言えばデリヘル明美なのだ。
いわばコイツは明美の代表――代表が暗殺者って何だかなあ。
葦原在住の全明美さんにごめんなさいしなきゃね。
「わ、私はメリル・パパラッチよ」
「メリル・パパラッチ?」
「何だよ、ティーツの知り合いか?」
「知り合いっちゅーか……ほれ、昨日話したじゃろ。ブン屋が行方不明になっとるって」
「え……あー……ああ……ゴシップ誌に書いてたってあれか」
ん? あれ? でも居なくなったの二週間ぐらい前とかじゃなかったか?
水も食料もなさそうだが、この姉さんどうやって生き延びたんだ?
見た限り、服はボロボロで髪もボサボサ。
体臭も老廃物と大空洞内の死臭のせいで酷いことになってるが、やつれた様子はない。
頬がこけてるわけでもないし血色も良さそうだ。
「……記事になってるんだ、私……」
複雑そうだが、しょうがねえか。
記事にする側が記事になってんだもん。間抜けさは拭えない。
「私がどうやって生き延びたかだっけ?
水と食料だけはあの女が持って来るのよ……そのお陰で、とは言いたくないけど」
さっきから気になってたことがある。
メリルも落ち着いたようだし、そろそろ聞いても良いだろう。
「なあ姉さん”あの女”ってのは?」
そいつの正体、目的如何によって前提が崩れる。
俺らは行方不明事件に人の悪意が介在してるとは思っていなかったわけだし。
でもまあ、あの転移の仕掛けを見るに事は人の悪意が介在してんのはほぼ確実なんだけどさ。
あーあ、面倒なことになってきたな。
人殺しをする必要が出た場合はティーツとデリヘル明美に任せよう。
「バルツァー商会のドンであるアダムの秘書をやってる幽羅って葦原の女よ」
「「!」」
「幽羅、誰だそりゃ?」
思わずティーツと顔を見合わせる。
何だってあの姉ちゃんの名がこんなところで出て来るのかと。
俺もティーツも幽羅と対面した際、何も感じなかったぞ。
血の臭いや闇の世界に浸ってる人間特有の仄暗さとかさ。
でも、メリルの証言が事実ならやばいかもしれん。
(何一つ怪しさを感じられないってのは……)
偽装が上手であるということ、もしくは隔絶した実力差がある。
そのどちらか、或いは偽装が上手な実力者って線もあるか。
どれにせよ、あんまり良い予感はしねえなあ。
「……あなた達、ここに来たってことはアイツに拉致られたからじゃないの?」
「ちげーよ。あたしらは別件でとある洞窟を調査してたらここに飛ばされたんだっつの」
「別件? 何それ、詳しく知りたいわ。事件の臭いがするもの!」
「……OK、とりあえずお互いの情報を擦り合わせよう」
まずそっちから事の仔細を話せと要求する。
メリルは当然、良い顔をしなかった。
だがティーツとデリヘル明美に合図し、
全員で同時に目の前から消えてやったら涙声で話す! 話すからぁ! とポッキリ折れてくれた。
「わ、私がジャーシンに来たのはとあるネタを掴んだからなの。
そのネタって言うのが……うう、まだ記事にしてもないのに……あ、あー!?
話す! 話すから消えないで! お願い消えないでよ! ね? ね!?」
一般人相手に可哀想なことをしているという自覚はある。
だがこのブン屋、割とタフそうな感じだもん。
主導権握られたら面倒臭そうだからこうするしかないのだ。
「……バルツァー商会に不審な金の流れがあるって情報を掴んだの」
「アダムと会ったことあるけど、後ろ暗いことやってるようには見えなかったがな」
「ああうん。ボスのアダム自体は昔カタギの情理を優先する商人だもの」
実際、彼が関わっている可能性は低いとメリルは言う。
「関わってるのはナンバー2を筆頭とした幹部連中よ。
昔はともかく、今じゃバルツァー商会は大所帯だもの。
当然、トップの意に反する――下克上を企ててたりする連中も居るわけ」
アダムからトップの座を奪うために、
後ろ暗いことやってる連中をスッパ抜こうとしたわけか。
「で、アンタは決定的な現場を押さえたんだな?」
「ええ。ジャーシンに根を張るとある裏組織との取引現場を目撃したのだけど……」
幽羅に見つかって拉致られたわけか。
だが解せないな。
何だってメリルはまだ生きてるんだ?
