第5話 きっかけ

猛たちの試合を観戦し、佐伯隼人とあった週末明け。


いつも通りの日常が戻り、傑と遥は朝早くから登校していた。


「珍しいね。傑が早起きなんて」


「たまにはね」


しかし、遥は知っている。傑が早起きするときは、何か嫌なことがあったときだけなのを。


五年という普通の兄弟からすれば短い付き合いだが出会った当初の印象が衝撃だったために、傑の変化には人一倍敏感だ。


「なんかあったらいいなよ」


「・・・・・ああ。ありがとう」



そんな会話をしながら、しばらくすると学校に着いた。


校庭では、サッカー部が朝練をしており、先日の試合に勝ったからかいつも以上に気合が入っている。


楽しそうにサッカーをしている彼らの姿を見ていると、昔の記憶が蘇ってくるのか、

深く呼吸をし落ち着かせた。


そんな傑を遥は、一人の家族として心配していた。



いち早く教室に入った傑は、先日のことを思い出しながら、外を眺めていた。


多くの生徒が登校する時間になり、教室内も騒がしくなってきた。


お互いに挨拶をする声がする中、一際大きな声が傑の耳に入ってきた。


「はよ〜っす!傑〜!」


「お〜。それと声がでけえよ」


しかし、この声を聞くと朝からの憂鬱も感じなくなる。


「なあなあ。試合どうだったよ。サッカー好きになったか?」


「別に」


「え〜!?あんなに祝ってくれたのに!?」


祝ったと言ってもおめでとうの一言だけなのだが、あの日は佐伯のせいで試合どころではなかった。


「あ〜、そういえば。優さんがお前に会いたいってさ」


「なんで?」


直接の面識などなかったはずだが。会いたい理由がわからない。


「理由は知らねえけど、そう伝えろって言われたからさ。昼になったら教室に来るかもな」


なんてめんどくさい。佐伯兄弟はそういう遺伝子なのか。


「わかった。会うよ、とりあえず」




そして、午前の授業が終わり昼休憩の時間。ほとんどが教室などで昼飯を食べる中、傑は校庭にいた。


「あの〜。なんでこんなところに?」


「いや、何。試したいことがあってね」


「試したいことってなん・・・・・」


(!?)尋ねようとしたすぐるの足元にボールが転がってきた。


「ほら、蹴ってみなよ」


「・・・・・っ。」


まだダメなのか、傑は投げ返した。


「だめだ。ほら」


優は、もう一度足元に投げる。


「性格悪いですよ」


優って名前が台無しななるほど。


「よく言われるよ。でも兄貴よりはマシだと思うけど」


傑にとっては、どちらも同じだった。人が一度自ら手放したものをなすりつけようとしてくる。過去を知らないだけまだマシだが。


傑はもう一度手に取り、そのまま尋ねた。


「なんでこんなことを?」


「兄貴に言われたんだよ。『僕にとっての最高の選手は彼だよ』って。それが我慢ならないんだよ。兄貴にとって最高の選手は俺でなきゃ我慢ならない。今はそうでなくてもこれまで、そうなれるように積み重ねてきた。それをなんの実績もないお前がっ

サッカーをやめたお前なんかがその椅子に座ってることにっ!!」


「そんなに欲しいならあげますよ。その椅子」


座る予定もないし。とボールを投げながら返した。


「は?」


その言葉を聞いた優は、プルプル震えついには激昂した。


「ふざけんな!!」


傑が投げたボールを思いっきり蹴ったボールはなぜかそこにいた遥かに向かっていた




傑が優とともに校庭に向かっていたところをたまたま遥は発見した。


(何してんだろ。昼休みに外に出るなんて珍しい)


傑は普段、寝るか飯を食うかしか基本しないはずだ。


(それにあれは、確かサッカー部の佐伯さん。・・・・まさか)


嫌な予感がした遥は、教室を飛び出し、少し離れた位置から二人を見ることにした。


しばらくすると優がボールを傑に投げた。遥の嫌な予感が当たった。


二人は何やら話をしていると優の様子が変わってきた。傑を助けようと近づいたとき、優がボールを思いっきり蹴った。


そのボールは傑ではなく、自分の方に向かってきていた。


(え?ちょっえ?)


咄嗟のことで避けるのが遅れた。なんとか避けようと目を閉じ顔を背けた。




ボールが向かっていった方を見ると遥がいた。


「は?」


傑の中で何かが切れる音がした。


次の瞬間、離れたところに飛んでいったはずのボールは、傑の足元にピタリと収まっていた。


傑は本能のままボールを蹴った。飛んでいくボールは優の顔の隣を通り、優の背後にあった空のボール籠の中に吸い込まれた。


「す、傑」


振り返ると目を見開きこちらを心配する遥がいた。


「すまん遥。俺のせいで」


「そんなことより大丈夫?」


あんなに避けていたボールを蹴るという行為。それを自分が原因でやらせてしまったことに罪悪感が生まれていた。


「それより相談したいことがある。義母さんも一緒に」




それから何事もなかったかのように、へたり込んだ優を無視して教室に戻り放課後を迎えた。この日は、ちょうど美咲が家に帰ってくる日だった。


「「ただいま〜」」


「おかえり」


久しぶりの自分達以外のお出迎え。


「義母さん。遥。俺決めた。サッカー始めるよ」


「そうか」


義母さんは理由は聞かずに了承してくれた。


きっかけなんかは意外と単純なのかもしれない。だからこれもその一つだろう。


「遥。スペイン語話せる?」


こう言ったのもその単純なきっかけの一つなのかもしれない。




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