おれのなつやすみ③

1.鮫鮫鮫


 ホテルに荷物を置いた俺たちは、休憩もそこそこにビーチへと繰り出した。

 伯父さんは歳が歳だからか、もう少し休んでから来るそうな。

 というわけで今、俺はビーチにある更衣室で水着に着替えてるんだが……。


「……何でお前も居るんだよ」

「わし、ガイドじゃからのう」


 似非ガイドの間違いだろうが。

 存外、真面目に勉強してきたみたいだから仕事はこなせるみたいだけどさ。

 それでも正規のガイドではないだろお前。

 いやまあ、まったく知らないガイドさんだと気を遣うからティーツで良かったと思わなくもないが。


「それに、久しぶりにカールと遊びたかったからのう」

「まあ、地元に居た頃は毎日のようにお前らと遊んでたからなあ」


 ま、それはそれとしてだ。


「…………お前、俺の女に色目使ったら鮫の餌にすんぞ」

「おんしの女て……庵のお嬢ちゃんはともかく他二人はのう……」


 他二人が何だってんだ。


「瘴気を感じる」

「瘴気て」


 アンヘルとアーデルハイドは妖怪か何かかよ。

 でも畜生、微妙に否定し切れねえな。

 そこはかとなく目には見えない闇の住人臭がするからな、アイツら。

 助けて地獄先生!


「見てみい、わしのレーダーがビンビンじゃ」


 ティーツが自身の頭から伸びているアホ毛を指差す。

 お前はキ●ローか何かですか?


「ちゅーか、カールが連れとる女はどれもわしの好みからは外れとるし」

「お前の好み……って何だっけ?」

「そういや言ったことなかったか」

「おう。よくよく思い出すとお前とは猥談した覚えがねえ」


 海パンに着替え終え、ビーチへ向かう。

 照りつける夏日差しを浴びてキラキラ輝く海面、活気に溢れた砂浜。

 うーん、如何にも夏って感じですねえ。


「しゃあないのう。ほいだら三択じゃ」

「いや良いよ。別にお前のタイプとかそこまで気になるわけじゃないし」

「興味なさ過ぎか! もっと興味を持て! 友達じゃろ!?」

「友達の下半身事情なんざ死ぬほど、どうでも良いわ」

「そのどうでも良い事情を酌んで部屋を用意してやったわしは何やねん」


 チッ、しょうがねえなあ。

 聞いてやるからさっさと答えだけ言えよ。


「ババア」

「え」

「三十後半から五十ぐらいの女が一番、そそる……そうは思わんか?」


 一緒に歳取ってくならまだしも、スタート地点でそこはちょっと……。

 というかお前年上好きだったのか。


「いや、美味そうに見える女の大体がそれぐらいの年齢しとるっちゅーだけじゃ」


 だから年上好きだろ?

 違うの? 違うとしても俺は深く突っ込まないぞ。

 そういう性癖のこだわりって、語り始めたら長くなるからな。


 ――――んん? ちょっと待てよ。


「ひょっとしてお前、デリヘル明美とデキてんのか?」

「なわけあるかい」


 あ、駄目なのか。

 年齢的にはOKだと思ったが……ってそうだよ、デリヘル明美だ。


「あの女とは別行動なのか?」

「んにゃ。アイツもダグーンビーチに来とるぞ」


 キョロキョロと周囲を見渡し始めるティーツ。

 一体何を……と思ったのも束の間、おお! と大声を出す。


「見つけたぞ。ほら、あそこあそこ」

「あん? 一体どこに……」


 ティーツの示した先では一組の若いカップルが並んで歩いていた。


「りっくん、それ美味しそうだね。一口ちょーだい♪」

「良いよ。じゃあ、アンナのも食べさせて。あーん♪」


 うーん、これは見事な馬鹿ップル。

 若干イラつきはするが、同時に、敬意も抱いてしまう。

 観光地で浮かれ気分なんだろうが、ああも堂々と恥ずかしいイチャつき方をされるとな。

 ってそうじゃない。


「どこにも居ないじゃねえか。まさかあのカップルの片割れがデリヘル明美とでも?」

「違う違う。ほら、アイツらの後ろ後ろ」

「ん?」


 言われて彼らの数十メートル後ろに視線をやる。

 何やら砂塵が上がって……あ。


「きゃっ! な、何?」

「つむじ風か何かか?」


 カップルの間を”風”が通り抜けて行った。

 その”風”を視認出来た者はさて、どれぐらい居るのやら。


「明美なら昨日からああして元気にカップルの邪魔をしとるわい」

「新手の妖怪か何かかな?」


 わざわざクッソ高度な隠行してまでやることかよ。


「…………つーか、アイツまで一緒ってことは……やっぱ何かあるんじゃねえのか?」

「疑り深い奴じゃのう」

「疑われるようなことやるお前らが悪い」


 おめー、義賊だなんて言われてるけどな。犯罪者は犯罪者だぞ。

 社会的信用ゼロだぞ、クレカも作れねえし免許も取れねえわ。

 いや、この世界にクレカないけどさ。


「まあ、仕事があるっちゅーのは否定せん」

「やっぱり!」


 誰だ? 誰を殺る気なんだ?

 そしてそれに俺を巻き込む気なんだな?


「そがなことはせんわ。変に反発を生む勧誘はご法度じゃい」

「前に一回したけどな!」

「前に一回したからじゃ」


 俺の機嫌を損ねたくない、と。

 つーか、コイツら……何でそこまでして俺を組織に入れたがるのか。

 俺より強い奴なんて探せば他に幾らでも居るだろうに。


「わしや明美、他のメンバーもそうなんじゃが……」

「?」


「多分、ここぞという時に運を引き寄せられるようなのが一人もおらん。

基本的に幸薄い奴ばっかりじゃからのう。じゃが、カールは違う。

そりゃあ実力だけで言えば、わしよりも強いが明美や他の面子なら十分おんしを倒せるじゃろうよ。

が、本気で敵対したなら最後に立ってるのはおんしじゃって確信があるのよ。

天運とでも言うべきか、最後の最後に運を含む色んなもんを巻き込んで盤面を引っ繰り返しに来る”何か”」


 俺にはそれがあるってか?

 そう言われると、まあ悪い気はしないな。


「そがな奴を味方に出来たら心強いこと極まりない」

「ヘッ……おだてたところで俺ぁ酒場の店員を辞めるつもりはねえからな」


 ところで喉渇いてない? ジュースとか飲む? 奢るよ?


「後はまあ、一見馬鹿そうに見えて思慮深く本質を外さんとこもじゃな。

おんしの”目”は恐ろしいほど冴えとる。今でも覚えとるぞ、カールの言葉」


 俺の言葉?


「”何せ泣いてる奴の涙を拭うってことは、その悲しみに触れるってことなんだからな。

悲しみに触れ続けてりゃ心がおかしくなる。その内、自分が涙を流す側になっちまう”」


 !


「”自分もどっぷり闇に浸かる覚悟がないんなら不幸になるだけだ”――耳が痛かったのう」


 あー! あー!


「あの時の言葉があったからわしは……」


 聞こえない聞こえない! 聞こえませーん!!


