事件FILE1 妖怪下着落とし

「ここが兄貴の店だ」

「うっわ。伯父さん何でこんなとこに店建てちゃったの?」


 翌日、朝一で宿を出た俺たちは帝都の郊外へと足を運んでいた。

 スラム――というわけではないのだろうが、何だこの寂れた区画。

 飲食店どころかそれ以外の店だって一軒もありゃしないぞ。

 どう考えても商売に向いてないって分かるだろうに。


「いや、不動産屋のセールストークに流されるままにな」

「何で伯父さんは客商売を選んじゃったの?」


 甚だ疑問である。


 とはいえ店の外観とかは悪くないと思う。

 奇を衒った造りではなく、かと言って地味でもない微かな品を感じさせる佇まい。

 店の名前も良いな。Burlesque……バーレスクって読むのかな?

 どういう意味かは知らんが語感が好き(個人の感想)。


「うだうだ言ってねえで入るぞ。おーい、兄貴ー!! 俺だー、ハインツだ!!」


 扉を開けて中に入る親父と俺。

 薄暗い店内は深く鮮やかな蒼を基調とした内装をしていて、

 まあまあセンスは良いんじゃないかと思うのだが……敷居、高くない?

 何かこれ、高級酒場って雰囲気なんですけど。

 ひょっとして富裕層向けの酒場なの? と親父に聞いてみると、


「いや、デザイナーのセールストークに流されるままにな」

「伯父さんは自己主張の仕方を覚えるべきだと思うの」


 これどう考えてもデザイナーが好き勝手に自分の作品を作っただけじゃん。


 しかしまあ、そんな有様でも帝都で食ってけるだけの稼ぎがあるんだよな。

 飯と酒が美味いんだっけ? 腕と舌に関してはホントすご……待てよ。

 俺をここに預けたのって身内だから俺を安心して預けられるってのもあるだろうが、


(…………俺に伯父さんをサポートさせる目論見も?)


 親父は俺のカースを知らない。

 だが話しに聞く伯父さんと比べれば常識的な対人能力を持っているだけでも差は歴然だしなあ。

 うん、悪くない。

 将来的に自分の店を持つつもりなんだし、この店を盛り立てるためにあれこれ試行錯誤してみようじゃないか。


 などと考えているとカウンターの奥から人影がちらつく。


「………………ハインツか」

「おう、久しぶりだな兄貴。元気そうで何よりだぜ」


 あ、これはダメみたいですね。


 姿を見せた金髪の中年男性。

 細過ぎず太過ぎず、割と理想的な体格だし顔の作りも悪くはない。

 だが憔悴し切ったような表情と目の下の隈、抑揚のない声のせいで陰気臭さマシマシ。

 これが特別な状態であればまだ良いのだが、親父は何と言った? 元気そうと言ったのだ。

 つまりはこれが平常時の姿なのである。

 こんな陰気臭い野郎がいる飲食店に行きたいか? 行きたくねえよ。


「今日は、どうした」


 ぼそぼそ喋るなよ伯父さぁん!

 そういうとこやぞ、そういうとこが陰気臭さを加速させてんだぞ!!


「いや実は俺の息子――ああ、カール自己紹介しろ」


 頷き、一歩前に出る。


「…………息子?」

〈甥っ子……甥っ子……おじさん、伯父さんか……伯父さんって呼んでくれるかな……?〉


 意外と可愛いなこの人!?

 つーかこの様子を見るに親父、子供が生まれたこと報告してなかったんじゃないか?

