第8話 悲劇の紅白戦
紅白戦が始まる直前。
傑に話かけたアレクは、試合開始5分ごろから、自らの認識の甘さを呪った。
”なんでもできる”と傑が答えたとき、全てにおいて中途半端な奴だと決めつけた。
それがまさか、本当になんでもできるとは思ってもいなかった。
それも、全てにおいて世界最高レベルで。
「っくそ!」
傑からのパスに追いつけず、自分の足は空を切る。
決して無理なパスではない。それは自分が一番わかっている。
ここに欲しい、あそこにこのタイミングで来たら確実に点が取れる!
そんな、絶妙なパスなのだ。
ただ、これまで見てきたパサーと違ったのは、一度も顔を合わせずにパスを出すところだ。前は向いているし、顔も上げている。ただ、無表情に周りを見るだけ。
しかし、こちらが少しでも絶妙なポジションに動くモーションをした瞬間には、キックモーションに入っているのだ。
それゆえに、ほんの一瞬戸惑ってしまう。
それゆえに、最高のパスには届かない。
それゆえに、点を取ることができない。
前半が終了した時には、疲労で座り込んだ。相手のDF人もそうだ。
ありえないタイミングで、それでいて完璧なタイミングで、絶妙なパスが通るのだ。
どんなメンタルを持っていたとしても彼がボールを持った時、毎回やられれば精神的なダメージは大きい。
こんな奴が、なんで今まで・・・・。
「よし。もういいかな」
日本語らしかったので何を言っているのかわからなかったが、そう言った声の持ち主を見た。
そして悟った。ああ、こいつには敵わない。
前半戦が終わり、後半戦が始まろうとしていた。
前半戦の最後に座り込んでいた選手もさすがはプロというべきか、しっかりと休めていた様子だった。
「エリク、よろしく」
「わかった」
エリクに要求したのは、極力ハンドサインに従ってもらうこと。それだけだ。
そして試合開始後、前半で身をもって知ったのか、相手の選手たちはなるべく傑から離れてプレーをしていた。彼にボールが渡れば、あのパスがくると知っているからだ。
ついに、DFラインに隙を見つけ、ロングボールを入れた。
しかし、フリーの選手が受け取るはずだったボールは、エリクに取られていた。
ボールを奪う前、エリクは、傑の出すハンドサインに戸惑っていた。
(中央を開けて、二歩下がれ?)
これでいいのか?指示に戸惑いながらも、従うと決めた以上従った。
するとわざと開けたところにフリーの選手が入ってきた。そして、そこにロングボールが蹴り込まれた瞬間。
(つめろ)
その指示が傑から出た。フリーの選手はもちろんパスを出した選手でさえ完璧だと疑わなかった。足元に収めようとした時、後ろからエリクが突然出てきた。
フリーだった選手は、驚きボールを失った。完璧なDFだった。
当のエリクも、これには驚き。顔がにやけていた。
そしてそのまま、傑へとボールを回した。
後半も、傑のパスは続いた。
前半である程度慣れたのか、追いつくものたちも出てきたが、その先がまだだった。
DF陣は、傑の指示により相手の攻撃を完封、残り5分となった。
まだ0−0。このまま終わると思われた時、傑にボールが回った。
またパスが来ると身構えた相手DF陣は、今までにない行動に虚をつかれた。
傑が自ら突っ込んできたのだ。
そして、一人、また一人とかわし、最後は自分で決めた。
前半、傑はゴールを決められなかったのではなく、決めなかったのだ。
試合終了後、エリクに最初からなんで点を決めなかったのか聞かれた傑は、
「え、なんとなく?」
そう答えた。
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