教えその36 勝てる手札で戦えば勝てる
居室の壁に空いた大穴。
そこから投げ出される様にして、人が転がってきた。
ボロ雑巾の様になったアリルとレツだ。
その二人を追う様にして、片腕を失った全裸のネイクドが、風に乗って下がる様に飛んで来る。
「あれ?なーんだ、この壁は破れるんじゃないか。最初からこうすればよかったよ」
大穴の空いた壁から最後に出て来たのは、モルグだ。
彼はその漆黒の瞳を蠢かせて状況を把握する様に周囲を見やる。
その視線が、血まみれのネヴィリーンとそれを抱くシャリアナで止まった。
「んんん?あらら、“
「モルグ……」
「キミは帝国を滅ぼせない。だから麗しき闇の女神を目覚めさせて滅ぼすと。そういう話だったと思うんだけどな」
「そら、親玉が出たぞ。行けサーナ、ぶち殺せ」
「は?」
「は?」
モルグとサーナの声が重なる。
瓦礫が頭に直撃して額をさすっていたサーナの身体が、急に加速してモルグへと直線距離で突撃しはじめる。
身体がどうとかではなく、彼女の着ている賢者エイヴ謹製のローブが、彼女の身体を運んでいた。
「ま、待って待って待ってぇ!!アリルとレツがボコボコにやられてる相手じゃんこれぇ!!」
「ああほれ、起きろバカ弟子共。何ボロボロにされてんだ。死んでないなら立って戦え」
レツとアリルは襟首をつかまれ、賢者エイヴの目の位置まで吊り上げられると、この二人もまたモルグに向かって投げつけられる。
その前にモルグの目の前まで到着したサーナは、やけくそ気味に勢いのままモルグへ殴りかかった。
「ちくしょお!どうにでもなれ!!」
「な、なんなんだ!?」
モルグはサーナの一撃をやすやすと受け止めようとして、それが出来ずに押し込まれる。
サーナの手に展開するのは、発動した覚えのない魔導。
「何ッ!?」
「えっ」
「ちゃんと魔眼で相手を見ろ。ソイツは『リッチ』、かつて魔導師だったモルグとかいう奴が魔によって不死となった存在だ。ああ、それとも魔法使いだったか?まぁどっちでもいい。そこは些細な事だ」
リッチはアンデッドの王とも呼ばれる、魔物だ。
強大な神秘を使いこなす魔導師が、不老不死を得る為に自らを自発的にアンデッドとする事でリッチとなる。
魂が欠けたり、あるいは逆に肉体が欠けた者共がなるアンデッドとは一線を画す知能と能力を持つのが特徴である。
だが同時にそれは、その肉体が魔導によって成り立っている事を表してもいる。
魔眼による魔導の解析と、それの対抗術式の構築に優れるサーナにとって相性のいい相手なのだ。
ちゃんと相手を見れば、だが。
「お手本の魔導は見たな?あとは出来るだろ」
直後、サーナの背後にアリルとレツが顔面から着地する。
意識を失っていた二人は、強烈な衝撃と痛みで強制的に覚醒させられた。
「いっっってぇえ!?何?何!?」
「この痛み、師匠の気配!?」
「起きたなら目の前の状況をすぐ把握しろ。テメェらの姉弟子が戦ってるだろ。援護だ援護。敵はアンデッドだぞ」
「お、おっす!ていうかアンデッドだったのあれ?」
「いや待って、聖術の書を燃やされたんです!まともな聖術使えないんで高位のアンデッドへの援護の方法が思いつきません!」
「だったら持ってる手札で相手しろ。敵はアンデッドだが、元は人間だ。人間に効く術が当たればおおよそ効く」
「なるほど」
サーナが魔眼を解放し、対剣を鈍色のガントレットに変化させ格闘戦をしかけながらモルグに猛攻を仕掛ける。
モルグはサーナの魔導を相殺して相手取る高度な技を見せるが、その隙に発動されたアリルの雷撃の魔導がモルグを襲う。
モルグは目線を向けただけでこれを消し飛ばすその直後、レツが放つ幾多の魔導の弾丸が、その死角からモルグに直撃した。
