ハートに火をつけて⑥
1.なべて世は事も無し
「いよいよ、いよいよこの時がやって参りました。
並み居る猛者を退けのし上がった益荒男二人。ここが、この場所こそが頂。」
世界の天辺で互いの夢を懸けて潰し合う。頂点とは分かつものではなく勝ち取るものだから」
朗々と謳い上げる解説の男。
その頬は興奮に染まっており職務以前に一人の観客としてこの大会を存分に楽しんでいることが窺える。
「さっさと始めたい! ですが、私にも仕事があります。諸々済ませないと試合開始を告げられないんですよ」
やれやれと肩を竦める男に観客たちがドッと笑い声を上げた。
「はい、というわけでお仕事始めますね。
ここからは私と共にBブロックの解説を務めて頂いた皇子の他に我らが皇帝陛下にも解説に加わって頂きます」
「うむ。余がジークフリート・プロシアである」
「この時間、無駄だと思う」
「おや皇子、何やら元気がないご様子。どうかされたので?」
「どうもこうもあるかよ。決勝のカードは結構前に決まってたのに何で待たなきゃいけねえんだ」
「何でも何も、黄昏の中での決勝が伝統なわけですし」
「それな。その伝統が意味分からん。親父、何で夕刻を待たなきゃいけないわけ?」
「夕陽の中で殴り合うのが男の王道だからに決まっているであろう、常識的に考えて」
皇帝の言葉に皇子は更に顔を顰めた。
まさかこんなアホな理由だとは思ってもみなかったのだろう。
「別に無手の武芸者だけじゃねえし、女だって出場してたからな。
俺が皇帝になったらぜってーこの制度変えてやる」
次に顔を顰めたのは皇帝だった。
間に挟まれた解説の男は不穏な空気を感じ、慌てて話題転換を図る。
「さて、決勝まで辿り着いた二人の選手を改めてご紹介致しましょう」
「まずは一人目、Aブロックの王者たる捩花凶衛選手。
派手さはないものの堅実な立ち回りにより見事、Aブロックを制しました。
甘いマスクに加えて強さもあるんだから、そりゃもうモテるでしょうねえ。
実際、ファンになったと公言する女性も多いようです。クッソ羨ましい」
「おい、私情入ってんぞお前」
自分のことは棚に上げた皇子のツッコミを無視しつつ男は更に解説を続ける。
「対してBブロックの覇者たる謎の詩人仮面選手。
凶衛選手とは真逆の破天荒な振る舞いが兎に角目につく選手。
一回戦で見せた圧倒的な実力と、圧倒的な柄の悪さをそのまま貫き通しBブロックを制覇。
こちらは観客の好悪がハッキリ二極化している選手ですが、その分彼を推す方の熱意は尋常ではありません」
「ケッ……言葉で心が乱れるようなメンタルに難ありの奴ばっかだったから勝ち上がれただけだっつの」
一回戦の時ほどあからさまではないが、皇子は未だにカールに対し悪意を抱いていた。
クジでたまたま本選に出られただけ、枠の無駄だと言い切った自分の面子が潰されたからだ。
加えてカール本人も流れ弾気味に皇子をディスっていたので両者の雪解けは難しいだろう。
「さて陛下、陛下は会場で直接見ることはできなかったでしょうが……」
「うむ、政務が中々終わらなくてな。だが遠見で試合はしっかり拝見させてもらった」
「ありがとうございます。では御二方にズバリお聞きします――どちらが勝つと思いますか?」
「捩花凶衛」
「謎の詩人仮面」
親子で意見は真っ二つ。
国民的にはあまりよろしくないがエンタメ的にはその方が面白い。
意見が対立している方が話を膨らませやすいからだ。
「なるほどなるほど。では順番に、見解を伺っていきましょう。まずは皇子、お願いします」
「まあ言いたいことは分かる。チンピラポエマーに比べりゃ凶衛は地味だ。
素人にはイマイチ分かり難いだろうよ。だが、目の肥えた人間が見ればその技術の高さは明白だ。
だが、技術よりも何よりも評価すべきはそのメンタルだな。
所々、危うい場面がありながら決してペースを崩さず冷静に状況を打開する胆力は見事なものだ」
直接試合を見られなかったのは残念だと皇子は締め括る。
「ではお次は陛下、よろしくお願いします」
「うむ。余が彼の者の勝利を予想した理由の一つは彼奴が覇者の器を持つ者だからよ」
「覇者の器、ですか?」
キョトンと首を傾げる解説の男。
一回戦から今までカールの戦いを見守ってきたのでその強さは理解できる。
が、覇者の器? あのチンピラ染みた彼が?
