第6話・魔狼との遭遇



「う……うううううう」


 思わず落胆の気持ちがうなり声となって出ると、茂みから何か飛び出して来た。狼の魔獣だ。一度、大神官さまの巡礼でお供したときに魔狼の群れに襲われかけた時があった。あの時は先輩神官が聖魔法で魔狼を捕らえ、それを聖騎士が切って捨てていた。見事な連携プレーだと感心したことがある。


「ま、魔狼? マジかよ?!」


 魔狼と目が合った。魔狼は一匹。魔獣と目が合ったときにはいくら相手が恐ろしくとも目を離してはいけないと、その時に先輩神官から教わっていた。

あの時は他に仲間もいたし、心強かったが今は自分一人。頼みとする人もいない。 長いこと魔狼と見つめ合っていたと思うが、襲いかかってきたのは魔狼の方だった。

まずは聖魔法を繰り出しぶつける。魔狼は当てられた聖魔法に一度は怯んだが、飛びかかって来るのを諦めようとはしなかった。魔狼は一度、獲物と決めたものからは狙いを外さない生き物だ。こちらの動きを見定め、動きが鈍ってきたところで襲いかかろうとしているようだ。一定の距離を取りながらも機会を窺っている。


それを見て怖さよりも「こんなところで死んでたまるか!」と、言う思いが湧いてきた。頭の隅でイギアル王子や、ユカやキリルの顔が浮かぶ。あいつらはしてやったりと言う顔をしていた。

腹立たしくもあいつらに聖殿を追われた。してもいないことをやったとされて。このまま死んだならあいつらの思うつぼのような気がする。まだマダレナさまにもお会いできてないのに死んでたまるか!



────頑張りなね。



 ふいにお婆さんの声が蘇った。そうだ。誰も認めてくれなくとも、自分の行いは明日への糧となるはず。俺はこんな所でやられているわけにはいかない。


「来いよ」


 先ほど貰った剣を引き抜いて魔狼と対峙する。向き合う。魔狼は飛びかかってきた。


「捕縛!」


 聖魔法で捕縛し、魔狼の体を拘束する。魔狼は地の上に転がって必死に捕縛から逃れようと身を捩り抗う。勢いのあった動きが段々と鈍いものになってくる。



────今だ!



確信した。そこへ剣で切りつけ絶命させた。後は速やかに清浄の魔法をかけて仲間の魔獣に血を感知させないことだ。仲間の血の匂いに魔獣は敏感で集ってくる場合があるからだ。

魔狼を倒したのはいいが、この死体をどうしよう。始末なんて出来ないぞ。参ったな。

頭を掻いていると背後から拍手が起こった。



「いやあ、見事。見事。手際がいいね」

「あなたは?」



 茂みから一人の体躯の良い中年男性が姿を見せた。赤毛にザクロ色した瞳を持つ大男で、強面の顔をしていた。思わず警戒すると苦笑が返ってきた。



「私はシーメル。この森を抜けた先の冒険者ギルドの所長だよ」

「失礼しました。俺はアフォンです」



 シーメルと名乗った大男の見た目は厳ついのに声音は優しかった。人は見た目で判断してはいけないと大神官さまに言われていたのを思い出した。



「アフォン君は神官かね?」

「いいえ。神官でしたがクビになったので元神官で現在無職です」

「そうか。じゃあ、もし良かったらうちの冒険者にならないかい?」



 シーメルは初対面だというのにいきなり誘ってきた。警戒もなさ過ぎで逆に心配になった。冒険者ギルドの所長と言っていたけどお人好し良すぎないか?

 俺の反応に気がついたように彼は笑った。



「これでも人の見る目はあるつもりだよ。きみは困っている人を見たら放っておけない質(たち)だろう?」

「……まあ、そうですね」

「きみの腕ならすぐにAランク、いやSランク冒険者も夢ではないだろうよ。おや、もう魔狼の死体は処理したのかい?」

「……?」



 魔狼の死体は洗浄魔法をかけ死体を綺麗にしただけ。片付けはしていない。シーメルの言葉に足下を見れば魔狼の死体があった場所には何もなかった。魔狼の死体は消えていた。その代わりいつの間にか胸元から落っこちたのか白猫熊のパペットが落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る