第四話 「Oh! 統失ゥ!」
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俺は大石の謎について考えた推理とも言えないような妄想を音羽に伝えるため口を開いた。
「まず車の問題だ、身の丈に合わない高級車と運転傾向に合わない車体の傷。これは簡単、誰かから譲ってもらったと考えるとしっくりくる」
「譲って?」
「そうだ。それなら値の張る車を持ってても不思議じゃないし傷も前の所有者が付けたと考えれば納得がいく。大石の安全運転にしたって貰い物の車を大切にしたいからって思えば自然だしな」
「まぁ確かに……言われてみればなぜ気付かなかったのかってくらい当たり前の話っすね」
「車は買う物って認識があるからだろうな。実際譲ると一言で言っても車庫証明やら保険の引継ぎやらとにかくめんどくさいんだよ車の名義変更って」
「どのくらいめんどくさいんっすか?」
「興味ない授業のレポート三つ分くらい」
「死にたくなるレベルっすね」
「さらにたまたま欲しい人間とたまたま手放したい人間が同一タイミングでその手続きをこなさなきゃならねぇ。だからあんまりやる奴もいねーし車を手に入れる手段としてはかなりマイナーな部類。思い当たらなくても無理はないって感じかな」
「なるほど。とりあえず車の謎は解けそうっすね。残るは不思議な借金ですか」
「そいつはお手上げ。さっぱりわかんねぇ」
俺は投げやりに空へ煙を吐く。
秋晴れの気持ちのいい空で、さっきまでの気まずい雰囲気はどこかへ吹き飛んでしまったようだった。
そんな空気に調子に乗って俺はついついいつもの調子で口を動かす。
「ちょっと待て。一つだけ思いついた説があるぞ」
「お! 先輩もノッてきたじゃないっすか。どんなです?」
音羽が目をきらめかせて応じる。
「実はお前が所属している軽音楽部は新入生のお前が気が付いてないだけで噂にもあるように学生闘争時代の魂を連綿と受け継ぐ武闘派新左翼集団だったんだ。そして大石はその調達部隊を任されていたんだよ!」
音羽の先程まできらめいていた目がジト目に変わる。
「だからわざわざ傷だらけ車を手間をかけて入手したんだ、アシが付かないように。安全運転してる理由だって目立たないためと考えれば合点がいく。そして地元の借金、これは活動資金だったわけだ。ヨソで借りた理由は公安に目をつけられないため。そしてわざわざお前から二十万ぽっち引っ張ったのは新入生で実態に気づいてないお前を資金供与という逃れられない状況を作って過激派団体に引きずり込もうしているんだ!」
びしりと音羽に指をさして俺は一気にまくしたてた。
「先輩、どこまで本気で言ってます?」
「ぶっちゃけ三割くらいはマジでありそうと思ってる」
「ヨタ話ここに極まれりっすね。先輩って月刊ムーとか好きそう」
「あれは世界の真実を世に広めるために頑張っている雑誌だぞ。荒唐無稽なでっちあげが目立つのは世の権力者たちに潰されないためのカモフラージュさ」
「Oh! 統失ゥ!」
頭を押さえため息交じりの煙を吐く音羽。
俺はそんな音羽を笑いながら見つつ言った。
「冗談としては中々いい線言ってたと思うんだがな」
「もうちょっと真面目に考えてくださいよぉ」
「そんなこと言ったって実際大石に聞いてみない以上どれだけ当たり障りのない結論を出したところで所詮左翼団体説と変わらないぜ。喫煙所のヨタ話だ」
ぷかぷかと煙を上げながら俺は本心を言う。
言いながらこんな当たり前な事実を音羽が無視している事を不思議に思った。
「しかしお前なんでそんなに大石に拘るワケ?」
「それは……二十万貸してるからに決まってるでしょう」
「そもそもおかしくねぇか? 普通、相手の事を調べるんだったら金を貸す前だろう。でもお前はもう貸しちまってる。だったらすべきことは相手がどんな人間であろうと貸した金を取り立てる、それ以外ないだろ」
「それは……ですねぇ……」
しどろもどろに口ごもる音羽を見て俺はなんとなく察しがついた。
「音羽、実はお前大石に金なんか貸して無いんじゃないか?」
「な! なにおう!」
いきりたって否定する音羽だったがその動揺っぷりが何より雄弁に嘘をついたことを物語っていた。
「やっぱりそうか。生活費失う程金に困ってる奴が一番に削るのは煙草代だ。具体的には銘柄をわかばに変える。でもお前が吸ってるのは相変わらずアメスピだ」
「あ、いや、これは……」
音羽は慌てて手に持っていた煙草を体の後ろに隠すが後の祭り。
「て事は金に困ってない=金を貸して生活に困ってるのは嘘って事だ。問題はなんでそんな嘘をついたかってことだが」
「勝手に話を進めないで下さいよ!」
慌てて静止する音羽だが回り始めた俺の頭はそんなことじゃ回転を止めはしない。
「大体女が男の事を知りたがるのは恋愛関係って相場が決まってんだ。お前その大石って奴に惚れたか? もしくは逆に告白されたとか?」
「うぅ……後者……です……」
肩を落とし恥ずかしそうに、そして観念したように音羽がぽつりとつぶやいた
「は! くだらねー。それで舞い上がった処女は適当に俺が食いつきそうな相談事をでっちあげたってわけだ」
「しょ! 処女……かどうかは関係ないじゃないっすか! それにアタシがストレートに恋愛相談なんかしても先輩絶対相手にしてくれなかったっしょ!」
「当たり前だ。大学生の恋愛程どうでもいい事はこの世に存在しねぇ」
「だから私はしょうがなく先輩が好きそうなお金の話をでっちあげて、大石さんの謎について先輩の意見を聞いてみたかったんっすよ!」
「知らねーよテメーで考えろ俺には関係ねー。ったくふざけんじゃねえよ」
俺は突如沸き上がってきたイライラに任せて立ち上がり、咥えていた煙草を灰皿で潰すと喫煙所を後にした。
「やってらんねぇよ」
喫煙所から立ち去るとき一言だけぽつりと口の端から漏れた言葉はきっと音羽には届いていなかっただろう。
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