そんな男の疑問も承知の上だったのだろう。
皇帝は蓄えた立派な髭をさすりながら解説を続ける。
「あれは自ら流れを生み出し、それに他者を巻き込みながら進む覇道の男だ」
「流れを……生み出す? えーっと、策謀に優れた人間ということでしょうか?」
「違う。その手の能力も優れていようがもっと根本的なものだ」
皇帝の言をイマイチ理解出来ないのか解説の男が首を傾げる。
「お、皇子……何言ってるか分かります?」
「わっかんねーよ。俺に振るなって」
ひそひそ話を続ける二人をよそに皇帝は更に言葉を連ねていく。
その顔は楽しげで、誰の目にもカールに期待をかけていることが見て取れる。
だがそれは同時に皇子の機嫌が急降下していくことを意味していた。
「己がそうと定めた道を踏破することしか頭にない。
あの手の輩を止められるのは圧倒的な力か同じ資質を有する者だけ。
捩花凶衛だったか? そこそこやるようだが、彼奴では謎の詩人仮面を止めるには不足が過ぎよう」
「は、はあ……」
「そういえばお主、彼奴への好悪が二極化していると言っておったな」
「え、ええ。それが?」
「それもまた覇者の資質よ。大いに好かれるか大いに嫌われるか。
覇道を往く者とは往々にしてそうなのだ。
あれの不足は、あれに惹かれ集うた者が勝手に埋めようとしてくれる。正に覇者の在り方よな」
そう締め括り皇帝は深く椅子に背を預けた。
どうやら話はこれで終わりのようだ。
「えーっと……?」
「おう、もう良いから始めろよ」
「了解です。ではそろそろ選手の御二人に入場して頂きましょう!」
会場の熱気が一気に高まっていく。
今か今かと待ち望んでいた時が、ようやく訪れようとしているのだ。
「東より、チンピラ……謎の詩人仮面選手!!」
「おい、チンピラポエマーの名称を定着させようとすんな殺すぞ」
「西! 捩花凶衛選手!!」
「どうもどうも」
片や抉り込むようにガンを飛ばしながら、
片や愛想の良い笑みを振りまきながら、
両雄は今、ここに並び立ったのである。
「それでは――――」
「ああ待て待て待て。試合の前に言っておきたいことがある」
二人の間に入ろうとした審判を蹴り出し、
カールはぐるりと観客席を見渡してこう告げた。
「――――俺はデスマッチを提案する」
ざわりと困惑が広がっていく。
デスマッチ、読んで字の如くに死闘。
天覧試合における戦いの結果として死者が出ることは当然、織り込み済みだ。
しかしそれは、結果として死ぬこともあるという程度のもの。
だがカールはそうではない、互いの死によってのみ勝敗を分かつよう提案したのだ。
「降参はなし。どっちかの息の根が止まるまで戦い続けよう。
まあいきなりそんなこと言われても困るよな? だがな、こっちにも事情があるんだ。
ああ、まだるっこしい言い方は好かんから単刀直入に言う」
一拍置いて、カールは厳かに告げる。
「俺にとってこの戦いは”敵討ち”なんだよ」
どよめきが更に大きくなっていく、
と同時に敵討ちというドラマ性が混入したことで新たな熱が俄かに広がり始める。
カールはそんな雰囲気を察し、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どっちが悪いかとかそういうことを論ずるつもりはない。
別に同情を買いたいわけでもなければ、わざわざ罵られるような趣味もない」
別に同情を買いたいわけでもなければ、これだけならカールに酌むべき事情があるように思える。
わざわざ罵られるような趣味もない、だがこれが加わると敵討ちに正当性があるのかが分からなくなってしまう。
どちらに感情移入すれば良いのか観客たちは戸惑っているだろう。
――――それこそがカールの狙いだった。
観衆を味方につけて精神的優位に立つなんて真似はしない。
そのせいで負けた、なんて慰めを凶衛に与えたくないからだ。
言い訳の余地もなく凶衛を圧し折るため観衆に中立を求めているのだ。
ならばわざわざ敵討ちなどという題目を掲げる必要はないのでは?
