ハートに火をつけて④

1.チンピラポエマー


 ただ漫然と過ごしていても気付けば結構な時間が流れているのだから明確な目的意識を持って日々を過ごしていれば時間なぞマッハで流れていく。

 一ヶ月なんてあっという間だった。

 庵から話を持ちかけられたのなんて体感的には数日前ぐらいなんだがなあ。


 まあ何せよ、いよいよその時がやって来たのである。


 この一ヶ月、出来る限りのことはした。

 ジャッカルの野郎とひたすら実戦形式の組み手を繰り返し、敵情視察にも赴いた。

 まあ前者はともかく、後者はぶっちゃけ大した成果は得られなかったんだがな。


 捩花凶衛。


 第一印象は蛇のような男、だった。

 パッと見は線の細い優男のようにしか見えないが俺はどうしてか蛇を想起したのだ。

 だが、俺の感じたものは決して間違いではなかったと奴の戦う姿を見て確信した。

 観客にはそうと悟らせぬまま対戦相手の心と体を壊す様は正に悪辣な蛇そのものだ。

 奴と戦った者らは武芸者として二度と再起できまい。


 話を戻そう、俺は凶衛の試合を全部観戦したのだが大した成果を得られなかった。

 それは奴がまったく本気ではなかったからだ。

 細く見えてその実、かなり練り込まれた肉体、立ち回り、拳士であることは間違いない。

 だから例の炎とやらもほぼ間違いなく気を用いたそれだろう。

 だがそれはハナから予想していたことで、新たな成果にはなり得ない。


(だがまあ、殺っても罪悪感を覚えない奴だと確信できたのは収穫だよな)


 別に庵を疑っていたわけではない。

 ただ、あの子あまりにも情報を持たなさ過ぎた。

 庵にとっては良き母親でも、別の視点から見れば……なーんて可能性もあり得たからな。

 庵の母親を無惨に殺したのも怨恨ゆえ、庵を生かして苦しめようとしたのも怨恨尽きぬがゆえ。

 そういう可能性も零ではないのだ。

 だがその可能性は最早、尽きた。

 いや、元々凶衛にも事情がーなんて確率は低いとは思ってたがね。

 思ってたが、それでも自分なりの確証を得られたのは大きい。


(クフフ、気持ち良く屑を殺ってロリをゲットとか最高やな!)


 そわそわと落ち着かない様子で控え室をうろつく庵をガン見しつつ、

 近く訪れるであろう明るい未来に思いを馳せる俺なのであった。


「…………あの、カールさ――兄様はどうしてそう、落ち着いていられるのですか?」

「何だよ急に」


 じと目で俺を見る庵、この子は一体何が言いたいのだろうか?


「兄様、今がどんな状況か理解しておられますか?」

「おられますぞ」


 試合前の暇な時間だ。

 前の奴ら何時まで戦ってんだよ。どっちでも良いからさっさとくたばれや。

 つーか運営さんよお! 気が利かないにもほどがあらあね。

 何でこの控え室、テレビも何も置いてねえんだよ。

 サンドバッグやら試し斬り用の案山子置いてる暇あったら暇潰しの道具を置けや。

 ほんま、つっかえ……つっかえ……辞めたらこの仕事?

 場末の大会とかだったら良いよ? 贅沢は言わない。予算ってもんがあるからな。


「だけど分かってんのか? 今日は陛下もお越しになる年に一度の天覧試合だぞ?」

「皇帝陛下もお見えになる年に一度の天覧試合ですよ」


 ほら、庵もご立腹だ。

 別にドンペリとかクソたけえフルーツの盛り合わせとか置けって言ってるんじゃないの。

 いや、それはそれでありがたいけどな。

 試合までの暇な時間を――待てよ、これは罠なのでは?