仮に怪物が制御出来てなくて、気紛れに人を食い散らかしてるとしてだ。
たまさか怪物が食事をする気分じゃないから運良くメリルは生きている? 違う。
コイツの話じゃ、幽羅はわざわざ水と食事を運んで来てるそうじゃないか。
一体幽羅は何がしたいんだ?
「……のうカール、これ色々ややこし過ぎてわし、頭がパンクしそうなんじゃが」
「奇遇だな、俺もだよ」
整理すると、だ。
最初……かどうかは分からんがとりあえず最初としておこう。
現状、把握している最初の事件はアダムの親友が行方不明になった事件だ。
アダムがガキの頃だから五、六十年前ってことになる。
で、最新の事件は二週間前。
一連の犯人は同じなのか?
いやだが幽羅はどう多く見積もっても三十は越えてないように見える。
なら、たまさか祠の機能を知った時々の悪党が犯罪に利用してる?
もしくは……ああ、駄目だ。頭がこんがらがって来た。
「……おい明子」
「ああ、どうやら事は相当複雑らしい。
単純に怪物殺すだけで終わるようなもんじゃねえ。
ここは一度退いて、得た情報を元に再度詳しく調査するべきだろうよ」
だよな。
俺もややこし過ぎてゲロ吐きそうだもん。
「とりあえず、出口を探すっちゅーことでええんか?」
「ああ、それで良い」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 次はそっちの番でしょ!?」
んなこと言われてもな。
「時間が惜しいから手短に説明すんぞ?
この大空洞にはやべえ化け物が居る。残留した気配だけでも、かなり強いのが分かる。
俺らは自衛の手段がある。だがそっちはどうだ?」
「それは……」
言葉に詰まる。
どうやら俺らに護れというほど面の皮は厚くないようだ。
もしくは、不興を買って護ってくれなくなることを恐れているのか。
「わしらは、罪のない一般人を見捨てるほど鬼畜じゃねえ。
護る努力はする。じゃが、護り続けられるかは分からん。じゃけえ、脱出を優先するんじゃ」
とりあえずあれだ、話をするならここを脱出してからにしよう。
俺がそう提案するとメリルは渋々頷きを返した。
「……でも、私が探した限りじゃ外に通じる出口は一つだけよ」
「あるんかい!? じゃあ何でおんしはここに……」
「私じゃ使えないのよ」
私じゃ使えない?
「そう。あの女が出入りに使ってる祠があるんだけどね?
多分、転移か何かの術式が刻まれてるんだろうけど……魔力を流してもうんともすんとも言わないのよ。
それなりに心得はあるから調べてみたんだけど、あれは魔法とは別系統の術だと思うの。
魔力じゃない別の何かに反応して転移の術式を起動させていると思うのだけど……」
祠、俺らが飛ばされた例のアレと同じものか?
