ハートに火をつけて⑦
1.再会
謎の問答を終え、試合会場を飛び出した俺は控え室でアンヘルたちと合流。
気を利かせて待機してくれていたのだろう、彼女の魔法でバーレスクの屋根裏へ転移。
ようやっと一息吐くことができた。
「助かったよ」
「どういたしまして。それはそうと、そろそろ仮面外したら?」
お、そうだな。
でも一日つけっぱだったから何だか愛着が……。
ひょっとしてこれも俺の顔の一部だったんじゃね? と錯覚するぐらい馴染んでるんだもん。
まあ、外すがな。
だ、だれか俺の顔を見て笑ってやしないか……?
などと軽くウォーズ入れつつ仮面を外す。
隠されていた部分が外気に触れた瞬間、何かえもいわれぬ快感が走ったのは気のせいだろうか?
何つーのかなー、終業式の日、家に帰って制服を脱ぎ捨てて開放感に浸った時のアレと似てる。
「ふふ……お疲れ様、カールくん。とってもカッコ良かったよ」
「ああ、知ってる」
「うん。でも言いたかったの」
ニコ、と微笑むアンヘル――可愛いじゃねえか。ちょっと悔しい。
そんな俺たちを見て今度はシャルが祝いの言葉を口にする。
「君の勝利を疑ってはいなかったが、それでも敢えて言おう。優勝おめでとう、カール」
「フッ……勝利など容易い」
実際、一度も苦労しなかったからな俺。
いや、木葉相手には別の意味で苦汁を舐めさせられたがね。
でもホント、今振り返ってみると俺の努力殆ど無駄だった気がする。
ただひたすらジャッカルにボコられ続けた日々は何だったんだ。
あ、いや、違うな。少なくともまだ無駄と決まったわけではないか。まだ本命が残ってるんだから。
アンヘルに用意させた”アレ”も残ってるし……さあ、どこまでやれるか。
「……」
ん?
シャツの裾を引っ張られる感覚に視線を向けると、
俯き気味の庵がぷるぷると小さく身体を震わせているのが見えた。
「あの……私、私……何て言えば良いのか……まだ、頭の中がごちゃごちゃしてて」
俺は知らない。
庵が今日までどんな想いを抱えて生きていたのか、俺は知らない。
仇が死んだことによる喜びか、ようやっと愛する者を本当の意味で悼むことができるという哀切か。
あるいは自らの手で凶衛を殺せなかった悔しさか――何にせよ一言では到底説明できない感情が渦巻いているのだろう。
「良いさ、ゆっくり消化していきな。時間なら腐るほどあるんだ」
「……」
ぐしゃぐしゃと少し乱暴に頭を撫でてやる。
本当は一人にしてやりたいんだが、そうもいかない。
俺にはまだやることが残っているからな。
そいつを片付けるまでは、浸らせてやるわけにもいかねえ。
「復讐を」
「ん?」
ぽつりと庵が言葉を発した。
「自らの復讐を他人に委ねると、例え仇が死んだとしても中々割り切れるものではない。
もやもやと消化し切れない気持ちを抱えたまま、
止まってくれない時間の中歩いて行かなきゃならない。兄様はそう言いましたね?」
ああ、そうだな。
流石に今朝言ったことぐらいは覚えてるよ。
だが、それがどうしたというのだろうか?
「確かにその通りかもしれません――託した相手が兄様以外であったのなら」
それはまた……。
「今はまだ、明確に言葉にできるほど感情は整理できていません」
でも、きっと大丈夫だと思います。だって兄様は私の”幸い”だから」
ふむ、
「まあ……よく分からんが、大丈夫だってんなら結構なことじゃねえか」
「ありがとうございます兄様。私の無念を、母様や皆の無念を晴らして頂いて本当に……本当に……」
感極まったのだろう。
俺の胸に飛び込んだ庵は誰憚ることなく大声で泣き始めた。
「…………あ、あの……も、申し訳ありません」
しばらくして、庵は恥ずかしげに、そしてどこか名残惜しげに俺から離れて行った。
参ったな……これもう、完全に俺に惚れちゃってる。
でもしょうがない、しょうがないよこれは。
だってオラ、心身共にイケメン過ぎるからね、是非もないわ。
「――――っし、庵も落ち着いたみたいだしそろそろ行くか」
「? カールくん、行くってどこへ?」
「落とし前をつけなきゃいけない野郎……いや、女がいる」
「! 兄様、まさか……」
そう、そのまさかだ。
庵が隠し事を、俺を欺いていたのは別に構わない。
それもコミコミで俺は話を受けたわけだからな。
だが、奴は別だよなあ?
