肝試し行く奴は祟られろ
「逆に聞くけどよ、クドーんとこってどんなもんだったの」
「どんなもん、ですか」
「カシラからミツヒメカミさんにさらわれたってのは聞いたけどよ、それ以外知らねえんだもん。言葉通じてるし」
「変わらないから困るっていうか……ほぼ一緒ではありますよ。だからこそ決定的に違うとこが違うっていうか」
ようやく見つけた白シャツには背中に髑髏と牡丹の刺繍がほどこされていて、工藤は躊躇してからしおしおと棚に戻す。また違う服の群れをのそのそとまさぐりながら、独り言のように続ける。
「少なくとも普通の高校生だったんですよ、俺。いきなり煙草突きつけられたりとか、顔の皮剥がれそうになったりとか、呪術がどうとかそういうのは……もしかしたらあったのかもしれないけど、俺の生きてた範囲には見当たりませんでしたよ」
「あー、俺にとっての『高校生』ってのもそれだな。噂には聞くしたまに『高校進学』ってんで村一帯がお祭りやってた話とか聞いたもんな」
「お祭り」
「俺もともとクロマルだもん。あの辺じゃフタマルに上がろうったら体使うか頭使うかの二択だし、それでもんなことできるやつは稀だしさ。カガさんよりかはそういうの馴染があるよ、中学ちゃんと出てるもん俺」
クロマルという言葉に、工藤はカガの歪な指先を思い出す。アカマルよりはマシな場所のような口ぶりだったなと考えて、するとこの首の取れたチンピラはどうしてここに流れ着いたのかという疑問が湧いた。
「あの……エンさんは、どうしてここに来たんですか」
「ん? 親死んじまってさあ。親族も居ねえしあてもねえって困ってたらカシラが拾ってくれたの」
さらりと言い出された言葉に、迷彩柄のタンクトップを手にしたままで工藤が硬直する。エンはさして気分を害した様子もなく、原色の黄も目に痛いアロハシャツや山羊頭の半裸の女性が描かれた丸首シャツを無造作にカゴに投げ込みながら、ざらざらとした声で続けた。
「さっき言ったけどさ、すげえ頭良いか才能あるかしねえとあんまイイコトねえのよクロマル。俺馬鹿だからさあ、
「……俺のところもそんな感じでしたよ。勉強でも運動でも趣味でも、飛び抜けないと半端者っていうか、」
「でさあ、暇だった連中同士でチーム組んでたの。天若軍団って名前でさあ、あの辺の中学シメてたわけ」
「は――」
一般的なチンピラとしては妥当と言えば妥当だが、話の流れとしては予想だにしなかったのだろう。工藤はどの表情を浮かべるべきかを選び損ねたような半端な顔をして、とりあえずのようにこくりと頷いてみせた。
呆然としている工藤に構わず、エンはひょいとカゴを持ち上げて棚を移る。その後をのろのろと追いながら、工藤はとりあえず無闇に怒らせる反応をしないようにと、目の前の衣類棚に集中しようと試みる。何故か背面に勇ましい書体で『勇猛果敢』と印刷された下着を呆然と手に取りながら、店内のBGMが騒々しくがなりたてる中エンの言葉に相槌を打つタイミングだけは逃さないように、荒れた声に注意深く耳を傾ける。
「まあガキの集まりだからさ、大したことはできねえのよ。ゲーセン溜まったり、心霊スポット扱いの廃墟でモク吸ったり酒呑んだり敵対チームと乱闘したりとかその程度な」
「でさ、普段溜まってた廃墟で死体が出たせいで立ち入り禁止の取り壊しになってさあ。なくなっちゃったんだよ遊び場。で、しゃーねーなって新規開拓で行ったのよ心霊スポット。丁度先輩方から噂が回ってきて、ちょっとメインの道外れて、デカめの元温泉旅館がいいんじゃねえかって話になったわけ」
