おれのなつやすみ⑤
1.英気を養う
ジャーシン滞在二日目。
昨日は鮫のせいでロクに遊べかったので、俺は意気揚々と朝から海へと繰り出した。
馬鹿なのかタフなのか、先日鮫が出たってのに人はあまり減っていないようだった。
いや、鮫がぶっ殺される場面を目撃したからってのもあるかもしれないが。
まあそんなこんなで海。海。海。
やっぱり海は良い。日焼けで肌が痛くなったり髪がごわごわになったり、
泳いでたり水遊びしてて海水が口に入るとすげえしょっぱくてさ、正直川のが良くね?
そう思いながらも、何だかんだ来ちゃうんだよな、海。
来ちゃって、はしゃいじゃうんだよな。ホント、海には不思議な魅力がある。
いや、この世界に生まれてからは初めての海なんだけどさ。
でも楽しかったなあ。
ティーツとの遠泳勝負、男チーム女チームに分かれての砂のお城作り、
ビーチボールなんかもやったっけ……昼は勿論、海の家だ。
不満があるとすれば海の家の料理が普通に美味かったことぐらいだろう。
ああいう店の飯はちょっと不味いぐらいが逆に良い。それ、カールのポリシー。
多少の不満はあったけどあれだ。総合すると、
(海……サイッコー、だったな)
今日だけでもう、遊びに来て良かったと及第点レベルの満足度は得られた。
そんなこんなで夕刻、俺はホテルの前でティーツを待っていた。
これから明日に備えて英気を養うため美味い飯を食いに行くのだ。
店は勿論、アダムがリストアップしてくれた店である。
フロントで受け取ったリストに載っていた店は七件。
多分、一日一件で最終日まで楽しめるように配慮してくれたんだと思う。
「ねえねえ庵ちゃん、このお好み焼きって言うのは?」
「確か上方――西の方で流行っていた料理だったような……」
アンヘルがリストを眺めながら庵に質問を飛ばしている。
(お好み焼きか)
良いね、ここらだと新鮮な魚介類が獲れるわけだしイカ玉、タコ玉がおススメか?
いやいや、金を気にしなくて良いんだからシーフードミックス。
いやいやいや、何なら全部乗せとかもありなんじゃねえか?
(つか……お好み焼き、あるんだ……)
話を聞くに葦原の生活は戦国、江戸時代ぐらいなのにな。
つくづく、異世界だよなあ。
十五年生きても、まだ新鮮な驚きと出会えるってのは幸せなことだぜ。
「すまん! 待たせたのうルガール!!」
「だから俺はカールだって」
ようやく、ティーツが待ち合わせ場所にやって来た。
隣には白いワンピースに白い帽子、でけえサングラスをかけたデリヘル明美も居る。
別にコイツは呼ばなくても良いかなと思ったんだが、まあハブはね。
それに明日はコイツと共同戦線張るわけだし……って、あん?
「……」
「どうしたよ? あー……」
何故か、俺に警戒の目を向けるデリヘル明美。
じりじりと距離を取られているのだが、俺にはまったく心あたりがない。
つーか、コイツのこと何て呼べば良いんだ?
正体を知っているのは俺を除けば庵と……アンヘルもかな? だけだし。
そんな俺の逡巡を察したのかティーツが小声で呟く。
「明子」
「明子さんよぉ」
雑な偽名だな。
いやでも、本名に近い方が反応はし易いのかも。
まあデリヘル明美が本名かどうかは知らんけど。
「……あ、あたしは忘れてねえぞ。お前にされたこと」
「俺に? 庵、俺何かしたっけ?」
「したでしょう。ほら、その……胸とか……股間を……」
「あ? あー、あー、あー! はいはい、あれか。ありゃお前の因果応報だろうに」
「だ、だだだだとしてもやり方ってもんがあるだろ?! 悪質なんだよお前!」
見ればほんのり頬が赤い。生娘かよ。いや、生娘なのか。
以前の反応を思い返しても、免疫なさそうだったもんな。
「つーかよ、それ言うならティーツもだろうが。俺と共犯だぞ」
「いや、アイツからイヤらしい視線は感じなかった。でもお前の視線はイヤらしかった。
きょ、今日だってそうだ……あたしを美味しいご飯で釣ってどうするつもりだ!?」
ティーツくん?
