ハートに火をつけて⑤

1.君の幸い


 最愛の母を失い、祖国を追われ、異国の貧民窟にまで堕ちたのが五年前のこと。

 胸焦がす憎悪は一時たりとて絶えたことはない。

 しかし、立ちはだかる現実の壁は大きく日々を生きることに精一杯だった。

 子供だから、そんな理由で今日を生きる糧が当たり前に得られることもなく餓えた腹を抱え夜を越えることもしばしば。

 だがそれは自分が特別不幸だからではない。

 貧民窟に暮らす子らは皆、同じようなもの。

 誰もが孤独に震えながらあるかどうかも分からない希望を求め彷徨っていた。


 憎悪。

 悲哀。

 焦燥。

 倦怠。

 諦観。

 絶望。


 櫛灘庵は磨耗していた。

 当然だ。たかだか十一、二歳の少女が背負うにはその不幸はあまりにも重過ぎた。

 ただただ心が磨り減っていくだけの日々、そこに変化が訪れたのは今から二ヶ月半ほど前のこと。

 その人は風のように唐突に現れた。


『ハーッハッハッハ! 風流せい! 風流せい!!』


 高笑いを上げながら金をばら撒く謎の男、はしたなくもポカーンと大口を開けて固まってしまった。

 回れ経済! 車輪の如く! これが俺の経済活動!

 などと叫びながら金を撒くカール、自分もその恩恵に与りその日はほんの少し豪華なご飯が食べられた。

 後で聞いたところ、ばら撒いていた金は喧嘩を売ってきた連中から巻き上げたものらしい。


 それがはじめての出会い――もっとも、あちらはこちらを認識すらしていなかっただろうけど。


 それからカールはしばしば貧民窟を訪れるようになった。

 気に入らぬと因縁をつける者、食い物にしてやろうと近付く者、無関心を貫く者、色んな者がいた。

 だが彼はそんな悪意や無関心などものともせず、どこまでも自由だ。

 だからだろう、気付けばその周りに人が集っていたのは。


 顕著だったのは子供たちだ。

 希望を知らず、幸福を知らず、標となる背を知らず、

 ただただ闇の中を彷徨うことしかできなかった子供たちはこぞって彼に懐いていった。

 立派な大人とは口が裂けても言えない、だが生きる力に満ちるその姿に惹かれたのだろう。

 自分以外は敵、そんな認識は気づけばどこかに行っていて子供たちは手を取り合うことを学んでいた。

 遠目に見ても分かった、何一つ状況が好転したわけではないのに子供らは笑うことが多くなっていた。


 ぼんやりと、近いのに遠く感じる温もりを眺める日々。

 だがそれはこれまた、唐突に終わりを告げた。


『ん? あの子誰だ? おい、ハブってんじゃねえよ。イジメ、カッコ悪い』

『い、いや……だってアイツ、変な格好してるし……』

『ははぁん。そういうことか。色気づけやがって! クソガキどもが!!』

『ば、ばばば! ち、ちげーし! そんなんじゃねーし!!』

『ったく、毛も生えてねえガキはこれだから』


 こちらの意思など関係なしに手を引いて、無理矢理輪の中へと連れ込まれた。

 戸惑いがあった、妬みがあった、嫉みがあった、でも――それ以上に温かい。

 あの日、繋いだ手の温かさは……きっと、生涯忘れることはないだろう。


 それからだ、徐々に色彩を失った世界に色が戻り始めたのは。

 胸を焼く憎悪は消えない。それでも、それでも、心からではなくても、笑えるようになった。

 あの人が居ない時もそう。

 子供たちと一緒になってムカつく大人に悪戯を仕掛け、喜びを分かち合った。

 凍える夜を越えるために身を寄せ合い、その温もりに頬が綻んだ。

 母の最期ではなく、母との幸せな記憶を思い出せるようになった。


 彼は恩人だ、返しても返し切れない恩を受けた大切な人だ。

 だけど、だけど、だけど、でも、でも、でも、


 ――――これで本当に良いのか?


