おれのなつやすみ②

1.サマーバカ


 皆でリゾートに!

 そう誘いはしたが、当初、伯父さんは難色を示した。

 店を一週間も休むのは如何なものかと。

 別に一週間休んだらおまんま食い上げというほど困窮しているわけではなく、

 折角店に来てくれたのに開いてなくてガッカリするお客さんが忍びないからだ。


 なのでこれまで自分で一人で切り盛りして来たのだし、俺たちだけで行って来いと。

 ゆっくり英気を養って来いと、そう言ってくれたのだがそうもいかない。

 伯父さんにもリフレッシュして欲しいという気持ちがあるし何よりこれから騒がしくなる帝都に置いて行くのは心配だからだ。


 だもんで、しゃーなしに全部打ち明けた。

 日陰の事情なんてカタギの人間が知る必要はないのだが、伯父さん割と頑なだからな。

 だが、しっかり理由を話せば分かってくれない人でもない。

 事情を説明すると、そういうことならと誘いに乗ってくれた。

 ビーチではしゃぐようなタイプではないが、現地で食べ歩きするのが楽しみのようだ。


 で、アンヘルとアーデルハイド、シャルロットの三人な。

 シャルロットに関しては、まあ予想通りだ。

 伯父さんと一週間も会えないとかあり得ないで御座ると言って、むしろ向こうから頼み込んで来た。


 ……役者の仕事は大丈夫なんですかねえ?


 アンヘルとアーデルハイドだが、こっちも問題なし。快諾してくれた。

 それとなーく御家の事情とか窺ってみたが、大丈夫っぽい。

 まあこの二人は大貴族っぽいけど、本流から外されてるっぽいしな。

 存在そのものが醜聞になりかねないってことで遠ざけられてるという俺の予想は多分当たってる。

 まあ、アンヘルに関しては問題は解決したのだが、解決した原因が不明だしな。

 また何時、あの状態になるか分からんし下手に婚姻とかもさせられんだろう。隔離安定だ。


 ま、それはさておき夏休みが決まったわけだから俺たちはもう、すっごい働いた。

 しばらく店を休むわけだからな、お客さんにもサービスしまくったよ。

 だがバリバリ働きつつも、夢を叶えるための努力だって忘れちゃいない。

 大変だった、大変だったさ。でも、苦労した甲斐はあった。

 だって俺は今、実に晴れ晴れとした心持ちで列車を待っていられるんだもの。


「しかし悪いな、シャル。良いとこ取ってもらって」


「何、宿泊券はそっち持ちなんだし列車の席くらいはね。

長いこと鈍行に揺られてお尻痛くなるなんて折角の旅が台無しだろう?

どうせなら行きも帰りも気持ち良く、だ」


 地元から帝都に行く際は鈍行を使ったが、正直なあ。

 馬車とか使うよりはまだマシだが、帝都に着く頃にゃ俺も親父もぐったりだったし。

 そういう意味で今回、シャルがお高い旅客車を取ってくれたのは素直に嬉しい。

 上等な個室でゆったりまったり優雅な旅を――たまんねえなあ。


「にしても……嗚呼、楽しみだねえ」

「おう、楽しみだなあ」


 列車の到着が待ち遠しいぜ。


「おいシャル、向こう行ったら何して遊ぶよ?」

「何はなくても泳ぎたいよね。めいっぱい泳ぎたい。ああでも、砂でお城とかも作りたい」

「それな。ベルンシュタイン一夜城をビーチにおっ建ててやるぜ」


 つかオイ、そのイルカの浮き輪可愛いじゃねえか。

 向こう着いたら俺にも使わせてくれよ。

 え? 俺のサーフボードと交換? しゃーねーなあ!

 ところでそのサングラス何処で買ったん? カッケーじゃんよ。

 ほう……ん? 俺のシャツ? 目の付け所がシャープじゃねえか。

 この洒落乙でアローハーなシャツはだなあ……。


「…………兄様とシャルさん……」

「童心を忘れない大人って素敵だと思わない?」

「いやでもアンヘルさん、にしても限度がありますよ。何ですかあの浮かれ具合」

「……幸せそうで……何よりだ……」

「幸せそうって言うか、あっぱらぱーな感じにしか見えないんですが……」

「あっぱらぱーなベルンシュタインさんも私は好きです」

「アンヘルさんとアーデルハイドさんは肯定が過ぎませんか!?」


 おっと、列車が到着したようだぜ。


「皆、乗り込めー!!」

「さあ、カールに続くんだ!!」


 おやおや、どうしたのかね庵くん?

