教えその12 気に入らない相手にはそう言っとけ

 燃え盛るスタチア大神殿、大礼拝堂。

 そこかしこに神官達が倒れている。

 炎に包まれた礼拝堂の真ん中には、旅人風の汚れた外套を着た優男とも言うべき風貌の青年が立っている。

 彼は、その見た目からは想像もできない力を持って、片腕で目の前の相手を宙づりに締め上げると


「まさか大神殿にいないとはね……居場所を言いなよ。ゴッドブレスジャガー」


 宙づりにされたゴッドブレスジャガーは、血を吐きながら凄絶な表情で優男を睨みつけた。


「がはっ……知らねぇなァ!!」

「知らないなんて事はないだろう?皇女様の居場所を言いなよ。そうでないと困る事になるよ」

「何が、どう困るってェ?アァ?言って見ろよォ!?」

「そうだな、例えば」


 優男は少し笑って、崩れた大神殿から見える空を示した。


「防魔結界が崩れるとか」


 瞬間、カスタノの都市全体を覆っていた結界が、虫食いの様に所々から穴が空き始めた。


「な……なにをしたァ!?いや、テメェら何やってるのか分かってるのかよォ!?魔物が来るんだぞ!大山脈の魔物だ!何人死ぬと思ってやがるんだよ、ォオ!?」

「勿論分かっているとも。でもキミが我々に皇女様の居場所を言ってくれれば、助けようじゃないか。カスタノの正面にいる軍勢の力なら、十分に街を助けられるはずだ」

「テメェ………」

「我々に降れ、とは言わない。我々の目的は最初から最後までただ一人」


 優男は宙づりにしたゴッドブレスジャガーを見た。

 その目は、人の目では無い、光の無い闇色の目玉だった。


だけだ」


 ゴッドブレスジャガーは、目を見開いた。


「何を知ってやがる……」

「何もかもさ。だから欲しいんだよ」

「ふざけやがって」

「簡単な理屈じゃないか。一人を差し出せば、他全員を助ける、と言っているんだ。取引としては、悪くないと思うけどな……?」


 ゴッドブレスジャガーは、優男の顔に、唾を吐きかけた。


「クソくらえ。聖教団の教えには、誰かを犠牲にしてでも誰かを救えなんて、ねぇよバカが!死ね!」

「本当に神官とは思えないな……」


 優男は呆れた表情を作ると、建物をいくつか隔てた向こう側で、突如として雷が地面から空へと立ち昇る。

 優男は、とても嬉しそうに笑った。


「ああ、見つかった様だ。よかったよかった。じゃあ、もう用は無いか」

「な……」

「時間切れだね。こちら側の要求を吞まなかったキミが悪い。この街には是非とも滅んでもらおう」


 ゴッドブレスジャガーを吊るしあげていた手が緩み、彼の身体が燃え盛る大礼拝堂の床に落ちる。

 床に倒れる彼の目には、魔物が結界に空いた穴から街へと入り込む様子がよく見えていた。


 そして、街に入り込んだ魔物達は、次の瞬間全てが白い灰になって塵と消えた。


「なんだ……?」


 怪訝な顔をした優男の耳に、歌が届く。

 どこよりともなく響く、それは聖歌。

 聖職者達の合唱により引き起こされる〈リパルサーカーテン〉の聖術だ。

 カスタノにいる聖職者達は、人々を守る為に、その歌を高らかに吠え上げる。

 ゴッドブレスジャガーが、笑った。


「悪いなァ!こんな所にいる聖職者ってのは、大山脈の魔物と戦う為の連中しかいねェ!防魔結界が破られようと、そう簡単には誰も死なせねェ!!」

「それは厄介だね。この都市には滅んでほしい」

「ああ……テメェのそりゃ、目の前の物が全部気に入らないってツラだなァ。なァ?」

「我々は譲歩したというのに、それを跳ね除け抗おうとする姿、醜くて気に入らない」

「ギャーハッハッハッハ!!そりゃいいなァ!俺様もよォ!テメェのツラが気に入らねぇんだよォ!!」


 ゴッドブレスジャガーが、錫杖を手にして勢いよく立ち上がる。

 優男は冷たい表情となりゴッドブレスジャガーを見やった。


「ヒャッハー!!野郎共!いつまで寝てんだァ!!」


 周囲で倒れていた神官達が、よろよろと起き上がりだす。

 彼らは優男をただ見ていた。

 いや、祈っていた。


「そのくっろい目ん玉。テメェ人間やめた口かァ?」

「だから?」

「闇の女神ネヴィリムが、一番嫌ってそうな人種だなァ」


 優男の闇色の目玉がギョロリと動き、ゴッドブレスジャガーをねめつけた。


「サーシャリアを信仰する愚かな教団の徒が……我らを侮辱するか」

「はァ?」


 優男が独特の素早い呼吸音を出し、腕を伸ばす。

 直後、優男の腕から黒い光線が放たれる。

 ゴッドブレスジャガーは床に錫杖を叩き付けると、周囲で祈る神官達の身体から光の粒が漏れ出し、ゴッドブレスジャガーの正面に黒い光線を防ぐ聖なる壁を作る。

 ゴッドブレスジャガーが、今度は呆れた声を出した。


「侮辱してんのはテメェらだろうが。聖教団は、んだよボケカスがコラ」

「闇の女神を貶める残酷で醜いケダモノ共。戯言だけは達者だね……っ!」

「魔に落ちる心を嫌ってんだよ闇の女神はよォ!テメェらみてぇな奴らの事が嫌いに決まってんだろォが!」


 ふと、石が砕ける様な音がした。

 大礼拝堂の壁が砕け、炎を纏った人影が拳を握って突進してくる。


「エイヴの一番弟子か!?」

「うおりゃあああああ!!」


 サーナが魔導を纏ってふるう拳や蹴りを、優男は黒い光線で作る壁で防ぐと、舌打ちをして大神殿の天井に空いた穴から空へと飛びあがった。


「逃げるな!」

「いいや、キミの相手はしてられないよ。あのイカレ野郎の弟子の相手はごめんだ」

「その魔力……あの軍勢を生み出したのはあんただな!やってる事がせこいぞ!」

「何故分かったんだ!?」

「魔眼持ちだからね!!あれ?その目も魔眼なら分かるでしょ?」

「確かにこれは魔眼だけど……ちっ、魔眼に開眼してる奴がいるなんて聞いて無いんだけどな」

「あ、待て!」


 優男はそのまま空を飛んでいずこかへと消える。

 ゴッドブレスジャガーは、それを見届けてからサーナに聞いた。


「軍勢が人じゃなくて魔導によるものだってのは本当かァ?」

「本当だよ」


 ゴッドブレスジャガーは頷き


「ヒャッハー!!それなら降伏する必要はねェ!!相手が魔導ならァ!俺様達は勝てるぞォ!!住民に知らせろ!そして敵を探して根こそぎ潰せェ!奴らの息の根を完全に止めてやるぜェ!ギャハハハハハハ!!」

「前からそうだけど、それ神官が言っていいセリフじゃなくない…?」








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