 暇という精神的攻撃により消耗を狙った卑劣な何者かが居るのだ。

 そいつが暇潰しの道具を持ち去った可能性が……。


「ありません」

「あるかもしれんだろ」

「ないです。あってたまるものですか」


 おおぅ、やけに強い口調だな。


「どうした庵、そんなカリカリして」


「……普通の人は、もっと不安になるのだと思います。

これで良いのか、まだやり残したことはあるんじゃないかって。

兄様はどうしてそうも自然体でいられるのです? 最初からやる気がないのなら分かります。でも……」


「やる気はある。二つの意味でな」

「も、もう……もう!!」


 カァっと頬を染めバタバタと両手を振る庵が尋常ではなく可愛い。

 そうだよそうだよ、この歳相応のロリっぽさがロリコン炉心を刺激するのだ。


「落ち着け。言わんとしてることは分かったから。でもよ、考えてもみろ。今更何が出来る?」


 やり残しがあったとして、この状況で一体何が出来るんだ?

 一心不乱にサンドバッグを叩いてりゃそれは埋まるのか?

 その程度のことで埋まるんなら、そのやり残しってのは杞憂以外の何ものでもない。


「これで良いのかって疑問もそうさ。やらなきゃ良いも悪いも分からんだろ」


 例えば君は甲子園を目指して日夜練習に励む球児だったとしよう。

 毎日毎日辛い練習をして、遂には甲子園一歩手前まで辿り着く。

 勝ったなら練習が報われた、自分は間違っていなかったのだと答えを出せる。

 負けた場合はどうだろう?