結果的に色々丸く収まったから良いよ……なんてなあなあで済ませる気は微塵もねえぞ。
理由はまったく不明だが俺に目をつけたのはまだ良い。
いや全然良くねえけど、五億歩ぐらい譲って良しとしよう。
だが庵の復讐心を利用してこの子の心が軋むような真似をさせた。
気に入らない、義憤とかそういうアレじゃない。俺が気に入らないのだ。
「どういうことだい?」
「あー……庵、良いか?」
「構いませんが、でも……」
不安げな顔で俺を見上げる庵、心配なのは分かるがこればっかりは無理だ。
だが安心しろ、俺だって何も考えてないわけじゃない。
「アンヘル、お前にも協力して欲しい」
「分かった」
内容を聞いてもいないのに即答かよ、頼もし過ぎるわ。
だが、なるたけ安全にことを運ぶにはアンヘルの存在は必要不可欠なのでありがたい。
理想はね、真正面からボッコボコにすることなの。
ボコボコにしてケツの穴からワイン流し込んでやることなんだが相手が相手だ。
凶衛との戦いでは要らんだろうって使わなかったアレがあるとは言っても……分が悪いと思う。
「よし、じゃあ説明しよう。これからデリヘル明美んとこに殴り込みをかけるぞ」
「「――――は?」」
「実はな」
庵の許可も得ているので、事の仔細を二人にも説明する。
デリヘル明美が何故か俺を知っているということ。
どういう意図でかは分からないが俺を天覧試合に引っ張り出したかったということ。
そのために庵の復讐心につけ込んだこと。
「あの、アンヘルさん……シャルティアさん……私……」
罪悪感で胸がいっぱい。
そんな様子の庵だが、安心しろ。アンヘルもシャルのアホも気にしちゃいねえよ。
つーか当事者の俺が気にしてないのにコイツらがどうこういう資格はないだろ。
「そんな顔しないで庵ちゃん。全然気にしてないから」
「当事者二人が納得してるのに部外者が口を挟む権利はないだろう。それよりも……」
二人の視線が俺を射抜く。
言いたいことは分かる。デリヘル明美と接点があったのかって言いたいんだろう?
「いやホント知らんて」
「でもおかしいだろ。何だってあの面白義賊がパンピーの君を知っているのさ」
面白義賊?
でも、本当にないのだ。デリヘル明美なんて手配書でしか見たことがない。
「強いて心当たりを挙げるとすれば……」
「やっぱりあるんじゃないか」
「話は最後まで聞け!」
あれは俺が帝都に上京して来た日のことだ。
「地元の悪徳商人がぶっ殺されたんだよ」
「話の流れからしてデリヘル明美がやったの?」
「んにゃ多分違う。俺も詳しくは知らんけどデリヘル明美ならお決まりのメッセージが残されてるだろう?」
「なかったの?」
「多分な」
現場にそれがあったのなら、
オズワルドが死んだことを教えてくれたあのオッサンも教えてくれてただろう。
人の口に戸は立てられないからな。
デリヘル明美の仕業ならあっと言う間に街中に情報が拡散していたはずだ。
「じゃあ何で……」
「だから分かんねーんだって」
十五年の人生を振り返る。
だが、どこにもデリヘル明美の顔なんぞ出て来ない。
特別記憶力が良いってわけでもないが……でもなあ……うーむ。
「ねえシャル、どうなの?」
「……ールとじゃ、9:1ってとこかな。一対一なら」
「私がバックアップしたら?」
「それなら大体……」
「……頼んで良い?」
「無論」
「? おい、お前ら何話してんだ」
顔を寄せ合ってひそひそと話し合う二人。
一体何を話してるのかは知らないが、できたら今はこっちに集中して欲しい。
「ううん、何でもないよ。とりあえずやることは分かった。
私はデリヘル明美の捜索と、いざという時の退路の役目を担えば良いんだね?」
「ああそうだ」
俺を天覧試合に出す、それが今判明している奴の目的だ。
目的の性質上、奴は直にその目で俺の戦いを見ていた可能性が高い。
つまりはこの帝都に潜んでるってわけだ。
奴はお尋ね者だ。そんな奴が潜り込めるような場所なんざ限られてる――そう、スラムだ。
「何かこう、良い感じに魔法で頼む」
「すごいふわふわ」
黙れシャル。
しょうがねえだろ。俺も最初は相当な実力者だしスラム走り回ってデケエ気でも探ってみようとか思ったさ。