 態度からして兄弟仲は悪くはなさそうだが……ああ、親父ずぼらだからなあ。


「初めまして伯父さん! 俺はカール。ハインツの息子のカール・ベルンシュタインです!!」

「おい、どうしたカール。まるで礼儀正しくも快活な好青年みてえな演技しやがって」

「身内とはいえ初対面なんだからかしこまるのは当たり前だろ!?」


 後、好青年って……いや確かに成人はしたけどさあ。年齢的にはまだ少年だろ。


「身内……身内か……ふ、ふふ」


 嬉しいんだろう。でも、それならそれでもっと明るく喜んでくれ。

 伯父さん、かなり不気味だぞ。


「つか兄貴も名乗れや」


 聞かなかった俺もだが親父も兄貴の名前ぐらいは教えとけや。


「あ、ああ……そう……だな。俺は、ラインハルト、だ」


 マインカイザーと同じかよ。

 でも伯父さんだと皇帝どころかそもそも軍人にすらなれなさそうだ。

 言われたことは黙々こなすだろうが、コミュニケーション能力がな。


「よっしゃ自己紹介も終わったし本題切り出すぜ? カールは将来的に自分の店を持ちてえんだよ」

「自分の、店、という、のは」

「おう、察しの通り酒場よ。つっても下積みもなしに店なんざ出しても潰れるのが関の山だ」

「うちで、勉強をさせたいと?」

「ああ。いやまあ、兄貴がそういうの糞ほど向いてねえのは分かるけど……」


 ひでえ言い草だ。

 いや、俺も酒場のノウハウを学ぶならもっと普通の大衆酒場にまず足を運ぶべきだと思うよ。

 そこである程度勉強してから、俺が描いている酒場の雰囲気に合ったとこで修行をってのが一番か。


「どうだ兄貴?」


「俺は構わない……が……お前も言ったように……俺で、大丈夫だろうか……」

〈大丈夫かは……分からないけど、信じてると言ってくれたら嬉しい……〉


 俺のカースはON/OFFを任意で切り替えられる。

 任意で切り替えられないと他人と話す際、言葉が常に二重に聞こえてしまうから当然の機能だ。

 しかしある条件下では勝手にカースがONになってしまう。

 その条件とは感情の熱量。

 強く相手に望む言葉、言い換えれば認めて欲しいと願う気持ちが強過ぎると自動でカースが発動するのだ。

 だがそれは同時に、それだけ相手の心が渇いているという証拠でもある。

 この短時間で既に二度、カースが自動で発動している。


(……伯父さん、寂しい人生送って来たんだな)


 だがまあ、この対人能力を見ればむべなるかな。


「大丈夫かどうかなんて実際にやってみなきゃ分かりませんよ」

「……そう、だな」

「でも、俺は信じてます! だから伯父さんも俺の信頼に応えてくれると嬉しいです」

「おいお前そういう爽やかキャラじゃねえだろ?」

「だからテメェはよぉ! つかおめえも兄貴なら信じられるって思ったから俺預けに来たんだろ? 何か言えや!」

「兄貴! 信じてるぜ! これで良い?」


 こ、コイツ……!

 ああでも、こりゃ甘えてるのか。

 親父にとって伯父さんってのは多分気兼ねなく甘えられる存在なのだろう。

 兄弟、だもんなあ。


「…………微力を、尽くそう」

「ありがとうございます!」

「悪いな兄貴」


 これで話はまとまった。

 後は――いや待て、そういや俺ってどこで暮らせば良いんだ?


「ハインツ……か、カールの……部屋は?」

「ああ、この店屋根裏部屋あっただろ? そこに放り込んどいてくれりゃ良いよ」

「それは、流石に……子供をそんな場所に……住まわせるのは……」

「いや、良いですよ俺は。家賃が浮くならむしろ大助かりですし」


 何より職場が近いのが良いよね。

 職場が家を兼ねてるから出勤や退勤に時間を取られることもないし屋根裏最高やんけ!

 ギリギリまで寝てられるってのは俺的にポイント高いよ。


「分かった……なら、案内しよう。一応定期的に掃除はしているが……」

「はい、自分でも暇を見つけてやっておきます。あの、仕事の方は何時から手伝えば良いですかね?」

「落ち着いてからで構わないが……」

「じゃあ今日一日だけ休み貰って良いですかね? 使う部屋の掃除したいんで」

「構わないが、もっと、ゆっくりしても……昨日帝都に来たばかりで……観光なんかもしていないのだろう?」


 それはまあ、その通りだが帝都に来た目的は観光じゃないしな。


「お気になさらず。観光なんて別にいつでも出来ますからね」


 修行なんて一年や二年で終わるものじゃない。

 これから帝都で何年も暮らすのだから観光なんてものは仕事に慣れてきてからでも十分だ。


 と俺は考えているのだが、


「……」

〈遠慮などせず、伯父さん遊びに連れて行ってと言ってくれても良いのに……〉


 んー……よし、じゃあこう言えば良い感じにまとまるな。


「じゃあ伯父さん」

「ん?」

「俺が仕事に慣れてきて、ちょっとはやるようになったなと思ったらご褒美ってことで色んなとこ連れてってくださいよ」

「…………分かった」

「ありがとうございます!」


 しかしこれで三回目。

 ちょいと捻ったりもしたが概ね伯父さんの望む言葉を返してきた。

 自分で言うのも何だが、この段階で結構好感度は稼いだと思う。

 これからもちょいちょい、餌をあげれば良好な関係のままやっていけるという確信があった。


(職場の人間関係が悪いと悲惨だからな、うん)