 両手で顔を覆って恥ずかしそうに……ははーん、お腹が空いたんだな?


「ほら、おやつだ」

「お馬鹿ッッ!!」


 何故か叱られてしまった。

 解せないと思いつつ、予約した個室に入ったのだが……すげえなこれ。

 一目で金がかかっていると理解させられた。

 空調もバッチリで椅子とかすげえフカフカだし、インテリアも一級品揃い。

 備え付けの飲み物やフルーツも高級品ばっかだし、如何にもセレブ御用達って感じだ。


「すげえな伯父さん」

「あ、ああ……何だか、そわそわするな……」


 アンヘルとアーデルハイドのリアルセレブと元セレブな庵、

 んで職業柄こういうのにも慣れているだろうシャルとは違ってザ・庶民な俺と伯父さんはタジタジだぜ。


「兄様、そろそろ出発ですし座ってください」

「ん? お、おう」


 もうちょっと部屋の中を探検したかったが、しょうがない。

 荷物を置き、席に着く――当然、俺は窓側だ。

 流れる景色を眺めたいからな!


「……朝食を作ってきたから、良かったら皆で食べてくれ」

「さっすが伯父さん、気が利いてる!」


 始発で、朝早かったからなあ。

 俺と庵だけでなく他の連中も朝飯は食っていないようだ。

 車内販売で済ませても良いが、車内販売って高いしな。

 俺としては向こうで沢山金使うつもりだから、ホントありがたいっす。


「ところで」

「? どうかされましたか、庵さん」


「いえ、ダグーンビーチって有名な場所なんでしょうか?

懸賞が当たった時、兄様は大はしゃぎしていましたが私はよく知らなくて……」


 ああ、そう言えばそうだな。

 庵はそもそも帝国の人間じゃないし、俺と一緒に暮らす以前はスラム住まいだ。

 観光地の情報なんざ知るわけねえわな。


「有名も有名。つっても、有名になったのはここ十年ぐらいでだけどな」

「と言いますと?」

「あー……何だっけなあ」


 ダグーンビーチはジャーシンという街にあるビーチなのだが……。

 このジャーシン、元々は海沿いにある小さな田舎町だったらしいのよ。

 今からじゃ信じられないほど過疎ってたそうで若者は年々減ってくのにジジババだけは増えてく典型的な悪循環に陥っていたそうだ。


「主産業である漁業も高齢化が進んでて、

そのくせ若者が外へ出てくんもんだから次代の育成も十分に行えない。

ジャーシンは緩やかな滅びに向かってたんだと」


「せ、世知辛いですね。しかし、そんな町がどうして観光地に?」

「ジャーシン出身のとある商人が動いたからさ」


 故郷の惨状を見るに見かねた彼は一念発起。

 私財を投じて町や周辺の土地を開発し観光業に参入したのだ。


「相当苦労したらしいぜ」


 開発にかかる金もそうだが、開発を行うためには領主にも話を通さねばならない。

 寂れたどうでも良い土地とはいえ、わざわざ金を払って開発したいという話を持って来たのだ。

 開発させて欲しいならって相当の額を要求したんじゃねえかな?


「それはまた……何とも郷里愛に満ちた御方なんですね」

「ああ」


 上手く行く見通しなんてまるでない事業だ。

 リスクとリターンを秤にかけるなら真っ当な商人はまず手は出さんだろう。

 だけど件の商人はやった。

 故郷がこのまま廃れ、滅びていく様を見ていたくないと。

 もしそうなるとしても抗った結果でなければ納得できないと。


 熱い、熱い男だ。

 そして、そんな情熱的な彼だからこそ女神は微笑んだのだろう。

 彼は勝負に勝った。

 滅びを待つだけの故郷は有名リゾート地となりその命脈を保ったのだ。


「ただまあ、良いことばかりってわけでもないらしいがな」

「何故ですか?」

「光が強ければ強いほど、影も濃くなるものさ」


 犯罪率の上昇――こればっかりはなあ。

 人が増えると、どうしたって避けられない問題だ。

 観光地としての面目を保つために、当然、治安にも気ぃ遣ってんだろうさ。

 それでも尚、犯罪は根絶できない。

 こればっかりはもう、どうにかしたいなら人類滅ぼすしかねえよ。


「特に観光地ってのは、その手の連中からすれば良い餌場だからな。庵も気をつけろよ?」


 普通に遊んでる分にはともかく夜間の外出、人気のない場所にはなるべく近付かないこと――良いな?