でもよくよく考えたら見つけられる気がしねえんだもん。
「だってアイツ、多分隠行も相当なもんだぜ」
デリヘル明美は俺や、今日やり合った連中と同じ気を扱うタイプの武芸者だ。
詳細な情報こそ世に出ちゃいないが魔力を探知する罠に嵌らなかったこと、殺された連中の死因から察せられる戦闘スタイルなどから多分間違いはないと思う。
そう仮定した上でこれまでの犯行を振り返ってみると、その隠密能力の高さが浮き彫りになる。
恐らく奴はほぼ零に近いレベルまで気を抑え自らの存在を希薄に出来る。
でなければどう考えても不可能だろって犯行が幾つもあるからな。
「今の今まで捕まらずにあれだけ犯行を繰り返せてんだ。普段から相当、気を遣ってんじゃねえかな」
「あの……それならアンヘルさんにお願いしても無理なんじゃ……」
「闇雲に探したらな。当たりをつけて調べれば……その、何とかなると……思いたい」
奴は帝都に居るんだ。多分、恐らく、きっと。
帝都だけでは広過ぎて無理かもしれないが、スラムまで絞れば何とか……なれ、頼むから。
「変装してる可能性もあると思うんだがそこはどうお考えで?」
「俺は魔法の可能性を信じてる」
魔法は精神を喰らう寄生虫なんてもんまで創れるんだ。
だったらこう、何とかなるだろ。魔法大国ぞ? 帝国は魔法大国ぞ?
アンヘル自身、ポンポン転移したり出来るほど魔法に長けてるしさ。
「何故、諦めるという選択肢が出てこないのか」
「何故、泣き寝入りするという選択肢が出てくるのか」
やだやだ、小生絶対報復するの! しなきゃ気が済まないの!
キャン言わせてケツの穴からワイン流し込んで醜態晒させないと夜も眠れないの!
「アンヘルだけが頼りなんだよ! 頼むよ、何とかしてくれよ!!」
「任せて――任せて、任せて」
お、おう……何か急に冷静になったよ俺。
三度も繰り返し言うことかな? 表面上は笑顔なのに凄まじい圧を感じるのは俺の気のせい?
「ああでも、その前にシャルさんを送って行かなきゃ。そろそろお仕事だもんね」
「え……あ、ああ。そうだね、名残惜しいし心配ではあるが……」
「良いよ。今日はありがとなシャル、応援に来てくれて嬉しかったぜ」
「何、未来の甥っ子の晴れの舞台だ。ラインハルトさんの代わりにしっかり見届けねば」
俺の試合観に来る前に伯父さんとの関係頑張れよ。
ちなみに今日の天覧試合、シャルが言うように伯父さんは観に来ていない。
今日は店も休みだったから支障はないんだが、あの人優しいからな。
俺の意思を尊重して止めはしなかったが、俺が怪我する場面を見たくなかったのだろう。
結局は杞憂だったが……ああでも、凶衛にわざとボコられるとことかで気絶しそうだわ。
うん、やっぱり連れて来なくて良かった。
「それじゃカール、また明日」
「おう、また明日」
シュン! と転移で消える二人。
やっぱり魔法ってすげえよなあ。
「兄様は魔法は使えないのですか?」
「ああ、残念ながらな」
帝国だと魔道士であるってだけで就職とかも有利になるんだが生憎と俺には魔法の才は欠片も備わっていないらしい。
「気を使えば攻撃魔法なんかの真似事は出来るが……」
転移はどうしたって再現できない。
大体さ、魔法は汎用性が高過ぎるんだよ。
大概の魔道士は攻撃魔法や回復魔法、強化魔法あたりの気でも代用できるものしか扱えない。
だが一流どころは違う。奴らは気で代用するのが不可能な魔法を使うのだ。
その癖、気は気じゃなければってのがあんまりない。
やんなるね、この格差。
「それでも、兄様は十分凄いと思いますよ?」
「ああいや勘違いするなよ。俺は別に自分を卑下してるわけじゃないぞ」
顔良し、スタイル良し、性格良し。
その上聞き上手で話し上手とか、天は一体俺に何物与えるつもりなのか。
望んだカースこそ与えてくれなかったが俺は十分以上に恵まれている。
だからまあ、魔法が使えなくてもしゃーないよね。
そんなことを話しているとアンヘルが帰還したのだが、
「コーホー……コーホー……」
「ベ――ジャッカル!」
何でかジャッカルも一緒だった。
え、いや、アンヘルの考えてることも分かるよ?