 負けたけど今日、ここに辿り着いた自分は間違いではなかった。

 そう肯定出来るかもしれないし、無駄だったのだと己を否定するかもしれない。


 一つ言えるのは蓋を開けてみないことには答えなんて出やしないのだ。


「だから庵、お前もふてぶてしく待ってりゃ良いんだ」

「え……」


 言っただろ? 俺はラブコメ漫画で主人公を張れるような男じゃねえってな。

 あ、いや庵には言ってねえわ。心の中で零した独り言だったわ。

 すまんすまん。ま、これも口に出してるわけじゃないんだがね。


 閑話休題。


 庵の言葉は何も俺だけに向けられていたわけではない。

 これで良いのかってのは自分自身にも向けられていたのだ。


「お前はもう選んだんだろ? 望むものを掴むために」

「…………私は、何もしていません」


「いいや、したよ。言っただろ? ”選んだ”ってな。

ただ選んだだけ、そう思うのか? 俺はそうは思わねえよ」


 自らの選択に責任を感じないなら”何もしてない”と言われてもしょうがない。

 だが庵は違う、責任を負い今も葛藤の中に居る。


「始まりからしてお前は俺には到底真似出来ない、重大な決断を下してるんだよ」

「重大な、決断?」

「――――復讐を他人に委ねること」


 庵自身が言ったことだ。

 本当は自らの手で八つ裂きにしてやりたいってな。

 分かるよ、すっげー分かる。

 この手で屑野郎の口の中にこれでもかってぐらい辛酸と苦渋を流し込んでよ、

 絶望の中で壊れていく様を眺めながら高笑いしてやるのが一番気持ち良いんだ。


「だけどお前はそれを他人に委ねることが出来た」


 俺か、もしくは未だ影さえ見えない誰かに。

 それは口に出さぬまま俺は持論を続ける。


「責めてるわけじゃないぞ。むしろその逆だ。

一番やりたいことを譲ってでも、お前は親の仇を取ることを優先した」


 復讐ってのはな、利他と利己の複合なんだ。

 利他の部分が無念の内に死んだ大切な誰かのため。

 利己の部分が俺がさっき言った絶望の中で云々ってあれよ。

 利他と利己の二つを併せ持ったまま復讐を果たしたその時こそ、本当に区切りがつくんだ。

 ようやく、前に進めるんだ。

 だが庵は利己の部分を切り離した。

 凶衛が死んでも、中々区切りがつかないだろう。

 もやもやと消化し切れない気持ちを抱えたまま、止まってくれない時間の中歩いて行かなきゃならない。


「しんどいぜ、絶対な」

「……でも、だとしても……私は、カールさんを死ぬかもしれないような場所に……」

「兄様」

「あ、あの……」

「兄様」

「……こほん。私は兄様を死ぬかもしれないような場所に……」


 よろしい。


「だがそれはそれとしてズレてるぜ。そこはお前の領分じゃあない。選んだ俺自身の領分だ」


 拒否することは出来た。

 庵には俺を戦いの場へ駆り出せるような力はないのだから。


「良いか? 俺が選んだんだ」


 選び取ったんだよ、自分の道を。


「走り出したんだよ、自らの意思で霧の中へな」


 霧の向こうに俺の望む結末があるのだと信じて駆け出したんだ。

 そして、走り続けているのもまた俺の意思だ。

 先なんてまるで見通せやしないけど心配なんかしてない。

 だって俺は確信してる、俺ならやれるってな。

 だから、


「お前が感じてる責任そいつは俺のもんだ。勝手に後生大事に抱えてくれるな」


 ぐしゃぐしゃと少し乱暴に庵の髪を撫でてやる。

 大事な日だからとアンヘルに身奇麗になるよう任せたが正解だったな。

 すげえサラサラでいつまでも触ってたくなる。


「何、たかだか3つだ。3つ勝てば決勝で野郎と会える」


 決勝で――実にドラマチックな展開じゃないか。


 まあ、奴が決勝に辿り着く前に敗退したら俺はもう知らん。

 いや待てよ? 俺は別に優勝目指してるわけじゃねえんだ。

 だったら一回戦で当たった方が楽じゃん。

 何がドラマチックだクソが! 手間かけさせやがって!!


「……兄様は」


 ん?


「明日は今日より良い日になる。そんなことを何の疑いもなく信じられる人なのですね」


 そりゃまあ……うん。

 だって、その方が生きてて楽しいじゃん。


「根拠のない熱量に突き動かされ、どこまでも進んで行ける」


 あれ? これ俺馬鹿にされてる?

 反論しようとしたが、


「まったく……能天気極まりますね」


 クスリと笑った庵を見てどうでも良くなった。

 初めて、初めて心の底からの笑顔を見た気がする。

 おい、どうしてくれる。俺のロリコンゲージが凄まじい勢いで溜まっていくんだが?


(……ちょっとぐらいセクハラしても許されねえかな……)


 そんなことを考えていると控え室の扉が開かれた。

 誰だ邪魔しやがって、殺戮刃叩き込むぞ禿ぇ! と思ったが運営の人だったので我慢する。


「すいません、謎の詩人仮面選手お時間です……言い難い名前だな」


 言い難いとか言うな。

 仕事だろ、キッチリこなせや。


「んじゃ、行って来るぜ」

「はい。御武運を」

「おう」


 もう一度庵の頭を撫で控え室を後にした。


 試合場へと続く通路を一歩、また一歩と進む度に肌を撫でる熱気が強くなる。

 良いね、悪くない。血が騒ぐぜ。

 別に戦いを好んでいるわけじゃない。

 でも、何て言うかね。こういうのは嫌いじゃないのだ。

 お祭り騒ぎ染みた雰囲気の中で大暴れするってのはさぞ楽しいこったろう。


「それではここで少々お待ちを。入場のアナウンスが聞こえたら出て頂きますので」

「おう」


 通路の壁に背を預け目を閉じる。

 集中力を高めてるとかそういうあれではない、何かカッコ良いからやってるだけだ。


『続きまして一回戦第三試合――を行う前に、軽く選手の紹介をば』

『注目は何と言っても奴だろう』


 俺だな。

 神意に背中を押され、正義がために戦わんとする俺ほど解説し甲斐のある男いまいよ。


『小太刀使いの木葉選手ですね?』


 誰 だ よ。


『ああ、自由自在に二刀の小太刀を操る様は流麗の一言。

地方の武闘大会で初めて奴の戦う姿を見た時、俺は気付けば財布をリングに放り投げてたよ』


『なるほど。思わずお金を払いたくなるほどだと』

『うむ。それだけに対戦相手がなあ』


 何だぁテメェ……?


