第5話・オレンジから花束へ、花束から剣へ

  聖女は聖殿暮らしで皆の前に姿を現すことは滅多にない。一般市民には雲の上の存在のような御方だ。聖女の絵姿を持つと、無病息災の御利益があるとかで王都に聖女マダレナの絵姿が出回っているが、本人に出会う機会などないので、お婆さんは話には聞いていても会ったことのない聖女の話を聞けて嬉しいよと言ってくれた。


その後も雑談をしてようやく坂の上まで登りきると、お婆さんが「ここまで運んでくれてありがとうね。助かったよ」と、俺から籠を受け取った。


「これはお礼だよ。持って行きな」


 お婆さんがオレンジを二つ差し出して来た。有り難く受け取った。



「お婆さん、気をつけてね」

「あんたも頑張りなね」



 お婆さんは笑った。俺の事情を知らないはずなのに、こちらを力づけるような笑みに励まされたような気がした。

 お婆さんと別れ、オレンジを懐に入れてしばらく行くと、花売りの少女が大木の下でしゃがんでいるのに出くわした。



「大丈夫ですか?」

「ええ。ちょっと喉が渇いて……」



 明らかに具合が悪そうだ。黙って見過ごす事が出来なくて声をかけると、少女は弱々しく微笑んだ。まだ太陽は高く日差しは肌を刺すように強かった。

近場に水場でもあればと思うのに残念ながら見当たらない。どうしようかと思うと、懐にある物に気がついた。先ほどお婆さんに貰ったオレンジ。


「水はないのです。でも、オレンジならあります。食べますか? よかったらどうぞ」


 オレンジを一つ差し出すと、少女はあっという間に平らげたのでもう一つ差し出す。すると息を吹き返したように少女は元気になった。



「神官さま。ありがとうございました。生き返りましたわ。お礼に何か差し上げたいのですが何もなくて……」

「別にお礼などいりませんよ」



 少女は俺からオレンジをもらいながら何もお礼できないことを恥じていた。別に見返りを求めてしたことではない。神官という職業柄、困っている人を放って置けなかっただけだ。

ではと言って去ろうとしたのを「待って下さい!」と、引き止められた。

少女は自分が売っていた花を青いリボンで全部束ねて差し出して来た。



「ほんのあたしの気持ちです。受け取ってくれますか?」

「これ全部? いいの?」

「はい。オレンジを頂いたお礼です」



 押しつけられた花束に驚きつつも受け取ると、花売りの少女は「ありがとうございました」と、深々と頭を下げて帰って行った。

 花束なんて十八年間生きてきて産まれて初めて貰った。花束は寒色系でまとめられていた。青い薔薇を中心に、水色の薔薇、星形の形をした水色の小花と真っ白なかすみ草。花束と言えば赤やピンクが定番と思っていたが、青系でまとめられていても綺麗なものだった。清楚な感じがする。


花束は綺麗だけど俺が持つのは違う気がする。花売り娘に押しつけられた花束にしばらく魅入っていたら、脇から遠慮がちに声がかけられた。



「あの……、済まないが、その花を譲ってはくれないだろうか?」

「この花を? いいですよ」



 花束を欲しがったのは端正な顔立ちをした騎士だった。俺よりもいくつか年上に見える。俺が花束を持っていても所詮は枯らすだけ。それなら欲しい人にあげるのが一番だろう。


「そうか。有り難い。今日は許婚に求婚しようと思って花売りの娘を捜していたのだが見当たらなくて。貴殿が持っている花束が気になった」


 照れくさそうに言う騎士に好感が持てた。そういった理由なら尚更、譲らない訳がない。この花束は珍しい色合いだし、きっと相手の女性にも喜ばれるだろう。俺が持っているよりもきっと良い。

 迷わずどうぞと差し出すと、男が俺の手をじっと見てお礼にと一振りの剣をくれた。


「助かる。お礼にこの剣を差し上げよう。これは名剣。きっときみの未来を切り開く」


 ありがとう。と、言って男は去って行った。


「名剣か。何の宝飾もないし、単なる剣にしか見えないけど?」


 男は名剣と言っていたが見た目はごくごく普通の剣だ。これのどこが名剣なのだろう。これは担がれたかな? と、思いつつも護身用にあっても良いだろうと腰に下げた。

 それからあてもなく歩き続け、気がつけば森の中に出ていた。日は大分傾いて森の中は夕焼けに染まっていた。


 今夜は野宿するしかないようだ。お金があれば宿にでも泊まれただろうけど、悲しいことに現在無一文。お金を無心する相手も見当たらない。明日からの生活に不安しかない。


「この剣を売れば多少はお金にならないかな?」


 ため息しか出ない。何か食べるものが無いものか。キノコでも良い。木の実でも野草でも良い。お腹が満たされるものなら何でも良い。

 でも辺りは見渡す限り杉の木ばかりでその上、足下を覆う草は食せないものばかり。

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