彼岸 §3「ぬるっとしたぁあ!」

「え?死んだって?俺が??!生きてるじゃないか」


 食い下がる俺。


「んーっとねぇ、何から説明すれば良いのかしら。」


「お兄さん、少し落ち着いて」


 少年が興奮した俺をなだめようと、手を差し出す。

 しかし身体に触れることなくすり抜ける。


「?!?」


「ぬるっとしたぁあ!」


 更なる混乱。


 突如、濃い霧の様な、煙の様な何かが俺の身体から沸き上がり始める。


「なっ?!」


「まずいわね。幽体を保てなくなってる」


「神父さん!早くこっち来て!」


 神父さんと呼ばれた一番年長と思しき修道騎士クレリックが、急いで駆けつける。

 神父さんは、俺の額に手をかざす。

 そして古語で祈りの言葉を唱える。


 すると身体から湧き出ていた煙が止まる。

 煙の様な何かが急速に身体へと戻っていく。


***************************


「俺が幽霊ゴースト?!」


「そういう呼び方もありますが…肉体を離れた魂と幽体というのがより正確な表現でして」


「安心して。幽霊ゴーストと言っても、退魔ターニングはされないから。邪悪な亡者アンデッドに堕ちた訳では無いの」


「善良な者の魂が、邪悪な亡者アンデッドになることは通常ありません。安心して下さい」


 神父さんと黒髪の女性に説明を受けたが、いまいち実感がわかない。


「ここは幽界かくりよにある彼岸の地。

現世うつしよで亡くなった者の魂は一度ここを通るのよ」

 魔法使いがそう続ける。


 岸辺でノームが釣り竿を振っている。

 ふわふわとした鬼火ウィルオーウィスプの様な何かが釣れている。


「幽体を失うと…ほら、あの様に魂だけとなりまして…」


 夢か幻か、実感の沸かないまま話を続ける。


「……では貴方がたは一体どうやってここへ?」


現世うつしよの各地には、幽界かくりよへの抜け道見たいのがいくつもあるのよ。この人数なので、今回は界渡りプレーンソフトの術や幽体化イセリアルネスの術は使ってないわ」


 この女性はさぞや高位の魔法使いなのだろう。

 聞いたことはあっても、実際には見たこともない半ば伝説上の術だ。

 流石「五族連合」と言ったところか。


「あまり気を落とさないで下さい。あちらの世界は良いところですので…それでは、そろそろあちらの手伝いに参ります」


 そういうと、神父さんは魂釣りをするノームの方へ向かった。


 懐から何かを取り出して短く何か唱えるとそれは投網になった。

 魂を漁る投網だ。


 まるで見たことがあるかの様な神父さんの台詞。

 もしかしたら本当に見たことがあるのかもしれない。


 いろいろ疑問に思うことはある。


 考えあぐねていたところに女性が話を続ける。


「貴方たちの様な逸れた魂を保護するのが私たちが今回受けた依頼」


「保護…ですか…」


 そんな依頼誰が出したんだろう。


 いろいろありすぎて考えがまとまらない。


***************************


 どれほどかの時が過ぎたのだろう。


 霧は晴れ遠くまで見渡せる。

 岸辺から延々と続く水面みなも

 対岸は見えない。

 起伏の少ない草地。まばらに生える樹木。

 そして巨石列柱群メガリス


 ノームと神父さんによって保護される魂。

 多くは鬼火ウィルオーウィスプの様な有り様だが、中には俺の様に姿を保った者もいる。


 しかし、知った顔は見当たらなかった。


 ジョン・スミス。あいつはどうなったのだろう。


 手伝えることもなくただ呆然としている俺。

 なんと情けないことか。


 すると最初にあった少年の声が聞こえる。


「あ!来るよ!」


 来るって何だ?敵か?それなら俺も少しは手伝える。


 少年の声とほぼ同時に何人かの者たちが岸辺の方を向く。


 そしてエルフたちの一人が叫ぶ。

「目視で確認。ハゲタカ型3、カエル型2、ナーガ型1。その他、雑魚の小羽根が十数体」


 飛来する何者かが近づく。

 緊張が走る。

 にわかに慌ただしくなる。


 漁られた魂たちとともに巨石列柱群メガリスの方へ移される俺。


 このまま守られる側に回るのか?

 嫌だ!


「俺にも戦わせてくれ!頼む!どなたか武器を貸してもらえないか!」

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