「気をつけます」


「アンヘルとアーデルハイドもだぞ。

魔法使えるっつっても後ろからいきなりガツンされりゃ終わりなんだから」


「うん、気をつける」

「お気遣い感謝致します」


 うむうむ、気をつけたまえ。

 俺もバカンス先で暴れるような事態は避けたいからな。


「……私は?」

「お前は何か大丈夫っぽいし」

「いやまあ、良いけどさ。君に心配されなくてもラインハルトさんに心配してもらうし」


 ちらっ、シャルは伯父さんを見た。

 ちらっ、ちらっ、シャルは伯父さんを見た。

 ちらっ、ちらっ、ちらっ、シャルは伯父さんを見た。


「…………気をつけてな」

「はぁい♪」


 三度見されて遂に伯父さんが折れた。

 改めて思ったがこのアホ”いやし系”だよな”卑し系”。


「……この場で……誰よりも心配要らないと思うんだが…………」

「げへへへ」


 今どこまで進展してっか知らないけどさ。

 伯父さん、このバカンス中に食べられたりしないよね?

 つかよくよく考えればコイツが伯父さんとくっついたら義理の伯母になるんだよな。

 んで親父からすれば義理の姉貴。

 別に嫌ってわけじゃないけど、心から歓迎できるかって言われたら……ねえ?

 普通にダチとして付き合う分には良いんだが、身内ってなるとなあ――恥ずかしい。


「え、えーっと……そうそう。

ジャーシンと言えば、庵さんにとってはある意味縁が深い場所なんですよ?」


 何だか微妙な空気になったのを察したのか、アーデルハイドが空気を変えるようにポンと手を叩いた。

 しかし、庵に縁が深いとはどういうことなのだろう?


「あの、私に縁があるとは?」


「ジャーシンという町の成り立ちですよ。

あの町の黎明には葦原を飛び出した人間が多く関わっているんです」


「何と」

「へえ……知らんかった」


「当時、閉鎖的な自国に嫌気が差して飛び出した葦原人の集団が、安住の地を見つけるためにこちらの大陸を放浪していたそうです。

その際、開拓者募集の貼り紙を見て、後にジャーシンとなる周辺の土地に入植。

現地人と共に土地を拓き、町を作り、ジャーシンになったのです」


「だから……向こうでは、葦原風の料理なんかもよく食べられて……いるんだよな?」

「ええ、その通りです」


 伯父さんも乗ってきた。

 でもそうか、伯父さんはそこらが狙いなわけね。

 あー……何か俺も食べたくなってきたな。

 前にやった試食会で炊き込みご飯やら味噌汁食べて、すげえ美味かったし。


 ああそうそう。ちなみに試食会の結果だが、幾つかが数量限定メニューとして採用された。

 今言った炊き込みご飯とか味噌汁、煮物とかがそうだな。

 限定なのは料理に使う調味料が安定して入手する手段が今のところ存在しないからだ。

 だから俺も、試食会以降は和食食べてねえんだよな。

 言えば作ってくれるだろうけど、申し訳ないし。


「一緒に食べ歩きとか、これもうデートなのでは?」


 同行する気満々かよ。

 俺も伯父さんの舌を頼りにしてたから、一緒に行きたかったんだが……。


(ま、流石にシャルが可哀想か)


 しょうがねえからセレブ二人に期待しよう。

 セレブアイなら良い店と悪い店をきっと見分けてくれるだろ。


「まあそういうわけで、故郷の空気を少しでも味わえるかもしれませんよ」

「故郷の空気……」


 幸せな記憶が思い起こされるようなものがあれば良いなと、素直にそう思う。

 流石に俺も葦原までは連れてってやれないしな。


「ところでアーデルハイド、お前何でそんなこと知ってたの?」


 リゾート地が出来るまでの歴史ならばまだ分かる。

 パンフとか見てたら書いてるだろうしな。

 だが、ジャシーンという町の成り立ちまで書いてるようなパンフは稀だろう。


「無論、調べました。お誘いを頂いた時点で調べられる限りのことは調べ尽くしたつもりです」

「お、おう……そうか」

「ですので、何か気になることがありましたら是非私に」


 若干ドヤってるアーデルハイドだが、俺はちょっと引いてた。

 もうちょっと軽い気持ちでバカンスを楽しんで良いのよ?

 いや、調べるのが楽しいとかならまだ分かる。

 でもこれ、明らかに俺が旅行を楽しめるようにって感じだもの。

 重い、そこはかとなく重い。


(この旅行で、もうちょっとこう、何とかなると良いんだがなあ)


 関係を持つようになって分かったのだがアーデルハイドは割と面倒臭い。

 何つーかな、拗れてんだよ。妙な部分が。

 恥ずかしくて未だにベルンシュタインさんって呼んでる割にエロいことする時は滅茶苦茶乱暴にして欲しいとか、おかしいだろコイツ。

 他にも罵られたり叱られたりして、その後にほんのちょっと優しくされるのが好きとか……。


(ちょっとお兄さん、どうかと思うの)


 いや、俺のが年下なんだけどさ。




2.再会


 夢を、夢を見ていた。

 これはまだ俺が地元に居た頃のこと。

 アホどもとつるんで遊んでいた時の記憶だ。


『喰らえ! これがわしの必殺――痛・天・赫ッッ!!!!』


 抜き身のポン刀を勢い良く振り下ろすティーツとそれを回避する俺(じゅっちゃい)。

 今にして思えば、何て危ないゴッコ遊びをしていたのか。


『あっさり回避されたか。おんしはやっぱ違うのう』

『ったりめえだ。俺は将来、現代に蘇った拳帝として歴史に名を残す男だぞ』


 あの頃の俺は、疑いもなく信じてたんだ。

 望んだ未来が頼まれなくてもやって来るって。

 現実ってのは寒い……寒いよなあ……でも、これが大人になるってことなのかな。


『ガッハッハ! 根拠もなく自分を信じ切れるそのポジティブさは美点じゃのう』

『根拠ならある――俺だぜ?』


 輝いてるな、昔の俺。


『冒険者として立志か……しかし、それがそないにええもんか?』

『俺は堂々と富と名声に目が眩むタイプなんだ』

『うーん、この』

『つか、そういうお前こそ将来の目標とかねえの?』


 ティーツの家は雑貨屋をやっていたのだが、当時から俺は奴が家を継ぐとは思っていなかった。

 大雑把な性格してるコイツに商売は出来そうもないからな。

 じゃあ何が出来るんだって言ったら返答に困るけど。


『そうさのう……強いて言うなら世直しか』

『世直しぃ?』

『うむ。世の中、ちょいと目に余る屑が多過ぎやせんか?』


 記憶の中のティーツはどこか遠い目をしていた。


『理不尽から目を逸らし見て見ぬ振りをしながら、賢しく生きるってのは……』

『嫌かよ』

『うむ。空虚じゃありゃせんか? 人生空虚じゃありゃせんか?』


 何でラップ調?

 つか、今にして思えばこの時から危険な兆候は出てたんだな。

 何だって昔の俺はさっさと奴を始末しておかなかったのか。


『じゃからまあ、旅に出ようと思う。んで困ってる人らに手を差し伸べてやりたい』

『へっ、小さい男だなティーツ』

『あん?』

『人助け。それも悪くはねえよ。理不尽に虐げられてる人らを助けるってのはカッケーと思う』


 ん?


『だが、どうせならもっと大きく行こうぜ』


 あれ、これ……。


『助けを求める声を全部拾えるわけがねえ。どうしたって聞き逃しちまうこともある』

『うむ、それはそうじゃのう』


 何か雲行きが怪しく……。


『だったらよお、こっちから出向こうぜ。

弱者のか細い声は聞き逃しちまうこともあるが、屑の高笑いはやけに耳に響きやがる。

世直しなんてデケエ目標掲げんなら積極的に悪党ぶち殺すってぐらいの気概がなきゃな』


 待って、待ってカールくん(じゅっちゃい)。


『草の根掻き分けてでも探し出す、便所に逃げても引き摺りだしてぶち殺す。

そんぐれえキマってる奴じゃねえと、道半ばでポッキリ折れんのが関の山だと思うぜ』


 これ、あの、もしかして……。


『何せ泣いてる奴の涙を拭うってことは、その悲しみに触れるってことなんだからな。

悲しみに触れ続けてりゃ心がおかしくなる。その内、自分が涙を流す側になっちまう』


『む、それは……』


 む、風向きが変わった?


