四ツ辻の黒犬 §4 罠

 あれからずいぶん時が経つというのに、一向に日が沈む気配がない。


 不思議に思う。


 ざっと付近を散策する。


 立柱石メンヒルは、最初に見たもの以外にいくつも点在している。


 カザドールの話によると立柱石メンヒルの近くであれば、奴らは近づいてこないらしい。


 どういう仕掛けなのかは聞いていない。

 聞いても理解出来そうになかった。


 魔法やエルフの遺跡に関する代物にしか思えなかったった。

 一介の御者など完全に門外漢なのだ。


 この土地もそういう土地なのだろうか?


「たっはぁぁ〜。母ちゃんに会いてえよぅ」


 馬たちのそばで屁垂れ込んだ。


 ロシナンテがヒヒンと鳴いた。


***************************


「カザドールさんよ、俺は早くウチに帰って女房、子どもに会いたいんだが…」


「奴らは、まだ去ってはおらぬ」


「遠吠え聞こえませんがねぇ」


「お前が入ってきた玄関口スレッシュホールド辺りに、未だたむろっている。奴らが来て、もうひと月になる」


 玄関口スレッシュホールド


 奇妙な表現だった。

 方言だろうか?

 土地によって、言葉の意味が変わる事がある。


玄関口スレッシュホールド?って何です?」


「この土地、鉄の牙ザンネディフェッロ玄関口スレッシュホールドだ」


 ここの地名が判明したが、聞いたことがない地名だ。


「それでコムジオール市まで戻るには、どうすれば?」


「黒犬どもを、どうにかする他あるまい。あのべレクの眷属どもめ!主人が滅んでも尚彷徨いおって!」


 べレクって、あの傭兵隊長べレクのことか?

 怖いな。おい。


 話を続ける。


「犬どもをどうにかするには、何か必要なんで?……戦うとか以外でですが…」


「うむ」


 少し考え込むカザドール。


「奴らは強い匂いの草花を嫌う。天日干しなどして加工しておると尚良い…例えばよもぎ菖蒲しょうぶの様な…」


「近くの森では摘めないんで?」


「この辺りにはあまり生えぬのだ」


「うーん」


 困った。

 何か策はないのか。

 このままでは今夜中に帰れなくなる。


「強い匂いであれば香辛料などでも効くはずだ。ナツメグやシナモンの様な…」


 シナモン!

 出掛けに諦めたカフェのことを思い出す。


「これなんてどうで?使えます?」


 懐に忍ばせていたシナモンの棒を取り出す。


 カザドールが答える。


「ああ!もちろんだ」


 うおおおおお!やったぜ!これで帰れる。


 その時はまだ疑問に思わなかったのだった。


 大きな矛盾に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る