『謎の詩人仮面選手の実力についてはまだ何とも言えないような……』


『言えるわ。どうせ運だけの奴だろう。

例のアホな新制度のお陰で本選に出られたみたいだが辞退しとけよな』


 よし決めた。

 この解説Bには後でキッチリ報復しよう。


『い、いやいや』


『本名も聞いたことねえし、極めつけは流派名だ。

んだよ最強無敵流って舐めてんのか? 今日日五歳児でもまだマシな名前つけるわ』


 それに関してはまったくの同感である。

 だが、冗談でも何でもなくマジで俺の流派は最強無敵流なんだよ。

 ジジイの中では由緒正しい流派って設定なんだよ。

 俺としても正直に書きたくはなかったさ、でもエントリーシートに流派名の欄があるんだもん。

 我流って書いても良かったけど万が一バレた場合、恥ずかしいじゃん。

 だから潔く正直に書いた俺の男気? そういうものを評価して頂きたい。


『あーあ、ホント萎える。コイツが辞退してりゃもっとマシな選手入れられたのによお』

『お、皇子。どうか、その辺で……』


 皇子!?

 クソァ! 流石に皇族相手にバレずに報復を仕掛けられる自信はねえ!

 ……悔しいな、所詮庶民はいつの世も権力者に屈する定めなのか。


『んなこと言ってもこの雑魚じゃ木葉の技なんぞロクに見られんぞ』

『そ、それでは試合を始めたいと思います!』


 解説A、大変だな……同情するぜ。


(あれが木葉って奴か)


 糸目のイケメンが反対側の通路からこちらに向かっている。

 見ての通り葦原の人間だが、庵のように事情があって飛び出したって感じじゃなさそうだな。

 大方他の葦原人と同じように祖国に嫌気が差して、って感じだろう。


「天と己に恥じぬ戦いを」


 中央で向かい合う俺たちに向け審判がそう語りかける。

 言われるまでもない。

 天は俺の背中を押しているし、俺も俺自身に恥じるようなことは一切ない。


「では、試合開始!!」


 ささっと審判が引っ込み、さあ戦おうかと意気込む俺を遮るように木葉が口を開く。


「戦うまえに少し、良いだろうか」


 戦う前にべらべらくっちゃべる奴がいるかよォ!

 と平手をかましてやりたいが今の俺は謎の詩人仮面。

 エレガンテな謎の詩人仮面が語らいを遮って平手を叩き込むわけにはいかない。


「構わないとも」

「では」


 何かね。戦の作法だとか言って互いに名乗りでも挙げるのか?

 だとすればちょっと口上を考えたいので十分ぐらい時間が欲しいのだが。


「言い方はよろしくなかったが皇子の言は実に正しい」


 ………………は?


「運も実力の内、それは否定しない。だがそれは戦いの場で成されるべき証明だ

今日この日、この場に立つことを夢見てどれだけの者が血の汗を流してきたか」


 木葉は語る。


「君はそれを考えるべきだったのだ。

「何故この場に立っている? 何故自ら身を引くことを選ばなかった?」


 朗々と、罪を糾弾するように。


「恥を知る人間であれば選ぶ道など明白だろうに」


 えーっと、


「私は君を軽蔑する」


 こーれーはー、


「厚顔無恥にも程があろうさ」


 ――――俺に喧嘩売ってるわけだな?

 フフフ、初めてですよ。ここまで私を虚仮にしたお馬鹿さんは。

 絶対に許さんぞ! じわじわと精神的に嬲り殺しにしてくれる!!


