第6話

 お店に戻った楓は、まだ、ボーッとしたままだった。どうやって帰ってきたのかも分からない。

「おかえりなさい」

 店長の声、顔が前にあった。それで、お店に戻ったことを知った。と、突然、楓が前に、店長めがけて倒れた。意識が遠のいていくのがわかった。

「かえでちゃん!」

 呼ぶ声が遠くに聞こえた。かすかに聞こえた直後、楓は気を失った。

 それからどれ程の時間が経ったろう。楓が気がつくと布団に寝かされていた。いくつもの顔が上から覗いていた。皆、お店のM女さん。

「気づいた」 

「大丈夫?」

 皆、心配してくれている。

 私、どうしたの?

 倒れ、気を失ったことを覚えていなかった。

「帰ってくるなり、気を失ったんだよ」

 記憶になかった。

「寝てなきゃだめだよ」

 八木さんは?

 八木の記憶も、どこからか消えていた。

「八木さんなら、さっき電話があったようよ。店長が、心配していたって」

 送って行こうと言うのを断ったんだって?

 美月さんが、呆れた顔で口にした。

 楓は、何も覚えていなかった。本当に、何も。

 鞭打たれた痛み、八木に抱かれた記憶以外は。


 八木は、それから何日も楓を指名してこなかった。三日、一週間、十日、二週間が経っても指名はなかった。その間、他のお客さまに指名されたが、八木の比ではなかった。物足りない、全然、物足りなかった。

 縛られても、責められても、プレイを終えたあとに残るのはストレスだった。

 ある日、店長に訊いた。

「八木さんに私、飽きられたんですか?」

 すると、意外な言葉を聞いた。

「そうじゃないよ。八木さんは、楓さんを気に入ったんですよ。だから、焦らしているんです、楓さんを」

 意地悪されているの?いつ、会いに来てくれるの?

「八木さんは、気に入ったM女さん以外とプレイをしないんです。自分好みに育てたい、調教したいようなんです」

 店長は、話してくれた。それは、八木にも言われた。自分好みに調教したいと。そして、 

「焦らず、苛立たずに待っていれば連絡があります。他のお客さまも大切なお客さま。頼みましたよ」

 気抜けした仕事に釘を刺されてしまい、楓は、恥ずかしくなった。

 胸の内にあるのは八木さんのこと。八木さんを想い、八木さんに会いたい、早く会いたい、そればかりだった。

 きつい責め、肌が傷ついた、ぼろ雑巾のように。一本鞭で打たれた痕が、まだ消えずにいた。一生涯、残るかも知れなかった。恋人もいない、結婚もしていないのに。将来、好きな相手に傷痕を見られたら、どんな想いがするだろう。

 考えないでもなかった。それでも、楓は八木を慕った。

 責められた後の抱かれた記憶が、楓から離れずに心を繋ぎ止めていた。

 簡単には外せない固い手錠のようだった。

 それから十日して、八木から指名の連絡が入った。


 

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