しかしモルグはケロリとした様子で、目の前のサーナの攻撃を片手で防ぐと、もう片手でサーナを指差す。
「やばい奴、防げ姉弟子!俺達はこれにやられたんだ!」
「うえっ」
サーナの額に向けて放たれたのは、黒い光線だ。
彼女の魔眼には純粋な魔力の塊に見える。
〈マジックミサイル〉にも似たこの黒い光線は、シンプルな故に強固な構成で、解析したところで意味は無く、魔導を解除する技を試す意味も無い。
サーナは咄嗟に魔導の障壁を厚く盛ると、それ全てをぶち破ってきた黒い光線に向けて頭突きを敢行。
格闘戦の為に魔導を纏うサーナの身体そのものを攻撃魔導として、真っ向からぶち当てる。
しかしそれでも対するパワーが足りないのか、額からツーと血が流れだした。
「サーナ、両手を使え。『モナル』と『ドーニデ』をつけてんだろ、それはお前の魔導を強化する媒体なんだぞ」
聞こえたサーナは、額に向けて一直線に伸びた光線を掴む様にガントレットに包まれた手を伸ばす。
瞬間、魔力同士の干渉によって弾かれた光線があらぬ方向へと拡散して消えていく。
「ほら、そこの二人はぼーっとするな!攻撃しろ!」
師の叱責によって、姉弟子が対抗する隙を狙うモルグに向けてアリルとレツがあらん限りの魔導を放った。
モルグは無論、これに対抗する術を持つのだが、その瞬間にその漆黒の目を覆う様にサーナからガントレットが顔面に叩き込まれる。
「見えた、その目が魔力の源だ!」
「ちっ、これだから魔眼持ちは」
「隙あり!詠唱略!〈ターンアンデッド〉!!」
「何それ!?」
聖術の書の燃えカスを握って、アンデッドを浄化する聖術をアリルはモルグに叩き込む。
無論、適当な術である為、高位のアンデッドであるモルグには大して効かないのだが、決して効いていない訳ではない。
証拠に、彼の皮膚からは浄化の証である蒸気に似た白い煙があがっている。
「お、やればできるじゃないか。そら、連射しろ」
「た、〈ターンアンデッド〉〈ターンアンデッド〉〈ターンアンデッド〉!!」
「き、キミ達……!!」
「レツ、対剣を出してちゃんと使え。力が弱い奴の為の武器なんだぞ!」
「う、うす!」
レツが二刀の対剣を召喚し、それを細長い剣の形状へ変化させて射出する。
物を飛ばすだけの魔導〈マテリアルスロウ〉だ。
これもまたシンプルな魔導だが、だからこそレツでも素早く使える。
「味方をちゃんと見て撃てよお前……サーナ避けろ!」
「ひえっ」
「避けたら攻撃!」
「はいっ」
サーナがその場を避ければ、モルグは放たれた対剣を防御する動きを見せる。
これに対し、目が弱点だと知ったアリルが、〈ターンアンデッド〉を詠唱で展開しつつ、詠唱のいらない〈マジックミサイル〉を発動しモルグの目を穿つ。
「ぐっ、この……」
「はいトドメだぞー」
レツの対剣が、モルグに突き刺さった。同時に、レツの仕込んでいた魔導により対剣が破裂する。
モルグの身体をズタズタにした攻撃は、しかし不死であるモルグにとっては再生できる程度の傷だ。
ただ、魔眼持ちであるサーナがモルグと正面きって戦っていたのが勝敗をわける。
彼女がモルグの身体を構成する術式を解く為の魔導を叩き込む。
これに耐えきれず全身をバラバラに引き裂かれながら、壁の穴に向けてモルグは吹き飛んでいった。
そこには今まさに部屋に押し入ろうとした石像達がその体勢のまま固まっており、モルグの欠片が石像にぶつかってずり落ちる。
それを見て、賢者エイヴはニコリと笑った。
「はい終わり。どうだ、簡単だったろ?」
最も早くレツが答えた。
「はい、簡単でしたね!」
「嘘つけお前」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます