第13話 最低最悪な邂逅
「俺の名前は田中明人、俺の隣にいる彼女は林叶という名前だった。」
私はその言葉を聞いて、頭が真っ白になった。
頭が疑問で埋め尽くされ、どう反応していいのか分からなかった。
どうしてここにいる?何故今になって?どう接したらいい?
言い知れぬ感情が私の心の奥底から込み上げてくる。
「君は前世では何という名前だったんだ?」
勇者はそんな複雑な心境になった私に対して、無粋な質問を投げかけてくる。
私はその質問に答えようと口を開け、声を発しようとしたが言葉が出なかった。
田中明人、林叶という名前を聞いて前世での記憶が脳裏によぎる。気分は最低最悪だ。
それでも何とか気持ちを必死に押しとどめ、勇者の質問に答えた。
「…わ、私の前世の名前は……田村朱莉…です…。」
私は嘘をついた。本当のことを話す義理はないからだと考えたからだ。
はっきりと言ってしまえば、この2人とは二度と関わり合いたくないと思ったからだ。
「そうか、田村さんというのか…。この世界では名前があるんだったね…確かミラといったかな。」
「…そうですね、何故私の今の名前を?」
「この国の国王が君のことをミラと言っていたからだよ。」
「…そうですか…。」
この男に気安く私の名前を呼んでほしくないが、今は我慢する時だ。
「すまない…今はこんなことで長話をしている暇はないんだ。だから、転生の話はここまでにしよう。ここからが本題なんだが、魔王についてだ。」
「私にどうしてほしいと……?」
「俺たちと同行してほしい。いずれ復活する魔王を倒すために戦力が必要なんだ。魔王というのは1体だけではないんだ。全部で8体いるらしいんだ。」
魔王が8体?ハハ、ご冗談を。
魔王とかめちゃくちゃ強そうな存在が8体もこの世界に眠っている?人類詰んでね?
負け戦だと思うんですけど?というか、私こんな奴らと一緒に行きたくない…。
私は勇者の要求に答えられずに、顔を俯かせた。
「君の境遇は分かる。いきなり異世界に転生したと思いきや、魔王と一緒に戦えだなんて…。でも、やりたくなくてもやるしかないんだよ…。そうしないと、俺たちみんな魔王に殺されるんだよ。」
「…。」
私はまだ答えを出せずにいた。
この男と少女が死ぬのはどうでもいい。しかし、サラが死ぬのは嫌だ。
それは分かっている。分かってはいるのだが、私はこいつらを信用できない。
何故なら、こいつらは一度前世で私を騙して、裏切った奴らからだ。
「なぁ、頼むよ。」
「……無理です…。」
勇者は私の同行の回答を聞くと、大きな溜息をついた。
仕方ないじゃない、嫌なものは嫌だもの。
「それに私は今は主の所有物になっているので。」
「!」
私はそう言いながら、隣に座っていたサラの胴体に抱き着く。
サラは私の行動に一瞬だけ驚く素振りを見せたが、少しして、ハァハァと息を乱し、頬を赤らめる。
「だ、駄目よ。こんな所で…心の準備が…」
とサラは小声で私に囁いた。
いや、そういう意味でやってないから。
変な勘違いはしないでほしい。
こうすれば諦めてくれると思ったからだ。
「…。」
「…。」
勇者と少女はその光景に唖然としていた。
勇者が顔を少し引きつらせていた。
サラを見て引いてるじゃない…。
「サ、サラさん…頼みます。ミラの同行を許可してくれませんか?」
「…えっ、えぇ!?そ、それはちょっと困るというかなんというか…。でも、私一応宮廷魔術師だから、この国からは離れられないし…。ど、どうしましょう…。」
断れ…断るんだ!
その回答に痺れを切らした勇者が怒鳴る。
「頼むよ!こんなことをしている暇はないんだ!魔王は必ず復活する!そうすれば、俺が死ぬんだぞ!俺だけじゃない!お前ら皆もだ!」
うお!いきなり切れたわね。
さっきから聞いているとこの男、どこかおかしい。
普通、勇者というのは勇ましく、困難に進んで立ち向かうイメージがある。しかし、この男にはそれはなかった。
これは私自身の勝手なイメージで、この世界の勇者は違うのかもしれない。
この男から感じるのは焦燥と保身的な言動だった。
この男は本当に勇者なのだろうか?
「…無理なものは無理です。」
サラは先程から目を閉じて、腕を組みながらブツブツと何かを呟いていたので、代わりに私が答えた。
「……………わかった。なら、せめて封印の遺跡までついて来てくれないか?」
「…封印の遺跡とは何ですか?」
「魔王が眠っている遺跡だ。そこに石棺がある。魔王が復活していないか確認したいんだ。もしもの時の為に君達にもついて来てほしい。」
「…。」
「頼むって…。」
私はその提案に思案に暮れていると、サラが代わりに答える。
「…わかりました。それなら私たちも同行しましょう。」
「え!?どうしてですか!」
「だって、彼困っているみたいだし…。見捨てられないのよ。ミラちゃん、私からもお願い。」
「……どうなっても知りませんよ。」
また彼女の困っている人を助けようとする癖が出た。
こうなったサラは言っても止められないだろう。
「ミラちゃん、ありがとう。そういうことですので、勇者さん私たちも遺跡に同行します。」
「…助かります。」
勇者はそう言い、安堵の溜息を漏らす。
こうして私たちは勇者と少女と一緒に遺跡に向かうことになった。
私は遺跡に向かうことにどうにも胸騒ぎがした。
何事もなければいいのだけれど…もし、何かあればサラだけでも守らなくては…。
「では、行きましょう。」
勇者と少女はソファーから立ち上がり、部屋から退出していく。
私たちもそれに続くように部屋を後にするのだった。
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