首が落ちて

「辻斬りが出るんだってさ」


カシラは無闇ににこやかな笑みを浮かべたまま、そんな一言を放り投げた。


 既にぎらぎらと夏の凶暴さを剥き出しにした午前の日射しが燦々と入り込む事務所。工藤とエンは隅に設えられた長椅子に掛け、大机の上に重たい首を置いて、所長カシラの話を黙って聞いている。


「あのあたり、甘電通りっていうのがあるんだけどね。そのあたりでちょっと噂になってるんだよ。どこからともなく現れて、首刎ねて忽然といなくなる通り魔。酔っ払いや従業員が被害に遭うってんで話は組合にちょこちょこ上がってきてたんだけどね」


 まさか身内の首が飛ぶとはねと、カシラはついに耐えかねたように小さな笑い声を上げる。あまりにも楽しそうな笑い声に気を取られたのか、その横の壁、古めかしい換気扇の真下でぼんやりと煙草を吸っていたカガがじろりとカシラに視線を向けて、そのままそろそろと逃げるように床を眺め始めた。


「そーいやミーちゃんあたりがそんなこと言ってましたけど、聞く割に全然遭わないから平気かなーって思ってたんすけどね」


 噂って意外と当たるんですねと気軽な調子で言ってから、机の上の生首エンが朗らかに笑う。同時に長椅子に掛けていた胴体がばたばたと右手を振ってみせるものだから、工藤はびくりとして身を強張らせた。


「死んでないのは何よりだけどね、とりあえず報告をしてほしかったよ。首が取れた直後にさ――いつからその有り様なんだい」


 カシラの問いにエンの胴体はない頭を掻くように片腕を上げて、生首は少しだけ長く唸ってから口を開いた。


「とりあえず昨日です。夜なんですけど、日付変わる前にカシラ連絡くれたじゃないですか」

「したね。あの時首はついてたの?」

「ついてましたよ。電話貰ってクドー連れて来いって言われて、あーじゃあ明日朝買いに行く暇ねえなーって煙草買いに行ったんすよ。んで帰りに散歩がてらぶらぶらしてたら、路地から人影がばったりでざっくり」


 言いながらエンの右腕が持ち上がり、床に向けて突き立てられた親指が首元をなぞる。斬首を暗示する仕草を実際に首のない胴体がやっているという異様な状況が自分の真横に存在していることを処理しきれなくなったのか、工藤が嘆息とも笑い声ともつかない曖昧な音を零した。


「何で首落ちたのに死んでねえんだ」


 壁際の事務机の上、ぽつんと置かれた灰皿。すっかり短くなった煙草を押し付けながら、当たり前なことをカガが問う。生首と胴体を順番に眺めてから、つまらなそうな顔で馬鹿げて派手な柄シャツの胸元から煙草の箱を取って、一瞬眉を顰めてから新しい一本を探り出して咥えた。


「死んだかなあと思ったんですけどね、やって見たら腕も足も動くし、首拾えたしトドメも刺しに来ねえからとりあえずいいかなって」

「よかったのかよ」

「とりあえず寝て起きたら死んでなかったんで、カシラの言う通りにクドーを拾いに行きました。メシ食ってたらまた取れました」


 こんなもんでいいですかと、元気よくエンがカシラに向かってお伺いを立てる。

 カシラはにこにことしてエンの報告を聞き終えて、表情を変えずに工藤の方を見て、


「な。馬鹿だろう」


 カシラの言葉に心底から同意したが頷くほどの胆力がない工藤は、机の上で口先を尖らせるエンの頭とカシラの顔を交互に見る。それから窓際で堂々と煙草をふかしているカガに縋るような目を向けようとして、そのままゆっくりと所々変色した壁を眺めた。

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