 そう考えると気が楽だ。

 ちょっとはこのカースにも感謝してやって……ねーな。

 俺の望み通りの代物じゃなかったからファーストプランが破却されたわけだし。


「んじゃ、今日はお前の寝床の清掃といくか」

「あれ、親父まだ帰んないの?」

「ああ、しばらく顔合わすこともねえだろうし今日ぐらいはな」

「仕事は?」

「二、三日は俺がいなくても回るようにしてるよ。毎回な」


 初耳だ――けど、そうか。

 不測の事態ってのは常に起き得るからな。

 親父の仕事で言えば天候だったり搬入される資材が搬入されなかったりだとかだ。

 そういう不測の事態に備えておくのは当然っちゃ当然か。


「兄貴、掃除道具は?」

「……階段の裏に置いてある」

「あいよ」


 掃除道具を手に親父と共に屋根裏に向かう。

 定期的に掃除をしていると言っていたのは嘘ではないようで埃なんかは想像していたよりもない。

 ただ、物置に使っているのか用途不明の品々がうじゃうじゃと。

 明らかに伯父さんの趣味じゃないだろうというようなのが多いのを見るに、


(……多分流されるままに買わされたとかそういうあれなんだろうな)


 押し、弱そうだからなあ。

 保険の勧誘とか健康グッズの訪問販売とかで買わされちゃったんだ、きっと。

 だがこれからは俺もいる。

 俺は面倒なセールスを仕掛けてくる相手を臆面もなく罵倒できるタイプだからな。


「親父、これってどうすりゃ良いのかな?」

「兄貴からはテキトーに処分して良いって言われてるがとりあえず隅にでも寄せとこうぜ」

「りょーかい」

「とりあえずは場所の確保だ。ベッドやら何やらの家具は後で買いに行くぞ」

「良いの?」

「これから独り立ちしようって息子に餞別もくれてやらねえほど薄情な親父じゃねえよ」

「サンキューパッパ」

「おうよ。んじゃ、やるぞ!!」

「おう!」


 意気揚々と掃除を始める俺たち。

 最初は黙々と物をどかしたり何だりしていたのだが……血筋だろう。

 俺も親父も掃除の時間にくっちゃべって怒られるようなタイプなのだ。

 気付けば手を動かすのは鈍くなり口数の方が多くなっていた。


「しかし……親父と伯父さん、全然似てねえな」

「まあ、よく言われるよ。見た目以外は全然似てねえってな」


 ベルンシュタイン家の男児は大体が金髪碧眼で、

 均整の取れた”イイ体”をしていて親父と伯父さんもそこは共通だ。

 ちなみに俺の場合は母親の血が強かったのか右眼だけ紅眼だったりする。

 オッドアイだオッドアイ。この辺もすげえ特別っぽいじゃん?

 オッドアイとかどう考えても主人公っぽい特徴じゃん?

 どう考えても物語始まりますってツラしてるのに何故こうなってしまったのか。


「俺、祖父さんや祖母さんに会ったことないけど……どっちかの影響?」

「んにゃ。親父もお袋も別に普通だぜ普通。兄貴が内向的なのは――何でだろう?」

「不思議だなあ」

「あれでも何とかやってけてるんだから存外、世の中優しいよな」


 ナチュラルに失礼なオッサンだなコイツ。


「お、魔法テレビあるじゃん。見た感じ型はかなり古そうだけど……映るかな?」


 どれぐらい古いかを日本風に説明すると、だ。

 4Kだの何だの言ってる時代にテレビデオとか言ってるぐらい古い。

 つか魔法テレビとか普通に言っちゃってる自分に気付きしみじみ思う。

 俺、すっかりこの世界に馴染んでるなって。

 昔は純ファンタジーじゃないんかい! とかガッカリしてたもんだが便利な暮らしには勝てませんわ。

 まあ、完全に魔法が科学の代替品になってるわけでもないけどさ。

 それでもテレビや冷蔵庫、エアコンは存在する。現代人だった俺にとっちゃそれだけでも随分ありがたい話だ。


「っとそれよりテレビテレビ。なあ親父、これ使えると思う?」


 詳しい仕組みとか俺はよう知らんけど、親父は魔法家電にも詳しいからな。

 何だったらちょっと壊れてるぐらいなら修理だってしてくれるかも。

 って、


「親父?」


 反応がないことを訝しみ振り返ると親父は部屋の一角でしゃがみ込んだまま微動だにしていなかった。

 まさか……腰をやったのか?