そう思うかもしれないが確実にデスマッチを確約させるためには必要なのだ。
「陛下! その名の下、どうか臣の願いを聞き届けて頂きたい!!」
話を振られた皇帝は一度ふむ、と思案し答えた。
凶衛がそれを呑むのであれば許可しようと。
その言葉を受け取ったカールが凶衛を見つめると、
「勿論、構わないとも」
彼は笑顔でデスマッチを受け入れた。
そこにあるのは絶対的な自負。自分が殺される可能性など微塵も考えていないのだろう。
「僕としてもクライアントの要望をどう果たしたものかと悩んでいたから渡りに船だよ」
ほんの一瞬、凶衛の視線が皇子に向けられたことをカールは見逃さなかった。
どんな繋がりがあるのかは知らないが――どうでも良いことだ。
凶衛はここで死ぬ、殺される、それが約束された結末だから。
「そうか、ありがとよ。俺としても本命が後に控えてるんでスムーズに話が進んで助かったよ」
「後に控えている? おかしなことを言うな。君、ここで死ぬんだよ?」
二人はニィ、と同時に口角を吊り上げ同時に地を蹴った。
試合開始の合図も待たずに始まった死闘。
審判が抗議の声を上げようとしたものの直ぐにその闘気に呑まれ逃げるように避難して行った。
「シッ……!」
「オラァ!」
凶衛が繰り出した顔面への貫手、首を捻り回避しつつ抉り込むようにアッパーを繰り出す。
だがそのアッパーはあっさりとパリィされお返しとばかりに蹴りが飛んできた。
それをスウェーで回避し、即座に体勢を整えたカールは再度前に出た。
足を止めての打ち合い、だがそれは泥臭い殴り合いではない。
躱し、防ぎ、いなし、時には相殺する高度な乱打戦だ。
度肝を抜くような高等技術の応酬に会場は静まり返っていた。
そんな中、真っ先に我に返ったのが解説の男。
「お、お、おぉおおおおおおお! ラッシュラッシュラッシュラァアアアアアアッシュ!
頂を決めるに相応しい超高度な技術の応酬!!
凶衛選手はともかく、パワーファイターのイメージがあったチンピラポエマー選手ですがこれは……!」
「だからチンピラポエマー言うなや! ぶっ殺すぞ!?」
律儀に噛み付くカールを見て観客の一人が集中しろと野次を飛ばす。
そしてその野次にも律儀に噛み付く――正にチンピラである。
だが、チンピラであってもその実力は本物。
噛み付いている最中もその動きに一切の淀みなし。
「「ハッ!!」」
カールの右拳と凶衛の左拳、
同時に繰り出された二つの拳が真正面からぶつかり合いビリビリと大気を鳴動させる。
拮抗は数秒、パァン! 何かが弾ける音が響き渡り二人は同時に飛び退いた。
「なるほど、大口叩くだけはあるね。そこそこやるようだ」
「そいつはどうも」
「だがああ……気に入らない。気に入らない。思い上がったその態度、癪に障るんだよ」
瞬間、橙色のオーラが燃えるように凶衛の全身を包み込んだ。
「え、消えた!?」
観客たちの目には凶衛が消えたようにしか見えなかっただろう。
というより、今も時折見えるその姿を映すことしか出来ていないはずだ。
それでも断続的に響き渡る音と上下左右に揺れ続けるカールの身体を見れば何が起きているかは察せる。
「キャハハハハハハハ! 雑魚がさぁ! 粋がるなよォ!!」
嗜虐に染め上げられた顔で哄笑をあげる凶衛に彼を推していた観客は戸惑いを隠せない。
「お、お……おぉおおおおっと! まさかまさかの展開?!
凶衛選手はまるで本気を出していなかったということなのでしょうか! と、というか何かキャラ違いません……?」
これまでは紳士的に振舞っていた凶衛だがそれは別に本性を覆い隠す必要があったからではない。
ただ単純にそういう気分ではなかっただけ。
「ヒャッハァ!!」
崩れ落ちたカールの顔面を思い切り蹴り飛ばす凶衛。
仰け反りながら吹っ飛び地面に激突したカールはうつ伏せの体勢からピクリとも動く気配がなかった。
「っと……やべえしくった。生きたまま焼くのが一番なのに……」
あちゃーと天を仰ぐ凶衛。
静まり返った会場に悲痛な叫びが響き渡ったのは正にその時だ。
「兄様ァ!!」
涙を目に溜め叫ぶ庵だが、
「大丈夫だよ」
「な、何を言ってるんですかシャルティアさん!? 兄様が……兄様が……」
「いやだってあれ――――」
彼女の言葉を遮るように、声が響く。
「なるほど」
それは聞こえるはずのない声。
凶衛が、庵が、殆どの観客がギョっと視線を向ける。
「大体分かった」
散々に痛めつけられていたはずのカール、彼はまるで堪えた様子もなく片手で倒立し身体を起こしていた。
「よっと」
地面につけた手を押し、その反動で宙に浮かび上がり一回転。
ぱんぱんと埃を振り払いつつ凶衛に向き直りカールはこう告げる。
「――――お前、弱い者イジメしかしたことないだろ」
「ば、馬鹿な……何で、そんな……た、確かにお前は……」
馬鹿にしたようなような言葉。
だが、凶衛にはそれに怒りを抱く余裕すらなかった。
あり得ない光景に愕然とする彼を見てカールは呆れたように鼻を鳴らす。
「馬鹿はこっちの台詞だよ。何で気付かないかね? 手応えおかしかっただろ。
打点をずらしてたんだよ。武道家の端くれなら人間ぶん殴る感触ぐらい覚えとけや」
一端の武道家ならば直ぐに気付いたはずだ。
「違和感を覚えないってことは格下だけを相手にして来たって証拠だぜ。つーか、手応えで気付かなくても……ほれ」
カールが自身の顔を指差す。
「散々顔面も殴ったのに仮面すら砕けてねーだろ」
特注品でも何でもない、一山幾らのパーティグッズだ。
それが砕けていない時点で違和感を覚えて然るべきだとカールは指摘する。
つまるところ、凶衛に”戦い”の経験はないのだろう。
だから、相手を注意深く観るという当たり前のことすら出来ていない。
「……っとに、しゃーねーな」
ぞわり、と這い上がるようにカールの全身を闇を想起させる紫色のオーラが包み込む。
「――――教えてやるよ、本物の暴力ってやつをな」
「!?」
一息で距離を潰したカールは左手を凶衛の肩に置き右手で頭を抑え付け、
目にも留まらぬ速度で何度も何度も膝蹴りをその腹部に突き刺した。
凶衛は一撃目で吐瀉物を撒き散らしたがオーラがそれを弾きカールの膝が汚れることはなかった。
「いやね、最初に打ち合ったあたりから薄々そうじゃねえかとは思ってたんだわ」
ひょいっと身体を抑え付けていた手を離す。
辛うじてその場に崩れ落ちることはなかったものの、凶衛は腹を押さえながらぷるぷると後ろに下がろうとしている。
「あれ? これいけるんじゃね? って」
つかつかと歩み寄ったカールは膝で顎をかち上げ、宙に浮かび上がった凶衛の胸倉を引っ掴み往復ビンタを繰り出す。
「ただまあ一応確認しとかなきゃって思ったのにこれだもん」
「く、糞……糞、糞糞糞がぁ……!!」
「おや? 根性は案外あったんだな。良いぜ、使えよ」
凶衛を放り出し、両手を大きく広げ笑う。
「お得意の炎を使えば良い。そら、俺は抵抗せんぜ」
身に纏っていた気を消失させ無抵抗をアピール。
凶衛は罠か? と一瞬、疑いはしたもののどの道選択肢はないと両手でカールの首を掴む。
馬鹿め、馬鹿め、馬鹿め! 侮ったな、油断したな!
これさえ発動すれば勝敗は一瞬にして覆る。
凶衛は全霊の気を注ぎ込みカールに着火した。
「ハッハッハッハ! 終わりだ終わりだ! 散々舐めたこと言っちゃってさあ!
余裕ぶっこいて焼き殺されるんだから世話ないなァ!
間抜けも極まったぜぇ!? ハーッハッハッハッハ……は?」
着火すると同時に距離を取った凶衛は火柱に包まれたカールに嘲笑せ浴びせかけるが……。
「こんなもんか」
炎に包まれているカールだがその肌には火傷一つ存在しない。
というより、そもそも焼かれていない。
「な、何で……そんな……」
「気の”掌握”。こんなもん、気を使う人間なら修めてて然るべき技術だぜ」
最強無敵流の技の一つである対々崩。
あれは三種の異なる気を敵の体内に滲ませ起爆させる技で、一見すれば当たってしまえばどうしようもなく思えるが実はそんなことはない。
体内に染み込まされた気を掌握して自分のものにしてしまえば無力化は容易だ。
カールが炎を無力化したのも原理は同じ。
凶衛の炎気を掌握し、自らの制御下に置くことで害を排したのだ。
自らの炎に焼かれる間抜けがどこの世界にいるというのか。
「気の掌握……そんな、そんな馬鹿なことが……」
「お前、よくそんなんで戦いを生業にしようと思ったな」
軽く腕を振るうと全身を覆っていた炎が跡形もなく消え去った。
「で、これだけか? 他にもあるんなら受けてやるぞ、冥途の土産にな」
「あ、あ、あ」
じりじりとカールから逃げるように距離を取る凶衛。
この姿を見れば一目瞭然、最早彼に打つ手はない。
「ないのか。じゃあ、終わらせようか」
「ま、待って! 待ってくれ! 降参だ、降参する! だ、だから命だけは……命だけは……!!」
涙ながらに懇願する凶衛にカールは苦笑を返す。
「忘れたのか? これはデスマッチだ。どちらかの死以外で決着はつかない」
「ッッ……! 分かった、分かった! か、金だ! 金を払うよう!
