MONSTER③
シャルの知り合いでも、あの怪物ちゃんが店に居付くことはあるまい。
そう高を括っていた俺だが……。
「はじめまして、私はナイン。よろしくね?」
次の日も、
「カールくんってスタイル良いよね。何か特別なことしてるの?」
次の日も、
「カールくんは地元から帝都に出てきたんだよね? どう、こっちの暮らしには慣れた?」
そのまた次の日も、
「前から思ってたけど左右で色が違う瞳、綺麗だよね」
奴は店にやってきた。
しかもこれ、知人らしいシャル目当てじゃない。かと言って伯父さんの料理や酒目当てでもない。
完全に俺をロックオンしている――何で!?
いやホント訳わかんねえんだけど!? もうかれこれ二週間通い詰めだぞ。
俺が怪物ちゃんの相手してると伯父さんが生暖かい視線向けてくるんだけど!?
甥っ子にも春が来たのか……みたいな目ぇしてんだけど!?
お前、これがクトゥルフTRPGじゃなくて良かったな。
毎日1D10ぐらいのSANチェックされてるようなもんだぞオイ。
速攻でSAN値尽きて発狂するわ。
発狂したくない俺は藁にも縋る思いでシャルの奴に意見を聞いてみたのだが、
”フッ……それは私の口からは言えないなあ。君も罪な男だよ”
もうね、馬鹿かと。アホかと。
俺はジャンプのハーレム漫画で主人公を張れるような男ではない。
具体的に言うと鈍感属性がない、なのでシャルが言わんとすることは分かる。
怪物ちゃんが俺に惚れてると奴は言いたいのだ――――んなわけねえだろ。
あんな狂った精神構造の女に恋愛なんぞ不可能だ。
人間社会に溶け込めてる時点で奇跡みたいなもんなんだぞ。
や、それに関しては一応仮説を立ててみたんだけどね?
だがもし俺の推測通りならば、やはり恋愛は成立しない。
いや正確には恋愛相手として俺が選ばれることはない、だな。
だから余計に怖い。怪物ちゃんは何の目的で俺に関わってんだ?
「…………そろそろ、ガチで何とかしなきゃマズイな」
主に俺の精神状態が。
ビクビク怯え続けるのなんざ性に合わん。
何でこの俺が小娘一人に怯えなきゃいけないわけ? 苛々するんだよ。
ストレスで発作的に自爆しそうになるぐらい俺は追い詰められてる。
俺はあと何回あの子とあの子犬を殺せば良いんだ(錯乱)
何で自爆かって? いや、俺も不思議なんだが前世からどうにも自爆というものに心安らぐ自分がいるんだよ。
「伯父さん!」
「うぉ!? ど、どうした……そ、掃除は終わったのか……?」
「ああ、それで晩飯のリクエストがしたいんだけど良いかな」
そう聞くと伯父さんは嬉しそうな顔(傍目には殆ど変化なし)をした。
甥っ子に甘えられるのが嬉しくて嬉しくてたまらないのだろう。
可愛いオッサンだぜ、こんなオッサンのいる店で自爆するのは流石の俺も良心が咎めるからな。
「何が良い?」
「精がつくものを頼むよ。伯父さん、俺は今夜キメるぜ」
「??? よく分からんが……頑張れ……」
「ヤるのか!! カール!!」
寄生獣のババアみてえなこと言ってんじゃねえぞシャル。
つーかいつの間に来てたんだよ。気配もなく入店するの止めろや。
「いやでも君はモテそうだからな。私と違って一夜で決戦に雪崩れ込めるかもしれない」
勘違いしてるアホは置いといて、だ。
とりあえず今は飯! 肉! 肉を喰うのだ! 男は肉を喰らって強くなる生き物だからな!
「ああ……任せろ、カール……!!」
何か今日の俺ら、テンションおかしくなってるね。
怪物ちゃんの連日来店で精神汚染でもされてるのかな?