 普段から身体は動かしているとはいえ親父も立派な中年だからな。


「親父、とりあえず横になろう」

「…………何か勘違いしてるみてえだが違うぞ」

「あん? じゃあ何無視しちゃってくれてんだよ」


 そう言うと親父は無言で俺を手招きした。

 怪訝に思いつつ親父の下まで駆け寄るとそこには紙袋が。

 何だ何だと覗き込んでみると、


「こ、これは!」


 袋の中には女物の下着が詰まっていた。

 それも一目見て上等そうなものばかり色もえげつない。

 黒とか赤とか紫とかどう考えても男の劣情を誘うような色彩オンリーだ。

 そして俺の目は誤魔化せない。この下着には”使用感”がある。

 あ、使用感つってもこの下着でオナニーしてたとかじゃないぞ。普通に誰かが穿いてたものってことだ。


「…………カール、これどう思う?」

「…………下着ドロ、とかじゃないとは思う」

「…………それはまあ、兄貴の性格的にな」

「…………他に考えられるのは連れ込んだ女の、とかだが」


 それはそれで首を傾げてしまう。

 性欲の有無はともかく女を店に連れ込んで屋根裏でしっぽりするような感じじゃないしな。

 だが現状ではそれ以外に説明がつかないのも事実で、


「「……」」


 俺と親父は下着の山を見つめたまま沈黙するしかなかった。

 いやホント、これどうすりゃ良いんだよ。

 見なかった振りするにしても気まずいぞ、すっごく気まずいぞ。

 親父はともかくこれから一緒にやってく俺は――――


「ハインツ……か、カール……差し入れを……あ」

「「あ」」


 タイミングぅ!


「「「……」」」


 どうすんべやこれ。すっげえ気まずいじゃんよぉ。


「ち、ちが……あの……その……」

「まあ、何だ。兄貴も良い歳だしな。逆にそういうことしてねえ方が不健全だわ」

「そ、そうそう。俺もその内帝都の風俗で童貞捨てるつもりだし」

「ち、違うんだ! ほ、ほんとに違う! それは忘れ物なんだ!!」

「「忘れ物? やっぱり女連れ込んでんじゃねえか!!」」

「違う! ”誰か”の忘れ物だ!!」


 誰かの忘れ物……か。

 普通なら名前も聞いてない行きずりの女とかそういうのをイメージするが、この様子を見るに違うようだ。

 だ、と、す、れ、ば――――え、ホントにそのまんまの意味で忘れ物?


「兄貴、どういうことなんだ……?」


 親父も俺と同じ結論に達したようで困惑気味だ。

 そりゃそうだ、パンツを酒場に忘れてくってどういうシチュエーション?

 いや、ワイワイ騒いで服とか脱いだりってのは分かるよ?

 でもこの店でそういう馬鹿騒ぎする奴はいないだろう。

 マナー云々以前に騒ぎたい奴も騒いでて楽しい場所を選ぶだろうしな、うん。


「い、一年ぐらい前から……毎週、水曜日に……下着の落し物が店内で見つかるんだ……」


 ま、毎週!?


「お、親父……つ、月に四枚だとしてさ……」

「四十八枚!? つーか水曜って今日じゃねえか!!」


 え、何? 妖怪? 妖怪下着落とし? 妖怪下着落としなの?


