第16話 練習風景

フランスとの強化試合に向けて、代表の選手たちはお互いにコミュニケーションを交わしながらそれぞれの癖などを確認していた。

中でも傑は、田中と少し変わった練習をしていた。

「もう一本!」

「は、はい・・・」


田中は傑の合図とともに背を向けて走り出した。

傑は、浮き球を蹴り、田中の利き足の少し前にバックスピンで帰ってくるように蹴った。

田中は、一度もボールを見るために振り返ることなく指定された距離に到達した時点で、キックモーションに入った。

ボールはまだ、地面についていなかったが田中はいつもボールを蹴るように足を振り抜いた。


「は、入った」

「ナイス田中!」

傑が、珍しくテンション高めで声を上げた。


「はぁはぁ・・・・・」

田中は、この結果を見て、胸の高鳴りが止まらなかった。

やばい、なんだこれ、なんだあのボールは、ベストなスピンで、ベストなタイミングで、何より僕のキックスピード、走るスピード全てに合わせてきた。

こんなものついていけなくなるのもわかる。

いや、ついていけないんじゃない。

これまでの常識が、努力が、持ちうる全ての技術が必要ないと、あのパスが主張してくる。『悪魔』と呼ばれるのも頷ける。

田中は、傑に振り返りその表情を見た。

ああ、これは、心折れそうだ。




◇◇◇


「おいおい、何やってんだあそこ」

代表の練習風景を取材に来ていた記者が、傑と田中の練習を見てつぶやいた。

傑が振り返ることなく走る田中に合わせてボールを蹴っていた。

それを見て、無理に決まってんだろ。

「後ろに目がついてるわけじゃないんだから」とその記者だけじゃなく、その場にいた記者、サッカー関係者が思った。


しかし

「おい、あれって・・・・」

「ああ、あれってボールは最初から完璧じゃね?」

「田中の方が順応できてない感じだな」

傑が蹴ったボールは最初から完璧だった。


まるで、道標が見えているような。


そしてとうとう田中が決め成功した。

「「「「おおー!!!」」」」

その場にいた記者や関係者が一人残らず感嘆を漏らした。


記者たちは、これはいい記事になるぞと傑と田中のツーショットを撮りまくっていた。

その後、佐伯とも同じ練習をしさらに記者たちは傑に夢中になった。


その後傑は、ポジションの近い人たちボール回しをして、お互いの感覚を共有し合った。

傑は、初招集にもかかわらず、たった1日の練習だけで、チームメイトだけではなく、辛口の記者、多くの関係者の心を鷲掴みにした。



その日の、夕刊から次の日の朝刊まで、傑の田中と佐伯との練習風景の写真が一面を飾り、多くの国民の期待を大いに集めた。


そして翌日、三島をスタメンにし田中をベンチスタートとしたことで多くの不満が集まった。

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