第2章
四ツ辻の黒犬 §1「犬かよ」
「だからよう、出るんだってよ。あの四ツ辻に」
御者仲間のチョイヤー・クンダーの与太話は、仲間内では有名だった。
またか、と思いつつも話としてはそこそこ面白い事もあるので無下には扱わず聞きに入る。
「出るって一体全体何がだい?
「違う違う!黒犬だよ!黒犬!」
「犬かよ」
「それがな、ただの犬じゃあないんだとよ。日も沈みかけた逢魔ヶ刻に
午後の昼下がり。
シナモンの棒でカップの中身を掻き回しながら思いを巡らす。
州都コムジオール市のロータリー広場に面するカフェ。
午後のシエスタを嗜みながら談笑する御者のおっさん二人。
はたから見たらどう見えるのだろう。
黄色い歓声を上げながら舗道を歩く若いご婦人方の視線が気になる。
「そのネタ、例のお得意さんからかい?冒険者だったか」
「そうそう!あの旦那方、支払いもいいし!ちょっと人使いが荒い時もあるが、上客だぜ!」
「前の話は、暗黒時代の…何だっけ?」
「ああ、あれか!
コムジオールの僭主、傭兵隊長べレク。
一体何百年前の話だ。
今では子どもを怖がらすお伽話の類いだ。
キリがないので、話を戻そう。
「それで、どこの四ツ辻だって?」
「デナリオールへ向かう街道沿いの四ツ辻だって話だ」
「ああ、あそこか」
エヴァント村と南の漁村とを結ぶ道がある。
その道と主街道が交差する地点だ。
あの四ツ辻ならよく通る。
「それで?俺にどうしろって言うんだ?」
「いやなにさ、お前さんなら怖がってくれるかと、気を利かせてやったんだ」
チョイヤー・クンダーはそういうと大声で笑い出す。
「お前なあ…」
やや呆れ顔でいると、誰かが呼ぶ声が聞こえてきた。
「ヨーデルさん、ご指名です。常連客のチャントスルノーラ子爵夫人」
そう叫びながら近づいてくる少年。
駅馬車ギルドの見習いだ。
チャントスルノーラ家は地元では有名な荘園貴族だ。
貴族とは言っても気さくな方々だ。
ぶどう農園とワイン醸造で財を成した地元の名士でもある。
「分かった。すぐ行く」
「おう、またな」
「お前もな」
「黒犬には気を付けろよ」
「まだ言うか」
飲みかけのカフェを諦め、シナモンの棒を懐にしまう。
席を立って、おあいそを済ます。
常連客の待つ駅馬車ギルドへと急ぎ駆け出した。
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