「じゃがまあ、急いては事を仕損じる。カールの勧誘はじっくり腰を据えてやるつもりじゃ」

「やるな」

「ガッハッハ! しかし、海はええのう。海を見とると小さな悩みなんぞどうでも良くなる」


 聞け、俺の話を聞け。お前、そういうとこだぞ。


「ああそうそう。仕事の話じゃが、おんしが考えとるようなことじゃないぞ」

「? 人斬りが人斬らないで何すんだよ」

「人斬りも業務に含まれとるがメインは義賊じゃし」

「じゃあ何? こんなお気楽な観光地に人助けにでも来たわけ?」

「人助けっちゅーか……恩返しじゃな」


 恩返し、ねえ。


「明美も今でこそ、あれだけの力を持つし世情にも詳しいが、最初からそうだったわけじゃない」

「ま、そりゃそうだろうな」


 どういう事情でかは知らんが葦原を飛び出してこっちに渡って来たわけだからな。

 こっちで葦原の情報が手に入り難いように、向こうでもこっちの情報は手に入り難いはずだ。

 最初は相当苦労したんじゃないかね。

 要領が良い人間なら、どこででもやってけるだろうが……話した限り、アイツ、ポンコツっぽいし。


「そん時に世話になった爺さんがおってのう。最近、訪れた場所でその爺さんと再会したんじゃ」

「それはまた……」


 昔世話してやった娘が、今じゃ世間を騒がす大義賊に。

 俺がその爺さんだったらどう反応して良いか分かんねえや。


「本来なら変装を解くべきじゃあなかったんだが、あれで中々義理堅くてのう。

普通に素顔を晒して爺さんに礼を言うんだから……っとに、困った相棒じゃあ」


 口ではそう言っているが、ティーツは嬉しそうだ。

 まあ、ティーツの性格的にはむべなるかな。

 不利益を被ろうとも義理を通す、如何にもコイツが好きそうな話だ。


「その爺さんはどうしたんだ?」

「何も」


 短い言葉。

 だが、ティーツの満足げな顔から察するにその爺さんも中々酔狂な人間っぽいな。


「明美は昔の恩を返したい、何か困ってることはないかっちゅーてな」


 いよいよ本題か。


「したら、昔の心残りについて話してくれてのう」

「心残り?」


「うむ。件の爺さんはジャーシンの出身なんじゃわ。

観光地として栄える以前のド田舎の方な。

クソみたいな故郷に嫌気が差していたのと”ある事件”のせいで、

ジャーシンを飛び出したんじゃが、そのことをずっと悔いとったらしい」


 ”ふるさとは遠きにありて思ふものそして悲しくうたふもの”。

 俺もティーツもふるさを思い返すにはまだまだ若過ぎるが、その爺さんにとっては……。


「ある事件ってのは?」


「うむ、ここらには昔から存在する心霊スポットみたいなとこがあるんじゃわ。

何じゃったかのう、大昔の神様を祀っとる洞窟で入ったら呪われるだとかそういうアレ」


 ああ、あるある。そういうの。

 俺らの地元にもその手の肝試しスポットあったよな。


「爺さんがジャーシンを飛び出す少し前にな。

夜中に親友二人とそこに肝を試しに行ったらしいんじゃ。

洞窟は広いし暗いしで、最初こそはしゃいどったが段々怖くなってきたそうな。

じゃが、途中で友達の一人がはぐれてしもうてのう。

爺さんともう一人の友達は必死ではぐれた友達を探したらしい」


 何となーく、話の流れが見えてきたな。

 多分、そのはぐれた友達が心残りの原因だろう。


「が、時間が経つにつれどんどん恐怖が大きくなって二人は逃げ出したんじゃ。

大丈夫、アイツは先に家に帰ってる。

はぐれたんじゃない、自分たちは置いていかれたのだと自分に言い聞かせながらな」


「……帰っていなかった?」

「うむ。一日経っても、一週間経っても、一ヶ月経ってもその友達は帰って来んかった」


 多分、誰にも言えなかったんだろうな。夜中に肝試しに行ったこと。

 往々にしてその手の場所は普段から侵入が禁じられているものだしさ。

 だとすれば、そりゃ言えんわ。

 年齢に言及してなかったが、多分、十代半ばから後半ぐらいだろ?

 正直に話せってのはハードルが高いよ。


「爺さんともう一人の友達は故郷を飛び出した。

互いに別々の場所に行って連絡を取ることもなかったらしい。

そうして月日が流れ、罪の記憶も風化しかけておった時……逃げ出した友の名を聞いた。

商人になっておったその友が、私財を投じて故郷を再生させたことを知ったのよ」


 それって……おいおい、行きの電車で庵に話したアレかよ。

 だとすれば件の商人が私財を投じて開発に臨んだのは、


(……行方不明の友達を探したかったから?)


 故郷を想う心だけではない。

 罪悪感もあったのだとすれば、成功する見通しのない事業に金を投じたのも納得がいく。

 生きて見つかるとは思っていない。

 それでも遺体、ないしは遺品ぐらいはと、そう考えて……。


「まあ、察しの通りよ。じゃが、爺さんも中々踏ん切りがつかんくてな。

一度は一緒に逃げた、だが友は時を経て故郷へと戻った。

忘れておらんかった、自分が忘れようとしていたけどアイツは……合わせる顔がないってのう。

そうこうしてる内に、更に時間は流れて今じゃあ日常生活を送るのがやっとってぐらい老いちまった」


 もう長くないんだろうな、その爺さん。


「自分がくたばる前に友人から話を聞いて来て欲しいと頼まれたのよ」

「……成るほどねえ」


 例の商人は今じゃかなりの大物だ。

 真っ当な手段じゃ会うのも難しいが、ティーツとデリヘル明美なら話は別だ。

 屋敷に忍び込むなり何なりして対面することも出来るだろう。


「後、頼まれたわけじゃねえが、わしと明美の二人で洞窟を探索してみようとも考えとる」

「何でよ?」


「調べてみるとな、例の商人はやっぱり洞窟に人をやっておった。

結構な人数を送り込んだそうじゃが大半が戻って来んかったそうなのよ。

んで、戻って来た奴らが言うには妙な唸り声を聞いたとか恐ろしい影を見たとか。

トラウマが刺激されたのか商人は速攻で洞窟を立ち入り禁止にしおったのよ」


 ああ、ロクに探索が出来なかったのなら自分たちがってことね。

 確かに件の洞窟にヤバイモンスターが住み着いていたとしても、

 ティーツとデリヘル明美ならそうそう遅れは取らんだろう。


「遺体や遺品が見つかるとは思っとらんが……」

「化け物を退治して、せめてもの弔いにってか?」


「うむ。じゃが、ちょいと面倒な場所にあってのう。潮の関係で普段は海中に沈んでおるのよ。

別に素潜りでもそこそこ息は続くが、居ると思われるモンスターがどれ程のもんか分からんからのう」


「まだ踏み込めていない、と」

「おうさ。次に潮が引くのは明後日じゃ。つーわけで、そん時はガイドもお休みさせてもらうけえ」

「良いよ良いよ。好きにやんな」


 まあ、何だ。

 悪徳貴族やら悪徳商人、その他屑どもを殺るって話なら嫌だけどさ。

 お前にはここに招待してもらった恩もあるし、ちょっとぐらいなら手伝ってやっても良いぜ。


「……男のツンデレかあ……気持ち悪いのう」

「殺されてえのかテメェ!?」


 一瞬で怒りの沸点を超える俺であったが、それは即座に鎮火することとなった。

 何故かって?


「お待たせ、カールくん」

「申し訳ありません。水着など初めてなものでして、手間取りました」

「兄様、上手く着られていますか?」


 そりゃ待ちわびていたものがやって来たからさ。


「うむ……うむ……うむ!!」

「あの、兄様……目が、目が性犯罪です」


 目が性犯罪!?


「というか、水着より……その、激しいものを何度も見ているのに……」

「分かってねえなあ庵。男の下心ってのはな、気持ち悪いぐらい細分化してんだよ」


 水着、下着、全裸。

 それぞれに対する欲情が重なることはない。

 水着には水着のエロさがあるし、下着には下着のエロがある、裸には裸のエロが。

 皆違って皆良い、誰が言った言葉か知らねえが至言だよ。


(まずはアーデルハイド……)


 三人の中で唯一のロングヘアーだからな。

 だからこそ、浜辺でのモードチェンジが見られる。

 飾り気のない白のリボンでアップにした今の髪型はかーなーり、GOOD。

 普段は露出のないフェチ心をそそるうなじが晒されているのが堪らん。


(水着……敢えて水着選びに同行しなかって正解だったな)


 私服とか見てても、あまりセンスはなさそうだったからな。

 必死で考えたのだろう。少しでも俺の目を愉しませようって。

 黒のクロスワイヤー、食い込みとが若干えぐく、布面積も小さめ。

 まあ普通にエロい。だが俺が着目すべきはそこじゃない。

 こういうことに疎いアーデルハイドが背伸びした感をこそ、俺は評価したいね。

 コイツ、下着とかも色気ないからなあ。下着に下着としての機能以外求めてねえんだ。

 だもんで水着も機能性重視になるかと思ってたが……頑張ったな、頭を撫でてやろう。


「あ、あの……ベルンシュタインさん?」


 なでなで。


(次はアンヘル――コイツはホント、分かってんな)


 予想を違えずワンピースタイプの水着をチョイスしたアンヘル。

 この手の水着は露出が少ないつっても背中だったり臍だったり、脇腹、太もも、首元から胸の間にスリットが入ってたりして露出があったりするものなんだ。

 だが、アンヘルが選んだコイツはどうだ? その手の露出は皆無。

 丈もなげーし、何なら普通のワンピースに見えなくもないぞ。


 ――――そう、ある一点を除いてはな。


 ワンピースの色は白、そう”白”なのだ。

 白ってのは透ける。そうならないように気を遣ってるのもあるが、この白は透ける白だ。

 だが、ただ透ける白じゃない。俺の劣情を誘う計算された透け方をさせてやがる。

 秘する部分は鉄壁で、しかし見せる部分は大胆な透け方を。この緩急がたまらん。

 分かり易い露出ではなく透け肌という変化球で攻めて来やがるとは……。


(やはり天才か……)


 夜の総合格闘家、その異名は伊達じゃねえな。

 やっぱすげえよアンヘルは。


「アンヘル」

「はいはい」


 とてとてと近寄って来たアンヘルの尻を撫でる。

 なでなでと、慈しみを込めて撫でる。


(何かもう、お腹いっぱいだよな)


 でも、メインディッシュがこの後に控えている。

 優劣をつける気はないが、それでもな。

 物が物だけに思い入れが違う。何せ、俺の手作りだからなあ。


「庵」

「は、はい」


 急に名を呼ばれ背筋を正す庵。

 安心しろ、何も叱ろうってわけじゃない。むしろその逆さ。


「――――パーフェクトだ」


 深い紺色の旧型スクール水着。

 これは俺の持論なんだが、変にカラフルなのはスクール水着でも何でもねえ。

 紺色こそがスク水なんだよ、俺にとってはな。

 野暮ったくて、女子からすればそりゃ不満だろうさ。

 そんな不満を汲み取って捌け口とするべく色を用意したんだろ? でも駄目、分かってない。


(学校という、縛りありきの良さってもんがあるだろうに)


 地味な紺色こそが学校”らしさ”を示す重要なポイントなんだよ。

 っと、スク水についてのこだわりは一旦置いておこう。

 今賞賛すべきはスク水を纏った庵だろう。


(青い小鳥は、ここに居たんだな)


 なだらかな庵のペッタンボディにピッチリと張り付く紺の布地。

 エロだけを求めるならビーチクが浮かび上がるような小細工をしただろう。

 だが俺はそんなことはしなかった。

 性を感じさせる要素は排除した生真面目な作りをしたと自負している。

 胸元のゼッケンも完備だぜ、ちゃんと平仮名で”いおり”と書いたぜ。

 いや、最初は苗字の”くしなだ”にしようかとも思ったんだが、あんま馴染みないしな。

 庵も櫛灘庵と本名を名乗ることは稀で、基本は庵としか言わない。

 だから”いおり”とさせてもらった。中学生ぐらいの年齢なら漢字使ったが、小学生だからな。

 いや、年齢的には高学年だから漢字でも良いんだろうけどさ。


(昔から使ってますよ、的なね。そういう空気を醸し出したかったの)


 我ながら良い仕事をしたもんだぜ。

 頑張った甲斐があった。

 これを作るためにどれだけの金と時間が吹き飛んだか。

 スク水の素材であるナイロンやポリエステルに近い布を探すのには苦労したな。

 ようやく見つけても、裁縫なんてやったことなくて最初は失敗だらけで……あ、あぁ!?


(あ、あ、止めて庵……お、お尻の……お尻の食い込みを直す仕草は卑怯だよ!!)


 天然でそんなことやらかすとか何て恐ろしい子なんだ!

 でも、何が何でも見たかった光景の一つが見られたよ。


「ありがとうございます」

「な、何て綺麗なお辞儀……というか何のお礼ですか……」


 後はお腹の部分をめくり上げて水を出す仕草だな。

 それが見られたら概ね、スク水を作った目的は果たしたと言えるだろう。


「――――っし! じゃあ、遊ぶか!!」

「おい、私には何かないのかい?」

「シャルはどうでも良いや」


 いや不思議。

 ホント、ツラも身体も悪くはないのにね。

 コイツから性を感じられない。

 別の男に惚れてるからとか、そういうあれじゃないぜ。

 だって普通に、ビーチに居るカップルの女ガン見してクフフってなるもん。

 ただコイツだけは……何でだろうなあ。


「ちゅーか、最初から気になっとったんじゃがこの女……」

「おっと、そこまでにしてもらおうか。君も面倒は避けたいだろう? 相方にもそう伝えてくれよ」


 ? どうしたよティーツ。

 ひょっとして、お前、そいつがアリなのか?