閑話休題。
開店時間ギリギリまで肉を貪った俺は、
しっかりブレスケアをしてから怪物ちゃんが陣取る席に先んじて腰を下ろした。
働けよテメエ、って言いたいのは分かる。俺もそう思う。
だが店主である伯父さんが許してくれたのだ、ロクに事情も聞かぬまま。
ホント甥っ子に甘いよな。大好きだぜ伯父さん!
(来たか)
肌が粟立つようなこの感覚、間違いない、怪物ちゃんだ。
俺の予想に違わず扉を開けてあの子はやって来た――いらっしゃいませー!!
「カールくん?」
不思議そうに首を傾げる怪物ちゃん。
ああ、本当に可愛いよ。何も知らなければこんな何気ない仕草にすら和んでいただろうさ。
「座りなよ、今日はじっくりサシで
酒も料理も既に用意してある。
さあ、座れよ可愛い可愛い怪物ちゃん?
「……何か、大胆だね。酔ってる?」
頬を赤らめつつ奴は席に着いた。
発作的に自爆スイッチを押したくなったが、そんなものはどこにもない。
「偶にはそんな夜もあるさ」
「ふぅん?」
林檎酒を呷る。
美味い、美味いなあホントこれマジでうめえ。
バーレスクの料理は完全に手製だが酒はそうでもない。
伯父さん手製のと、業者から仕入れているのが混在しているのだが外れがない。
伯父さんのも美味いし、業者のも美味い。
マシな立地と陽気な――いや、普通にコミュれる店主だったなら帝都一の酒場も夢じゃないだろう。
「誘ったのはカールくんなんだし、話題は用意してくれてるんだよね?」
「ま、それぐらいはな」
ぶっちゃけ会話の内容はどうでも良い。
単純な会話で糸口を見出そうとするのは不可能だ。
だって最大公約数的な無難な答えしか返ってこないもん、俺の予想通りならばな。
ふぅ――――よし!
ゆっくりと抑え付けていたカースを解き放つ。
そう、俺にはこれがある。相手の心に深く踏み入ることができる対人チート様だ。
「年頃の男女が二人揃ってんだ。キャッキャウフフと色恋の話でもしようぜ」
「意外……そういうの興味あったんだ」
〈好き〉
〈嫌い〉
〈否定〉
〈肯定〉
あぁああああああああああああ! うるせえぇえええええええええええええええ!!
声が二重に聞こえるどころの話じゃねえんだけど!? 背中糞熱い!!
でも、止めるわけにはいかない。怪物ちゃんの芯に触れるためには必要なことだ。
砂漠で一粒のダイヤを見つけるような気の遠くなるような作業だが……やるっきゃねえ。
「そりゃあるさ。じゃなきゃシャルの奴にお節介焼くもんか」
「それもそっか。何でシャルさんのこと助けてあげようって思ったの?」
「伯父さんがあんなだから独りじゃ心配だってのもあるが……」
「が?」
「健気に頑張ってる奴がいたらさ、ちょっとぐらいは……って思うのが人情だろ」
俺の本命は心の声だ。
が、だからと言って表面上の会話も無視するわけにはいかない。
こっちはこっちでしっかり聞いて、答えて会話を成立させねばならんのだ。
怪しまれないようにってのもあるが、俺の仮説を少しでも補強したいからな。
「そうだね、当たり前のことだよね」
「ああ。だから君も手伝ってやったんだろ?」
「んー、私が力になれたかは疑問かな」
「ふぅん。ま、シャルの話題はどうでも良いんだ」
振ったの俺だけどな。
「つーわけでガンガン切り込んでこうか。好きな男のタイプは?」
「いきなりド直球……そういうの、もっと……ね?」
そわそわと所在なく視線を彷徨わせるナインに俺は酒瓶を見せ付ける。
「口が軽くなるお薬だ」
「君は……ホントに、もう。しょうがないなあ」
苦笑しつつグラスを掲げたので酒を注いでやる。
口が軽くなる、なんて言ったがぶっちゃけそこまで度数の強い酒ではない。
今テーブルにある酒精は全部、女性向けの甘くて軽いやつばかりだ。
選んでくれたのは伯父さんだから間違いはない。
コミュ障でもその舌は確かだからな。
「好きなタイプ……か。今まであんまり考えたことなかったな、そういうの。
ごめん、すぐには思いつかないや。先にカールくんの好み、聞かせてくれない?」
普通の会話なら俺も素直に答えるが今回に限っては別だ。
確かめたいことがあるからな。そのための答えを使わせてもらう。
「嘘を愛せる女」
「え」
そりゃこんなこと言われたら普通はキョトンとするよなあ。
少し口を開けて目を丸くする――お手本のようなリアクションだぜ怪物ちゃん。
「俺という人間の嘘さえも拒まず受け入れてしまうような女が良いな」
フッ、と笑い続ける。
「こりゃ俺の持論なんだがな、恋愛における”嘘”は全て肯定されるべきだと思うんだわ」
例えばそう、彼氏がオタ趣味だったとしよう。
彼女はオタ趣味なんぞ欠片も興味はねえ。
だが、彼氏の喜ぶ顔が見たいから興味がある振りをしてあげる。
「好かれるための努力、ってこと? でも、それだけじゃないでしょ」
「まあな。今挙げたのは好かれたいから自分を偽る綺麗な嘘だもん。だが俺は汚い嘘についても肯定的だ」
例えば浮気した糞野郎がいたとしよう。
そいつは当然、自分の浮気を隠すよな? そいつは嘘だ。
「だが何故、浮気を隠そうとする?」
「何故って……そりゃ揉めたくないから?」
俺の言わんとしていることに気付いているだろうに。
だが、この微妙に的が外れた返答は正解だ。
無難な人間の無難な回答としては申し分ない。
「揉めたくないなら別れりゃ良い。新しい女がいるんだから」
一兎じゃ足りない、二兎欲しい。
元から付き合ってた女も、新しく調達した女も、どっちも欲しいから嘘を吐くのだ。
どっちも欲しい、どっちも手放したくない、そりゃその人の価値を認めているということに他ならない。
「違うか?」
「それ自分本位の勝手な考え方だよね」
少し軽蔑を織り交ぜた表情。
これもまた、正しいリアクションだ。だがもう少し見極めたい。
「でもバレなきゃ誰も不幸にならない。皆、幸せだ」
「自分がそういうことされても良いの?」
「良いさ」
上手に騙してね、俺も上手に騙すから。
俺の嘘を愛せる女がタイプだと言ったが何も馬鹿正直に吐いた嘘をカミングアウトするつもりはない。
付き合う前に今語ったことを聞かせた上で受け入れてくれるかどうかだ。
こんな男でも愛してくれる? 俺の問いに正直に答えても嘘を吐いてもどちらでも構わない。
前者については言わずもがな。後者は、正に俺が言った好みそのままだ。
「受け入れ難いものを受け入れられると嘘を吐いてまで俺に気に入られようとしているわけだからな」
嘘ってのは簡単じゃないんだ。しんどいし難しい。騙し続ける労力は決して軽いものではない。
だからこそ、善であれ悪であれ惜しげもなく嘘を吐いても良い。
そう想う女を好きになりたいし、そう想ってくれる女に好かれたい。
一生涯上手に騙し通してくれる女と出会えたのなら――そりゃもう、男冥利に尽きるってもんだ。
そう言い切って俺は怪物ちゃんを見つめる。
「……」
否定も肯定もできない、そんな微妙な表情――正解だ。
そりゃそうだ、自分で言ってて何だがどうリアクションすれば良いんだこんな話。
(もう十分だな。やっぱり俺の予想は正しかった)
これまでのやり取り、怪物ちゃんは一度とて俺が予想していたリアクションを外していない。
事前に大体の人間はこうするであろうリアクションを想定しておいたが、ピタリと嵌ってやがる。
――――謎は大体解けた。
俺は初めて怪物ちゃんを見た時、無数の人格が全て主人格だと思った。
切り替わることのない多重人格、全てが主人格だからこそ声が同時に聞こえるのだと。
その上で疑問を抱いた、何でそんな状態で真っ当な社会生活を送れているのか。
あったのだ、主人格が――いや、正確には無数の人格の上位に位置する擬似人格が。
そいつが対人関係のすべてを担っているのだ。
普通の人ならこうする。
こういう言動なら多くの人が好意的に受け取ってくれる。
こういう行動をしたら波風が立たない。
人間社会を構成する多数派にのみ焦点を当てた擬似人格。
そいつが存在するからこそ怪物ちゃんは”浮かず”に”埋没”できるのだ。
俺がその存在に気づけなかったのは、声が聞こえなかったから。
でも当たり前だ。そいつはあくまで”擬似”人格。
機械的にそうと定められたことを実行するだけのプログラムのようなもの。
そんなものが他者に望むことなぞあるものか。
だがそうなると疑問が沸いてくる。
(何故、俺に関わろうとするのか)
怪物ちゃんが初めて来店した際の行動については納得がいく。
どんな関係かは知らんが、シャルの野郎は怪物ちゃんが社会生活を営む上で有用な存在なのだ。
ゆえに好感度を稼ぎに来た。
仮説を立てた後、それとなく聞きだしてみたが実際その通りだったしな。
伯父さんの良さを分かってる、お似合いだと言われたとか上機嫌だったよあのアマ。
なら、俺は?
場末の酒場の店員に絡んで何の得があるよ。
シャルの友人だから? 違う、わざわざ
もっと他にいるだろう、利用価値の高い人間が。
大体、俺と良好な関係築いてシャルの好感度上げるより直接本人とコミュる方が手っ取り早いって。
なら俺への接触は誰が決めた? 叫び続ける無数の人格たち?
否、奴らに擬似人格を上回る権限はない。
やべー人格がやらかしたら健全な社会生活がパーになっちまうからな。
なら誰だ? 誰が擬似人格の判断を凌駕し俺に接触をかけて来たんだ?
(――――本物の”主人格”っきゃねえよなあ)
生まれながらにイカレタ数の人格を備えていて、
親がどんな手段でか擬似人格を植え付けて生きていけるようにした。
ってよりは後天的に無数の人格が植え付けられてしまい、擬似人格が必要になった。
そう考える方が自然だろう。だって先天的ならそもそも俺に接触し続ける理由が生まれないもの。
まあ後天的ってのが正しくてもそれはそれで無数の疑問が沸いてくるんだがな。
しかし、それは無視する。俺が知りたいのは主人格が何故俺に目をつけたのかだ。
その理由を知るために俺は必死こいて無数の声の中から主人格と思わしきものを探しているのだ。
(そいつが見つからんことにはどうにもならない)
怪物ちゃんを退けるにしろ、友好関係を築くにしろ、この子の芯が見えんことにはどうにもならない。
いや、向こうが俺のストーカーにでもなってくれればポリに通報して遠ざけられるんだけどね。
ま、擬似人格があるからそんなことは出来んだろうが。
「さて、俺はカミングアウトしたぜ。次はそっちの番だ」
耳を澄ませ。
「衝撃的な恋愛観ぶちまけられた後ってハードル高くない?」
ダメだ、耳だけじゃ足りない。
「別にインパクトは求めちゃいねえよ」
聴覚だけに頼るな。五感だ、五感を研ぎ澄ませ。
一つだけ違う形をしているものがあるはずだ、それを見極めろ。
そいつは他とは違う声をしているはずだ、聴き分けろ。
際立つ臭いをしているものがあるはずだ、それを嗅ぎ付けろ。
柔らかいのか? 硬いのか? 手触りを確かめろ。
毒なのか? 薬なのか? 舌で転がし味を――いや、味覚は要らねえわ。
ノリで五感とか言ってみたけど聴く以外無理だろふざけんな。
「私の好きなタイプは――――」
つか何で俺がこんなしんどい想いをせにゃなら――――
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈私 を 見 つ け て !〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉
考えるよりも早く俺は身を乗り出し彼女の手を取っていた。
「え」
「見つけた」
困惑するその瞳を真っ直ぐ見据え、
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈私は〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉
「君は」
そう、君は、
「――――ここに居る」
瞬間、光が爆ぜた。
何もかもを攫ってしまうような突風が吹き抜け、雪のように白い燐光が降り注ぐ。
は?
内面に触れたというのを視聴者に分かり易く示すためのアニメ的な演出じゃない。
リアルだ、リアルに突風が吹き抜けて光が降り注いでんだけど?
え、何これ? 何この演出? 何が起こってるの?
(一瞬で酔いが醒めたんですけど!?)
俺は一体何をしてしまったのか。
状況を把握できぬまま、呆然と怪物ちゃんを見つめる。
彼女もまた呆気に取られたような顔をしていたが、
「あ」
瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
美しい、思わず息をするのも忘れてしまうほど美しい涙だった。
(え……あの、これ……すいません、こっからどうすれば良いの?)
ガンガン行こうぜのノリで主人格らしき声に応えちゃったけどさ。
ここから何をどうすれば良いの?
この子の芯が見えんことにはどうにもならないとか言っちゃったけどさ。
現状、どうにもできないんだけど。どういうことだよ、誰があんな出鱈目抜かしやがったんだ。
ほら、伯父さんやシャル他の客も呆然とこっち見てるじゃん。何だよこのシチュエーション。
――――ってあれ?
(声が、やんだ?)
突然の展開に呆気に取られていたが、声が聞こえなくなっている。
多分、俺が主人格の声を拾い上げた瞬間には止んでたと思う。
じゃあ消えたのか? いや、多分それはない。
これは本当にただの勘だが怪物ちゃんの中では今も数えるのが億劫になるぐらいの人格がひしめいているように思える。
「私……私……」
え、何? 何?
俺は繋いでいたままの手を離し、席から立つ。
戦うにしろ逃げるにしろ座ったままじゃ初動が遅れるからな。
「私、ここに居る……!!」
泣いているような、笑っているような顔。
擬似人格が作る嘘臭いそれではなく剥き出しの心をそこに見た。
「!」
よろめくように立ち上がった怪物ちゃんが、
ふらふらと頼りない足取りで対面に居る俺の下へ歩いてくる。
(く、糞! 男だったら問答無用で殺戮刃叩き込んでやれるのに……!!)
どう対処すれば良いか分からず戸惑う俺の頬に細く白い指先が触れた。
怪物ちゃんは潤んだ瞳で俺を見つめ、
「”はじめまして”カールくん、私はアンヘル」
「あ、アンヘル……?」
「あなたのお陰で、私……私は――――」
き、君は……って、ええ!?
プツリと糸が切れた人形のように崩れ落ちる怪物ちゃん。
咄嗟に抱き留めたが……ダメだこれ、完全に意識を失ってる。
(東京湾、コンクリ……樹海に……いやいやいや)
何を考えてるんだ俺は。
異世界に東京湾も樹海もありはしな……いや、樹海は探せばあるな。
「カール」
混乱する俺を現実に引き戻したのはシャルのアホだった。
頬を赤らめ、ちらちらと俺と怪物ちゃんを見るアホ――ああ、確実に何か勘違いしてやがる。
「私は運命、などというものを信じたことは一度もない」
テンション上がってるからなのか何なのか、
店員として働いている時に使っている女口調が外れている。
「あんな都合良く使い分けられる言葉に真などはありはしない」
それはまあ……うん、俺もそう思う。
「でも、この光景を見て、私はそれを信じても良いと思ったよ」
でもお前何言ってんの?
「私は彼女の身に降りかかった悲劇の仔細を知らない」
ねえ、だから何言ってんの?
「だがそんな私にも分かることがある」
おい、無視すんな。オイ!!
「君は今、彼女に絡みつく非業という名の鎖を断ち切ったのだ」
こ、このアマ……まるで話を聞いてない……。
「祝え!」
はあ?
「運命の邂逅を果たし、手に手を取って悲劇を乗り越え、光溢れる未来を切り拓いた少年少女たち」
ちょ、ちょっと? ね、ねえ……。
「――――正にカップル生誕の瞬間である」
両手を大きく広げてそうのたまったアホは、やけに神々しかった。
俺としてはアホに関わりたくもないのだがそうもいかない。
おい、お前この子の知り合いなんだから引き取って――――
「
「
「おめでとう…………!」
「おめでとう…………!」
「おめでとう…………!」
「カップル成立おめでとう…………!」
店内にいたほかの客たちが祝福の言葉を述べ拍手を送ってくる。
違う、そうじゃない。
おい、お前らそれで良いのか?
常連さん方よ、お前らそんなキャラじゃねえだろ?
どいつもこいつも陰キャというほどではないが陽キャグループに混ざれるほどでもない半端もんだろうが!!
「マスター、お勘定」
「私もお願いします」
「カールくん、ここに住んでるんでしょ?」
「流石にね、空気を読まなきゃ」
何一つ読めてねえよお前ら。
唖然とする俺をよそに状況だけが加速していく。
気付けばものの五分程度で客はハケ、伯父さんとシャルのアホも帰り支度を始めていた。
「片付けとか……そういうのは……あ、明日の昼にするから……き、き気にするな」
伯父さん、俺、伯父さんのこと嫌いじゃないよ。
手のかかるオッサンだとは思ってるけど普通に親類として好きだよ。
でも言わせて、微妙に頬を染めてるアンタ結構気持ち悪い。
「彼女の家には上手く伝えておく――ま、私がすることと言えば同僚にちょいと話を通すだけだが」
シャル、アホのシャル。
お前、背中を押してやった恩を忘れたの?
見当違いの気遣い止めろ、おい、話を聞け!
おい、止めろ! 人差し指と中指の間に親指を差し込んでこちらに向けるな!
「「じゃ、後はお若い二人に」」
そう言って奴らは去って行った。
静まり返った店内に残されたのは俺と、俺の腕の中で眠る怪物ちゃんの二人だけ。
耳に痛いほどの静寂の中、俺は所在なく佇むことしかできない。
「ど、どうすりゃ良いんだよ……」
別に女慣れしていないわけじゃない。
地元でも女友達とか普通にいたし、こっちでも既に何人かできてる。
しかし、女の子は女の子でも怪物ちゃん相手だと――――ん?
「はて? 俺は何だってまだこの子のことを怪物ちゃんって呼んでるんだ?」
頭が冷えた今だからこそ分かることがある。
かいぶ……んん、アンヘルの複雑な背景だ。
細かい推察は置くとして、この子は単純に助けを求めていたのだ。
雲霞の如き人格の波に押し込まれていたアンヘル本来の人格。
誰も見てくれない、自分自身でさえも見失っていた本当の心を見つけて欲しかったのだ。
ぶっちゃけ、この子――ただの女の子じゃね?
ってのが理性が導き出した最終的な結論である。
しかし、無意識下では怪物ちゃんと呼んでいた。
その呼び方がすっかり馴染んでいたからなのか、あるいは……?
「……やめだやめだ」
とりま、いつまでも突っ立ってるわけにはいかないよな。
こうなってしまった以上、下手に心象を悪くしたくもない。
バーレスクの中で女の子を寝かせられるとこなんざ俺の部屋以外にはないし屋根裏へ行こう。
移動するためにアンヘルを抱き直したところで、ふとシャルの一言が脳裏をよぎった。
”ヤるのか!! カール!!”
や ん ね え よ。
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