それなら、
「――――はい、そこまで」
「「!?」」
闇の中から浮かび上がるように幽羅が姿を現した。
その手に握られた小太刀がメリルの首を刎ねんと迫る。
俺も、ティーツも反応が出来なかった。
メリルに至っては状況を把握すら出来ていない。
だが、
「ティーツ! カール! その女を連れて下がってろ!!」
デリヘル明美は別だ。
瞬時に反応し、幽羅の顔面に蹴りを叩き込んでいた。
だが多分、効いてない。咄嗟に脱力し衝撃を逃がしたように見える。
「メリル、俺とティーツの後ろに隠れてろ」
「え、ええ……分かったわ」
俺とティーツに出来ることはメリルの安全を確保するぐらいだろう。
視線の先で繰り広げられている戦闘に割って入ったとしても、
今の俺たちではデリヘル明美の足を引っ張ってしまうだけだ。
「何やよろしくない空気やったさかい、入り口は閉ざしたんやけどねえ。
まさか、あんさんがいはるとは思わなんだわ。そら扉も開きはるわな」
「あぁ!? 誰だテメェ!? あたしはテメェなんぞ知らねえよ!!」
「そらそうでっしゃろ。うちが一方的に知っとるだけやもん」
視認するのも困難な高速戦闘。
多分、どっちもまだ本気ではない。
しかし、幽羅のあの実力……ますます分からん。
あれだけの実力があるなら怪物なんぞ利用しなくても人の一人や二人簡単に消せるだろ。
足運びやら何やらを見るに、アイツも暗殺者っぽいしな。
「”出来損ないの代替品”とはいえ、その血はほんまもん言うわけかあ」
「! あたしをそう呼ぶってことは……テメェ、アイツらの関係者か!?」
「正確には元がつくけどな」
ん? んん?
幽羅は俺らがここに居るのはデリヘル明美のせいだと思ってんのか?
いやでも、あの祠に何かしたのは奴じゃなく俺だぞ。
「元……いや、元だろうと関係ねえ。今、テメェが悪事を働いてるのは事実だからな」
「悪事て……まあ、否定はせんけどぉ」
距離を取り睨み合う二人。
俺とティーツからすれば、どっちも実力の底すら見えぬ実力者だが……どっちが強いんだ?
「ん?」
ふと、後方に突然気配が現れる。
振り返ると、
「――――幽羅? 君は一体何をしているのかね?」
俺たちが転移して来た地点にアダムが立っていた。
「あらら……アダム様やないの……これ、どないなってんの?」
「アダムさん、あんた何でこんなとこにおるんじゃ?」
俺たちの視線を一身に受ける彼は、困惑の表情を浮かべ語り始めた。
「御二人のことが、どうも気がかりでしてね」
え?
「今宵、潮が引き洞窟への侵入が可能となります。
ひょっとしたらという思いが拭えず、足を運んだのですが光を放つ祠に触れた瞬間……」
お、おおおお俺らのせいかぁあああああああああ!!
ああクソ! 口には出してなかったが行動読まれた!?
間抜け! とんだ間抜けだ俺は!
相手は大商人だぞ!? 優れた観察眼を持つことぐらい織り込んどけよ!
そうだよねそうだよね!
恩人にして友人の知己でもある俺らがトラウマの地に踏み入るとなれば心配するわ!
他の人間を寄越すのは申し訳ないしと自分で足を運びますよね!
「……やってもうた」
「ホントにな! とりあえずアダムさん、事情は後で説明するから俺らの後ろに!!」
「え? は、はい!」
まっずいな。
幽羅が一般人二人を狙って戦い始めたらかなり面倒なことになるぞ。
「……ティーツ」
「……おう」
拳と大太刀、それぞれの得物を構え警戒レベルを更に引き上げる。
幽羅がこちらを狙って来た場合は、俺らも対処に加わらねばならない。
どこまでやれるかは分からないが……ああ、やっちまったなあホント!
「参ったわ。ああ、あとちょっとやったんやけどなあ」
?
肩を竦め溜め息を吐く幽羅。
どういうことだ? 勝ち目がないと悟った……わけじゃねえよな。
向こうからすれば敵の足枷が増えたわけだし。
それなら一体……。
「ガァ……!?」
背後に居るメリルの口から悲鳴が漏れ出す。
「数日早いけど、はじめまひょか――――アダム様」
メリルの腹部からはアダムの右手が飛び出していた。
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