幾らでも払う! な、何でも言うことを聞く! だから……だから……!!」
「ここまでくると気の毒だな。優しい俺としては仏心が湧いちまうぜ」
両手の体外と体内で二種の異なる気を練る。
体外には斬気を、体内には炎気を。
ただし、体内に練りこむ炎気はいっそ過剰なまでに。
制御を完全に手放し、暴走させるように限界を超えて高まらせ続ける。
「俺が誰の仇を取ろうとしているか当てられたら見逃してやるよ。
四択だ。A、俺の父親。B、俺の母親。C、俺の親友。D、俺の恋人」
鉤手を作り、地面を蹴る。
「あ、あ……A! Aだ……ぎゃあああああああああああ!?」
「時は春、」
その身を切り裂く、悲鳴が上がる
「い、痛い痛い痛い……ッ!!?」
「日は朝、」
その身を切り裂く、鮮血が舞う。
「じゃ、じゃあB! Bですよね!?」
「朝は七時、」
その身を切り裂く、殺さぬよう。
「~~~~!!??!!?!」
「片岡に露みちて、」
その身を切り裂く、死なぬよう。
「し、シィァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「揚雲雀なのりいで、」
その身を切り裂く、丁寧に。
「D……Dじゃないのか!? だ、だだ誰か……誰か……ころ、ころされ……殺される……!!」
「蝸牛枝に這ひ、」
その身を切り裂く、愛撫するように。
「助けろ! 助けろよぉおおおおおおおおおおお!」
「神、そらに知ろしめす」
その身を切り裂く、やがて至る絶頂へ向け。
「お、おい! 皇子様ぁあああああああああ! 僕が殺されちゃうぞ!? 優秀な手ごまが消えちゃうぞ!!!!」
「ああそうだ、最後に答えを教えてやるよ」
その身を切り裂く、幕を降ろそう。
「A」
両手で凶衛の首を掴み、
「B、C、D――――その”どれでもない”だ」
「そ、そんなのずる……!!」
高めていた炎気を解き放つ。
その際に両腕が二の腕あたりまで黒焦げになってしまったがカールは表情一つ変えなかった。
「アアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
紫炎の火柱が黄昏の空に色を足す。
響き渡る叫喚は数秒で聞こえなくなり、一分も経つ頃には炎も消えた。
炎が消えた後、そこには何もなかった。
肉も骨も、一握りの灰すら残さずに捩花凶衛はこの世から完全に消滅したのだ。
「――――なべて世は事も無し」
首を回すとバキボキと骨が鳴った。
肉体的な疲労は少ないが、精神的な疲労はそれなりにあった。
あんな雑魚相手にそこまで頑張る必要なかったな……そんな気分がどうしても拭えないカールであった。
「けーるか」
ポケットに手を突っ込んで歩き出そうとするカールだが、
「ちょ、ちょ、チンピラポエマー選手!?」
「テメェ……! 何度言ったら分かるんだ!? 俺は謎の詩人仮面だるぉおおおが!!」
痛いほどの静寂を打ち破って解説の男が声を上げた。
カールはやはりチンピラポエマーの名が気に入らないようで本気でそれに噛み付いている。
「それはともかく……ど、何処に行くつもりですか!?」
「用は済んだし帰るんだよ」
「か、帰るって……この後、式典とか……」
「るっせえ! どうでも良いわ!!」
「賞金、賞品の授与とかも色々あるんですよ!?」
「俺は優勝するために来たんじゃねえの!
あーどうしてもってんならあれだ、スラムに孤児院でも建ててくれりゃ良いよ、賞金使ってさ」
今度こそ去ろうとするも、
「待てい!!!!」
今度は皇帝が直々にカールを呼び止めた。
しかし今の彼に皇帝などという立場は関係なく、
「しつけえんだよ! 俺ァ、この後に本命が控えてて忙しいのッ!!」
「一つ、余の問いに答えよ」
厳かにそう言う皇帝に若干、頭が冷える。
カールだけでなく無関係のはずの観衆たちまでもが固唾を飲んで問いを待つ。
そしてしばしの沈黙の後、問いが放たれた。
「――――お主の女の好みは?」
「顔ッッ!!」
「ならば良し!!」
ならば良し!!
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