日常④

1.気まずいお茶会


 竿姉妹宣言の翌々日、アンヘルは自らの屋敷で茶会を開いていた。

 出席者は主催者でもあるアンヘルとシャルロット、ゾルタン、アーデルハイドの四名だ。

 もっとも、アーデルハイドは諸事情によってまだ来ていないのだが。


「これさあ、聞いて良いのか分かんなかったんだけど」

「……うん」

「お嬢様と姉君――アーデルハイドさんだったかな? 姉妹として決別したんだよね?」

「……う、うん」


 一昨日の気まずい邂逅。

 それはシャルロットも当然、見守っていた。

 アンヘルの八つ当たりに七日七夜付き合っていたが本人の申告通り”ちょっと”疲れた程度だったらしく夜には普通に店員をやっていたのだ。


「多分、私もう二度と顔を合わせることもないだろうなって思ってたの」

「……そ、そうだね」


 その通りだ。

 スパっと関係を断ち切り、お互い二度と顔を合わせないようにしよう。

 顔を合わせたら主に自分が殺しにかかりそうだからと姉妹喧嘩の中で暗黙の了解が成された。

 後はもう、そ知らぬ顔でそれぞれの人生を生きよう。

 そうして別れた、別れたはずだったのだ。


「店で顔合わせたのはまあ、不可抗力だとして……何でお茶会?」

「その、事情が変わって……」


 一昨日は気まずさから、互いに別れてしまった。

 だがこれから嫌でも顔を合わせることになるのだ。

 どう振舞うのかとか、そこらを打ち合わせておかねばボロが出てしまう。

 それで茶会の開催を思い立ったのだ。


 ゾルタンとシャルロットが同席しているのは、もしもの時に備えてである。

 カールのためにと諸々の感情を飲み込みはしたが何があっても我慢できるかと言われたら首を傾げざるを得ない。

 もう少し時間が経っていたなら、半年――いやさ一ヶ月。

 一ヶ月の冷却期間があったならまだ自制心も補強されるだろうが流石に日が浅過ぎる。

 バーレスクでは我慢できた、カールが居たから。

 だがカールが居ないこの場でも我慢ができるとは限らない。


 そこで頼りになるのがこの二人――というか、主にシャルロットだ。

 その強さは折り紙つき。キレそうになったら即制圧してくれること間違いなし。


「事情が変わった?」

「…………別の意味で姉妹になっちゃった」


「うっそだろ!? いや、姉君が良い方向に向かったのはカールのお陰だって分かってたよ!?

でも、嘘……嘘だろ!? 手ぇ出すの早過ぎだろ! 彼の下半身はどうなってるんだ!?」


「カールくんは悪くない」

「え……あ、はい」

「兎にも角にもそういうわけでね。これから嫌でも顔を合わせることになるだろうから」

「ああー、分かった分かった。そういうことね。だから何かあったら私に止めて欲しいと」


 護衛の業務からは外れている、というか正反対の願いだ。

 しかし、シャルロットに不満はないらしく得心がいったとクッキーを齧っている。

 八つ当たりに付き合ってくれたことといい、本当に彼女には頭が上がらない。

 アンヘルは改めてシャルロットへの感謝を口にする。


「いいよ」


 だがとうのシャルロットはこれだ。

 以前と同じ台詞で、以前と同じ涼やかな笑顔を浮かべる彼女は本当に美しくカッコ良かった。


「それに、だ」

「?」

「君にとっては不本意かもしれないが、私は少し嬉しくもあるんだよ」

「どういうこと?」


「例えそれが止むを得ない事情からであって、心からのそれでないとしてもだ。

いがみ合い、道を分かってしまった姉妹の道が再度交わる。私はそれを良いことだと思う。

仕方なしに交わった道でも、時間が経てば何時かは心から受け入れられるかもしれない」


 未来には希望が満ちている。

 そう語るシャルロットに、アンヘルは曖昧な笑顔を返すことしかできなかった。


「しかし何だ」


 と、そこでこれまでダンマリを決め込んでいたゾルタンが口を開く。

 アンヘルとシャルロットの視線を受け、彼はこう続けた。


「――――僕、ちょっとファインプレイ過ぎない?」


 瞬間、シャルロットの拳がゾルタンの横っ面に叩き付けられた。

 ボールのようにバウンドしながら吹っ飛ぶ師を見て、アンヘルもニッコリ。


「お前にそれを言う資格はない」

「うん、私が言うならともかくね」


 第三者の目から見れば確かにゾルタンの行動はファインプレイだろう。

 何せ姉妹の心を救い決別以外に道のなかった二人の仲をギリギリで繋ぎ止め未来に希望を残したのだから、これをファインプレイと言わずして何と言うのか。

 だがそれを言う資格があるのは当事者であるアンヘルとアーデルハイド、そしてカールだけだろう。

 まあカールは二人が姉妹であることすら知らないわけだが。


「お前、忘れてるかもしれないけどカールは普通の庶民なんだからな」


 カールが姉妹攻略の過程で得た情報、主にアンヘル関連のそれは国家機密にも等しいものだ。

 一般庶民が知って良いものではないし、知るべきではない情報である。

 厄介事に巻き込まれても已む無しだ。

 勿論、アンヘルはそんなことをさせるつもりはないが。


(……師だからと心を許して教えたのが間違いだったよ)


 本当に、巡り巡ってこんなことになるなんて想像もしていなかった。

 嘆息するアンヘルの脳裏でちらりとゾルタンの抹殺プランがよぎったのは彼女だけの秘密である。


「っていうか改めて思ったけど凄いな。カール凄いな」


 地面に倒れ伏しプルってるゾルタンから視線を外し、しみじみと呟くシャルロット。


「知らぬこととはいえ皇族二人を股掛けて。

一体どこの国にロイヤル×××を二つゲットする一般市民がいるのか。

ある意味で、これまで私が成したどんな功績よりも凄い偉業だよ」


 事が広まれば下半身方面の英雄として遠い未来まで語り継がれる。

 そう断言するシャルロット、その顔はどこまでも真剣だった。


「――――ごめんなさい、遅れてしまって」


 馬鹿話に興じていると、ようやっとアーデルハイドが姿を現した。

 その姿を視認した瞬間、アンヘルの四肢が闇に染まり掛ける。

 彼女の脳内では、未だあの”許せない姿”が克明に焼き付いているのだ。


「お嬢様」

「あ、うん……ごめん、ありがとう」


 シャルロットの言葉と殺気が波立ちかけた心を鎮めてくれる。

 大丈夫、そう、大丈夫だ。

 綺麗にさよならをしようなんて言っておいてこれじゃ情けなさ過ぎるだろう。

 いや、さよならをさせてくれなかったのだが。

 兎に角大丈夫、大丈夫――アンヘルは何度も己にそう言い聞かせた。


「とりあえず、座ってよ」

「……ええ」


 腰を下ろしたアーデルハイドのカップに紅茶を注ぐ。


「「……」」


 複雑な表情で見詰め合う二人。

 それがどれだけ続いたか。一分か、十分か、呆れたようにシャルロットが口を開く。


「初心な男女のお見合いでも、もうちょっとマシだよ」


 返す言葉もなかった。


「まあ良いさ。しょうがない、僭越ながらこの私が司会進行を担おうじゃないか」

「「お、お願いします」」

「任された」


 シャルロットが頼りになり過ぎる。

 これが、流浪の騎士……! 改めてその偉大さを実感するアンヘルであった。


「ぶっちゃけ、君らどうするの? ああ、君らの関係云々じゃなくてさ。

カールのこと。彼に自分たちが皇女だって話はするの? しないの?」


 表舞台から消えたのが幼少期であったこともありアンヘルとアーデルハイドの姉妹は皇族としての露出が皆無だ。

 それゆえ素顔と本名(姓を除く)を名乗っても気付かれなかった。

 これからも下手を打たねば気付かれることはないだろう。

 だが、このままで良いのかとシャルロットは言っているのだ。


「今のとこ、お嬢様のことは大貴族の娘(訳あり)程度に考えてるようだけど……」

「私は、話すつもりはないかな」

「……私も同じ」

「その心は?」

「「気を揉ませたくない」」


 仮に自分が皇族だと打ち明けたとしよう。

 十中八九、関係は変わらないはずだ。

 カールのことだ、むしろロイヤル×××に手を出したという事実に興奮するだろう。

 そして皇族であることを利用したプレイなんかをリクエストされる可能性が高い。

 それは別に構わない、全力でシチュエーションを演じ切ってみせる。

 だが、


「シャルロットさんも知ってるでしょ? 皇位継承問題でドロドロしてるの」

「って言うかカスタードさんでなくともこの国の人間なら大体は知ってるでしょうね」


 皇位継承問題とそれに伴う皇族間の確執はゴシップ誌などでも散々取り上げられている。

 その発端となった皇女――アンヘルについてはアンタッチャブルゆえ触れられることはないが今日を生きるので精一杯な最下層の人間を除けば周知の事実だ。


「カールくんも政治には興味ないだろうけど知ってると思うの」

「知ってるからこそ、言えない」


 もし皇位に執心する皇子、皇女らがカールの存在を知ればどうするか。

 暗殺、或いは人質に使うため拉致を目論むかもしれない。

 いや、かもしれないなんて言い方は止めよう。確実にする。


「ベルンシュタインさんなら私たちの正体を知れば、当然、その問題に行き着く」


 普段はチャラく、割とおバカっぽい振る舞いをしているが彼の頭は悪くない。

 むしろ頭の回転は速い方だし、その洞察力も尋常ではない。

 でなければ自分たちの問題を解決できるわけがないだろう。


「それで私たちとの付き合いを変えることはないだろうけど」

「それはそれ。他の皇子皇女らについて何も考えないというわけにはいかないでしょう」


 カールには日々、楽しく生きてもらいたい。

 くだらぬ些事にかかずらってその笑顔が曇るようなところは見たくない。


「だから何も言わない、か」

「うん。仮に皇室関連で面倒なことが起きても」

「こちらで秘密裏に潰しておけば良いだけの話だもの」

「シャルロットさんとしても、ラインハルトさんに心労はかけたくないでしょ?」


 カールが巻き込まれるということは、ラインハルトも巻き込まれるということだ。

 いきなりラインハルトが狙われることはないだろう。

 だが本命のターゲット、カールの暗殺や拉致が困難だと見れば次はその親族を狙うはずだ。

 カールはそれに気付かないほど抜けた男ではない。

 気付いた上でラインハルトや庵に自らが置かれている現状を説明する可能性が高い。


「あー……いや、そうか。そうだね」


 シャルロットにも言いたいことが伝わったようだ。

 少し苦い顔で、何度も頷いている。


「だから正体は明かさない。よっぽどのことがない限りこれを曲げるつもりはないわ」

「戸籍が必要になるような事態になったとしてもでっち上げれば良いだけだしね」


 その時はゾルタンを働かせるつもりだ。

 この事態を招いた責任者として擦り切れるまで酷使する。


「育ちが良いはずなのに、お嬢様って結構ダーティだよね。

戸籍を偽造するとか素で言っちゃうんだもん。誰の教育だ。ゾルタンか?」


「魔道士なんて大体こんなもんだよ」


 正確には学徒としての顔を持つ魔道士は、だが。


「ま、それはそれとしてだ。何だい何だい、君ら存外話せるじゃないか」


 その言葉に顔を見合わせる二人。

 言われてみれば確かにその通りだ。

 最初はどうすれば良いか分からなかったが、スムーズに話ができていた。

 やはりカールという絶対の共通事項を前にすれば大概のものは呑み込めるらしい。

 とはいえ、まだまだ複雑なものはあるが。


「これなら……大丈夫そうかな。御二方、今夜暇かい?」

「? まあ、暇よ。名ばかりの皇族で実質ニートみたいなものだし」

「何かあるの?」

「ああうん、一緒にバーレスクに行かないかなって」


 はて、今日は定休日だったはずでは?

 そう首を傾げる二人にシャルロットがこう続ける。


「いやね、今日は新作メニューの試食があるんだ。

なるべく沢山の人に食べてもらいたいからって誘われちゃってさ。

暇な知り合いでもいたら連れて来てくれって頼まれたんだー♪」


 断る理由はどこにもない。

 むしろ、カールと一緒に食事ができるなら、こちらからお願いしたいぐらいだ。

 しかし、


「「……」」


 試食会、恐らくは昨日よりも長い時間、同じ場に居なければいけなくなる。

 カールに不自然さを気取られないためにも、もう少し距離を詰めねばならないだろう。


(距離を縮めるために……)


 恐らくはあちらも同じことを考えているはず。

 ただ単にお喋りを続けて心の距離を近付けるのはまだ難しい。

 シャルロットが居なければ確実に話題が途切れるだろう。

 だから実利だ実利、目に見えて分かる実利を絡めれば何とかなるかもしれない。


「……私さ、今、とある魔法の改良をしてるんだよね」

「……へえ」

「……でも、行き詰っててさ」

「……手伝おうか? 役に立てるかどうかは分からないけど」

「……そっちが良いなら、お願いしようかな。他の人の意見も欲しいし」


 同時に立ち上がる、茶会は終わりだ。


「シャルロットさん」

「ん……分かった。やばそうな空気を感じたら無理にでも押し入って止めるよ」

「ありがとう」


 今日、この日を境にストーキング魔法は新たなステージへと進むことになる。

 おお、美しき哉! (竿)姉妹愛!!




2.変わるわよ


 今日は伯父さん主催の新メニューの試食会。

 新メニューの中身はあれだ、以前庵に教えてもらった葦原の料理――ようは和食。

 あれは伯父さん的に、とても良い刺激になったらしい。

 再現するには醤油やら味噌やらの葦原固有の調味料なんかも必要になったが火が点いた伯父さんの行動力は侮れない。


 帝都を駆けずり回って、葦原の調味料を扱っている店。

 もしくは代替品に出来そうなものを探し歩き、どうにか再現までこぎ付けたらしい。

 伯父さん的にはかなり自信があるようだが店に出す以上は自分以外の人間の感想も聞いておきたいらしく試食会が開かれる運びとなった。


(つか、葦原の調味料扱ってる店があったのが驚きだわ)


 伯父さんも駄目元のつもりだったらしいから、めっちゃ驚いたらしい。

 ひょっとしたら俺らが知らないだけで、和食が食べられる店もあるのかもしれん。

 伯父さんもそう思ったのか、もう少し深く調べるとか言ってたな。


「? どうしたよ庵」

「いえ……何だか、懐かしい匂いがしたもので」


 目を細め頬を綻ばせる庵。

 故郷を離れ遠く帝都まで流れてきたんだよなあ。

 もう二度と郷里の食事なんぞ食べられるとは思っていなかったのだろう。

 伯父さん、ナイスやぞ。


「はあ……ラインハルトさんカッコ良い。濡れる、濡れた」


 厨房で腕を振るう伯父さんを見つめ涎を垂らすシャルロット。

 故郷を離れ遠く帝都まで流れてきたんだよなあ、これも。

 だってのにこの有様、郷里の親御さんが泣いてるぞ。

 とりあえず飯食う前にパンツ換えてこい。


「だから、どうしてここを弄るの。効率が……」

「私には効率とか関係ないもん。実質、魔法無限に使えるし」


 一方、シャルロットの連れてきた二人。

 アーデルハイド(これが本名らしい)とアンヘルはノートを広げ何やら熱い議論を交わしている。

 ちらっと中身を見てみたが数式だらけで、見てたら二秒でゲロ吐きそうになった。

 魔道士やってくには理系の頭が必要なのは知ってるが……こいつら半端ねえな。

 でも、


「……魔法かあ」


 俺の呟きに魔道士二人がぴくりと反応を示す。


「ベルンシュタインさんは魔法に興味がおありで?」

「良ければ教えようか?」


 高度なものはさておき、簡単なものなら使えるかも。

 そう言う二人の目には隠し切れない期待が滲んでいた。

 俺の役に立てる、それが嬉しいのだろう。

 ホント、骨の髄まで尽くす女だなコイツら。

 いや、アンヘルは知ってたけど付き合いが浅いアーデルハイドはな。


(……これで両方共、貴族だってんだからまあ……)


 俺とは違って正真正銘の”奉仕される側の人間”なのだ。

 いや、だからこそか。

 してもらうばかりだから、惚れた男にはトコトン尽くしたい的な?

 やべーな、俺の女運良さ過ぎね? うん、きっと良い(念押し)。

 怪しい部分っつーか結構な闇が見え隠れしてるけど、それが俺に牙剥くわけじゃないしな。


「どんな魔法を使いたいのか参考までに教えてくれますか?」

「ああいや、魔法を使うっつーか……」


 正確にはちょっと違うんだよな。


「変身したいんだよ、俺」

「「変身?」」


 二人が揃って首を傾げる。

 庵はまたコイツ変なこと言い出したって顔してる。

 シャルロットは……コイツはどうでも良いや。


「ああ。最近、庵に付き合って日曜朝に魔法テレビ観てんだけどさあ」


 子供向けの番組、やってんだよな。

 日曜朝のヒーロータイムは異世界でも通じる常識だったらしい。

 つか俺も帝都に来て初めて知ったわ。

 実家でもテレビは観てたが……多分、これは放送局の問題だろ。

 魔法テレビは、地球のそれと違って全土に電波をって仕組みじゃないからな。

 地域地域で放送局があって、内容もバラバラだから全てを把握するのは難しい。


「ヒーローとか魔法少女が変身してる場面見てるとよ、カッケーなあ……って」


 ちなみに気になって調べてみたのだが、子供向け番組の魔法少女率がクッソたけえの。

 これはやっぱり帝国が魔法大国だから?

 もしも国策で魔法少女の番組増やしてるんだとしたら俺は笑う。腹筋捻じ切れるぐらい笑うね。


「あー……」


 アンヘルがどこか遠い目をしている。

 どうしたのかと聞いてみると、少し意外な答えが返ってきた。


「いや、うん。私も小さい頃、そういうのに憧れてて色々魔法考えたなあって」


 アンヘルの人差し指が宙を躍る。

 するとどうだろう、魔法少女ものに使えそうなキラキラしたエフェクトが飛び散ったではないか。


「す、すげえな……」

「似たようなのが後、八十種類ぐらいあるかな」

「すげえな!?」


 ごっこ遊びする時、アンヘルが居たらクオリティ半端ねえぞオイ!

 こんなんどのグループからも引っ張りだこになること間違いなしだろ。


「あ、あなた……そんなの作ってたの?」


 アーデルハイドが軽く引いている。

 そういやこの二人の関係って何なんだろ?

 貴族同士だから面識があるのは分かるが……魔法のライバル的な?

 うん、ありそうだ。もしそうならこの反応も納得できるし。

 自分の認めたライバルがこんなクソくだらねえ魔法使ってたらそりゃショック受けるわ。


「悪い?」

「別に悪くはないけど……その時間をもっと有効活用すれば……」

「つか、そういうアーデルハイドはどうなんだ? ガキの頃、魔法少女に憧れなかったのかよ」

「憧れるも何も……私、今も昔もリアル魔法少女ですし」


 いや、それはその通りだけどさ。

 そういうんじゃなくて……ああ、駄目だ。多分、コイツには通じない。


「遊び心を解さない人って虚しいよね」

「むな……!? し、失礼よ、あなた!!」

「どうどう、落ち着け落ち着け」


 飯の前に喧嘩すんなよ。

 空きっ腹で喧嘩するほど、アホらしいこともねえ。


「つか俺の話だよ俺の話。なあ、庵も変身したいよな?」

「いえ、私は別に……」

「嘘つくなって。時々、こっそり一人で変身ポーズ取ってるじゃねえか」

「!? み、見てたんですか!?」

「ああ、気配を消してなあ!」


 めっちゃハアハアしながら見てましたよ、ええ。

 正直、興奮する。庵に魔法少女の衣装着せてエロいことしたいと何度思ったことか。


「へ、変質者……」

「失礼な。俺が変質者だったらお前、その場で襲われてるからな」


 我慢ができる俺は変質者じゃない。

 ちょっとロリに対する愛が過熱気味の紳士ってだけだ。


「って言うか今度衣装買ってくるからそれ着てヤろう」

「お、お馬鹿ッッ!!」

「嫌? 嫌ならめっちゃしょんぼりしながら諦めるけど」

「え……い、嫌ではありませんけど……その、こういう場で……そういうことは……」


 もじもじする庵がクッソ可愛い。

 あーあ、自慢してえ。

 帝都を半裸で駆け回りながらクソ可愛いロリと付き合ってるんだって自慢してえ。


「「話、ずれてない?」」


 仲良しかよ。

 でもそうだな、ちょっと脱線してた。


「それで……カールくんはやっぱり男の子向けのヒーローみたいな変身をしたいの?

