X上でやっぱり出て来たか、移住の話




 続けて能登半島震災関連のことを書こうと思います。


 X上でおそらく絶対誰かが言い出すだろうな、と思っていたことですが、やっぱりちらほら出てきています。


 何かというと「あんな過疎地域の復興に金掛けるよりは、残った住民を皆他の地域に移住させてしまえばいい。どうせ地震が頻発してるんだし残ってるのはジジババだけだし、もうどうしようもない認知症や延命治療に莫大な金を掛けるのと何が違うのか」というものです。

 どこかの地域の公営住宅に入れてそこをタダにして移らせればいい、とか房総半島だったら暖かいからいいんじゃないか、とか。


 私の予想ではひろゆきとか堀江貴文辺りが言い出しそうだと思っていましたが、医療アカウントっぽい幾つかのアカウントが言い出してますね。

 何か地域枠で研修させてもらってるのに田舎が嫌で都会の病院に戻りたいっぽい人ですけど。

 おそらく今回の震災被災地域に住んでいるアカウントではないでしょう。


 あと10年程もしたら、こうした声はもっと大きくなるでしょう。

 日本全国、過疎化した地域や自治体がもっと目立つようになっているでしょうから。

 今後も広域的な災害が過疎地域で起きる度に言われるでしょうね。


 私の住む自治体自体が高齢化はだいぶ進んでおり、山間部には過疎が進んでいる集落もいくつかあります。

 私の住んでいる自治体も、大災害に見舞われたら言われるんだろうな。


 ってことで、こうしたアカウントの言い分についてですが、日本全体の財政状況や分配効率から見たら正しい言い分のように思えますよね。


 今後、過疎が続く地域は徐々に人口が減少し、消滅していく集落も出て来ることでしょう。

 今回の震災で、その場所に住み続けることが困難だと感じて移住する方もけっこう多く出るかも知れないとも思います。


 ただ、それを判断するのは、その場所に住んでいる人々の意思であるはずです。

 その場所ではないところに住んでいる人々がとやかく口を出していいことではありません。

 移住するか、残るかはその地域の人だけが決定権を持つんです。


 今回で言えば、輪島市、珠洲市、能登町、穴水町の住民だけがそれを決められる。

 他の地域、東京あたりに住んでいる人間が口出しすることではない。


 東京など大都市の価値観で言ったら、交通の便も悪くロクに産業もなく、そんな不便な場所に何でそんなにこだわる必要があるんだと思うのでしょうが、その地域に住んでいる人にとっては東京の価値観とは違った価値観の生き方があるんです。


 そこに棲み続けるのが不便だと、その集落の住民が感じており住民の意思でそこを離れるのなら何の問題もない。

 これまでもそうして自然消滅してきた集落は日本全国各地に、無数にあります。

 おそらく輪島市や珠洲市でも、今回の震災で山間部の集落などでは集落を離れて珠洲市や輪島市の中心部へ移る人も出て来ることでしょう。

 それはそこに住む住民が決めたことであり、それも外野からあれこれ言うことではありません。

 残る選択をするにせよ、移る選択をするにせよ、その決定をした住民をサポートしていくのが地方自治体の役割であり、それをサポートするのが国家行政です。


 地方自治を蔑ろにした大上段な、効率を元にした物言いは結局のところ己の地方に対する無知と蔑みの心を上手く理由をつけているだけではないですか。

 全く正論でも何でもありません。

 また、こうした物言いの人が直接住民と対話したとしても、住民の理解は得られることはありません。

 おそらく反対する地域住民を頑迷で陰湿な奴ら、と罵り、問題を更にこじらせることになるはずです。


 とにかく、まるで己が全能の執行者であると勘違いしたような言動は、浅はかにも驕り昂っていると感じます。

 








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る