「……り……おい、庵!」

「うひゃい!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまい顔が熱くなる。

 ああ、随分深く考え込んでいたようだと庵は軽く首を振る。


「どうした、あんま手ぇつけてないみたいだが嫌いな物でもあったか?」

「い、いえ……どれも美味しいです」

「そうか? それなら良いんだがな」


 そう言ってカールは庵から視線を外し酒瓶を呷り始めた。


 午前の試合が終わり昼休み。

 カール御一行は闘技場近くの公園で昼食を摂っていた。


「おいおい、午後の試合もあるのに呑んじゃって良いのかい?」

「あー? 平気平気。この程度のアルコールなら速攻で体外に排出出来っから」

「そんなこと出来るの?」

「おう、気の応用でな。ちなみにそれも最強無敵流の正式な技で名をパワー・オブ・ウコン」


 最強無敵流とは一体何を目指して創設された流派なのか。


「それに後一回、後一回勝てば決勝だ。

そんで次の相手は……まあ、ぶっちゃけ余裕そうだからな。酒が残ってても問題はない」


 カールは午前中の試合で既に決勝へ王手をかけていた。

 午後、初っ端から始まる一戦に勝利すれば決勝進出が決まる。

 とはいえ、どれだけ早く決勝進出が決まってもさして意味はない。

 もう一つのブロックから決勝進出者が出なければカードは組まれないし、

 仮にあちらもこちらと同じく早く決まったとしても試合は直ぐには行われない。

 黄昏の中で頂点を決める一戦を、それが天覧試合の伝統だからだ。


「問題は凶衛だが……やっぱコイツ遊んでやがる」


 アンヘルが入手した凶衛の試合映像を見やり、カールが眉を顰める。


「結局炎も使ってねえしよお。出し惜しむなよ、曝け出せよ。っとにケチ臭い野郎だぜ」

「私から見れば普通に戦ってるように見えるけど……」

「間違いなく遊んでる。予選の時と同じくな」

「?」


 ふと、視界の隅でシャルティアが頷く姿が見えた。

 カール曰く、役者らしいが格闘術への造詣が深いのだろうか?

 首を傾げる庵であったが、直ぐに現実が彼女を引き戻した。


(……決勝、決勝……カールさんが、凶衛と……戦う……)


 カールと凶衛、庵にはどちらが強いかなど分かりはしない。

 ひょっとしたら戦えば何なくカールが凶衛を倒すのかもしれない。

 だが、だが、


(…………母様ッ)


 脳裏に刻み付いた惨劇の記憶。

 それがどうしても庵の心から希望を掻き消してしまう。


(私は……私は……)


 ”彼女ら”から話を持ちかけられた時、心を鬼にすると決めた。

 だがそれは錯覚だったらしい。

 心のどこかで楽観していたのだ。

 カールが強くても予選は突破出来ない。

 突破出来ても天覧試合で直ぐに敗れ去るだろうと。

 多少怪我はするかもしれないが、命を取られるようなことはないだろうと。

 だが、だがこのまま進めばまた……。


(下手なことをすれば契約が履行されない可能性もある。それでも……!)


 またあんな光景を目にするぐらいならば。

 庵は静かに決意を固めた。


「あ、カールくん庵ちゃん。私とシャルさんは用事があるからそろそろ……」

「りょーかい。気ぃつけてな」

「うん、試合はちゃんと見るから頑張ってね」


 ひらひらと手を振りアンヘルたちは去って行った。


「付き合いとかあるんだろうがお貴族様ってのも大変だねえ」

「…………あの、カールさ――兄様、少し良いでしょうか?」


 カール、と呼んだ瞬間の不服極まる瞳。

 自分に兄様と呼ばせて一体何が楽しいのだろうか?