「やべえよやべえよ。何で息子を兄貴に預けに来てこんなミステリーに出くわすんだよ」

「俺も何で就職しに来ただけなのにこんなミステリーに出くわしちまったんだよ」

「こんなん真相解明しなきゃ半年は眠れねえわ」

「それな」


 俺と親父は揃って伯父さんに向き直りことの仔細を問い質す。

 しかし、伯父さんも本当に訳が分からないようでロクな情報は得られず。

 まあ当然と言えば当然か。

 伯父さん一人で店を切り盛りしてるらしいし客をじっくり観察する機会もないだろうしな。

 ただ、それでも露骨に怪しい客とかがいれば流石に何か気付くと思うのだが……。


「水曜の夜中、店を閉めて掃除をしていると、毎回何でそんなとこから……という場所で下着が出てきて……」


 ますます怪異染みてきたな。


「って……んん? パッと分かるような場所で見つかったわけじゃないんですか?」

「あ、ああ……」

「ってーことはまだ他にも店内に下着が?」

「いや……それは、ないと思う。怖くなって定期的に隈なく探してるから……」


 何か引っ掛かるな。

 伯父さんの証言を信じるなら当日、必ず下着を見つけている。

 だがその場所は気付き難いような場所ばかり。

 かと言って他に下着が隠されているようなこともない……むむむ、これは……。


 しょうがない、少し、やってみるか。


「? どうしたカール」


 一番上にあったレースの下着(黒)を手に取る。

 そして”あやとり”の要領でパンツを広げ裏側を表出させ、


「フンッ!!」


 クロッチ部分に顔を埋めた。


「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」

「え、何? 何で俺の息子いきなり盛ってんの? あ、息子ってそういう意味じゃねえぞ。マジ息子の方な」

「ハインツ……」

「おい兄貴、息子にどういう教育してんだって目で俺を見るな」

「シャラップ! 今集中してっから!!」

「「えぇ……」」


 下着(黒)を袋に戻し今度は別の下着(生地はサテンで色は黒と赤)のクロッチに顔を突っ込む。

 こっちは日にちが経ってるからか、少し臭いは薄いが大体分かった。


「よし次」


 一枚だけでは分からない。二枚だけでも確証足り得ない。

 三枚、四枚、五枚――都合十枚ほどの下着を嗅ぎ、俺は確信を得た。


「――――謎はすべて解けた!!」


「待ってくれ! 血の繋がった息子がいきなり変態行為に耽溺し始めたんだぞ!?

それだけでも結構な衝撃なのに謎が解けたってどういうこと!?

親父の気持ちを放置してお前はどこに行くつもりだ! この親不孝者!!」


 うぉ!?

 び、びっくりしたな……急に大声出すなよまったく。


「親父、俺は胸に七つの性癖を持つ男と呼ばれている」

「お、おう」

「そんな俺の性癖の一つに”臭いフェチ”というものがある」

「……そ、そうか」

「つまりはそういうことだ」

「「どういうこと!?」」


 いちからか? いちから説明してやんなきゃだめなのか?