「この場に立っているのも苦痛だ。一撃で終わらせよう。さあ、構えたまえ」

「……」

「おい、私の話を聞いているのかね?」


 プイッとそっぽを向いてやると。木葉が不愉快そうに顔を歪めた。

 良いね、だがまだ足りない。もっとだ、もっと寄越せ。貴様の負の感情がこの俺を悦ばせるのだからな。


「恥どころか礼儀も知らぬか。救いようのない輩だな」


 つーん。


「――――自らの愚行、その報いを受けろ!!」


 抜き放たれた二刀の小太刀。

 十字を描くように迫るその刃の切っ先を、


「な!?」


 両手の二指で挟み取る。


「あれぇ? おっかしぃーなー? 一撃で決まらなかったぞぅ?」

「クッ……! は、離せ!!」


 力任せに押し切ろうとしているようだが甘い甘い。

 気合と膂力が足りんよ。だがああ、このままじゃ面白くないからな離してやるさ。

 パッと指を離し後ろに跳躍し距離を取る。


「見せてくれよ! 思わず金を払いたくなるって言う華麗な剣技をさあ!!」


 大きく両手を広げ嘲笑と共にそう言ってやると、

 木葉は顔を真っ赤にし怒りも露にこちらに斬りかかってきた。


「遅い遅い、蝿が止まっちまうぜ」


 居眠りしちまいそうだ。


「真面目にやってんのか? ガキのチャンバラじゃねえんだぞ」


 欠伸を噛み殺す。


「ああいや、ガキのチャンバラのがまだマシかな」


 木葉は最初の一撃を止められたからだろう。

 次の攻撃に移る際、気で肉体と刃を強化していたが甘い甘い。

 何だその気の練り方は? 同じ土俵に上がるまでもない。

 素のままでも十二分に対応出来ちまうぜ。


「黙れ黙れ黙れ黙れ!」


 黙らない。

 例え世界が滅んだって口を閉じるつもりはない。

 決めてるんだよ、大観衆の前で散々に馬鹿にしてやるってな。

 向こう三ヶ月はお天道様の下を歩けると思うなよ。


 ひょいひょいと攻撃を回避しつつ更に罵倒を繰り出す。


「そんな腕で本選出場とか各方面に申し訳ないと思わないのかよ」


 俺なら腹切るね。


「だがその厚顔さ、ある意味誉れ高し」


 表彰もんだぜ。


「こんな安い技術に金払いたいとか正気かよ。可愛いね♥」


 お金を溝に捨てる趣味でもあるのかな?


「うおっ、弱過ぎ。こんなん笑わないと無礼でしょ」


 回避しつつ、腹を抱えて爆笑する。


「醜態晒すためにこの世に生を受けたのかよ」


 受けるわ。


「木の葉くんのお母さん、彼を産んでくれてありがとう」


 お陰で笑わせてもらってます。


「これが殺し合いじゃなくて良かったね♥ 死ねよ」


 殺し合いだったら何度殺されてるのかな?


「わ~すごいすごい。クッソ情けない剣の振り方でございますね♥」


 それで何が斬れるのかな?


「涙目になって可愛いね♥ 頼むから死んでくれ」


 こんな雑魚とやらされるとか、マジつらたんだわ。


「うお……急にすげえ一撃! 死ぬのかな? 燃え尽きる前の蝋燭が一際強く輝くように」


 しかし何だ、手数は多いが遅いし軽そうだし鋭さの欠片もありゃしねえな。

 これで本選出場ってんだから驚きだ。

 ああでも、個人での果し合いならともかく大会ってのはエンターテイメントでもあるからな。

 プロレスにブックがあったようにこれもそうなのかもしれない。

 それこそ凶衛のように裏で活動している奴らでもなければ出場者の大半は見栄え重視なのかも。

 やれやれ、また一つ悲しい現実を知って大人になっちまったぜ。


(そろそろ終わらせるか)


 木葉を虚仮下ろすのは楽しいが俺にも予定ってものがある。

 そろそろ謎の詩人仮面選手らしく決めるとしよう。


「死ね! 死ね! 死ねぇえええええええええええええええええええええ!!」


 刃を潜り抜け、


「巷に雨の降るごとく、我が心にも涙降る」


 無防備なその腹筋に拳を突き刺す。

 そして拳を引き抜き背後に回り、


「うご……!?」

「かくも心に滲みいる……あれ?」


 くぐもった声を上げたかと思うと木葉がドサリと崩れ落ちる。

 口から泡を吹きながらピクピク痙攣する奴を見て俺は愕然とした。


「お、お、お」


 お前……お前……お前……!


「な、何一撃でのされてんだテメェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」


 どんだけ脆いんだ!?

 そんな耐久値で接近戦やろうなんて、その無謀ちょっと誉れ高過ぎるだろ!!


「優雅に詩を吟じながら華麗に敵を屠るプランが台無しだろうが!

滅茶苦茶頑張って設定考えたんだぞ!? おら起きろ! 起きんかい! 根性見せろやオラァン!!」


 胸倉を引っ掴んでガクガクと身体を揺するが反応はない。

 こ、この男……どこまで俺を虚仮にすれば気が済むんだ!?


「こ、こら謎の詩人かめ……チンピラポエマー! もう勝負はついている! やめたまえ!!」

「誰がチンピラポエマーだ!? ぶっ殺されてえのか!!」


 試合に勝って勝負に負けたとは正にこのことだ。

 ……はっ! 木葉、まさかこれも奴の計算通りだとでも……?

 実力では俺に敵わぬと見て……!


(お、おのれ何て卑劣な野郎だ……!)


 敗北感に打ちひしがれる俺なのであった。




2.内助の功


 唾と悪態を吐きながら試合場を後にする姿は正にチンピラ。

 そんな歳の離れた友人に苦笑しつつ、シャルロットはちらりと隣を見た。


「……お嬢様、これが狙いだったので?」


 最初、権力を以ってカールを本選に捻じ込むと聞いた時は首を傾げたものだ。

 わざわざそんなことをせずとも彼は余裕で予選を突破しただろうにと。

 アンヘルのやったことは余計なお世話以外の何ものでもない。

 初めての恋に浮かされ、尽くしたいという想いが暴走気味なのだろう。

 そう苦笑しつつ主人のごり押しを見送ったのだが……。


「兄上はね、兎に角”特別”が大好きなの」


 こちらの問いには答えず困ったような顔で話し始める主人。

 さて、彼女は何を言わんとしているのか。


「貴き血を持つ者だったり、名を馳せる英雄だったりと特別な人間が好きで好きでしょうがない」


 アンヘルの口元が皮肉げに歪む。


「だからね、許せないの。無名の人間。

それも下賎の血が流れる庶民如きが眩い輝きを放つのがどうしたって許せない」


 それはまた……とシャルロットは苦笑する。


「おかしいよね?」


 ああ、おかしい。

 だって、


「兄上が褒めてたあの木葉って選手も最初から特別だったわけじゃないのにさ」


 木葉とやらにも無名の時代があったはずなのだ。

 なのに、そこを見ていない。これをおかしいと言わずして何と言うのか。


「だからカールくんのことは絶対認めないだろうね。

少なくともこの大会で優勝するまではブツクサと文句を言い続けるんじゃないかなあ。

何せカールくん、意図したわけじゃないだろうけど兄上のこと馬鹿にしちゃったし」


 クスクスと笑うアンヘル。

 やはり自分の考えは間違っていなかったとシャルロットは確信を得る。


「いやまあ、確かに私は極端なまでにやる気と実力が密接なタイプだとは言いましたけど」


 あんな強引なやり方で本選に出場したら当然、反発を食らう。

 現に一回戦の相手であった木葉とやらもその点についてカールを悪し様に罵っていた。


 その結果があの無惨な敗北だ。


 元々モチベーションは高くそれなりに実力も発揮できていた。

 だが、そこに新たな薪をくべたことでカールの力は更に引き出されることとなった。

 そのお陰でただでさえ隔たっていた実力差は更に開き勝利はより磐石に。

 そう、アンヘルはカールの実力を引き出すために無理矢理本選へと捻じ込んだのだ。


 ただ、今回の戦いで観衆やこれから戦う予定の者らは認識を改めてしまった。

 そこで役に立つのが前々から解説を担うことになっていた兄の存在だ。

 彼の存在がある限り薪の供給が途絶えることはない。

 実の兄の性格さえ策謀に編み込んだ神算奔る一手――見事という他あるまい。


「ただ、そこまでしなくても彼は本懐を達成できると思いますが……」

「念には念を。好きな人が要らない傷を負うのを見て喜ぶ女の子はいないよ?」


 アンヘルは天使のような笑顔でそう言い切った。


「なるほど……道理だ」

「でしょ?」

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