「うむ、構わぬぞよ」

「では、こちらへ」


 カールの手を引き人気の無い場所へと連れて行く。

 あの場で話をしていても誰が聞き耳を立てることもないだろうが念のためだ。


「何だ何だ。こんなとこに連れて来て。あ、ひょっとして……」

「真面目な話をします」

「え、あ、はい」


 そう前置きしておかねばひょいひょい話がずれてしまうのだから困る。

 そういうところも嫌いではないが、今この場では勘弁して欲しい。


 庵な二度三度と深呼吸をしてからこう打ち明けた。


「実は、兄様に隠していることがあります」

「……」

「兄様は気付いておられないようですが、おかしくはありませんか?」


 何故、こうも落ちぶれた小娘が凶衛の情報を得られたのか。

 自分に付き従ってくれていた家人のお陰――などではない。

 そういう者らは帝都に辿り着いた時点でもう、いなくなってしまった。

 最後の最後まで忠節を尽くしてくれた彼らはもう、どこにもいない。


「私は帝都から離れたこともありませんし、情報屋などを雇う余裕もありません」


 そんな自分がどうやって凶衛の情報を得たのか。


「ある者が、私にそう教えてくれたのです」


「その者の名は明美――デリヘル明美の異名で知られる、あの明美です」


 今を以ってしても何故かは分からない。

 何故、自分が凶衛に憎しみを抱いていることを知っていたのか。

 何故、自分の所在を知っていたのか。

 何故、あんな話を持ちかけてきたのか。

 疑問は多々あるが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「ある夜、デリヘル明美は突如、私の前に現れこう言ったのです」


 復讐を果たしたくないか、と。

 こちらの条件を呑んでくれるのであれば奴の暗殺を引き受けても構わないと。

 当然、疑った。

 確かに手配書で見たそのままの顔だったが、魔法を使えば顔など幾らでも変えられる。

 大体からして怪し過ぎたのだ。


「本人かどうかも怪しい。情報の真偽も不明。疑う余地しかありませんでした」


 だがあちらもそれは織り込み済みだったのだろう。

 帝都の外まで連れて行かれ、戦う姿を見せ付けることで実力を示された。

 デリヘル明美本人かはともかく、凄まじい力を持っていることは納得できた。

 その上でとある高級宿へと連れて行かれ凶衛の姿を見せることで明美は情報の正しさも証明してみせた。


「彼女が提示した条件はカール・ベルンシュタインを天覧試合に出場させること」


 カールとの出会いによって前向きにはなれたが敵討ちの目途はまるで立っていない現状。

 本当は自分の手で復讐を成したい。

 だが今の自分に何ができる?

 もし、これを逃したらもう二度と凶衛を殺す機会は巡って来ないのではないか?