ジャッカルはかなりの実力者だからな。少しでも成功率を上げるために加勢をってことだろう。
明美と直に手を合わせたわけではないから分からないが、このジャッカルも相当な化け物なのは間違いない。
あれだけやり合ったのに実力の片鱗すら掴めなかったからな。文字通り次元が違う。
心強い味方ではあると思うよ。
でもなあ、
「これ俺の喧嘩だしなあ……庵には手伝いを頼もうと思ってたが、こっちは俺と同じ当事者だし」
「? 私が兄様の御力になれるのですか?」
「ん、ああ……実際にそうかは分からんが……ちょっと試したいことがあってな」
ただ、危険だ。
俺は俺の腕に絶対の自信を持っちゃいるが傍目から見ればとても危険だ。
だから無理に協力を頼むつもりは――――
「やります」
即答かよ。可愛過ぎる。結婚しよ、いや結婚した。
……おっと、些か煩悩が漏れ出してしまったようだ。
気持ちは報復に向いていると思っていたが俺はどうやら俺が思う以上に庵にイカレちまってたらしい――むべなるかな。
だってだぜ? クッソ可愛いロリが兄様って言って慕ってくれるんだぜ?
そらキュンキュンしますわ。
詩人風に言うなら、
ロリコンだもの、しょうがないんだなあ
Byかある
こんな感じだ。
「私としてもデリヘル明美には思うところがありますから」
「そうか。だがまあ、まずは索敵だ。奴がどこに確認してから話を詰めよう」
ちらりとアンヘルを見ると奴はコクリと頷いた。
「ちなみにジャッカルさんだけどね。
直接的な加勢を、っていうのも当然あるよ。でもその前に索敵も手伝ってもらおうかなって」
「ジャッカル、あんた魔法使いだったのか?」
純粋な剣士だと思っていたが……読み違えたか?
と思ったがどうもそうではないらしい。
フルフルと首を横に振るジャッカル――というか鎧がガチャガチャうるせえんだけど。
「デリヘル明美の捜索に、私は私の感覚器官を飛ばそうと思っていたの」
「か、感覚器官って目や耳だよな? え、魔法ってそんなグロいことできんの?」
「あくまで比喩だよ。分かり易く説明するとこんな感じかな」
ぴっと立てた指の上に手のひらサイズの純白の妖精が出現する。
使い魔――ではないな。半透明だし、魔力で編まれたものだろう。
感覚を飛ばすってそういうことか。
ようはリンクしてるんだな? その妖精とアンヘルの感覚が。
見たもの、聞いたもの、感じたものが本体にも遜色なく伝わる。
人型をしているのは齟齬なく情報を受け取るためだろう。
犬や猫の構造と人間の構造は異なるからな。
「正解。でも、私がやるより……」
「ジャッカルの感覚を飛ばした方が発見の可能性は高い、か」
「その通り。操作は私がしてジャッカルさんは索敵を」
「よく分かった。だが良いのかジャッカル? あんたにゃ世話になりっ放しだが……」
そんな俺にジャッカルは無用とばかりに手を突き出しこう言った。
「I'm your friend」
「ジャッカル……」
友情は見返りを求めない、そういうことだろう。
畜生、見た目完全に不審者なのにカッコ良いじゃねえか。
「分かった、じゃあ頼むよ二人とも」
「任せて」
白い魔力の光がアンヘルの身体から溢れ出す。
こうして見ると実に幻想的な光景だ。
陳腐な例えだが天使みた――――
「ア、ミツケタ」
「早くね!?」
三分も経ってねえぞオイ。
カップラーメンだってまだちょい硬めだよ? いや、俺は硬めが好きだから全然良いけど。
「妖精を見えなくしてスラムに飛ばしたんだけど、飛ばした場所がいきなり当たりだったみたいで」
「ピンポイントデハナク、アクマデフキンニダッタガ」
この程度の距離ならば直ぐに分かるとジャッカルは言う。
「ダガマテ、キョウシャノケハイをサッチシタニスギン。カクニンヲ、アノキョウカイノナカダ」
「了解。ちょっと待ってね……どう、見える?」
「アア……ソシテアタリダ。シラヌオトコモイッショニイルヨウダガ、マチガイナクアケミダ」
今日のことを振り返り、改めて現状を見直す。
これは、これは、これは――やはり俺の正義は神に後押しされている?
