第19話 ただ友の為に

 私はいつも独りぼっちだった。

 臆病な性格で勇気なんてこれぽっちもなく、事あるごとに泣いていた。

 いつも独りだった私に手を差し伸べてくれたのは佳織ちゃんだった。

 彼女と出会ってから過ごした時間はいつも独りだった私には新鮮で楽しかった。

 彼女は明るくて誰にでも気兼ねなく仲良くしていた。けれども、彼女は意外にも心は弱かった。

 誰に対しても優しく頼み事を断り切れない性格が災いして神経をすり減らし、よく私にだけ愚痴を零していた。


 そんな彼女に彼氏ができたという。

 私は彼女を支えてくれる人が増えた事を嬉しく思ったが、同時に寂しさも覚えた。

 相手の名前は田中明人という男らしい。

 彼はいかにも優男という性格の人間だった。しかし、それは表向きの顔に過ぎなかった。

 あいつはしばらくしてその本性を現した。


『あの女には少し飽きてきた。今日からお前は俺の物だ。誰にも言うなよ。…言ったら分かるよなぁ?』


 私を呼び出してあいつは突然そんな事を言い出した。そして、その言葉を体に教えるかのように暴行してきた。

 恐怖で何も出来なかった。ただ黙って言う事を聞くしかなかった。

 あいつは私が臆病で佳織ちゃん以外に頼れる人間がいない事を知っているからこそ、こんな横暴な振舞いをしてきたのだろう。

 頭の中が恐怖でいっぱいになり、佳織ちゃんも巻き込まれる危惧があるからこそ余計に言えなかった。

 騙しているようで心苦しかった。


 そんな時だ。あいつは佳織ちゃんに最悪の別れを切り出した。

 彼女は何ともない風を装って、私達を祝福した。そして、彼女は自殺した。

 私は彼女が死んだ現実を最初は受け入れられなかった。けれども、彼女の葬式で彼女の両親があいつを責めている光景を目にしてようやく実感した。

 私はとんでもない過ちを犯したと。償いきれない罪を犯したと。

 それに対して天罰が下るかのように私とあいつは事故死した。


『やぁやぁ、初めまして小勇人チルドブレイブの魂の適合者。

 君が死ぬのをずっと待っていたよ。私の目的の為に君の魂を利用させてもらう。

 恐怖に屈した臆病者の君にはまだチャンスがある。

 今度はどんな選択をするんだろうね?

 また恐怖に屈して何もせずに失うのか、恐怖をねじ伏せ守るのか、いずれにしても楽しみにしているよ。

 それでは健闘を祈るよ、林叶さん。』


 目を覚ますと真っ白な空間にいた。そして、腰まで垂れ下がった金髪の白人のような女性が無邪気な笑顔で私に向かって愉快そうに言っていた。

 私は状況を理解できずにいると意識を失い、再度目を覚ますとこの世界に転生していた。

 この世界の事を知っていく内に、私が特別な存在なのだと知る。

 私がいた国は誰もが私に対して優しくて居心地が良かった。しかし、そんな穏やかな日々も束の間、あいつがまた私の前に現れた。

 忘れかけていた前世の恐怖が再び蘇った。この男からは逃れられないのかと。

 

 失意に陥る中、一体の少女の姿をした人形と出会った。

 彼女は冷たかったが、どことなく雰囲気が佳織ちゃんに似ていて話しやすかった。

 そんな彼女と話していると前世で聞き慣れた単語を彼女は呟いた。

 あいつと私の愛称を知っているのは佳織ちゃんだけだ。

 彼女は感情的になると思った事が口に出ることが稀にあった。別世界にいても彼女は彼女らしいと思った。


 私は感激した。また彼女と一緒にいられると。けれども、彼女の態度は冷たかった。

 拒絶の目だった。私はショックを受けて、泣きそうになった。しかし、それも当然だとも思った。

 どんな事情があれ、裏切ったことに変わりないのだから。


「……何のつもりですか?」


 彼女は不機嫌気味な声で問い掛ける。腰を抜かした奴が今更何をしに来たのかと。

 その通りだと思った。だけど、彼女との再会という奇跡は二度はないだろう。

 この奇跡を無駄にはしない。


「…私も戦う。」


 私は振り絞るように彼女の問いに答える。

 その答えに彼女は呆れ顔をしながら冷たい態度で話を続ける。


「やっと戦う気になりましたか…自分の命が惜しくなりましたか?」

「…違う。自分の為じゃない…あなたを守る為に戦う。」

「…また私を騙そうとしているのですか?嘘でなくても、償いにもなりませんよ。」


 彼女は吐き捨てるように言う。確かにその通りだ。

 全てが終わった今、そんな事をしても意味がない。無かったことになんて出来ない。でも、だからと言ってこのままで良い訳がない。


「わかってる、許さなくていい。それだけのことをしたのだから。けど、あなただけは私の命に代えても守る。」


 前世では臆病で勇気がないせいで彼女を失う結果になってしまった。

 また私は彼女に対して何も出来ずに彼女を失うのか?

 …そんなことがあっていいわけがない。

 たとえ彼女から一生許されないとしても、後悔だけはしたくはない。


「あなたも口だけでしょう…どいつもこいつも…信用できるのは主だけですよ…。」

 

 彼女は暗い顔をしながら、独り言のように呟くように言う。

 彼女が人間不信気味になってしまったのも私が原因なのだろう。

 その考えに至った時、自身の過ちが再度身に染みる。


「うん、確かにそうだね…だから行動で証明するよ。口だけじゃないことを。私の命を懸けて。」


 前世の私は彼女の言う通りだった。

 恐怖に屈して行動を起こさず、口だけだった。だからこそ、今度は臆さない。

 もう選択を間違えない。

 私の親友、仙石香織を二度と失わない為に。

 ただ友の為に。

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