消滅した町 §2 人里にて
トポコリーナ村の南側一帯に広がる森林地帯にその隠れ里は確かに存在し、そして存在しない。
その里は、エルフ族に伝わる秘奥義によって、外の世界とは隔離されていた。
招かれざる者を迷わせる深い霧を抜けると、その隠れ里に辿り着く。
エレンディエル・ディングルン・タナンサは待っていた。
両親の古い友人であり、幼い頃からの知己の仲であるノーム族のドトンタ翁からの手紙を。
隠された抜け道を秘密の手順で通ると隠れ里の外へ行ける。
このところエレンディルは頻繁に外の世界を出歩く様になっていた。
霧を抜け、ヒト族の里に向かう。
以前は、彼女を見かけると、森で働くヒト族たちが驚いていた。
最近では慣れた様で、親しげに挨拶してくる。
「よう、妖精のお嬢さん!今日も元気そうだね!」とは木こりのオジサン。
「ごきげんよう!」
「エレンちゃん、ゼンマイがたくさん取れすぎちゃってね。良かったら帰りに少し貰ってくれるかい?」と山菜摘みに勤しむヒト族のご婦人。
「ごきげんよう!それでは帰りに寄らせてもらいますね」
村で唯一の宿屋兼食堂兼雑貨屋〜『いつものところ亭』〜に郵便物は集配される。
いつもの様に女将に挨拶をし、いつもの様に手紙が届いてないか尋ねる。
そして、いつもの様に、届いてないとの応えが返ってくる。女将はいつもの様に慰め、いつもの様に挨拶して立ち去る。
薬草畠に囲まれた草葺き土壁のコテージに立ち寄る。
古くからの友人であるミモザに会いに。
庭先でお茶をしながら、何気ない日常の出来事を話題に、語り合う2人。
「ミモザ、体の調子はどう?」
「まだまだ元気さあ」
半世紀。ヒト族にとっては人生の半分以上の年月。
ウリューンの町を共に離れた時に比べると、ミモザはずいぶんと老け込んでしまった。
薬草畠の向こうのアカマツの木に、何気に目をやる。
「それよりもアンタ、本当に行く気かい?」
「あたし本気よ」
「だってお父さんに会いたい。あなただって…」
「それ以上はおよし」
「だってぇ…」
涙ぐむエレンディエル。ヒト族より遥かに長命のエルフ族。ヒト族であれば、老境の域の歳でも、エルフ族としてはまだまだ若い。
悲しみが込み上げる。
切なさが込み上げる。
あたしは間に合う。でもミモザには時間が…
しばしの沈黙。
森の梢で小鳥たちの鳴き声が聞こえる。
そして、沈黙を破る呼び声が響く。
「エレンさーん!お婆ちゃーん!」
「おや?この声は孫娘のセルフィーだね」
「セルフィーちゃん、ごきげんよう」
「おかえり、どうしたんだい?」
「女将さんに預かってきたの!エレンさん宛の手紙!」
息を切らしながら走ってきたセルフィーが1通の手紙を差し出す。
エレンディエルは微笑んでいた。
セルフィーに丁寧にお礼を言う。
待ちに待ったドトンタ翁からの返事。
そして手紙を開封し、読み始める。
「お爺ちゃん来てくれるって!」
「そうかい、じゃあ本当に言っちまうんだね…寂しくなるよ」
「大丈夫よミモザ!わたしちゃんと帰って来るから!」
「エレンさん、どこか行っちゃうの?」
「うん!ちょっとお父さんに会いに!」
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