第02話 最悪な奴に買われた

 吾輩は人形である、名前はまだない。

 前世の名前はあるけど。

 あれから3日経過した。流石に自分の姿にも少し慣れた。

 完全ではないけど。

 この3日間で判明したことは2つだった。


 まず1一つ目は、自分のいる場所について。

 私が今いる国の名前は、アリアゴール王国というらしい。

 この国は、人形作りが盛んで、様々な用途で用いられる人形が作られている。

 

 玩具用の人形、おままごと用や着せ替え用などの子供が遊ぶための人形。

 観賞用の人形、アンティーク・ドールや日本人形みたいな美術的な作品を部屋に飾るための人形。

 祭礼用の人形、人間を災いから遠ざけたり、人間の身代わりに厄災を引き付けてくれる、いわゆる宗教用の人形。

 縁起用の人形、人間の幸福や商売を繁盛させるための人形。

 商売用の人形、一種のイメージ用として、商品の服を着せたり、展示目的で使うための人形。

 農業用の人形、農産物を作る現場で、作物を荒らしにくる魔物を追い払ったり、守るための魔術が込められた人形。

 収集用の人形、その道の有名なプロが作った人形や希少価値が高い素材で作られた人形などなど…


 幅広い目的で人形が作られている。

 質が高いからか、この国の人形を欲しがる国が多いらしく、輸出もしている。

 私を置いている人形屋の店主が自信満々な顔で、この国に初めて来たであろう冒険者にそう言っていた。

 おっさんの受け売りの知識である。

 

 ちなみに私は観賞用の人形らしい。なかなかふざけてるわね。

 私は見世物じゃない。

 どうしてこうなった…。



 そして、2つ目は、私の体について。

 幸いにもこの体は睡眠や食事、排泄などの生物的な行動は必要ない。

 お腹は減らないし、眠くもならないし、疲労もなく、痛覚もない。

 正直言ってそれはありがたいことだった。

 だってこの体、市松人形くらいのサイズしかないもの。


 壁の端から反対側の壁の端へ移動するにも人間よりも倍以上の時間がかかるのだ。

 歩幅が小さいせいで歩行速度も遅い。

 移動がとにかく大変なのだ。

 今なら小人の気持ちも理解できるわね。あいつらこういう苦労してたのね。


 私の体の関節部分は球体によって出来ている。

 いわゆる球体関節人形というやつね。

 普通の球体関節人形は動きがカクカクしてぎこちないけど、私の場合はスムーズに動く。

 まるで人間みたいに。


 肌の感覚はあるけど、痛覚はなかった。

 試しに自分の腕を思い切り壁にぶつけてみたけど、なんともなかった。

 その時分かったのだが、自分の体の中で音が反響していたのでおそらく空洞なのだろう。

 だが、私の体の心臓部には何か硬いものがある。動力源だろうか?


 なんで分かったかって?


 触って確かめたからだよ。

 ちなみに胸はなかった。

 ぺったんこである。生前はBカップぐらいあったんだけどな…。

 体の柔らかさは人間と変わらないぐらいだ。

 プニプニしていて、柔らかい。


 いったい私の体はどんな材料でできているんだ?

 他の人形も触ってみたけど、体硬かったぞ。

 調べれば調べるほど、自分の体が不思議だ。


 チラリと視線を自分の服に落とす。

 鏡で確認したのだが、私は西洋風の黒いドレスに身を包んでいる。

 西洋人形が着ているようなドレスだ。


 私は次に自分の髪に手を添える。

 生前は地毛は黒髪だったのだけれど、今の私は金髪だ。

 私の髪は胸まで覆うほどのロングヘアーだ。

 瞳は茶色ではなく、緑色になっていた。


 顔に手をやる。

 普通人形って目や口は動かせても、顔の表情とかそんなに変えられないはずだけど、私の場合は目も口も顔の表情も人間のように動く。


 関節の球体がなく、サイズが人間並みだったら普通の人間と見間違うだろう。

 それぐらい人形とは思えないほどの体だったからだ。






 私はカウンターの端に座り、足をぶら下げて、考える人のポーズを取りながら今後のことを考える。


 「これからどうしよう…。」


 そう一番の問題は、私が商品だということだ。

 いずれ私はどこの誰かも知らない奴に買われるのだ。観賞用の人形として。

 

 ふざけるんじゃないわよ!!


 そんなの絶対に嫌だ。


 私は生前、信じていた存在に裏切られた。

 それが原因で、絶望して衝動的に自殺してしまった。

 裏切られたときはショックだった。でも、私は結構溜め込みやすい性格で我慢していた。

 他の人ならあの時何か言い返すことはできたのだろうだけど、相談できる相手がいなかったから我慢した。

 それがいけなかったのね。

 気が付いたら自殺してたわ。


 そんなこんなで人間という生き物に嫌気がさしている。

 正直に言って、もう関わりたくない。人間嫌い。


 このまま店の外に出て、失踪しようかと考えたこともあった。

 だが、これは駄目だ。

 危険すぎる。


 今私がいる世界は生前の世界とは違う。

 異世界なのだ。

 私は外の世界のことをほとんど知らない。

 赤子同然だ。


 そんな無知な状態で外に出ても命を落とすだけだ。

 せっかくの2度目の人生なのだもの。大事にしたい。


 そもそも私は自分がどれだけ戦えるのか分からない。

 生前も殴り合いの喧嘩すらしたことはない。

 そんな状態で戦闘になったところで生き残れる気がしない。


 かといってここにいても大した情報は手に入らない。

 

 店主に話しかけてみるか?

 いや、やっぱり駄目だ。


 人間は信用できない。

 いつ裏切られるか分かったものじゃない。

 下手に話しかけても、状況が悪化するだけかもしれない。


 でもでも、誰かに頼らないと情報も手に入らないし、移動もままならない。

 だからといって、誰かに頼るなんて…。


 「ぐぬぬぬ…。」


 結論が出ない考えにストレスを感じる。

 詰んでね?私の人生詰んでね?

 やべぇよ。マジで。


 「あ!」


 その時私はある考えを閃く。


 「ふふふ…。」


 その考えに私は、思わず笑みがこぼれる。


 完璧ね。私は天才かもしれない。




 そして、翌日。


 チリンチリン!

 

 扉の内側にかかっているベルが店内に鳴り響く。


 「いらっしゃいませ。今回はどのような人形をお探しでしょうか?」


 その店の店主はごまをすりながら言った。


 「フン…今回は観賞用の人形が欲しくてな。他の店も回ったが、なかなかいいものが見つからん。」


 男は不機嫌な顔をしながらそう言い放つ。


 きっと自分の気に入るような人形がなかなかなくて、機嫌が悪いのだろうと私は思った。

 恰好を見るにどこかの貴族の人間なのだろうと予想できるくらいには、典型的な貴族の服を身に纏っていた。

 頭はスキンヘッドであり、口にはvの字になった髭が左右対称に伸びているおっさんだった。


 あれはハズレね。ないわ。

 あれには買われたくないわね。


 私の考えはこうだ。


 まず、どこかの誰かが私を買いに来るまで待つ。

 そして、買われた後は買い手と接触して、口八丁手八丁で相手を巧みに騙し必要な情報を得て、その後はとんずらする。


 我ながら完璧な計画ね。

 私はやはり天才かもしれない。


 そんなことを考えていると―――。


 「…。」


 「…。」


 私はそのおっさんと目が合った。


 お互いの目と目が合う。

 場面が違えば、それは運命的な出会いみたいなシチュエーションだろう。

 だが、今回においてはそれはない。

 何故なら、人形とおっさんだからだ。


 ていうか、このおっさん目を見開いてどうしたん?

 見てんじゃねーよ。殴るぞ。


 「これにするぞ…。」


 は?


 「これを買いたい。いくらだ?」


 おい。


 「かしこまりました。こちらの人形は1万ジュエルとなっております。」


 「よし、買った。」


 ちょっと待って。


 「梱包を頼む。」


 「かしこまりました。少々お待ちください。」


 いや、ちょっと待って。ねぇ、待って。

 おい店主止めろよ。

 ていうか私の体に触るな。エッチ!

 ってそうじゃない。


 ちょっと。嫌なんですけど。

 あ、あぁ~。綺麗に梱包されていく~。


 「お待たせしました。」


 「うむ。」


 「ご利用ありがとうございます。」


 チリンチリン!


 扉についたベルがまた店内に鳴り響く。



 わ、私の完璧な計画が…。

 計画は上手くいくはずなのに…。

 私天才なはずなのに…。


 あ、そう言えば私学生時代の成績そんなに良くなかったわ。

 私天才じゃなかったわ。今気づいた。



 最悪な奴に買われてしまった…。

 これから私はどうなるのだろう…。

 不安だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る