やはり今日の俺は一味違うな……しかし、男?
「デリヘルと明美と同じように名の知れた奴か?」
「スクナクトモワタシハシラン」
「俺と比較すると?」
「6:4デカールガユウリダ」
ほう。
「ならデリヘル明美と俺では?」
ジャッカルは俺よりも強い。
ならば俺よりも精密に彼我の戦力差を見極められるだろう。
「9:1デカールガフリダナ」
……一割あるの?
正直、驚きだった。
あんな無茶をやらかす女相手に一割で勝ちを拾えるのか。
単純に俺が強いのか、奴が暗殺特化で真正面からの戦闘に向いていないのか。
もしくは単純に奴が弱い……――のはなさそうだな。
色々と考察の余地はあるが、まあ良い。
一割拾えるとだけ分かってりゃ良いだろう。変に考え過ぎると逆にパフォーマンスを発揮できなさそうだし。
デリヘル明美相手に一割取れるという自信だけを抱えてりゃそれで良い。
「ダガ、ナニヤラキリフダガアルノダロウ?」
「切り札と呼べるほどのもんかは分からんが」
まあ、単純に戦力が増強されるだろうという自負はある。
後は立ち回り次第でキャン言わせるのは不可能でも嫌がらせぐらいはできるだろう。
そのためにも詳細を聞かねば。
「デリヘル明美と謎の男ってのはスラムのどこにいるんだ?」
「ウチステラレタキョウカイダ」
屋内か――ますます風が吹いてやがる。
やはり俺は神意に背中を押されているようだ。帝都のジャンヌダルクと呼ばれる日も近いな。
「よっしゃ、全員顔をこっちに」
「ダレニキカレルワケデモナイノニ……」
るっせ、こういうのは気分だ気分だ。
顔近付けてひそひそやる方が悪巧みっぽくて良いだろ?
「でな? ……をこうして……ただ、奴らの性格が……じゃなければ……」
そうしてひとしきり話し終えたところで庵を見る。
迷いのない瞳でコクリと一度頷いた。
自惚れでも何でもない、庵は心底から俺を信じ切っている。
それはアンヘルも同じ――え? ジャッカル? すいません、そもそも目が見えないんですけどこの人。
「じゃあ、手筈通りに頼む」
アンヘルがコクリと頷いたかと思えば周囲の景色が一変する。
突然、スラムに現れた俺と庵に通行人はギョっとした顔をしているが無視して歩き出す。
転移してもらったのは教会からそこそこ離れた場所。アンヘルとジャッカルはバーレスクで待機しつつ俺たちの動向を見守ってくれている。
援軍の投下と俺と庵の撤退に必要不可欠なアンヘルが潰される可能性を少しでも減らすためだ。
(うーむ、良いねえ)
黒いロングコートを靡かせながら肩で風を切りスラムを往く俺。
かなり絵になってると思うんだ。
やっぱりイケメンは何をしても絵にな……あ゛?
「どうかしましたか?」
「気付かれた」
教会まで数百メートルといったところで肌が粟立つ。
あちらがこちらを察知したらしい。
だがその場から動く気配はない。
ここにいるから来なさい、そう言わんばかりにこれまで薄めていた気配をアピールしている。
「ふ、ふふふ……舐めやがって……」
「兄様って煽り耐性低いですよね」
「そんなことはない」
気付かれたからと言って予定に変更はない。
不意打ちとかそういうのはプランに入ってないからな。
強いて言うなら気付かれたことで教会から出られてしまうのが少し不安だったが好都合なことに奴らは微動だにしない。
ありがたいことだ――舐めやがってクソァ!
「準備は良いか?」
「はい。兄様の思う通りに」
庵の言葉に頷き、教会の扉を開く。
さあ、覚悟しやがれ――そう意気込んでいた俺だが、その意気は即座に挫かれることとなった。
「よォ来たのォ、ルガール!!!」
祭壇に腰掛ける蓬髪の大男が楽しげに歓迎の言葉を口にした。
上半身裸で肩に抜き身の太刀を担ぐ、その灰毛は――――
「…………ティーツ?」
郷里の幼馴染、ティーツだった。
奴の隣に立つワカメみてえな癖っ毛黒髪ショートの女、あれはデリヘル明美だろう。
手配書と同じ顔してるから間違いない。だが、だがそれはどうでも良い。問題はティーツだ。
「お、お前何してんの? それと俺はカールだ」
ルと濁点は一体どこから来たんだ。
「ワッハハハハハハ! 元気そうで何よりじゃあ!
おお、そうじゃそうじゃ。天覧試合、優勝おめでとう。気持ちのええ男ぶりじゃったわ!!」
「いやだから……」
お前、そういうとこあるよね。
人の話聞かないで一方的に自分の感情を捲くし立てるっていうかさ。
「にしても久しぶりじゃのう。最後に会うたのは教会か?
まあ、わしはお前よりはようカース貰うてオズワルドぶっ殺しに行ってそのまま街を出たけえ。
ゆっくり話す暇もなかったが、どうじゃ? お互いに成人したわけじゃし一献」
「は? オズワルド殺したのお前なの?」
速報、幼馴染が殺人犯だった。
ちょっとあの、色んな情報が追加され過ぎて処理が追いつかないんですけど。
「話が進まねえからお前は黙ってろティーツ」
「何じゃ……まあええわ。好きにせい」
ごろりと祭壇に寝転がるティーツ、
デリヘル明美とやけに親しげだがどんな関係なんだ?
男女の関係ではなさそうだが……つかデリヘル明美、すげえカッコしてんな。
脇とか臍とか丸出しのえぐいレオタードの上に外套って――痴女かな?
でも、そういう責めの姿勢……僕は嫌いじゃないぜ。
ああ、久しぶりにデケエオッパイを見た気がするよ。
お前は嫌いだけどお前のオッパイだけは好きになってやっても良い。
「知ってるだろうが、あたしが明美だ。
どうやってここを突き止めたのかは知らねえが、ここに来たってことは」
「ああ、庵から話は聞かせてもらった」
そう言って一歩後ろに下がり、庵を前に出す。
聞きたいことがあるのは俺だけではないのだ。
「デリヘル明美、あなたは一体何なのです? 何故、私の母様と、凶衛のことを知っていたのですか?」
「そりゃ双子の姉、姪のことぐらいは知ってるさ」
「ほうほう……姉、姪ね……ふぅん――え、ババア!?」
「誰がババアだ! 口を慎めチンピラポエマー!!」
「誰がチンピラポエマーだ素敵ッパイババア!!」
だが、意外な繋がりだ。
まさかデリヘル明美が庵の叔母だったとは。
叔母がいるとかそういう話は? そう目で庵に問いかけるがふるふると首を振るだけ。
「まあ知らないのも無理はないさ。あんたが生まれる前にゃ葦原を捨てたからね」
「……母様の享年がさんじゅう……だったので……あの人は今だいたい……」
「え、そんな歳だったの? やっぱりババアじゃないか!!」
「おい、あの女の享年からあたしの年齢を推察しようとすんな!!」
”あの女”ねえ。姉妹の仲はよろしくなかったらしい。
庵もそれを察したのか、複雑な表情をしている。
「知っていて、それでも尚凶衛を放置していたのは……」
「アイツとの確執ゆえ、じゃないさ。流石に他人の獲物を横取りするのはね。
ああ、アンタじゃないよ。アンタを含むって感じだね。
まあ積極的に情報探して殺すつもりはないが見つけたら殺すつもりではあったよ、アイツは許し難い屑だし」
つまるところ今回デリヘル明美が凶衛の情報を得たのは偶然ってことか。
庵との取引材料に使いはしたが、キッチリ殺すつもりではあったのね。
しかし……ふむ”許し難い屑”ねえ。
これだけだとまだ分からんな。
「他人の獲物を横取りしない、それを曲げたのは私との取引材料に利用したいから」
「ベルンシュタインのことを調べてる時にアンタと関わりがあるのを知ってね、丁度良いと思ったのさ」
堂々と言ってのけるデリヘル明美だが、誤魔化されはしない。
後ろめたさを感じている、いたいけな幼子の心を利用したことに罪悪感を抱いている。
それを悟らせないため、若干露悪的になっているのだろう。
よしよし、これならいけそうだな。でも、もうちょっと材料が欲しい気分。
「つかそもそも何で俺のこと調べてやがった?」
「勧誘のためさ」
カン・ユー……勧誘?
「のうカール、世の中にゃ法で裁けん悪党が多過ぎやしねえか?」
「んだよ急に」
「身近な例で言えばオズワルドよ。あれは言い訳のしようもない悪党じゃ。
が、法を遵守させる立場にあるはずの権力者があれを護っとった。
おかしいじゃろ、道理が通っとらん。見逃せ言うんか? わしには無理じゃ」
だから法に背いてでも奴を殺したのか。
いや、前々から殺す殺す言ってたけどさあ……普通冗談だと思うじゃん。
「わしはあの手の輩がのさばっとるのがどうにも我慢出来ん」
「お前……殺ったのはオズワルドだけじゃねえな?」
「おう、他にも西でグリューン言う貴族様をぶっ殺してやったわ」
あれもお前かよ。
OKOK、理解した。
故郷を飛び出して四ヶ月近く、お前が何をしていたのか。
仕事人みてえなことしてたわけだ――僕たちまだじゅうごさいですよ?
引くわ。
「そんな時に明美と会うてのう。
個人でやっとっても埒が明かん、組織を作るから手伝え言われて加入したんじゃ」
抑止力か。
強大な国家権力にすら刃を向けられる連中が統一された意思の下に動く。
悪党どもからすれば堪ったもんじゃねえな。いや、悪党以外のお偉いさんからしてもな。
「で、そん時にコイツに聞いたのさ。腕利きで義に厚い奴に心当たりはないかってね。
こっちの世界に入ったのは最近だし、正直期待はしてなかったんだが……中々どうして」
明美は嬉しそうに俺を見た。
かなりイラっとしたが……兎に角、これで理由は判明した。
実力やら性根を見るためにコイツ――いや、コイツらは庵を利用したわけだ。
ああうん、止めなかった時点でティーツも同罪だよ。
実力見てえんなら闇討ちでも仕掛けて来いや。
心根を確かめたいなら店にでも通って俺と話をすれば良いじゃねえか。
癪に障る真似しやがってからに。
いや、実際闇討ち仕掛けてきたらこれでもかってぐらいにキレるだろうがね。
「カール、あたしはあんたが欲しい」
「……」
「その力で世の中の風通しを良くしようじゃないか。なあ?」
偽善――ではなく、義憤なんだろうな。
ティーツもそうだが、デリヘル明美も理不尽な屑がのさばる現状がどうしても許せないのだ。
法に背き、その庇護下を追われてでも自らの胸に宿る正義を貫こうとしている。
――――俺には一切関係のない話だが。
「ティーツ、俺が胸に七つの性癖を持つ男と言われてるのは知ってるな?」
「ん? おう、言われてるっつーか自称じゃがな。
えーっと、確か臭いフェチに……女性上位の攻めに……ロリコンに……」
何だ、案外覚えてるじゃねえか。
友達が俺のパーソナルな部分をしっかり把握してくれてるって嬉しいね。
まあ、それはそれとしてこれからキャン言わせてやるつもりだが。
「そう、その三つに後四つの性癖を足し一まとめにしたのが”七つの性癖”だ」
「おいティーツ、コイツは一体何を言ってるんだ?」
だが、
「――――性癖が七つではないとしたら、どうする?」
不敵に笑う俺。
自画自賛するようで恥ずかしいが、今の俺、かなりカッコ良いと思う。
今日イチ、決まってるんじゃないかって自負がある。
「いやどうするもこうするもないんだけど。それがどうしたの? としか返せねーよ」
「ガッハッハッハ! カールはそういうとこある」
「見せてやるよ」
コートの内側から勢い良くそれを引き抜く。
「
左右の手に握られた黒光りするゴツイブツ――拳銃だ。
その銃口を一切の躊躇いなく二人へと向ける。
「これが俺の
燃えろ俺の
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