何かごてごてとした鎧とかそういうあれだよね? 男の子向けって」


 正直、そっちも捨て難いよね。

 だが俺の本命はそっちではないのだ。


「いや、魔法少女的な変身がしたい」

「「「性転換!?」」」


 おっと、そういう方向に行っちゃったか。

 だが違う。別に性転換したいとかそういうわけではない。


「……いや待てよ。性転換、ありかもしれん」

「「「え!?」」」


 もし、俺が性転換したらどうなるのか。

 割とデケエし筋肉もそれなりにあるからな、俺。

 お前のようなババアがいるか! 的なあれになる可能性が高い。


「いや、宴会芸的な意味でね? ドッカンドッカン受けるだろうし」


 ああでも、俺、スタイルの良い男前だからな。

 オッドアイぞ、俺、オッドアイぞオッドアイ。

 筋肉がどっか行って長身の金髪オッドアイの美女になるやもしれん。


「そうなったらギャグ的な受けは狙えんがそれはそれで……」

「いや、あの、宴会芸は良いですから」


 おっと、また脱線しちまったな。


「魔法少女的な変身って言ってもアレだ、ひらひらした衣装着るわけじゃないぞ」


 前に使った洒落乙なドミノマスク。

 アレに似合うような伊達な衣装を着こなしたい。いや、俺なら着こなせる。


「こう、変身の仕方を魔法少女風にしたいのよ」


 キュートでポップなエフェクト多用してさ。

 今着てる服がハラリと解けて全裸になるシーンは挿入必須な。

 ああでも、乳首とか股間はエフェクトか謎の光で誤魔化して欲しい。

 やっぱりね、俺にも恥というものがあるから。

 んで最後は決めポーズと共に台詞をバァン!


「変わるわよ★」


 みたいなね。

 おっと、ここでも良い感じのエフェクトと効果音よろしくな。


「誰が見たがるんですか、その変態極まる変身シーン!

そういうのは、私と同じぐらいかそれより下の女児がやるから映えるんです!!」


 映える云々じゃない。俺がやりたいんだよ。


「え、えー……」


 でも、もしもそういう魔法を習得出来たら庵にも見せてやるよ。

 ついでにスラムのガキどもにもお披露目してやろう。


「私の友人に生涯残るトラウマを刻み付けないでください」

「トラウマ!?」


 むしろ、大受けすると思うんだがな。

 伊達にスラムで生きてねえぜアイツら。すっごいタフだもの。


「……あの、ベルンシュタインさん」

「ん?」

「よろしければ、お手伝いしましょうか?」

「! マジで!? 俺、そういう魔法使えんの!?」


 おいおい、遂に到来か俺の時代!

 テンション爆上げする俺だが、アーデルハイドはあたふたと手を振ってそれを否定した。


「あ、いえ……そういう魔法を覚えることは不可能かと。

話を聞いているだけでも並行して幾つもの魔法を発動しなければいけないでしょうし。

その、ベルンシュタインさんには少し難しいかと」


「あ、そう」


 ガッカリだ。

 でも、そうなると手伝いってのはどういうことだろうか?


「そういうアーティファクトを作ろうかと」

「変身アイテムかよ?! アガるぜそれは!!」


 欲を言えばマスコットも欲しいが、まあそれは良いや。

 でもアーティファクトってかなり金がかかるんじゃなかったか?

 マナバッテリーを使う魔法家電と違って単体でも半永久的に付与した魔法が行使出来るらしいがそのために必要な材料は希少なもので庶民にゃとても……。


「問題ありません。材料も資金もこちらで持ちますから」

「いや、それは流石に……」


 どうしても必要な時は、頭を下げてお金貸してもらうこともあろうさ。

 でもこんな、特に必要に迫られたわけでもないお遊びのために女の財布を頼るのは……。


「御気になさらず。これはお礼、ですから」

「礼? あー……いや、それは……」


 アーデルハイドの問題を解決したのは善意からってわけじゃないんだよ。

 そうせざるを得なかったから頑張っただけで……でもそんなこと言えねえし……。


「それに、私も少し息抜きをしたかったので。ね、アンヘル」

「うん、行き詰ってるから丁度良いかも」


 息抜き? 行き詰まり?

 ああ、そのノートに書いてある魔法か。


「ふむ、じゃあ……そういうことなら期待しても良いのか?」

「任せてください」

「期待通りの――ううん、それ以上のものを作ってみせるから」


 そりゃ楽しみだ。

 ところで、


「うっへへへへ……ラインハルトさぁん……」


 お前ホント、こっちに関心ないのな。

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