「明子はそういうとこある」
マジでポンコツ面白義賊だな、コイツ。
これにビビってる世の屑どもが若干可哀想になっ……いや、ならねえか。
屑がどこかでビクビクしてると思うと何か気分良いもの。
「あ……あの……お、甥が何か失礼を……?」
はらはらしながら見守っていた伯父さんが前に出てくる。
身内のことだから根性出したんだろうが、デリヘル明美に関しては気にするこたあない。
「大丈夫だよ。伯父さん。俺も悪かったかもしれないが、そもそもの原因はあっちにある」
なあ? とデリヘル明美に振ると奴はうぐ、と言葉を詰まらせた。
「だからまあ、今日の食事で手打ちにしようってことで呼んだのさ。だろ?」
「…………そ、そうだな」
渋々と言った様子で奴も同意を示してくれた。
ったくセクハラされたぐらいでガタガタ言ってんじゃねえよ。
おめーの方がもっとすげえことしてんだしさあ。
「それよりカール、何処に行くかはもう決まったんか?」
「いやまだだ。お前らはどうよ? 行きたい店とかある?」
手招きしてアンヘルが持っているリストを覗き込ませる。
多分、初めて目にする驚きを奪いたくないという気遣いからだろう。
リストには店名と、その横におススメのメニューの名前だけしか書いてない。
俺にとってはどれも馴染みがあるものだが、この情報だけじゃティーツもピンと来ないようだ。
「わしゃどれでもええわ。明子はどうじゃ?」
「あたしも任せる。知らない料理もあるけど、選ぶのはこっちの人間のが良いだろ」
「気ぃ遣ってくれてんのか?」
「は、はあ? ちげーし! 別にそんなんじゃねーし!」
あたふたと手を振って否定するその姿は、
素直になれない子供としか表現できないものだった――ツンデレ、嫌いじゃないよ。
「うーん、このポンコツ」
「面識あるんだっけ?」
「まー、何度かね」
「どうしたシャル、アンヘル?」
「「ううん、何でもない」」
けど、どうしたもんかな。
「お前らはどうだ? ここに行きたい! って店ある?」
「私は特にないね。彼のアダム・バルツァーが太鼓判を押す店だ。どれも外れじゃないんだろう?」
「滞在中に全ての店に行くのでしょう? では、どれからでも構わないと思うのですが」
シャルとアーデルハイドは希望なしね。
しかしアーデルハイド、君、そういうとこやぞ。
じゃあ、庵とアンヘルはどうだろう?
「私も明……子さんと同じく皆さんにお譲り致します」
「んー、私はお好み焼きかなあ? さっき庵ちゃんに聞いてから気になってるんだ」
ふむ……じゃあ最後に伯父さん。
「…………すまない、どれも気になり過ぎて決められない……」
苦渋、その一言でしか形容出来ない表情。
初めて見たわ、伯父さんのそんな顔。
「……だから、皆で選んでくれ……俺には…………無理だ……」
ホント、伯父さん料理好きね。
「そういうカールくんは食べたいのないの?」
「俺、こういうの苦手なんだよね」
リストに記されている料理に苦手なものはない。
特別大好き! ってわけでもないが普通に好きなものばかりだ。
そうなると、途端にどうすれば良いか分からなくなってしまう。
「これにするか、それともあっちにするか」
最終的に二択ぐらいには絞れる。
絞れても結局、選び切れずどちらとも違う何でそれをチョイスしたの?
みたいな選択肢に行きがちなんだよね、俺。
「つかアンヘル以外希望がないんなら、お好み焼きで良いな?」
全員が頷く。
「っし。じゃあ行くか」
黄昏に染まる街を行く、俺と俺ハーレムwithその他。
俺たちは第三者の目にどう映っているのだろうか?
少なくとも美少女三人は視線を集めちまうよな。
でも残念、コイツらは俺の女なんだぜ! 優越感と共に両脇のアンヘルとアーデルハイドを抱き寄せる。
「あの……兄様」
「どうした?」
「は、恥ずかしいんですけど……何で、肩車……?」
いや、俺の手って二本しかないわけじゃん?
でもアンヘルと庵とアーデルハイドで俺の女は三人なわけじゃん?
一本腕足りないじゃん? ハブにするとかありえないじゃん?
「だったらもう肩車しかないじゃん?」
ああ、ちなみに両手使ってないけど庵の安全はバッチリだぞ。
両手で脚を押さえなくても安全且つ快適な肩車を提供してみせる――俺の誇りに懸けてな。
「……あの、ティーツさん。兄様は…………」
「本気も本気。見てみい、この澄み切った瞳を」
何だよ、その馬鹿を見るような目は。
「いや、そのもの馬鹿だろテメエ」
「生娘は黙ってろ」
同じ土俵にも立ってねえババアがナマ言ってんじゃないよ。
俺に意見したいなら膜の一つや二つは破ってきやがれってんだ。
「お、お前……! 女の子相手にそういうのは駄目なんだぞ!!」
「「女の……子……?」」
俺とティーツは訝しんだ。
「こ、コイツら……!」
「まあまあ落ち着きなよ。そっちの彼は知らないけど、カールは大体こんなだから」
「……どういう育ち方したらこんなアホガキになるんだ……」
どういう育ち方したら世間を騒がす義賊になるんだ。
そう返したくなったが我慢我慢。
「それよりカール、どうだお前。あたしらの仕事に興味は出たか?」
「出るわけねえだろ。つーか、雇用主の前で堂々と粉かけるんじゃないよ」
俺は何時か立派なマスターになるため修行中なんだよ。
悪党をぶち殺してる暇なんてないの。
「アホな部分はともかく、その秘めた義侠心は評価してんだぞ」
「そりゃどうも」
っと、あそこだな。例のお好み焼き屋。
うーん、既に良い匂いが漂って来やがるぜ。
「すんません、カール・ベルンシュタインとティーツ・ベックマンなんですけど」
「ああ、お話は伺っております。お座敷にご案内致しますので、どうぞこちらに」
迎えてくれた店員に名を告げると、
しっかり話は通っていたようで笑顔で座敷に通された。
畳という和を感じさせるものと久しぶりに出会ったからか庵は少し嬉しそうだ。
「のうカール、お好み焼き言うんはどんな食い物なんじゃ?」
「水に溶いた小麦粉の生地に野菜、肉、魚介なんかを混ぜて焼く食べ物だ。
焼き上がったらソースやら何やらで味をつけるんだが……まあ実際見た方が早いか」
メニューを開き目を通す。
豚玉、イカ玉、ミックス――無難なのは一通り揃ってるな。
フルーツとかの変り種もあるみたいだが、ここらは後でも良いだろ。
「豚肉とか魚介類苦手な奴は居るか?」
全員が首を横に振る。
結構。好き嫌いがないのは良いことだ。
「すんません! 豚玉、イカ玉、それとミックスを二人前ずつお願いしまーす!!」
八人居るが最初だし、少なめで良いだろう。
これでどんなもんか感触を掴んでもらって、そこから各々が好きな物を頼めば良い。
「かしこまりました。お飲み物は如何致しましょう?」
「俺は麦酒」
「あ、わしも」
「…………俺はこの濁り酒というものを一つ」
「私は緑茶を」
「あ、じゃあ私も庵ちゃんと同じものを」
「私は……すいません、思いつかないので水で良いです」
「あたしもとりあえずはお冷で良いや」
にしても……ああ、懐かしいなあ。この雰囲気。
この十五年、日本を想起する”和”に触れる機会があまりなかったし余計にそう思う。
強いて言うなら少し前にあった試食会だが、
あそこではそんなに郷愁を刺激されることはなかった。
第二のホームと言えるほどに馴染みのある場所だったからだろう。
(お好み焼きなんて、最後に食べたの何時だったかなあ)
まるで思い出せないな。
くたばる前の最後の数年とか、灰色っつーかどどめ色の生活だったからな。
食事の記憶を刻み付けるような精神的余裕はなかった。
いや、精神的余裕ってのは少し違うかな?
(始まりは喪失と忘却、享楽と憎悪の道程を経て歓喜の結末に……いや、違うな)
旅の終わりを死と定義するのであれば辿り着いたエンディングは歓喜からは程遠い。
最後の最後に白けたって感じかな?
だがまあ、締まらない終わり方こそ俺って感じがしないでもない。
つらつらと終わった過去に思いを馳せていると、
「じー」
アンヘルが俺を見ていた、穴が開くほど見つめていた、
擬音を口にしていた、わざとだ、あざとい――だがそれが良い!
「どうした?」
「何か手馴れてるなって」
ああ、そういうことね。
確かに振り返ってみれば少し迂闊だったか。
他者の機微に敏い人間だったら俺の行動に引っ掛かりを覚えるのも無理はない。
どうも、懐かしい空気のせいで気が緩んでいたようだ。
(や、別に隠し立てするようなことでもないんだが)
とはいえわざわざ話すようなことでもない。
時たま、思い返すことはあるだろう。
だがそれは戻らぬ過去を惜しむがゆえではなく……そう、アルバムだ。
心情的には昔のアルバムを見返すような感覚に近い。
ガキの頃の写真とか自分で眺める分には良いが、他人に見られるのはな。
「ガイドブック眺めてる時にこの店と、名物のお好み焼きについての情報を仕入れてたんだよ」
一部を除き頑なに拒むようなことでもないが今は、話さない。
何時かそういう気分になった時、話したくない部分以外は寝物語で聞かせてやるさ。
「ふーん、そっか」
「そうなんです」
深くは追求することなく、アンヘルは手元のメニューに視線を落とした。
やっぱコイツ、良い女だよな。
領分というか、引き際をしっかりと理解してる。
どこまでもどこまでも男を立てる姿勢は――ホント、冥利に尽きるよ。
「お待たせ致しました。こちらでお焼き致しましょうか?」
おお、注文が来たか。
でも、焼いてもらうサービスは遠慮しよう。
俺はともかく皆は経験ないだろうしな。
多少不出来になっても、それはそれで思い出の一つになろうさ。
「いや大丈夫です。俺らでやるんで」
「そうですか? では、失礼致します」
とりあえず、手本がてら俺が焼こうかな?
