散歩
食事を終え、俺と翔子さんは夜の街に繰り出した。日中と比べて冷たい風が頬に当たる。
「ねえ、君はどうしてあんな所に寝ていたの?」
隣を歩く翔子さんが聞いてくる。
「多分、自分でもよくわからないんですけど窮屈に感じたからかもしれません。今を、そして未来を」
「窮屈?」
俺は静かに頷く。
「それで、吠え続けていたんです」
「吠えていた? 叫んでたとかじゃなくて?」
そうだよな。人間なら叫ぶという表現が正しいと思う。けれど、あの時の俺がやっていたのは吠えるだった。弱者が吠えていた、ただそれだけのこと。
「……言葉にもできてなかったんですよ」
あの時は辛うじて出た音を繰り返していた。雨の中、まるで雨と競っているかのように。
「君は不思議な子だね」
不思議な子。おかしな子と言われてもおかしくないのにそんな丁寧な言い方をしてくれる。俺にとっては翔子さんの方が不思議な女性だった。
「ねえ、君が良ければこれからも私とあの家で暮らさない?」
「え?」
一瞬、なんと言われたか理解ができなかった。
「生活費は私が全部出すからさ。だから、私と一緒にいて」
翔子さんが俺と暮らすメリットが思いつかなかった。お金だってかかるし、男と女が同じ屋根の下で暮らすと問題も出てくるかもしれない。
「え、でも、それは」
「大丈夫。全責任は私が取るから。健斗は安心してよ」
俺が言おうとしていたことがわかっているようにそう言ってきた。
「勿論、健斗が嫌でなければだけど」
「嫌ではないです!」
俺がそう言うと翔子さんはニッコリと笑った。その顔が嬉しそうでもあり少し悲しそうだったのは気のせいだろうか。
「なら良かった。思ったより冷えたから帰ってお風呂入ろ。あ、一緒にじゃないからね」
「わかってますよ」
こうして社会人と大学生の奇妙な二人暮らしが始まるのであった。
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