第2話・親友の裏切り
「さっさと出て行けよ。このうすのろが」
「そうよ。出て行きなさい。あーヤダヤダ。田舎臭が臭うわ~」
ユカがあっちいけと片手を振る。でも聖女はマダレナだ。このユカという馬鹿女じゃない。こいつらの好きにさせておくわけにはいかない。
それに今は、この聖殿の責任者である大神官さまもルカリ地方へ赴かれて留守にされている。その留守を預かる身としては、この場を簡単に退くわけにはいかなかった。
「そうは言われましても素性の分からぬ者を聖女として認める訳には参りません。それにこのことは大神官さまや陛下はご存じなのでしょうか?」
「だーかーら、あたしが聖女だって言ってるでしょう。分からず屋ね。顔面偏差値が低いと頭の中もお粗末なのかしら?」
顔面偏差値? 聞き慣れない言葉に思わずキリルを見ればぷっと吹き出された。ああ、何となく分かった。良い意味の言葉ではないんだな?
「これは何の騒ぎだ?」
「殿下」
そこへ聞き覚えのある声がした。イギアル殿下だ。彼はこの国の第一王子で聖女マダリナとは許婚の仲。俺と同い年で十八歳。銀髪に菫色の瞳をした美貌の持ち主で国内外の女性達に絶大な人気がある。
イギアル殿下とは、身分を超えた親友同士だったりする。殿下の登場に俺は胸を撫で下ろした。彼ならこの場を上手く収めてくれる。そう信じていた。
ところが殿下は二人には目もくれず、俺の方へと歩み寄ってきた。そして強く両肩を掴んだ。
「見損なったぞ。アフォン」
「殿下?」
腹の底から絞り出すような声と、鋭く刺すような目を向けられて心底驚いた。
「おまえはマダレナといかがわしい関係だったらしいな?」
「違います。誤解です、殿下」
「嘘を言うな。何もかもこのキリルが教えてくれた」
「……!」
殿下はキリルに嘘を吹き込まれていた。憤りを露わにする王子に「違う」と、言ったのに信じてもらえなそうだ。それでも何とかして誤解を解きたかった。
「信じて下さい、マダレナさまと私はそのような仲ではありません」
「信じられない。火のないところに煙は立たないと言うだろうが。他にも証言した者がいたぞ」
「誰ですか? そのような嘘を殿下に吹き込んだのは?」
「まだ言うか? カールとフィリップだ。彼らは聖騎士だ。嘘をつく必要があるのか?」
カールとフィリップという名が出てキリルを見れば、彼は口角を上げて笑っていた。彼らはキリルの実家に縁ある者達でキリルの言いなりになっていると聞いた。恐らくキリルは自分の手下のように思っている彼らを使って、殿下に嘘をつかせたのだろう。汚い手を使うやつだ。
「殿下は僕よりもそのキリル達を信用するのですか?」
「当然だ。おまえは所詮、捨て子。彼らは聖騎士。どちらが信用に値するか、幼子でも分かることだろう」
殿下なら親友である俺のことを絶対に信じてくれると思っていた。でも、「おまえは所詮、捨て子」と言う言葉に打ちのめされた。殿下とは今まで何でも本音で語り合ってきた。殿下と身分の上で対等な仲には慣れないとしても、自分のことはそれなりに認めてくれていると思っていたのだ。
でもそれは偽りだったらしい。キリルに貶められた事よりも殿下に欺かれていたと知った事の方が、ショックが大きかった。
イギアル殿下は、今まで見せたこともない冷たい目で俺を見た。
「分かったなら出て行け。おまえはここにいるのに相応しくない。大神官が目をかけて育ててきたと言うからゆくゆく素晴らしい神官になるだろうと期待していた。それなのにマダレナと共に欺かれていたとはな」
一方的にこちらを批難して殿下は離れた。俺も失望した。今までのことは何だったのか。二人の間には友情なんてはなから存在してなかったようだ。
殿下の背中を見つめていたら、彼の腕にユカが自分の腕を絡めた。
「アール。どうしてここに?」
「きみの後を追ってきたんだ。危険な目にあっていたら大変だからね。でも必要なかったみたいだね。キリル、ありがとう。ユカを守ってくれて」
「当然のことです。ユカさまの頼みなら何なりとお申し付け下さい」
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