四ツ辻の黒犬 §3「母ちゃんごめんよ」
遠吠えが近づいていた。
一度停車して周囲を確認したいところだが、どうにも危険な匂いがする。
あの遠吠え、一体ではない。群れだ。
仮に野犬の群れだとしても、危ないことに変わりない。
武器も無ければ、戦う経験すら無いのだから。
若い頃、減税特権のため、半年程、
兵役期間・内容に応じて、一年から数年、基本税が減額されるのだ。
兵役と言っても街道警備隊や城壁の衛兵達にしごかれながら、ちょっとした軍事教練を受けただけだ。
緩やかな蛇行を続ける見慣れぬ森の道。
ただひたすら駆け抜けて行く。
遠吠えが止む。
撒けたのだろうか。
いずれにせよ来た道を戻らねば街道に戻ることは叶わないだろう。
「はぁ…母ちゃんごめんよ。今日は帰れそうも無い」
女房と子どもたちの顔が頭に浮かんだ。
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唐突に聴こえる獣の雄叫び。
遠吠えでは無い。
馬車に並走する黒犬が見えた。
一体では無い。
ひい、ふう、みい、よー、いつ、むー、なな、やー…
キリがない。たくさんだ!
口元からは泡状のよだれを垂らしながら、じわじわと包囲を縮めてきている。
冷や汗が流れる。
「母ちゃん、俺死ぬかも…」
怯える馬たちを鞭打つ。
なんとか振り切ろうと頑張ってもらう。
「捕まったらお前らも無事じゃすまないんだぞ!頼む!頑張ってくれ!ロシナンテ!キホーテ!」
黒犬が一匹飛びかかってくるが、慣性に負けて、後方へその姿を消した。
もう一匹。再び後方へ。
「うおおおおおお!早馬のヨーデルさまを舐めるなあ!」
若かりし頃の恥ずかしい通り名を、恥ずかしげも無く叫ぶほど、緊迫した状況だった。
捕まれば喰われる。
そして死ぬ。
女房や子どもたちに会えなくなるのは嫌だ。
生きたい。なんとしても、生き残りたい。
その刹那、斜め前方から一体の黒犬が飛び掛かる。
やばい!今度こそ喰いつかれる!
覚悟したその一瞬、一本の矢が黒犬を撃ち抜く。
助かった!のか?
ロシナンテとキホーテとは別に馬の蹄の音が聞こえる。
後方からもう一本の矢が放たれ、並走していた黒犬をさらに一体仕留める。
「この先に
あぶみ無し、鞍あり、手綱ありの乗馬法の猟師の男は、器用に手綱と長弓を使い分けながら、そう言った。
猟師の男は、飛びかかる黒犬を、
「急げ!」
「あ、ああ」
ひとまず命を取り留めれるようだ。
だが安心するのはまだ早い。
猟師の男の言う場所へと急ぎ向かった。
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猟師の男の言っていた
そばには、コムジオール市周辺では珍しい丸木小屋が建っていた。
まさか道を間違えてエヴァント村の辺りまで来てしまったのか?
そんなうましかな。
方角が反対だぞ。
そんなことあり得るのか?
猟師の男は小屋の飼い葉桶の辺りに自馬を繋ぐ。
ウチの馬たちもお世話になる。
「旦那のおかげで、命拾いしやしたぜ。感謝してもしきれねえ。本当にありがとうございます」
ぶっきらぼうな猟師の男に、営業用トークで礼を述べる。
「カザドールだ」
男の名はカザドールと言った。
こちらの名乗りを遮り、男は続けた。
「お前の名は、早馬のヨーデルだな。聞こえていたぞ」
うおおおおおおおおお!
聞かれてたんかい!
恥ずかしい!
「ヨーデルで構うますん…ですだよ」
シドロモドロだった。
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