『一かけ、二かけ、三かけて、仕掛けて、殺して、日が暮れて。

橋の欄干腰下ろし、遥か向うを眺むれば、この世は辛~い事ばかり。

片手に線香、花を持ち、おっさん、おっさん、どこ行くの? ってね』


 ひょっとしてこれは……。


『だからまあ、世直しなんて止めとけ。

自分もどっぷり闇に浸かる覚悟がないんなら不幸になるだけだ。

俺は見知らぬ誰かの涙より、知ってる奴が泣いてる方が辛い。

それが例え人の名前を中々覚えない半裸で刀振り回す幼馴染であってもな』


 セェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエフ!!!


 やっぱカールくん(じゅっちゃい)は言うことが違う。

 むしろ、道を外れようとしていた友人を諭してんじゃん。

 え? 逆に覚悟を決めさせてるように見えるって? ないない。

 そんな事実は一切御座いません。

 純粋に友人を想っての発言が教唆と受け取られるのは甚だ心外で、わたくしとしましては遺憾の意を表明したく存じ上げます。


「……ん……カールくん!!」

「うおわ!? って……アンヘルか……どうしたよ?」

「もう着いたよ」


 マジか。しくったな、景色を楽しむどころか爆睡だったぜ。

 昨日、ワクワクし過ぎてあんま眠れなかったからなあ。

 帰る時はちゃんと車窓から見える景色を目に焼き付けよう。


 ん? どうしたアンヘル、何か心配そうな顔してるけど。


「何か魘されてたみたいだけど、大丈夫?」

「ああ……ちょっと、やな夢を見てな」


 だがもうそんなことは忘れた。

 これから始まるバカンスを前にすればティーツのアホなぞ塵芥よ。


「俺は大丈夫だ。さ、降りようぜ」

「うん、それなら良いんだけど」


 荷物を持って列車を降りると……人、人、人の群れ。

 観光地だからしょうがないと言えばしょうがないが、かなり鬱陶しい。


「カール、この後はどうするんだい?」

「ガイドの人が迎えに来てくれるそうだ。どっかにそれっぽい人が居ないか皆も探してくれ」


 俺の言葉に全員が頷き、キョロキョロと周囲を見渡し始める。


 お、流石は夏でリゾート。露出の激しい女が多いじゃねえか。

 ショートパンツのムッチリとした尻とか、シャツから覗く臍とかたまんねえよな。

 日焼けしてるのも実にGOODだ。


「…………カール、あれじゃないか?」

「伯父さん、どれど……れ……」


 視線の先に居たのは自分より背は低いが分厚い筋肉を持つ灰毛の男。

 洒落乙でアローハーな色鮮やかなシャツに短パン姿で手にはプラカードを持っている。

 男がこちらを見た、ニカッと男臭い笑みを浮かべた。


「――――よォ来たのォ、ルガール!!!」


 助走、両足で踏み切る、空中で身体を捻る、


「死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 放たれるは愛と哀しみのドロップキック。

 だが、こともあろうに奴はそれを回避してしまう。


「チィッ……!」


 回避された俺はズザザ、と床を滑りつつ着地。

 即座に立ち上がり、男の詰め寄る。


「おどりゃクソティィィイ……!!」


 胸倉を引っ掴み小声で叫ぶ。


「ツをつけんかツを。クソティーじゃとわし、クソなお茶かクソなTシャツみたいじゃろがい」

「ならお前はルと濁点をつけるな……じゃなくて!」


 んなことはどうでも良いんだ! いや良くねえけど!!


「おい、何でここに居る? またか、また俺にちょっかいかける気か? あ゛ぁ゛ん?」


 つーか人斬りが堂々と表に出て来てんじゃねえよ!

 何だその浮かれた格好は!? リゾート地だからってはしゃいでんじゃねえぞ!


「浮かれた格好云々はそっちもじゃろ」

「るっせえぁ! それより俺の質問に答えろ!!」


 畜生、やっぱ始末しとくんだった!