「悪いがシャルは伯父さんにホの字だから……」

「ちゃうわい。しかしカール、おんしホント……いや、もうええわ」


 呆れたようなティーツにイラっと来たので即ハイキック。

 あっさり回避されたのがまたムカつく。


「それよりカールくんどうするの? 泳ぐ?」

「うーん、それも悪くないが……」


 人、クッソ多いんだよな。

 リゾート地で、時間帯的にも今がピークだからしょうがないと言えばしょうがないんだけどさ。


「泳ぐのはもうちょい、人がはけてからにしようぜ」


 夕暮れを眺めながら水遊びってのも悪くはないと思うの。


「だから今は……そうだな。砂で城作ろうぜ! 男チームと女チームに分かれて!!」

「え、わしそんな幼児みたいなことせにゃならんの?」

「久しぶりに俺と遊びたかったんだろ? 付き合えよ」

「えー……わし、競泳とかビーチボールだと思ってた……」


 文句は受け付けません。


「ちなみにあれな、アンヘルとアーデルハイドは魔法なしな」


 魔法使われるとクオリティじゃ絶対勝てない。

 とはいえ、それだと不公平だから女チームにして人数で有利になってもらったのだ。


「勿論」

「あ、駄目なんですか」

「当たり前だろ。俺とティーツも気は使わん」


 素の身体能力のみで勝負するつもりだ。

 だからまあ、トントン――若干俺ら不利ってとこかな?


「しかしカール、勝敗はどうやって決めるんだい?」


「伯父さんに審判してもらおうぜ。

とりあえず男チームのリーダーは俺、女チームはシャルな。

負けた方のリーダーは勝ったチームにアイスを奢る――どうだ?」


「良いだろう。渚の伝説になるのは私たちだ! 行くぞ、皆!!」

「抜かせやアホが! ビーチの視線は俺たちのものだ! やるぞティーツ!!」


 燃えて来た、これぞ夏って感じだよなあ!


「…………兄様はともかくシャルさん、あれで二十五歳なんですよね……」

「十五歳のわしの親友が実質五歳児みたいなもんだから、まあ多少はね?」


 まずは砂を積み上げて巨大な砂山を作ろう。

 そう思い砂浜に手を伸ばそうとした俺だが、


「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 絹を裂くような女の悲鳴。

 それにつられて、他の観光客たちからも悲鳴が上がり始める。


「さ、さ、鮫だぁあああああああああああ!!」

「しかも何だあれ、かなりデカいぞ!?」

「モンスターなの?!」

「い、いやモンスター除けの結界が貼ってあるからそれはないと思うけど……」

「あ、あれ見て! 子供が!!」


 考えるよりも先に俺は走り出していた。

 右斜め後ろを見ればティーツもいた。

 どうやら目的は同じらしい。


「一人でもやれそうだが……ま、トドメはくれてやるよ」

「そらどうも」


 砂浜を飛び出し、海面を疾走する俺とティーツ。

 視線の先では十歳ぐらいの子供が必死にこちらに向かって泳いでいるのが見える。


「アンヘルッッ!!!!」


 視認から数秒で交差。

 子供を引っ掴んで後ろも見ずに彼を放り投げる。

 アンヘルならばどうとでもしてくれるだろう。

 だから後は、


「お前を片付ければそれで仕舞いだ」

「ッ!?」


 鮫の頭部――より具体的に言うならロレンチーニ器官に素早く拳を叩き込む。

 ここをぶっ叩かれると動きが鈍るのだ。

 すかさずその顎を蹴り上げその巨体を天高く飛ばす。


「後は任せた」

「おうさァ!!」


 少し遅れて跳躍したティーツが鮫の頭上に躍り出る。

 見れば両手には大太刀が握られていた。

 どうやら奴の太刀は普通の武器ではないらしい。


「母ちゃん! 今夜はフカヒレスープじゃぜ!!」


 一刀両断。

 その巨体が真っ二つに別れゆっくりと海面に――――


「「は?」」


 落下する二つに分かれた鮫の身体。

 しかし、じゅくじゅくと肉が泡立ったかと思えば断面が再生し二匹の鮫が生まれた。


「「ぶ、分裂したァああああああああああああああああああああああああああ!?」」


 何これ何これ、え、何これ!?

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