エンは衣服が大量に投げ込まれたカゴを工藤に押し付けて、のそのそと先導するように歩き出す。すると生活雑貨の棚で立ち止まったので、工藤はその気遣いを粗末にして気分を害さないようにと慌てて必要な品を探し出すために商品の群れを見回す。エンは適当に棚の商品を取っては眺めそのまま戻すというのを何度か繰り返して、他愛のない世間話のように続ける。
「で、じゃあ皆で月の明るい日に下見行こうぜ、何かいたらカチ込もうぜって行ったのよ、集団で。今でも覚えてっけど、建物はそこそこ崩れたり壁ぶっ欠けてたりしてんのにさ、門と玄関だけはバチッと残ってたっけな」
「俺特攻隊長だったからさ、一番に突っ込んだわけよ。門の外でキョウちゃんやアキくんは待機かけてて、何かあったら一発で突っ込めるようにしてた」
「外門潜って、玄関までの石畳が点々と続くわけだよ。そこざくざく歩いて、暗いのにも目が慣れて月明りがばっと差して、玄関先が見えるようになったときにさ、居たわけだよ」
唐突に話が切れて、工藤は異様に安い歯ブラシと歯磨き粉を手に取ったまま、静かになったチンピラを見る。明らかに愉快な話になりそうではないが、ここで打ち切られたままで何事もなかったように別の話を続けるのは難易度が高過ぎる。
「……何が、居たんです」
怖々と話を促せば、エンは僅か眉間に皺を寄せて、
「分かんね。分かんねえしビビったけど、俺も意地があったわけよ。
「負け?」
手刀でガムテープに覆われた首をとんとんと叩いて、エンは口先を尖らせながら続ける。
「目ぇ覚めたら病院で、枕元にカシラがいた。俺は首ざっぱりやられてて、チームの連中はみんなダメで、ついでに俺の親も団地で焼死。ウケんね」
喉に痕あるけど見る、と首を逸らしてから、ガムテープと自身の頭の不安定さを思い出したのだろう。両手で押さえつけるように頭を抱えてから押し込むような仕草を二三度して、エンはにっと笑うように歯を剥いてみせた。
「え、あの……何だったんですか、それ」
「カシラが何か説明してたけど、分かんねえから覚えてねんだよな。土地を渡るのがどうとかで、温泉旅館が通過地点みてえになってて、その辺をカシラたちが仕事で受けてて――分かんねえけど、俺らがカチ込んだ時にちょうど全員鉢合わせておしまい。俺だけ何か助かった」
頑丈で良かったよなと笑って、エンは工藤を真直ぐ見る。工藤は処理し切れない種々の情報に動揺したまま、手にしたままだった歯磨き粉のチューブをぎゅうと握る。
平凡な怪談だ。不良が夜の廃墟に出かけて、何かしらの報いを受ける。バラエティや暇潰しの怪談本で散々繰り返された、古典的で類型的な物語だ。
怪談としての怖さはさほどではない。語られる怪異も登場人物も舞台も使い古された代物で、物語として完成し消費し尽くされたからこそ陳腐ですらある。
だがこれを体験として語られれば、また話は違ってくる。どれほど手段や結末が手垢に塗れた平凡なものであったとしても――『実際にあった』というただそれだけで、恐怖はその色も鮮やかに顕現する。
ベタだろうが捻りがなかろうが、実在の害意とそれらから生まれる苦痛は何よりも恐ろしい。高解像度で表示される惨い傷跡の写真よりも、顎の下に押し当てられる刃先の冷たさは恐ろしい。昨日目の当たりにした恐怖を思い出して、工藤は顎下の傷にそっと触れた。
「その、その後どうしたんですか、エンさん」
「流石に地元には居られねえし家ねえし、行くとこねえっていったらカシラが拾ってくれた。んでずっと社員してる」
食うに困ってないなら上出来だろと言って、
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