手作りチョコレートを君に


 時は来た。二月に入り、多くの人間が意識し始めるイベント、バレンタインだ。一般的には女性が意中の男性にチョコレートを渡す日だが、今は多様化の時代だ。男の自分が想い人にチョコレートを渡したっていいだろう。

 俺はクローゼットから比較的お洒落だと思う服を手に取り、袖を通す。顔を洗って歯を磨いてクシで髪を整えて、完成だ。鏡で自分を確認する。不安そうな自分の姿が映っている。服を着るというよりも服に着せられているような気がするが、いずれ慣れるだろう。俺は意を決して家の外に出た。向かうはスーパーだ。まずは材料を買わないと。

 俺はスーパーでチョコレートを大量に買い込む。怪訝そうな客と、レジのおばさんの目をできるだけ見ないようにして、帰宅する。よし、作るぞ。俺はこの日を境に、来るべき日が来るまで毎日大量のチョコレートと全力で戦った。






 出来上がった手作りチョコレート。俺は丁寧に包装して、彼女の元へと送る。毎日毎日毎日。飽きることなく。こんなに大量だと迷惑に思うんじゃないか、なんて思いながらも、これは俺の愛の大きさなのだから仕方ない。そしてついにその日が来た。


『スズキ タクローさん。たくさんのチョコレート、ありがとう!』


 目の前の愛しいあの子が俺の名前を呼んで、お礼を言う。その頬はほんのり赤く染まっていてとても可愛い。俺はごくり、と生唾を飲む。


『手作りしてくれたんだね。とっても美味しかったよ』


 ああ、愛しのあの子が俺の作ったチョコレートを食べて、美味しいと言ってくれた。良かった。初めて作ったけれど、そう言ってくれてとても嬉しい。


「良かった。食べてくれたんだね。嬉しいよ」


 俺は思わず目の前のあの子に話しかける。彼女は顔を赤くしたまま、照れたように目をそらす。


『……あの、ね。タクローさん』

「どうしたんだい?」


 彼女は目を泳がせて、やがて決心したように正面を向いた。


『大好き。愛してるよ』


 照れ屋な彼女の顔は茹蛸のように真っ赤だ。俺だけのために彼女は愛を囁いている。それがたまらなく嬉しい。俺と彼女は両想いだったのだ!俺は喜びのあまり、指で彼女の輪郭をなぞる。本当は彼女の美しい髪を撫でたいが、それは叶わない。俺と彼女では生きる次元が違うのだ。

 『バレンタイン企画~愛するあの子に告白されちゃう?!~』というバレンタイン企画で、推しにチョコレートを贈り続けた俺は、ついに推しに告白をされたのだった。正確には、推しに告白をされる漫画だが、これは実質告白だ。異論は認めない。

 俺の手作りチョコレートは数にして一万ほど。後にファンの間で『伝説のスズキ タクローさん』と呼ばれているのを知るのだった。


Fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る