主人公の前に女性が三人登場する話
「おはよっ!ユキ、早くしないと遅刻しちゃうぞ!」
「ん……?」
やけに元気な声に、まだ重たい瞼を開ける。そこには、幼馴染の
「一千花、僕は一人で起きれるってば。起こしてくれなくてもいいよ」
「今何時だと思う?」
彼女は悪戯に笑って、時計を指さした。時刻は八時を指していた。
「八時?!やばい!遅刻する!」
「だから言ったじゃん!」
バタバタと支度を済ませる。一千花が起こしてくれなきゃ遅刻するところだった。彼女には感謝しないといけないな。そう思いながら、教室へと入る。一千花は隣のクラスなのでここでお別れだ。
「じゃ、また放課後ね」
「うん」
教室に入り、席に腰かける。
「おはよ、ユキ」
声をかけてきたのは双葉だ。
「今日、転校生が来るみたいだよ」
「そうなんだ」
「女の子なんだって」
「へえ」
「……可愛い子が来たら、嫌だな」
「え?」
ぼそりと小声で何かを呟く双葉。僕が聞き返すと、彼女は笑って答えた。
「なんでもないよ」
ざわざわと落ち着きのない教室。転校生の話は既に教室中に伝わっているようだ。男子は転校生が女子だと知り、どんな女子がくるか、という体で女子の好みの話に花を咲かせている。転校生かあ。女子というが、どんな女の子なのだろう。友達になれたらいいな。僕はそう思いながら、双葉の話に耳を傾けていた。
チャイムが鳴り響く。担任の教師がドアを開ける。朝の定例であるあいさつを済ませ、担任は口を開けた。
「実は今日、転校生が来る予定だったんだがな……遅刻しているようだ。到着したら改めて紹介する」
転校初日に遅刻か、とぼやく担任のことなど気にも留めず、教室は期待を裏切られたように場が白けた。その時だった。教室のドアと隣接する壁が大きな音を立てて壊れた。土煙が立ち込め、その中から何かが飛び出してきた。視界にその人を映した時、酷い頭痛が僕を襲った。壊れたテレビのように、雑音と映像が脳裏に浮かぶが、部分的であり、要領を得ないものばかりだった。
「お前達に問う!ここに
土煙の中から出てきたのは鮮やかな金髪に青い瞳の美しい女性だった。彼女は仁王立ちで声を上げる。彼女の言葉に、クラス中の視線が僕に突き刺さる。僕は痛む頭を我慢しながら、渋々立ち上がった。
「ぼ、僕ですけど……」
「お前が有希か!」
「は、はい」
彼女は僕の頭からつま先までじっくりと見つめると、満面の笑みで僕に抱き着いた。彼女の華奢で柔らかな身体が僕を襲う。
「え?!ちょ、ちょっと……?!」
「会いたかった!」
彼女は僕をぎゅうぎゅうと抱きしめて、唇にキスを落とす。僕の心臓が大きく跳ねた。教室がざわめくのを感じる。目を見開いた僕のことなど気にも留めずに、彼女は抱擁を続ける。
「この十年、待ちに待ったぞ!転校した時に交わした約束、覚えているか?!」
「えっ」
頭の中をフル回転させるが、彼女と会ったことは記憶にない。僕の戸惑いに気付いた彼女はそっと回した腕を解いた。
「……覚えてないのか……?」
「その……、ごめん、なさい」
彼女は俯く。分かりやすく落胆しているようだ。なんだか申し訳なくなる。
「……お前は絶対に、思い出す。私が思い出させてやる。私の名前はサンドラ・ブロンツィーニだ!お前は私のことをサンちゃんと呼んでいた!まずはこれを思い出せ!」
「う、うーん……?」
やっぱり思い出せない。彼女は僅かに悲しそうな顔をする。ドキリと胸が高鳴った。いや、なんだこれは。キスされた時もそうだったが、一体これはなんなんだ。
「よし!席に着くぞ!お前の隣でいいか?!」
「い、いや……、それよりも教室……」
我に返る教室。担任は騒ぐサンドラ……サンちゃんを連れて出て行った。転校初日から生徒指導とは。担任に同情してしまう。
それにしても……。あの胸の高鳴りは何だったのだろう。彼女は女性で、僕も女性なのに。僕は騒然とする教室で溜め息を吐く。動揺した様子で僕を見つめる双葉に僕が気付くことはなかった。
Fin.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます