第16話 おぞましい混沌

「その呼び方…お前まさか佳織か?」

「佳織ちゃん…?」


 やっちゃったぜ。

 ど、どうしよう…心に思っていたことが声に出てしまった。

 私は動揺を隠せないでいた。

 冷や汗が出るのであれば、止まらなかっただろう。

 どうにか誤魔化せないか必死に思考を巡らせる。そういえば、生前の時も思っていたことが口に出でしまうことが何度かあった。

 癖なのだろうか?いや、そんなはずは…。


「カ、カオリナンテヒトシリマセンヨ…。」

「いや、お前佳織だろ。」


 考えに考え抜いた結果、何も妙案が思い浮かばず否定する事しかできなかった。

 目が泳ぎ、顔を逸らしながら否定したのが悪かったか、勇者から真顔で即座に否定された。

 否定に対して反論を考えようとしたが、もうどう奮闘しても私が佳織であることを誤魔化しきれないと感じた為に何も言い返せなかった。


「……じゃ、じゃあ、私は見回りに行ってきますね…。」

「おい待て。まだ話は終わってない。」


 私はそう言いながらその場を後にしようと背を向けて立ち去ろうとするが、勇者が引き留める。

 くっ…このまま立ち去らせてくれない。

 正直な話をするとこいつらとは関わりたくなかった。

 生前の嫌な記憶を思い出すからだ。でも、このままだとどうにもならないことも事実だ。


「…な、何ですか…?」

「お前何で俺達に嘘をついた?」

「…。」


 勇者の追及に私は答えられずにいた。

 何故私が仙石香織であることを勇者と小勇人チルドブレイブに対して偽名を伝えたのか。

 そんな嘘の理由は至極単純なものだ。

 こいつらのことが嫌いだからだ。

 本当のことを言えば、嘘をついてない時以上に関わってくることは想像に難くない。

 

「…ね、ねぇ、佳織ちゃん。私の事は覚えてる…?」

「…えぇ、あなた達のことはよぉく覚えていますよ。忘れたくても忘れられません。あなた達のような屑は。」


 小勇人チルドブレイブは訴えかけるかのように自身の事を覚えているがどうかを必死な形相で問い掛けてくる。

 私の当時の記憶が脳裏によぎる度に苛立ちが募り、途中から丁寧な言葉にも関わらず声を尖らす。

 

「…あ、あの時のことは…。」

「それに私にはもう親友はいません。」

「…!」


 私は吐き捨てるように小勇人チルドブレイブを睨みながら言い放つ。

 小勇人チルドブレイブは私の言葉にショックを受けたのか手で口を押えて小刻みに震えて涙目になる。

 そんな反応をされても今の言葉を訂正する気などなかった。

 私を裏切っておいて、許されるとでも思っていたのだろうか。


「そんなことどうでもいいんだよ。お前のせいで俺は死んだんだ。お前には責任がある。」

「私の…?」


 どういうことなのだろうか。

 私のせいで死んだ?

 勇者が言っていることの意味が理解できなかった。


「お前が自殺しなければ俺はお前の両親から責められることもなかったし、運転ミスして死ぬこともなかった!全部お前のせいだ!」


 なるほど、そういうことだったのか。

 私の死後にそんなことがあったとは…両親には悪いことをしてしまった。

 自殺してしまったのは今では悪いとは思っているけれど、運転ミスは私のせいじゃない。


「勇者なんて馬鹿馬鹿しい。ふざけやがって!お前には責任を取ってもらう!」


 そう怒鳴り散らすと勇者は血眼になって私の元へと近づいて私の腕を掴む。

 意外と力があるわね、こいつ。

 この男、生前と性格違いすぎない?

 私が知っている田中明人という男は優男という雰囲気だった。

 少なくともここまでの暴言を吐く人ではなかった。

 別人という可能性を考えもしたが、それはないだろうと直感的に思った。そして、同時にこうも思った。

 優男という雰囲気は単なる飾りでこれがこの男の本性なのだと。

 生前の私は何でこんなのに騙されたのだろう。過去の自分を殴ってやりたい。


「とにかくお前も黙って俺に従っていればいいんだよ!俺の為に働け!」

「…随分と自分勝手ですね。手を放してください。放さないのであれば…。」

「…!」


 私は勇者に手を放すように言うが、勇者は一向に離す気配がなかったので魔力を全身に巡らせて自身の身体能力を向上させて腕を無理やり振り払う。

 勇者も私の膂力に負けたのが信じられないと言わんばかりの表情になるが、憎いものを見るような視線で顔を歪ませる。

 生前であるならば私の方が力負けしていただろうが、今の私は人外であり力も生前とは比べ物にならないレベルになっている。


「このクソ女…!」

「クソはあなたもですよ。」


 クソと呼ばれたので、お前もクソと言い返してみた。まるで、子供の罵倒みたいね。

 私がクソなのは認めるけれど、勇者に関して言えば私以上のクソだと思う。

 とにもかくにもこんな奴と同行してしまえば使い捨ての盾にされるに決まっている。

 お互いに睨み合う中、殺伐とした空気を変える事態が起きる。


「…う~ん、ミラちゃんどうかしたの?大きな声が聞こえたけど。」


 サラだった。

 どうやら私たちの口論で目を覚ましたらしい。

 目を擦りながら寝ぼけ目で私に問い掛けてくる。

 私にとってここでのサラの登場は渡りに船だった。


「いえ、何も。勇者さん達が寝れないみたいなので雑談の相手をしていただけです。」

「あ、なるほど。そうなんですか?」

「……えぇ、そうです。我々も今から寝ます。それでは。」


 勇者はサラの登場で冷めたのか唐突に冷静になりその場を後にする。

 小勇人チルドブレイブも勇者の後を追うが、その後ろ姿に元気はなくトボトボと歩いていく。

 田中明人…とんでもない奴だった。

 あんなのと付き合っていたとか過去の私は間抜けね…。


 ◇◇◇◇


 夜が明け、休息を取っていた一同は仮設の寝床を片付けると探索を再開する。

 サラとロサは昨晩の事を知らない為に普段通りであったが、私の心情は穏やかではなかった。

 勇者の本性を知って、ますます不信感を募らせていた。

 勇者も昨日とは違い、露骨に機嫌が悪かった。

 小勇人チルドブレイブは落ち込んだように元気がなかった。

 私の気分は最悪だった。


「…ねぇ、サラ。勇者さんの機嫌が悪いみたいだけど何かあった?」

「わからない。私にはさっぱり。ミラちゃんは心当たりある?」

「ないですね。私にも分かりません。」


 サラが私に心当たりがないか聞いてくるが、本当の事は言わなかった。

 私の生前やあいつらの生前を話さなければならなくなる上に事情が複雑なので信じてもらえるか分からない。それに、それを伝えるとサラまで巻き込まれてしまうだろう。

 それだけは避けたかった。しかし、その心配もここまでだ。

 もうじき魔王が眠っているとされている石棺に到着する。

 石棺を確認すればそのままお役御免だ。


「…着きました。ここです。この扉の奥に石棺があります。」


 そんなことを考えていると目的地まで到着する。

 やっと着いたのね。時間的にはそこまで掛かっていないけれど、ここまで来るのに色々とあったから余計に長く感じた。

 とにかく、あいつらのおかげで精神的に疲れた。だけど、その苦労もここまでだ。


 勇者は目の前にある一回り大きい石扉を力いっばい押して扉を開ける。

 中は私たちが通ってきた通路と違い、薄暗かった。

 大部屋になっており、今までとは違う雰囲気が出ていた。

 部屋の中心には人が余裕ですっぽりと入れるぐらい大きめの石棺が一つだけ置かれていた。

 あれが勇者の言っていた目的の石棺ね。

 私達は石棺の傍に近寄ると、ある一点に視線が向いた。

 石棺は蓋が乗せられていたが、蓋の部分に穴が空いていた。


「穴…?勇者さん、ライゼフでも石棺はこうだったのかしら?」


 ロサが勇者に問い掛けるが、勇者からの返答はなかった。

 勇者は信じられないもの見たかのような表情をしており、急いで石棺のすぐ傍に近寄る。


「嘘だろ!?こんなのありえるかよ!?ライゼフはこんなんじゃ…!まさか、そんな!ふざけるなよ…クソッ、クソッ!」


 近寄ったかと思えば石棺から離れながらブツブツと声を荒げながら頭を搔きむしる。

 ロサもサラも勇者の態度の急変ぶりに唖然としていた。

 私は嫌な予感がした。だから、嫌だったのだ。


「どういうことですか?勇者さん、教えてください。」


 サラが勇者の真意を探ろうとする。


「うるさい!見て分からないか!?ライゼフには穴はなかった!けど、アリアゴールの石棺にはある!復活したんだよ、あいつが!」


 聞きたくない言葉だった。そして、私は後悔することになる。

 この場所に来たことへ。

 背筋が凍り付くほどの悪寒に襲われた。いや、私だけでなく、勇者以外のその場の全員がそう思っていただろう。


 ただただ、不気味だった。

 はいつの間にか勇者の背後にいた。

 現れる瞬間まで誰一人気付かなかった。それくらい唐突だった。

 身長は百九十センチぐらいだろうか。

 肌が異常なまでに青白い大男がそこにはいた。しかし、その大男にはあるべき箇所にあるものがなかった。

 それは誰もが持っているものだがその大男にはなかった。


「…?どうしたんだ皆…?後ろに何か…?」


 勇者は私達の豹変の原因が後ろにあることを悟ると振り返る。

 私達全員が絶句していて、戦慄していた。


 その大男には眼球がなかった。

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