おれのなつやすみ⑪

1.おうちにかえろう


「あー……帰りたくねえなあ」


 ジャーシン滞在八日目。

 ようはお帰りになる日で、遊びに行くような時間はない。

 精々が、食べ物などのあまり日持ちしないお土産を買いに行くぐらいだ。

 午後一の列車で帝都に帰らなきゃいけないので、今は荷造りの真っ最中である。


「つーか何だよ。八日とか少な過ぎだわ。どうせなら八月丸々バカンスさせてくれや」

「いや……それは流石に……」


 一緒に荷造りをしていた伯父さんがツッコミを入れてくる。

 俺が帝都に来たばかりの頃から考えるとすげえ進歩だな。

 よちよち歩きだった赤ん坊が拙いながらも歩き始めたような感動を覚える。


「店も……そこまで、閉めるわけにはいかないし…………」

「あー……そういやそうだね」


 常連さんに愛想つかされたらバーレスク潰れちまうしな。

 そういう事情抜きにしても常連さんが俺を、俺たちを待ってくれているわけだし帰らないわけにはいかない。

 伯父さんの料理と酒、俺のトークがバーレスクの売りだからな。


「ところでカール……お客さんへのお土産なんだが…………」

「お菓子で良いっしょ」


 お菓子と言ってもちゃんと小分けにできるやつな。

 イメージとしてはクッキーが入った小袋だな。

 ああいうのを帰り際に無料で渡すような感じが良いと思う。

 俺がそう指摘すると、伯父さんは成るほどと頷いた。


「それなら……幾つかお菓子を買って……その詰め合わせという形にしようと思うんだが……」

「おー、良いねえ。ラッピングはこっちでやらなきゃいけないのがちと面倒臭いが」

「……まあ、それぐらいはな…………」

「他に何かある?」

「そう……だな……詰め合わせは二種類用意した方が良い……だろう」

「二種類?」

「ああ……甘い物が苦手な人も居るだろうしな…………」

「あー、そこは気が回ってなかったわ」


 酒飲みには辛いもの好きが多い。

 で、その中には甘い物が苦手って奴も居る。

 注文の傾向を見れば、そういうのは大体分かるものだ。

 そういう人にクッキーやらキャンディーなんかの甘い物を配っても嫌がらせにしかならない。

 だから伯父さんは二種類用意した方が良いと言ったのだ。


「となると……乾物系かな?」


 伯父さんがコクリと頷く。

 酒のつまみに干物なんて、鉄板も鉄板だからなあ。

 ジャーシンは海鮮類が名産の一つだし干物もさぞや美味かろう。


「…………幾らか、気になったのを食べてみたんだが……外れがないぞ……」

「それはそれは」


 俺も自分用に買って帰ろうかな。

 自分用に買ってく土産の中に菓子類は入れてたが……干物もありだよなあ。

 むしろ、何故思いつかなかったのか。海辺の街だぞジャーシン。

 滞在中は散々海産物だって食べたのに。


「あ、そうだ伯父さん。ご近所さんには買ってかなくて良いの?」


 アパート住まいだからな、隣人とか大家さんと付き合いも――――


「…………お、俺は……その……あまり、話もしないから……」

「…………だよね」


 ご近所付き合いはハードルたけえわな。

 普通に暮らしてれば普通に付き合いも生まれてくるが、伯父さんだからな。

 会釈ぐらいはしてるだろうけど、世間話とかはしませんよね、はい。

 向こうも伯父さんのような相手だと話しかけるのも躊躇うだろうし。

 ロクに面識もない相手からお土産貰っても困惑するわな。


「そ、そういうカールは……どうするんだ……?」

「俺? そうだね、スラムのガキどもにお菓子か何か買ってくつもりだよ」


 ああ、スラムのガキって表現はちょっと違うか。

 アイツらも今じゃ孤児院に入ったわけだし。

 いやでも、孤児院はスラムの近辺にあるわけだからスラムのガキでも良いのかな?


「後は公園で偶に駄弁る少年にもだな」


 時折、愚痴聞いてもらってるし礼儀は通しておこう。

 未だに名前も知らねえけどな!


「そうか……金は足りるか? 小遣い出そうか?」

「平気平気。懐には余裕があるから」

「……本当に? その……恥ずかしいが、そこまで大した給金は払ってないし……」

「家賃食費光熱費が実質無料なんだし貯金は増えてくばっかだよ」


 あとはまあ、臨時収入もあるしな。

 そもそもの帝都を離れた理由を思い出して欲しい。

 カスどもが迷惑も考えず大はしゃぎしてるから俺らはリゾート地に避難してきたのだ。

 情報を仕入れてから、帝都を発つまでにも散々カスどもに絡まれた。

 奴らにとっての本番が近付く度に絡まれる頻度が多くなったんだよなあ。


(かと言ってあんなカスどものために俺が外出を控えるのは癪だしな)


 だもんで絡まれる度、身包みを剥いでやったのさ。

 綺麗な金ではないが、迷惑料だ迷惑料。

 迷惑を被った俺が受け取って然るべきものである。

 無論、俺の周囲の人間に火の粉がかからんようキッチリ型に嵌めた上で徴収している。

 その中で以前銭湯で出会った禿や他のヤクザとも縁を深めたが……まあそれは余談か。

 迷惑料の大半は孤児院に寄付したが、幾らかは懐に入れている。

 そのお陰で豪遊するには心許ないが、ちょっとした贅沢を出来る程度には余裕があるのだ。


「……そうか? だが……足りないなら遠慮はするなよ……」

「うん。それじゃ、土産買いに行こうか」

「……そうだな」


 土産を買いに行くと言っても街まで出る必要はない。

 ホテルに土産物屋があるからな。

 手抜きじゃない? と思われるかもしれないが、そんなことはない。

 ホテルに併設されてる土産物屋ってのは定番――つまるところ、外れが少ない物が殆どなのだ。

 仲の良い友人や家族なら駄目だった時もネタに出来るから冒険しても良いんだがな。

 今回買う土産はそういう物じゃないので手堅く行くつもりだ。


(それに、高級ホテルだからな)


 そこらも手は抜いてないだろうし安心感が違いますよ。

 そういうわけで伯父さんと一緒に部屋を出たのだが……。


「…………ごめん伯父さん、先行ってて」

「カール?」

「ちょっと用事あったの忘れてたんだ。遅くなるようだったら、先に切り上げてて良いからさ」

「分かった……じゃあ、先に行ってるぞ」


 まだ朝だし、時間はあるけどさあ。


(っとに、しゃあねえなあ)


 若干不機嫌になりつつ非常階段へと向かう。

 すると、そこには予想通りティーツと明美が居た。


「おう、来たか」

「はー……一々殺気飛ばすなよ。用があるなら普通に部屋を訪ねろよ……」

「ワッハッハッハ! すまんのう」


 この馬鹿笑い、クッソムカつく。


「それで? ここ数日見かけなかったが進展があったのか?」

「ああ、昨日アダムが目覚めた」


 壁に背を預けていた明美が答える。

 何かクールな振る舞いしてるけど、中身ポンコツなの知ってるんだからな。

 むしろ滑稽だわ。


「それで? あの爺さん、やっぱ自殺するつもりだったのか」

「「……」」


 二人が驚いたように目を見開く。

 だが、俺に言わせればそれぐらいの予想はつくってもんだ。


「……ああそうじゃ。調査隊の大半が戻って来なかったことで自責の念が限界を迎えたらしい」

「それで自分の足で洞窟に向かって自分も死のうとしたんだろ?」


「ああ、じゃが思う通りに事は運ばんかった。

寸前でな、助けられたのよ。代々あの蛇の封印を守護する者にな」


 封印を守護する者、ねえ。


「詳しいことはアダムも聞かされとらんようじゃが、あの蛇は元々葦原由来のものらしい」

「葦原の? するってーと……」


 ジャーシン成立に深く関わった葦原人の集団。

 彼らは新天地を求めていたわけじゃなくて、あの蛇を封印する場所を探してた可能性が高い――いや、十中八九そうだろう。

 何らかの事情で蛇を葦原には置いておけなくなった。

 ゆえに大陸へと渡ったが、既に人の手が入った場所だと安心できない。

 それで開拓地に目をつけたのかもしれん。

 一から成立に関われるし、開拓地なら集団で根を下ろしても怪しまれないからな。


「恐らくはそうなんじゃろう。あの祠も元はそ奴らが作ったもんらしい」

「ああ……道理で」


 魔法陣っぽくなかったもんな。

 メリルもそう言ってたし、あれは恐らく葦原固有の術なんだろう。

 日本のような立ち位置だし多分陰陽術とかそういうアレかな?


