ランプの魔人様
何気なく立ち寄った骨董品屋に、それはあった。頑丈そうなショーケースに飾られている黄金に輝くランプ。私はその美しさに目を奪われた。値段はなんと、百円。いくらなんでも安すぎやしないか。そもそも、そんな安いものをこんな頑丈そうなショーケースに飾るのはどうしてなのだろう。
「このランプが気になるのかい?やめときな」
嗄れた声の店主が眉間に皺を寄せて忠告した。なんでも、このランプは魔法のランプだという。この中には魔人が封じられており、願いを叶えてくれるらしい。なんとも魅力的な話だが、この話には続きがある。願いを叶えた者は全て、願いを叶えたその日に命を絶っているらしい。原因は、階段から転落死、車にはねられ事故死、など様々らしい。そんないわくつきなものを手放してしまいたいが、ついお節介でこの話をしてしまうのだと店主は言った。
「私、このランプ買います」
「……はあ?俺の話が聞こえなかったのか?」
「聞こえました!願いが叶って幸せな気持ちで死ねるなら本望です!」
私は昨日、彼氏にフラれた。彼氏は浮気していたのだ。それを反省するどころか、浮気相手は私と違って若くて可愛くてアッチの具合もいいと褒めちぎった。私はなんでこんな奴と付き合っていたんだろう。それも五年間。時間の無駄だった。しかし時間は巻き戻らない。若かった私はもういないのだ。もう色々とどうでも良くなった。自暴自棄になった私には、目の前の魔法のランプは魅力的に見えた。
「……お嬢ちゃん、変わった娘だね。持っていきな」
達者でな、と声をかけた店主に会釈する。こうして私は魔法のランプを手に入れたのだった。
私は久しぶりにウキウキしながら自室の机にランプを置く。自然とランプを対面に正座をしていた。ドキドキと胸を高鳴らせながら、私はランプを優しく擦る。すると、ランプから赤黒い煙がもくもくと出てきた。
「私を呼んだのはお前か」
煙を身に纏いながら顔を出したのは、赤いネクタイに黒いスーツを着た男だった。男は不機嫌そうに口を一文字に結び、私を見下すように見つめた。切れ長の瞳が見定めるように私を捉える。
「願いを三つ、叶えてやろう。どんな願いでもこの私が叶えてやる」
「なん、でも……?」
瞳が揺れた私の姿を男は見逃さなかった。男はにやりと笑う。
「ああ。何でも叶えてやる」
私は頭を抱えてしまいたくなる。何故、どうしてこうなった。
「……恋人になってほしい?」
私は女の言葉を反復する。女は目を輝かせてこくこくと何度も頷いた。そりゃあ、何でも叶えると言ったがこれはあまりに予想外すぎる。
「私が誰だか分かっているのか?」
「勿論!ランプの魔人様ですよね!御伽話で聞いたことがあります!できれば魔人様のお名前を教えていただきたいです!」
グイグイと距離と詰めてくる女から距離を取る。
「……恋人を装うということか」
私は女の願いを自分の都合のいいように解釈する。が、女は首を振った。
「いいえ!私の永遠の恋人になってほしいんです!」
「永遠の恋人……?」
「はい!私、貴方を一目見て恋に落ちました。貴方の美しい切れ長の瞳、美しい黒髪、綺麗に整えられたお髭、どれも私の心を掴んで離してくれません」
女は私を真っ直ぐに捉え、言い放った。
「貴方でないと、駄目なんです」
貴方でないと駄目など、言われたのは初めてだ。私はいつだって、秀才だが頭一つ抜けない男だった。得意の魔法も最強とは言えず、半ば騙されるような形でこの狭いランプに閉じ込められてしまった。私はその腹いせに、願いを叶えた後事故を装い人間を殺していた。もう主人でなくなった人間だ。どうしようと私の勝手だろう。
狭い場所で小さく固まってしまった私の心が僅かに早く動く。期待しては駄目だと分かっているのに。……しかし、ランプの魔人である自分は呼び出した者の願いを叶えねばならない。恋人、か。どこまで本気か分からないが様子を見ることにしよう。名前はその時に教えればいい。
目の前の女の頬が赤く染まる。彼女の瞳に映る自分は笑っていた。
Fin.
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