「詫びじゃあ詫び」

「詫び……? あ、いや、そういうあれか……」


 チラリとティーツが庵を見やる。

 復讐心につけ込んで利用したことを気にしてたのね。


「いやでも、どうやって……」


 懸賞はあれ、本物だ。

 何せ質問するために編集部に連絡取ったからな。


「まー、詳しくは言えんが存外、スポンサーはどこにでもおるっちゅーわけじゃ」


 エロ雑誌出してるとこに義賊集団のスポンサー居んの!?


「前におんしのことを調べちょる時に懸賞送った情報も知っての。丁度ええかなーって」

「えー……お前ら、どんだけ俺のこと調べてたんだよ……」


 いや、分かるけどね?

 仲間にしようってんならどんな些細な情報でも調べておくべきだろう。

 それが義賊集団なんて信頼関係が大事な職場なら尚更。


「……カール? そちらの方は知り合いなのか……?」


 遠巻きにこちらを見ていた伯父さんが遠慮がちに声をかけてきた。

 だが、何と答えたものか。


「えー、あー、地元のダチなんだ。こっちでガイドの仕事に就いてたらしい」


 正直に答えるわけにもいかんし、これで良いだろ。


「ティーツ言うもんですわ。どうぞ、よろしゅうに」

「こ、これはどうも……お、伯父の……ラインハルト・ベルンシュタインです……」

「ハインツさんの兄貴さんですな。いやー、わしもハインツさんには随分世話になって」

「……世間話は良いから、とっととホテルまで案内しろ」


 何か言いたげな他四人には申し訳ないが、

 こんなところで突っ込んだ話をするわけにもいかんしな。


「はいはい。ほいじゃ、カール様御一行、ごあんなーい」


 ティーツのアホに先導され駅を出る俺たち。

 目的地のホテルまでは徒歩だったのだが、ティーツ、この男ガチでガイドをやるらしい。

 道中、あれやこれやと観光に役立つ話をしてくれたのだ。


「あの、兄様……」

「大丈夫だ。これは以前の詫びだってよ」


 まあ、それ以外に目的がある可能性も零ではないがな。

 けど、ティーツとは長い付き合いだ。

 詫びだって言葉に嘘はなかったから、その点は信じても良いと思う。


「ここが皆さんが泊まられるホテルになりますけえ」


 一目見ただけで分かる、お高そうなホテル。

 ここに七日も泊まれるってのは正直、嬉しい。


「カール、とりあえずチェックインするぞ」

「おう」


 ティーツに連れられ受付でチェックイン。

 渡された鍵は三つ。

 部屋分けは男二人、女子のペアが二組って感じになるだろう。

 寂しくなった時は……まー、外で別の宿でも探すかな。


「アンヘルとアーデルハイド、シャルと庵って組み合わせで良いか?」

「「え」」

「嫌なん?」

「い、いえ別にそういうことではありませんが……分かりました」

「出来ればラインハルトさんと一緒が良かったけど、まあここは我慢しようじゃないか」


 伯父さんが露骨にホッとしてる……。


「んじゃ部屋に行くか」


 割り当てられた部屋に向かい、またしても感動。

 華美な外観から予想される通りに豪華な部屋に俺と伯父さんは言葉を失った。

 ここで七日過ごした後に屋根裏部屋に戻るのは正直……いや、大丈夫だ。

 屋根裏部屋には屋根裏部屋の良さがあるじゃないか。

 ロリと同棲してるって時点で屋根裏部屋にはオンリーワンの強さがある。


「それとカール、これ」


 ティーツがこっそり手渡して来たのは別の階にある部屋の鍵だった。


「……一緒だと色々やり難いじゃろ?」


 ほう、気が利くじゃねえか。

 別の宿を取るのにも金がかかるからな。

 良いぜ、ありがたく受け取らせてもらうよ。

 これで気兼ねなく恋人たちとイチャつけそうだ。


「しかし……庵のお嬢ちゃんはともかく他二人……」

「ん? ああ、アンヘルとアーデルハイドか。アイツらがどうしたんだ?」

「……? ひょっとしておんし……」


 怪訝そうな目で俺を見つめるティーツ、一体何だと言うのか。


「気付いておらんのか……」

「気付いて? ああ、貴族だってことだろ? 薄々察してはいるよ」


 明言されたわけじゃないけどな。


「いやそれは……ええか。外野がどうこう言うことじゃねえしのう」


 ? 変な奴だなあ。

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