「大空洞へと続く祠も元々は確認のためのものだったそうじゃぜ」


 蛇がちゃんと封印されているか。

 封印の術式か何かに異常はないか。

 そういう用途に使われて――――いや待て、だとしたらおかしくねえか?


「なら何であの洞窟で行方不明者が出てんだよ?」


 行方不明者はほぼ全員、あの蛇への供物とされたと見て良いだろう。

 だが祠は限られた者にしか使えないはずだ。

 俺は何でか使えたけど……まあ今はそこは置いといて。


「つかそもそも封印を守護する連中は何をしてたんだ?」


 過剰に洞窟への入り口を固めなかった理由は分かる。

 下手に厳重に固めちまうと、何かがあると喧伝するようなものだからな。

 人手って理由もあるだろうし、そこは理屈がつけられるんだ。

 でも、アダムや幽羅が蛇を復活させるために動いてたのは明白だろ。

 蛇に餌与えて元気にしてたんだから普通は気付くよな?

 それに、いざ蛇が復活した時もそう。あの場に居たのは俺らだけだったぞ。


「封印が完全じゃなかったのさ」


 明美が吐き捨てるように言った。


「どういうこった?」

「あの蛇は封印こそされたものの完全に外部へ干渉出来なくなったわけじゃねえ」


 曰く、あの蛇は洞窟に踏み入った人間に瘴気でマーキングをするらしい。

 そして瘴気にあてられた者は精神の均衡を崩し、

 あの蛇の狂信者に成り果ててしまうのだと言う。


「マーキングをつけられた奴は祠を起動させることが出来るようになって……」

「自らの意思で餌になりに行く、か」

「そういうこった」

「なら、封印を守護してた連中も……」


「そいつらは少し違う。役目が役目だからな、そう簡単に操られることはねえ。

だから蛇は違うアプローチをした。

精神に干渉するのは同じだが、一滴一滴、少しずつ毒を染み込ませるようなやり方だ。

なあ、自分の一生を辺境で化け物を見張るために捧げることを心底から納得できるか?」


 それは……ああ、そういうことか。

 嫌気が差して自ら役目を放棄するように仕向けたのか。

 露骨に操ろうとすればバレるが、自分の意思で去ったのなら戻る可能性は低い。


「そうだ。まあ順序としてはそっちが先だな」


 それはそうだろうな。

 守護者は定期的に自分とこへ来るわけだし。

 餌になりそうな人間もいただろうが、元は辺境の田舎町。

 人が居なくなれば気取られる可能性が高い。

 安心して餌を取るにはある程度守護者を減らさなきゃな。


「蛇の目論見は成功した。

アダムらがガキの頃には封印を守護する家も二つ、三つに減ってたそうだ」


 なるほどな。

 それならしょうがないわ。誰が悪いわけでもないので文句を言うこともできない。

 ああいや、悪いのは蛇か。


「でもあの蛇はぶち殺してやったし……クソ、もっと甚振ってから殺すんだったな」

「話を戻すぞ」

「お? ああ、すまん。それで守護者の数が減っていった理由は分かったが……」

「察しの通り、今ではもう誰一人として存在しない」

「だよな」


 一人でも残ってたら蛇との戦いに参戦して来ただろうし。


「アダムを助けた男が最後の守護者だった」

「それはまた」

「そしてその守護者は”真っ当”ではなかった」

「真っ当では? おい、それって……」

「そう、その守護者の精神もとうに汚染され切っていたのさ」


 さ、最悪じゃねえか。

 仮に最後の守護者が生きていたら邪魔が入ったこと間違いなしじゃん!


