手当たり次第に切り落とす

※   ※   ※


「まあ、エンのことは予定外だったけども……どうせ赤組全体で話は出てたからね、誰かに任せることにはなってたからいいっちゃいいんだ。今のところ何かしようにもするだけの手掛かりが何にもなかったしね」

「ないんですか手掛かり」

「目撃証言や記録がほぼないっていうかねえ。被害者がだいたい証言できる状態じゃなくてね。そもそも首切られたら普通死ぬんだよ」

「仕事なら説明くらいはしてくださいよ」


 それもそうだねと言って、カシラはがさがさと机の上を漁る。しばらく盛大な紙音を立ててから、お目当ての書類を掘り当てたようだった。しばらくじっと文面を眺めてから、小さな咳払いをひとつして、口を開いた。


「現場は甘電通り及びその周辺。被害報告が目立つようになったのは一か月くらい前だね。事件内容も単純でね、すごくざっくり言うと甘電通りの路地とか公園とかで首を切断された人間が見つかるようになったんだよ」


 あまりにもざっくりした内容で、工藤は聞こえた内容を反芻しようとして全く頭が働かないことに愕然とする。単語は聞こえている筈なのに理解が追い付かない。工藤の感覚としてはそこらに普通の人体が転がってるだけでも随分な非日常だというのに、首が切断されたりと余計な装飾までついている。


「何人です。死人が二桁いってりゃ、いくらアカマルここでもさすがに警察連中サツが出張ってくるでしょうに」

「報告は二桁あるけどね。死人はそんなに出てないんだ」

「はあ?」


 首取れたら死ぬもんでしょうと机の上に置かれたままの生首エンを指さしてカガが言う。胴体がひらひらとおどけたように手を振って、カガは盛大な舌打ちをした。

 カシラはその様子を楽しげに眺めてから、どういう訳か工藤に視線を向ける。手袋に包まれた指先を唇に当ててから、怯え切った顔で長椅子に沈み込むように座っている工藤に、晴れやかな笑顔を見せた。


「そこの馬鹿エンを見てくれればいいんだけどね、切断されてもすぐには死なないようなんだよ。血も出ないし、そもそも普通に切断したらこうやって口聞いたりしないからさ」


 よく考えなくても怪異の領分だよと言って、カシラはカガの方を向く。カガは何か致命的なことを教えられても飲み込めずにいるような顔をしてから、諦めたように黙って煙を吐いた。


「じゃあ俺何すか、あれバケモンだったんですか?」

「バケモンというかまあ、何かしら妙な真似はしているだろうね。技術か呪術か知らないけども」

「目撃者がいないっていうのはどうしてですか。死人はあんまり出てないんでしょうよ」

「死んでないけどね。流石に自分の首が取れた状況で錯乱しないで話ができるやつはそうはいないから……」

「じゃあ俺貴重な証言者ですね! やった!」


 生首がはしゃいだ声を上げて、胴体が勢いよく万歳をする。工藤は最早目の前の光景を理解することを諦めたようで、視線を上へと向けて、天井の染みを数え始めた。


「逆に死んだやつは何で死んだんですか」

「一応仮説としては『首取れたから死んだ』と思い込んだからじゃないかなってのがあるみたいだね。私もそれに賛成」


 つまり気の持ちようじゃないかなと答えて、カシラは愉快そうにエンを見る。生首が俺は元気ですしねと声高に宣言して、胴体が拳を突き上げてみせた。


「火急じゃないけどね、一応騒ぎにはなってるんだよ。落ちた首拾ったまではいいけども、抱えて飲み屋に駆け込んで、動転した客に刺されて重傷って報告もあるからさ」

「馬鹿しか出てこねえじゃねえですか」

「アカマルだしねえ。まあ、そんな具合でそこそこ面倒が増えてきたから見回りぐらいから始めようか、っていうのが現状の対応予定だね」


 飽きたように手元の書類を机に放り出して、カシラは少しだけ考えるような間を取ってから、淡々とした声音で続ける。


「対応策が何にもないね……今のところ一人でひと気のない場所をうろついてるとやられるみたいだから、とりあえずは二人以上で行動するか賑やかなところにいれば安全かもしれないよ」


 だから工藤君は買い物に行って来なさいと前置きのない唐突な一言をぶつけられて、工藤はめり込んでいた椅子から跳ねるように身を起こした。


「え――あの、俺、何で……死ぬんですか」

「どうして」

「今通り魔の話をしていたじゃないですか。それで買い物行けって、それは、あの」

「ああ、違うよ。そういう当てこすりじゃなくて……もっと好意とかそういうやつだよ」


 いつまでも制服じゃあ困るだろうという呑気な内容を続けて、微笑したままカシラが言う。


「昨日も生き延びてくれたしね。先の保証はともかくとして、ずっと着たきり雀って訳にもいかないだろうからさ、とりあえずの支度金みたいなやつ」


 何しろ君身一つだろうと言われて、工藤はこくりと頷く。昨日だけでも色んな目に遭った上に、引き続いて同僚の首は落ちたり訳の分からない通り魔の話をされたりと異様な状況の中に呑まれて忘れかけてはいたが、奇跡的に確保できた住居はともかくとしてそれ以外のものを工藤は何一つ持ち合わせていないのだ。

 この所長カシラがどうしてそこまで良くしてくれるのか、それは工藤にとってはおよそ見当もつかない。理由のない厚意は後々厄介になるというのは、アカマルに飛ばされる前、両親に散々教えられた。工藤自身もそんなことは分かっているが、相手の意図はともかくとして現状頼り縋れる相手が彼女をはじめとしたここの連中――ガラの悪いチンピラと首のないチンピラだ――しかいない以上、危ういと分かっていても死に方が変わるだけだろうというのもうっすら予測がついている。

 諸々の不安と恐怖を飲み込んで、工藤はぎこちなく笑う。


「ありがとうございます……とても、助かります」


 そうしてゆっくりと一礼して、もう一度椅子の背にぐったりと凭れる。カガは僅かに視線を上げてその様子を眺めてから、胸元から取り出した煙草の空箱を潰した。


「さすがに一人で行かせやしないけどね、だから迎えに行かせるついでに目付役にしようとエンに頼んだけど」


 そのままカシラは視線をエンの生首に向ける。胴体がぺたぺたと自身の切断面たる首元に手を当てたかと思うと、問題ありませんと首が吠えた。


「行けますけどね。ただ動かすと首取れちゃうんすけど、どうしますカシラ。真夏にマフラーとかキツいじゃないですか」

「そうだね。ガムテープでぐるぐるにしようか」


 布だと頑丈でいいですねと生首が元気よく答える様子に、工藤がまた何かを堪えるような表情を浮かべる。カシラはがさがさと足元を漁り、ガムテープの輪を机の上に取り出しながら、


「あとはそうだね、カガ」

「……何すか」

「同行してくれるかい。普段ならエンだけでいいけど、首取れてるし。工藤君も居るし」

「二日続けてガキのお守りですか」

「たばこ代出してやるから」


 その箱で終いだろうと言って、所長はいつの間にか手にしていた封筒をカガに差し出す。カガは受け取ってすぐ中身を覗き込んで、そのままひどく嫌そうな声で分かりましたと答えた。


「全部小遣いにしないでくれよ。工藤君の支度金だ……九箆大市場クベラマートでいいだろう。ここからちょっと歩いて、甘電通りのすぐ傍だ。見回りの下見代わりにもなるだろうしね」


 くれぐれも首を落として来ないようにねと洒落にもならないことを言って、カシラはひらひらと見送るように手を振った。

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