 これだから物分りの悪い人間は……。


「伯父さんから得た情報で俺は一つの仮説を立てた。その確証を得るためにパンツの臭いを嗅いだんだよ」

「どんな異次元推理したらそうなんだよ! テメェは何探偵だ!? つか臭いが証拠になんの!?」

「今回に限っては、だけどな。実際、嗅いで見て目当ての臭いは見つけた――否、嗅ぎ取った」


 つーわけで後はもう解決編だけだな、うん。

 お節介だとは思うが余計なお世話はヒーローの本質だって誰かが言ってたしな。


「待て待て待て! 何でもう話は終わったみてえな顔してんの!? 全部説明しろや!!」

「はぁ……察しが悪い。そんなじゃ女にモテねえぞ」

「お前が生まれてんだろうが! バッチリモテてるよ!」

「ったくしゃあない」


 さて、どこから説明したもんかな。


「先に結論を言っておくとこの下着は不器用なラブコールだよ」

「!?」

「何言ってんだお前?」


 やれやれ、鈍感な大人たちだぜ。

 仮に親父と伯父さんがラブコメ主人公なら叩かれてるぞ。

 だが出来る男な俺は違う。難聴になんざ死んでもならん。


「一個一個確認してくぜ? まず下着の発見場所だ」

「見つかり難い場所にあったんだろ?」

「ああ、問題はこの見つけ難い場所の捉え方だ」


 伯父さんは常識的な人間だ。

 だから発見場所が普通に考えて見つかり難い場所だと説明した。

 だが、単に見つけ難い場所というわけじゃない。

 ここで重要になるポイントが二つ。

 一つは伯父さんは必ず当日に下着を発見していたこと。

 二つ目は他の――意図してしっかり探さないと見つけられないような場所に下着はなかったということ。


「犯人はな。他の奴には見つからない。

でも伯父さんだけには見つかるような場所に下着を隠してたんだよ」


 そんなの、伯父さんのことをよく観察してなきゃできない芸当だ。

 惚れた腫れたってのは、突き詰めるとどれだけ相手を理解しているかだと思う。

 そういう意味で犯人は深く伯父さんは理解したいと願い、そして実際に理解している。

 容姿が分からんので全肯定はできないけど、


「フッ……男冥利に尽きますね」

「!?」

「おいやめろ、兄貴がかつてねえほどオロオロしてんぞ」


 伯父さんはシャイな人だからな。


「ちげーよ、そうだけどちげーよ。

え? つか、お前は妖怪下着落としが兄貴に惚れてる女だってマジで言ってんのか?」


 まあ気持ちは分かる。

 確かに今示された情報だけじゃな。

 単に脱いだ下着を公共の場に置き去るのが好きな奇特な性癖持ちかもしれんもの。


「いや、ラブコールで下着置いてくのも奇特な性癖だと思う」

「じゃあ推理の続きだ。さっきも言ったが俺は確証を得るために下着の臭いを嗅いだわけだな、うん」

「何で確証を得るために下着の臭いを嗅ぐのか(哲学)」


 手に持っていた下着の裏側を二人に見せつけ推理の続きを口にする。


「この下着を構成する臭いを説明していこうと思う。

まずは女性特有の甘やかな体臭。これが三割だな。次いで尿が三割。

割合を見るに犯人はちょっとトイレの後の処理が甘いタイプだと思う。いや、俺は結構好きだけどね」


「おい兄貴、俺をそんな目で見るんじゃない」

「……」

「っと話がずれたな残る四割――――愛の蜜(詩的な表現)だ」

「「……」」


「だが愛の蜜と言っても単なる欲情によるものじゃねえ。

慕う相手を想っての発情に起因する文字通りのラブ・ジュースだ。

ほら、ここまで材料が揃えば伯父さんへのラブコール以外にゃあり得ねえだろ?」


 他人の惚れた腫れたなんぞ死ぬほど興味ねえが伯父さんは身内だ。

 色々な意味で心配だし、これだけ深く想ってくれる相手と縁を結ぶために一肌脱ぐのは吝かじゃない。


「やべーな……俺の生涯でも初だぜ。ここまでどっからツッコミ入れれば良いか分からない事態はよ」

「……」

〈嘘だと言ってくれ!!〉


 はは、伯父さんめ。ホントにシャイな男だな。


「つか何なのカール? お前のその特技は? ひょっとしてお前のカースか?」

「なわけねえだろ。こんなもん臭いフェチとしては当然の嗜みだ」


 臭いフェチたるもの感情ぐらい嗅ぎ取れずしてどうするのか。

 こんなもん前世から余裕で出来たわ。

 とは言っても俺もまだまだ未熟。パンツのクロッチからじゃないと分からないけどな。


「これから臭いフェチの奴と出会った時、俺ぁどんな顔すりゃ良いんだ……」

「それより、ハインツ……その……」

「ああ……うん……言いてえことは分かる。カールは自信満々だが、やっぱなあ……」


 む、二人とも納得してないって顔だな。

 可愛い息子と可愛い甥っ子の言葉ぐらいすんなり飲み込んでくれよ。

 疑われたままというのも癪だし、


「よし分かった。じゃあ確かめてみようぜ」

「「確かめる?」」

「今日もきっと犯人は伯父さんに愛をデリバリるために店を訪れるはずだ」

「それは……まあ……」

「犯人の体臭は既に覚えた。俺が給仕として注文の品を運ぶからその時に犯人を見つけてやるよ」


 そして現行犯で取り押さえてやろうじゃないか。

 奥ゆかしい求愛も嫌いじゃないが大胆な告白は女の子の特権。

 一年やって成果上がってないんだ、ここらで背中を押してやろう。

 それが犯人のためでもあるし、色々心配な伯父さんのためでもある。


「うん……うん……うーん……? 当たってても外れてても良い展開が見えねえんだが……」

「か、カール……その、気持ちはありがたいが……」

「真実はどうであれ伯父さんも困ってるんでしょ? だったら白黒つけなきゃ」

「それは……うむ、そう、だな」

「兄貴!? 流され易過ぎんぞ!!」

「親父はどうする?」

「ここまできたら付き合うよ。実際、このミステリーを暴かなきゃ気になって気になってしょうがないし」


 話はまとまったな。

 だったら後はもうさっさと部屋の整理を済ませて夜に備えるだけだ。


「でも……やっぱ信じられねえわ」

「おい親父、それでも父親かよ」

「もしカールの言う通りだったらセレブ御用達の高級ベッド買ってやんよ」

「言ったな? 忘れんじゃねえぞ」

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