「幸運であり不運だったのは、その男が慎重で頭の足りない人間だったことだろうな」


 慎重で頭が足りない――ああ、つまり行動に移せなかったわけだ。

 仲間が居れば話は違っただろうが、一人だけだもんな。

 どうしても尻込みしてしまうだろう。

 一人でもやれることはあると思うが、頭が足りないので思いつくことはなかった。


 成るほど、確かに幸運だ。


「不運ってのは……」

「そう、ブレインを手に入れちまったのさ」


 それが瘴気にあてられたアダムってわけだな。

 ジャーシンの開発に乗り出せる時点で、相応の成功を収めていないと不可能だ。

 相応の成功を収められる商人なんてのはブレインとしては申し分ないだろう。


「更に不運なことに男は使われる側としては十分な能力を持っていた」

「うわあ……」

「自身の記憶を消す――いや、封じるのもその男にやらせていたらしい」


 悪事を行う人間ってのは当然、証拠を隠蔽しようとする。

 だがどうしたって詰めるのが難しい部分が存在する。

 そこを埋めるためにアダムは自身の記憶を封じたのだろう。


 具体的に説明しよう。

 後ろめたいことをやっていればどうしたって変化が生じちまうんだよ。

 どんなに嘘が上手な人間でも、限りなくゼロに近付けることは出来てもゼロには出来ない。

 だが記憶を封じ、悪事に関わっているという自覚を失くせば?

 優秀な手足がなければ不可能な芸当だが……。


「最悪の巡り合わせだな、ホント」


 使うことが上手な人間と、使われることに適正のある人間。

 真っ当なことをする上では素晴らしい組み合わせなんだがなあ。


「幽羅は男が連れて来た後釜らしいが……」

「ああ、アイツだけは何か別の意図があったんだろうな」


 アイツの言動を振り返ればそれは明白だ。

 蛇――神を復活させるって目的は一緒。

 だがそれは狂信からではなく、何か別の目的のためだろう。

 その証拠に、俺に蛇をぶっ殺されても驚くだけで悲嘆に暮れた様子は微塵もなかった。


「とりあえず、今判明してる情報はこんなとこだ」

「ああ、わざわざどうもな」

「アダムの協力も得て、これからも調査は続行するつもりだが……一つだけ」

「あん?」


 明美はこれまで以上に真剣な顔を作り、こう告げた。


「……あの娘――庵のことをしっかり護ってやれ」

「は? 何で急に庵が……」

「あたしから言えるのはそれだけだ。行くぞ、ティーツ」

「あいよ。新しい情報が入ったら知らせるけえ、またな!!」

「あ、ちょ!!」


 制止する暇もなく二人は去って行った。


「ったく……アイツら……」


 コメカミを押さえ、溜め息を吐く。

 庵、庵だと? 庵が今回の一件に関係してんのか?

 もしそうなら、それは庵の母ちゃんが殺された件にも……いや、今考えてもしょうがねえな。

 情報が足りなさ過ぎる。


 だが庵を護ることに関しては言われるまでもないさ。

 俺は俺の大切なものを手放す気は欠片もない。

 何があろうとも、誰にだって傷付けさせはしねえ。

 手を出そうってんなら相手になってやる。


「例え世界や神が相手であろうともな」


 それは、それだけは今世いま前世むかしも変わっちゃいない。


「……っと、いかんいかん」


 折角の楽しい旅行。

 その帰りしなに剣呑な空気纏わせてちゃ最後の最後で台無しだ。

 頭を振り、気持ちを切り替える。


「そう言えば……」


 ふと思ったんだが、初日に戦ったあの鮫。

 ひょっとしてあれもアダムみてえに蛇の影響を受けてたんじゃねえのか?

 あの不死身っぷりを考えるに――――


「ああ、そういや一つ言い忘れてた」

「うおわ!?」


 明美がひょっこり姿を現す。

 シリアスな感じに去っといてそりゃねえだろ。


「お前とティーツが戦ったあの鮫な。蛇とは何ら関係がないみたいだぞ」


 え。


「だから安心しろ。じゃあな」


 今度こそ明美は去って行った。

 え? 関係ないの? あんだけ共通点あるのに?


「……それならあの鮫、何なん?」


 全然安心できないんですけど。

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