第五十二回 午前十時の彩りに。


 ――流れる風は木の葉色。八月の終わりを待たずに、秋の気配を感じさせる。



 暑さもあるけど、何処か大人しめの気温。お下げを解いているのなら、背中に少し届く髪はサラッと靡く。目に風が当たって、少し涙ぐむけど心地よい世界観。見える景色。


 硝子越しではない風景は、

 より一層、近く見えるの。心に迫る感覚。



 まだヨチヨチ歩きも残るけど、僕は今まで以上にハッキリと、足に地面の感じを覚えるの。アスファルトの硬さ、コンクリートの硬さまでも。一人で歩く距離は少し長め。普通の人なら何でもない距離だけど、普通の子よりも一・五倍ほど、歩くのに時間のかかる僕にとっては、遠出に値すると思うの。しんどさも感じるけれど、何より爽やか。


 心躍るのを誰よりも、

 僕自身が感じている。楽しさで期待が膨らむの。


 小学生の時の、遠足のように。手持ちのバスケットが、それを物語っている。


 懐かしくもあり、それでいて新鮮な趣も。そして駅のホーム、一人で改札を通るの。今はまだ約束よりも、もっと早い時間に。乗り込む臙脂色の電車。それが、この私鉄沿線を走る電車のカラー。とあるMSの量産型を思わせる統一感が魅力の鉄道。



 乗ると様々なマスクの色と、マスクの仕方。


 人の顔と同じように、マスクにも個性があるの。そして思うの。怜央れお君は毎日、この景色を見てきたのだとも。座るも揺れる電車は、我が身を前後左右に動かすの。喩えるならば、揺り籠よりも激震。されど地震よりかは、遥かに小振り……


 そこを超えると緩やかな、座り心地となる。あまり長く感じない時間。マスクはしていても、顔を覆うものは少々、素顔に断然近い。なので、怜央君の最寄りの駅に到着したならば、新鮮なる風を感じる。そして新鮮なる一日が始まってゆくのだ。



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