「そう、思い……私は兄様を……」


 カールの顔を直視できない。

 嫌われてしまっただろうか? だとしたらとても辛い。

 辛いが、これは当然の報いだ。

 嫌われたって良い、もう二度と自分と話をしてくれなくても我慢する。

 カールが、母と同じ道を辿ることに比べれば何てことはない。


 そう自分を奮い立たせる庵だがその手は恐怖に震えていた。


「だから、次の試合、棄権してください」


 こんなことを言う資格がないのは百も承知。


「でも、兄様がこれ以上危険な目に遭う必要はないのです」


 厚顔無恥な真似をしているという自覚はある。

 それでも、それでも、言わねばならない。

 カールが母と同じ道を辿ってしまわぬように。


「既に、約は果たされたのですから」


 口ではそう言う庵だがその実、明美が凶衛の首を獲ってくれるかどうかは怪しいと思っている。

 確かにカールを出場させるという約定は果たした。

 ならば後は棄権しようが何をしようが関係ない。

 棄権されるのが嫌ならば最初からそう言っておけば良いのだと主張することはできる。

 だが、それは相手も同じこと。

 契約などと言っているが我と彼の間には明確な上下が存在するのだ。

 あくまであちらがする側、こちらはしてもらう側なのだから。

 どうとでも反論して一方的に契約を打ち切ることぐらい容易いだろう。


「ですので――――」

「知ってたよ」

「え」

「だから知ってたんだって。お前の背後に誰かが居ることはハナから予想ついてたんだよ」


 欠伸を噛み殺しながら何でもないことのように言ってのけた。

 庵は一瞬、何を言っているか分からなかった。

 だが直ぐに言葉を理解し、カールを問い詰める。


「そ、それならば何故、私の話を受けたのです!?」

「俺がそうすると決めたから。だってお前、俺が本当に凶衛ぶち殺せば庵の全部をくれるつもりだったんだろ?」

「それは……」


 その通りだ。

 実際に期待していたのはデリヘル明美だ、そこは誤魔化さない。

 だがもしもカールが成し遂げたのならば約束は守るつもりでいた。


「なら何の問題もなくね?」

「ッッ……そ、それなら! 私の目的は最早叶ったも同然、今直ぐ私は兄様のものになります! だから……」


 棄権してくれ、そう懇願する庵であったが、


「やだ」

「な」

「俺は野郎をぶっ殺して、何の気兼ねもなく庵を俺の女にするって決めたんだ」


 だから棄権はしない、カールはハッキリとそう言い切った。


「ぐ……な、なら嫌です! このまま戦いを続けるなら私は兄様のものにはなりません!?」

「そうか、ならしょうがない」


 その言葉にホッと胸を撫で下ろすも、直ぐにそれが間違いであったことを思い知らされる。


「野郎の首だけで我慢しとくかあ」

「な、な、な」


「まー、世の中そう上手い話は転がってねえってことだな。

リアルロリータを自分の女にするなんざ夢のまた夢。露と落ち、露と消えにし我が身だぜ」


「い、意味が分かりません! 何故そうなるのです!?」

「今朝の話を忘れたのか? 俺は俺の意思で選んだんだ」


 カールはドサリと地面に座り込み胡坐をかき、

 その上に庵を抱いて言い聞かせるような声色で語り始めた。


「最後までやり通す」


 普段と同じような軽薄さ。


「俺が、他ならぬ俺がそう決めたからだ」


 なのに、どこか違う。


「騙されようが何されようが知ったことか」


 自らの在り方を語るカールはいつもの彼とは決定的に異なっていた。


「生きてりゃあそんなこともあらあね」


 それは何なのか。


「そういう時はちっくしょー! 気ぃ持たせやがって!」


 少し考え、気付く。


「って悪態吐いて次に乞うご期待」


 熱量だ。冗談めかした物言いもしているのに、言葉が孕む熱量が段違いなのだ。


「それぐらいが丁度良いのさ」


 そして理解する。

 自分が何を言ったところでカールを止められはしないのだということを。


(私のせいで、私のせいで……)