「おいカール、何じゃそれ? ぐちゃぐちゃしとるぞ。焼いた食い物と違うんか?」
「目の前で焼くんだよ。火ぃ入った鉄板あんだろうが」
ぐちゃぐちゃと種を掻き混ぜつつ答える。
こうして出された以上、もうしっかり混ぜられてるはずだけどついついやっちゃうんだよね。
「とりあえずこの豚玉は俺が焼いてみるけど、他二つ焼いてみたい奴居るか?」
「…………俺がやろう、興味がある」
流石に伯父さんは乗ってくるか。
まー、伯父さんなら失敗しないだろうし問題はないな。
で、他だが……おやおや皆消極的だね。
失敗したらどうしよう、って顔してる。
まあティーツは単純に面倒臭がってるだけだろうが。
「希望者が居ないなら俺が指名すっか。アーデルハイド、やれ」
「わ、私ですか? でも、料理なんて経験が……」
「料理ってほど難しいもんでもねえさ。何事も経験だし、やってみなよ」
実際、広げて焼いて引っ繰り返すだけだからな。
「そう、ですね…………失敗したらベルンシュタインさんに叱ってもらえば良いし」
最後の方、小声になってるけど聞こえてるからな。
まあ、わざと失敗するつもりがないなら別に良いけどさ。
「よっしゃ、それなら隣来い隣。間近でレクチャーしてやんよ」
「あ……は、はい!」
つーわけで邪魔だデリヘル明美、消えろ。
「消えろ!?」
デリヘル明美をどかしアーデルハイドを左横に座らせる。
ちなみに右隣はティーツだ。
コイツどかしても良かったんだが、アーデルハイドの両隣はアンヘルと庵だからな。
他の男を近づけさせるのはあまり気分がよろしくない。
「じゃ、まずは俺がお手本を。生地をな、これぐらいの薄さで広げてみ」
鉄板に生地を流し込み、ヘラで厚さを整えていく。
伯父さんは見ただけで大体察していたのか、その動きに迷いはない。
「こ、こう……ですか?」
「そうそう。そんぐらい。ああ、具が一箇所に固まってるようならそれも調整してな」
「分かりました」
一人で食う分には気にする必要はないけど、シェアして食う場合はな。
一箇所に具材が集中してたら不公平になっちまう。
つか今気付いたが、天かすデフォで入ってんだなこの店。
「ああ……良い匂いだあ……」
「あの、ここからはどうすれば?」
「ん? ああ、良い具合に焼けたのを見計らって引っ繰り返すだけだ」
「良い具合というのは、具体的に何分ぐらいでしょうか?」
「いや、これそんなキッチリしてるもんじゃねえから」
「でも……」
不安そうなアーデルハイドに、
タイミングはこっちで指定するから大丈夫だと言うとようやく引き下がってくれた。
「これは……良いな……材料も有り触れているし……だが、うちだと……」
「バーレスクの空気にはあんまり似合わないかもね」
ただ、厨房で作ってそれを出すってんなら大丈夫じゃね?
まあそれだと魅力が半減するけどさ。
お好み焼きって個人的にはさ、こうして目の前で自分で焼くのが一番良いと思うんだよね。
「俺も……そう思う……雰囲気は、大切だ…………無形の調味料と言っても過言ではない……」
伯父さんも同意見らしく、しきりに頷いている。
料理人として雰囲気というものに一家言あるようだ。
良いね、こだわりがある男ってのはカッコ良いぜ。
「ところで明子さん、お仕事は何をされているので?」
「うぇ!? え、えーっと……」
「ひょっとして、人様に言えないようなことでも?」
「そ、そそそそんなことはない! そんなことはないぞ! 嘘じゃない、ホントだ!!」
あ、アンヘルがにこやかな笑みを浮かべてデリヘル明美イジメてらあ。
(ちょっとした意趣返しか)
何せ心底惚れてる男にちょっかい出されたわけだからな。
俺は直接、仕返ししたけどアンヘルはやってねえし。
つーかデリヘル明美も不器用だな。
そこはさらっと、清掃業(対象は社会のゴミ)とでも答えときゃ良いのに。
「ッカーッ! キンキンに冷えた麦酒はもうそれだけ反則じゃのう! カールよ!!」
そしてお前も助け舟を出すとかはしないのね。
ビール片手に雑誌めくる姿はザ・オッサンだぞお前。
「あの、ティーツさんは何を読んでいらっしゃるのですか?」
「んお? ゴシップ雑誌じゃ。仕事柄、こういうとこでも情報仕入れておかんとのう。
ほら、わしガイドじゃし。お客さんと話すことが多いけえ、その種にの」
庵の質問にさらっと虚実を織り交ぜ答えるティーツ。
こっちはこっちで要領良いよな。
ひょっとして、コイツとデリヘル明美がペアなのはそういうことなのか?
「ゴシップ雑誌で情報を……」
「何、そう馬鹿にしたもんじゃねえぜ? 大半は与太の類だが、時たま当たりもあるけえな」
ゴシップ雑誌の利点だな。
読者の殆どがゴシップ雑誌の情報を話半分かそれ以下で受け入れている。
だからこそ、過激なことを書いても見逃され易い。
これが大手新聞社とかなら、書かれる側も躍起になって潰すだろうがゴシップ雑誌はな。
情報を潰すのだってタダではないのだ。全部やってたらキリがない。
どこを潰して、どこを目溢しするかの取捨選択は大事だ。
(まあそんな悪党の涙ぐましい努力を無にするのがコイツらなんだがな)
警察機関や司法は証拠がないと動けない。
それも、しっかりとした手順で入手した証拠が。
だがティーツやデリヘル明美のようなアウトローには関係ない。
非合法な証拠であろうとも動く根拠にはなるし、
何ならコイツは臭いっていうフワフワとした勘だけでも十分だろう。
自分の中で確信が持てたのならそれだけでコイツらは動ける。動けてしまう。
(おっかねえ奴らだぜ)
お近づきにはなりたくない人種だな。
「ちなみにティーツ、何か面白い話は載ってたのか?」
「んあ? そうじゃのう、某有名俳優Tが不倫してるらしいぞ」
「ゴシップかよ」
「そらゴシップ誌じゃもん。後はまあ、二週間ぐらい前にこの街で評判の悪いブン屋が行方不明になった件かの」
そう言ってティーツは二冊の雑誌を見せてくる。
それぞれ違う出版社なのだが、書いてる内容が真逆だ。
片方では評判の悪いブン屋を虚仮下ろすような記事を。
具体的には女であることを利用して薄汚い手段でネタを取ってたりして、
業界でも評判が悪くヤバイ連中に目をつけられたのもしゃあないという論調。
もう一方の雑誌ではブン屋の擁護だ。
内容を見るにフリーの記者だったらしいが、垂れ込み先としてお得意様だったのかもな。
だからなのかブン屋を擁護し、彼女をディスってる雑誌を批難する内容がミッチリと。
「誌面を使ってのレスバトルたあ、確かに面白いな」
「じゃろ?」
っとと、そろそろ焼けて来たな。
「よっと」
よしよし、良い焼き色ついてるじゃないの。
「ほら、そっちも」
「え……いや、でも……その、崩れそうなんですが……」
「それはそれでご愛嬌。モノがモノだけに多少崩れても普通に食べられるから安心しろよ」
そう言ってやったが、アーデルハイドの顔色は優れない。
過去の経験から失敗に対してトラウマ抱いてるのは分からんでもない。
けど、お好み焼きが上手く焼けるか程度で腰が引けてるのは如何なものか。
「コツ教えてやるから、やってみろって……な? やれ」
「は、はい!」
「イメージ的にはあれだ、支点を決めてな。そこを軸に倒すような感じでやれば上手く行く」
ちなみに伯父さんは既に引っ繰り返している。
勿論、崩れている部分は皆無。実に綺麗なもんだ。
「支点……そこを軸に……」
ぶつぶつとアドバイスを繰り返しながらヘラを持ちお好み焼きに挑むアーデルハイド。
ちょっとやべえ目をしてるのが気になるな。
そこまで本気にならなくても良いのよ?
「! 出来ました! 出来ましたよベルンシュタインさん!!」
キラキラと目を輝かせながら俺を見上げるコイツを見てると……何だろう。
こう、胸の奥にある何かが刺激される。
これは、そう――――
(愛玩の心……?)
昔、近所に住んでた馬鹿犬を思い出す。
叱られてばっかでキューンって凹んでるんだけどさ。
頭撫でてやると凹んでたのが嘘みてえにドヤ顔でハシャギ出すんだよ。
こう、愛嬌があったんだよアイツには。
(ポチ、お前、元気でやってんのか?)
少しセンチメンタルな気分に浸りつつアーデルハイドの頭を抱き寄せる。
そして、
「よーしよしよしよし! よくやったなアーデルハイド!!」
「えへ、えへへ」
アンヘルと庵がじと目を向けているが気にしない。
ハナ子(人名:アーデルハイド)を可愛がることを今は優先したいのだ。
(あー……癒されるのう)
ふと思ったんだが、もしもアンヘルや庵が犬ならどんな名前になるかな?
アーデルハイドは何かもう、シンプルにハナ子で良いけど他二人はどうか。
アンヘルは和名じゃないな。何かお上品な名前になりそう。
庵は……可愛らしい系。さくらちゃんとかそういう感じだな。
嗚呼、何かこんなこと考えてたら犬飼いたくなってきた。
でも飲食店で動物は鬼門なんだよなあ。
「…………お、お前さ。みだりに異性に触れるのは止めろよ。はしたないぞ」
「良いだろ別に。アーデルハイドもアンヘルも庵も俺の女なんだから」
「!? さ、三股!? 正気かお前!!」
ホント初心だなデリヘル明美。
その歳で姪っ子以下の経験しか積んでないとか恥ずかしくねえの?
「お前らそれで良いのか!?」
「まあ、兄様はこういう方ですので」
「誰彼構わずでもないし、ちゃんと愛してくれてるから問題はないかな」
「何か問題がおありですか?」
俺に思うところがないと言えばそりゃ嘘になるだろう。
だが、それを含めてこの三人は俺を選んだのだ。
だったら外野にとやかく言われる筋合いはねえ。
「み、乱れてる……若者の性が乱れてる……!!」
「君は頭が固いねえ」
そういやシャルからその手の苦言を呈されたことはないな。
伯父さんもそうだが、こっちは事情が異なる。
色事の経験が皆無な自分に首を突っ込む資格はないからと口を出さないのだろう。
あとはまあ、伯父さんの性格的に仲良くやってるならそれで良いとも思ってそうだな。
「カール、わし、腹減った」
そしてお前はマイペースだな。
でもうん、そろそろ良い頃合いだわ。
「アンヘル、そっちに温度の調節できるとこない?」
「えーっと……あったあった」
「OK、じゃ保温にしてくれ」
「了解」
「カール、これはもう食べて良いのかい?」
「まあ待て最後の仕上げをするから」
ハケにソースをたっぷりつけてお好み焼きの表面に塗りたくる。
その上から青海苔、鰹節……鰹節もあんのか!?
ちょっと驚いたが鰹節をかけてフィニッシュ。
マヨもあるが、皆初めてだし最初はシンプルなのが一番だろう。
後でこういう食べ方もあるよとレクチャーすれば良い。
「おう、出来たか! ほいじゃあ早速……」
「待て待て。最初の一口は頑張った奴の特権だろ?」
ヘラでお好み焼きを一口サイズに切り取り小皿に乗せる。
ナイフとフォークが用意されているが俺は箸使えるし箸で良いわな。
「ほら、アーデルハイド。あーん」
「「!?」」
「え、あの……」
「頑張ったご褒美だ。最初の一口、その権利はお前のものだよ」
まあそれ言うなら伯父さんもだが……流石は伯父さん。
空気を読んで成り行きを見守ってくれている。
「ほら、早くしろって。冷めちまうぞ」
「…………で、では」
恥ずかしそうに頬を染め、
おそるおそる顔を近付けるアーデルハイドの口の中にお好み焼きを放り込む。
「!?」
その熱さに少々面食らったようだが、猫舌ではないのは知ってる。
はふはふと咀嚼し、ごくりと飲み込む。
「お味はどうかな?」
「とても、とても美味しいです!!」
美味しい物を食べて顔を綻ばせる女の子ってのはどうしてこうも可愛いかね。
ホント、良い笑顔だ。俺もつられて嬉しくなっちまうぜ。
「……次は私も焼こうかな」
「……私もそうします」
「ハッハッハ、可愛い奴らめ。よしよし、後でお前らにもアーンしてやっから覚悟しとけ」
ああ、癒される……バカンスに来てホント良かったわ。
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