 自責の念に胸を苛まれる庵、

 そんな彼女の頬をぐにぐにと引っ張りながらカールは言う。


「つーかさ、何が気に入らねえかってよ。お前、俺が負けるって決め付けてんじゃねえよ」

「ふぇ、ふぇほ……!」


「隠し事されてたのなんざ全然気にならんわ。

俺があんな屑野郎に殺られるって思われてる方が心底不快だぜ」


 やれやれと溜息を吐きながら更に言葉を続ける。


「母ちゃんが殺されてんだ。不安なのは分かる。

だが安心しな。俺がその不安ごとアイツをこの世から葬り去ってやる」


 カールの言葉が不思議と、じんわり胸に染み渡っていく。

 根拠なんて何一つない、何一つ示されていないのに――――


「もう一度言うぜ? 庵、お前はふてぶてしく待ってりゃ良いんだ」


 穏やかな声色、優しい抱擁。

 背中越しに伝わる温かなものが心と身体を包み込んでいく。

 ふわふわとした意識の中、庵は母の言葉を思い出していた。


『この人となら一緒に死んでも後悔はない』


 心の底からそう想える人をいつか見つけろと母は言った。

 どうして? と問うと母はこう答えた。


『その人があなたの”幸い”になるからよ』

『さいわい?』

『幸せってこと』


 幸いとなる人を見つけられたなら、怖いことなんて何一つない。

 どんな艱難、どんな辛苦が降り注ごうと天照す光は決して絶えはしない。

 恐ろしい怪物も、身を引き裂く不幸も脅威にはなり得ない。

 手にと手を取って光差す道を歩んで行けば必ず幸せへと辿り着ける。

 そう、母は言っていた。


『かあさまじゃ、だめ?』

『だぁめ』

『何で?』


『血の繋がりもない赤の他人だからこそ意味があるの。

最初はただの他人、友人って絆を深めていって、

やがては家族でも何でもない誰かを一緒に死んでも後悔はないってぐらい想えるようになる』


 それってとても素敵なことでしょう? そう微笑む母は、どこか寂しそうに見えた。

 自分は父を知らない。知りたいと思ったこともない。

 だが、母にとってはどうなのだろう? 酷い人だった――なんてことはないと思う。

 本当に、ただ、何となくそう思うだけで根拠はないのだが。


『庵がそんな人と出会えた時のために、おまじないを教えてあげる』

『おまじない?』

『そう、大切なことだからしっかり覚えてるのよ』


 あなたの幸いに出会えたその時に――――


(嗚呼、あなたが私の”幸い”だったのですね)


 そう確信した瞬間、胸の中に温かな光が宿ったような感覚を覚えた。

 庵は光に導かれるように言の葉を紡ぎ始める。


「高天原に神留坐す天照大御神に」


 葦原に伝わる双貴子が一柱にして神の国高天原を治める、天照大御神。

 悲劇がこの身に降りかかったその時から、天照への信仰は失っていた。


「櫛灘が姫が言上仕る」


 だけど、今なら不思議と信じられる。


「吾、此の者に吾が魄、吾が魂を捧げん」


 辛いことばかりだったけど、


「今この時を以って草薙ぐ剣は此の者へ」


 出会えたから。


「どうか見届けたり」


 心の底から愛しく想える男に。


「恐み恐みも白す」


 身を捩り身体を反転させ、カールと向き合う。

 そして両手をその頬に当て、そっと口付けを。


「兄様、聞いてください」

「お、おう……」

「庵は、もし兄様が殺されるようなことがあれば自刃致します」


 カールがぎょっとするが、知ったことではない。

 何せ他ならぬ彼がそう言ったのだから。


「これは庵が決めたこと。これは兄様ではなく庵が抱えるべきもの。

「庵は自らが定めた道を最後まで全う致します」


 もし自分を死なせたくないのであれば、


「勝てってことだな?」

「はい。これで庵と兄様は運命共同体。庵に最早、迷いはありません」


 良いか悪いかは蓋を開けてみるまでは分からない。

 だが一つだけ確信を持って言えることがある。

 それはこの人となら一緒に死んでも一片の後悔もありはしないということ。

 ならば後はもう待つだけだ。ふてぶてしく、待っていよう。

 自分が見つけた幸いが光を掴むその瞬間を。


「凶衛は良いのか?」

「そちらも信じます」


 自分の持ちかけた話のせいで子供が一人死ぬことになったのだ。

 義賊だなどと持て囃されているのだから通すべき筋は通してみせろ。

 挑むように庵はそう言ってのけた。


「良いね、最高だ。女としてのレベルが上がったって感じだぜ庵」

「れべ……?」

「俺もこうなったら全力でお前を頼る。運命共同体だからな」

「ええ、何なりと仰ってください」


 ふんす! と息を吐く庵。

 完全に吹っ切れた今の彼女はやる気に満ち満ちていた。


「言うて俺も、実際のとこは割と不安なんだ。勇気が出る言葉を言ってくれないか?」

「勇気が出る言葉、ですか。具体的にはどのようなことを言えばよろしいのでしょう?」

「ああ、それは」


 言うやカールはさらさらとメモに何かを書き庵に手渡した。


「これを読んでくれ」


 こくりと頷き渡されたメモに目を通し読み上げ始める。


「今はっきり分かりました。妹のお……――――って言えるかァ!!!!」

「この流れならいけると思っ……ぶはぁ!?」


 庵は全力でカールの顔面を殴り飛ばした。

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